セキレイにジョブチェンジしたんだが、どうしよう……   作:山賀志緒

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とりあえず、一週間で投稿できたので良かったです。
あと、原作の漫画を読んでいるとそんなところもあったなと思える部分が割とありますので、ぜひ読んでみてください。ストーリーもわかりやすい、おはだけが割とあるバトル漫画です。なかなか名作ですよ。



第四羽 死神の鶺鴒

 

 

 

俺は目覚まし時計を使ったことがない。

 

今までずっとカーテンを全開にして床に就き、朝日と共に起きていたからだ。

 

もっとも、今は、瀬尾さんが紹介してくれた深夜バイトを頑張り、朝に帰ってくるのでカーテンは閉め切って寝ている。

 

それでも目覚まし時計は必要ない。

 

 

ドドドドドーーーッ

 

 

「わあい、また結の勝ちです〜っ。」

 

そう…佐橋君の隣で食事をするために毎日行われる買い物勝負の音である。そのうち、近所の名物になりそうだ。

 

さすがセキレイと言うべきか、結ちゃんと月海さんの身体能力はかなりというか凄まじいもので、人にぶつかれば、ダンプカークラスの衝撃を与えられそうな感じだ。

 

おかげで毎日決まった時間に起きて、規則正しい夜型生活が送られているので感謝するところではある。とりあえず、今は起きて今晩のメニューを考えよう…

 

 

 

「はい、皆人さん❤️あーんして下さい❤️」

 

結ちゃんが佐橋君にカップルがよくやるあれをしている。

 

本来なら、よかったねと言うところだ。しかし、これに対して、月海さんは口にしたら殺すとシャレにならないことを口走っていた。食べられない佐橋君…かわいそうに。

 

下からくーちゃんが、くーも食べさせてあげるとばかりに目を輝かせている。なんだかんだで佐橋君はくーちゃんに甘いからなぁ。ゆくゆくはこの子が一番いいところを持って行きそうな気がしてならない。無垢な子は強い。

 

ちなみに、佐橋君が安心して食事をできるようにあーんしにくいメニューを用意し、お箸だけを置いたつもりなのだが、くーちゃんはいつの間にかスプーンとフォークを持っているし、結ちゃんはお箸の使い方がうますぎる。これは無理だと思っていた刺身こんにゃくもしっかり運んでいたので、最近、もはや諦め気味である。といっても、ここに来てまだ一週間しか経っていないが…

 

食事だけでなく、風呂なんかも背中を流すために突撃してきたり、寝る時は四人(佐橋君のもう一人のセキレイは松さんでした)にもみくちゃにされながら寝ているそうで、嬉しいを振り切って逆に辛い状況らしい。何事もほどほどがいいってことだろう…

 

四羽も羽化させた責任を取るため、日夜頑張る佐橋君であった。受験勉強も頑張れ!

 

ついでに、あちらでご飯を食べてらっしゃるのはうずめさんという方で、先のメイド服といったコスプレ衣装を大量に所持している賑やかでムードメーカー的な美人である。下着姿で出雲荘を徘徊していることもあるので、少し残念な感じではあるが…

 

あと、羽化済みのセキレイらしい。葦牙さんと一緒に住んでいるわけではないようで、何か理由があるのかもしれない。

 

しかし、ホントにセキレイと人間の見分け方がわからない。もう、美人と美形はセキレイでいいですかね?

 

 

 

食事も終わり、バイトに行くために玄関で靴紐を結んでいた俺の背中に声がかかった。

 

「黒宮さん、今日もアルバイト頑張ってくださいね。」

 

はい、いってきます。というか、毎晩見送ってくださる大家さん。この人ホントにいい奥さんだ。頑張りますとも。

 

ちなみに今日のバイトは、上下水道の老朽化チェックと補強作業をするそうだ。こういった公共事業は省庁の許可がいるらしいが、三日前に松さんに聞いた話だと、新東帝都のこの物々しさは鶺鴒計画を敢行するためにM.B.Iがここら一帯を占拠したからで、占拠しているからこそ、法律無視でガンガンに造り直しているらしい。

 

だから、セキレイがあれだけ暴れて壊しても問題が起きなかったわけだ。かといって周囲を気にせず壊しても良いというのはどうかと思うが、まぁ、少し気楽に闘えるということだろう。

 

もっとも、俺の場合、葦牙やセキレイの皆さんは、夜はしっかり寝ているようで、今のところ、アルバイト中にセキレイや葦牙に鉢合わせをして闘うといった事態は起きていない。これからもないといいなぁ…

 

 

 

今日の夜空には、三日月が綺麗に輝いている。

 

高いところが好きというわけではないけれど、こんなにたくさん高いビルがあることだし、月に近いところで宴会でもしたら気持ちいいかもしれない。

 

現在は午後9時。気づいたかもしれないが、この世界と元の世界との違いの一つは、三日月がおそらく上弦の周期で昇っているということだ。本来、太陽の動きを3時間ずれてに追うはずの三日月がまだ沈んでいない。そう。今の時間であれば、三日月は沈んでいないとおかしい。

 

きっと地球によく似た月の周期が異なる世界ということで納得しておけということなのだろう。ということは、満月を夜いっぱい楽しめない世界と言えるかもしれない。こう評価すると少し物悲しい気がするが…

 

とはいえ、こうして日毎に見つかるいろいろな発見を楽しみながら、バイトに勤しんでいる。鶺鴒計画という物騒なものに巻き揉まれているが、一日一日を楽しみ味わって生きるというものは、思いの外、悪くないものだ…うん。

 

 

ドンッ!!

 

 

静かな良い夜に場違いな音が響く。さっきまでの俺の感傷を返してくれ。良い感じに浸っていたのに…

 

セキレイが闘っているのかどうかが分からないし、本当に事故である可能性もある以上、俺としては見に行くしかない。

 

二区画先だな…とりあえず、走って向かう。ここで注意なのだが、走るときにあまり気合を入れて踏み込むと、地面が凹む…というか沈下しかねないので手加減をしなくてはならない。この一週間で、リミッターが振り切っているようなこの素敵ボディとの付き合い方にもだいぶ慣れてきた。最初の頃は、手加減はできたが足加減がうまくできなかった。靴を履いてトントンとしたら出雲荘の玄関が凹んだのがいい思い出である。もっとも、大家さんに大目玉を食らったが…

 

とりあえず、某ジャマイカの最速選手の記録なんてぶっちぎって現場に到着。と思ったら…

 

ドンッ!!

 

またしてもすごい音がして、俺の身長(178cm)と同じくらいのコンクリがこっちに飛んできた。避けるか受け止めるか迷ったが、今回は受け止める方向で…現場がすごく粉っぽくて何か遮るものが欲しかったかったからだ。

 

とりあえず、受け止めたコンクリを壁にして、少し顔を出して覗いてみた。おぉう、今まで見た現場としては、一番大惨事だよ。

 

ヘアバンドのような鉢巻をしたショートカットの美少女(頰に絆創膏があるのが気になる)が、身の丈に合わない巨大なハンマーを振り回し、ハーフパンツの美少年を追っかけまわしていた。振り回すたびに現場はボコボコ、被害総額どれくらいですかと問いたくなるような惨状を作り出していた。というか、あんなの食らったら、美少年が挽肉になっちゃうよ…

 

美少年は美少年で、跳んだり跳ねたりで器用に立ち回り、未だクリーンヒットがない。まぁ、クリーンヒットが出た時点で終わりだけどさ。

 

とりあえず、これは事故じゃなくてセキレイの闘いということだろう。松さんの話だと、セキレイの闘いは基本的に一対一で行うらしい。勝負という時点で勝つためには何でもやったらいいと思うが、セキレイとは気高いものなのだろう。

 

ひとしきり、暴れまわったと思ったら、現場に舞った粉塵の奥から、二人の人が出てきた。おそらく葦牙だと思われる。

 

パーカーを着た目つきの悪い葦牙君と十字の髪留めをした気の強そうな葦牙さんだった。やめるなら今のうちだとか、怖気付いたのはお前らだろだとか口論になっている。

 

葦牙さんの方が頭悪そうだとか言って葦牙君をおちょくっていたが、おちょくっている葦牙さんの顔芸を見ると、彼女もあまり賢そうには見えない。お互い様のような気がする。

 

ただ、その後の葦牙君の行動には驚いた。侮辱されたことを美少女のせいにして殴ったり、蹴ったりしだしたからだ。彼女の頰の絆創膏はDVによるものらしい。彼女の性癖かとも思ったが、喜んでいる様子はないので、葦牙君の性格が悪いだけだろう。

 

「誰だ!?」

 

ここで、ようやく美少年が俺に気付いたらしい。別に隠れていたわけでもないから、素直に皆さんの前へ…どうも、通りすがりのセキレイです。

 

葦牙さんから美形…グヘヘなんて聞こえてはいけない言葉が…葦牙さんのことが嫌な意味でわかった気がする。葦牙君からはイケメン死ね、ケッとあまり友好的ではない視線をぶつけられている。洗面台に立つたびに顔は見ているが、俺としてはそんなにイケメンではないと思っているんだけど…

 

どうしたものかと考えているとあいつもやっちまえと葦牙君が美少女をけしかけてきた。こっちは事故かもしれないと見に来ただけなんだがなぁ…

 

なんか強引にキスして祝詞を唱えさせる葦牙君。恥ずかしそうに顔を赤くしながら祝詞を唱える美少女。うんうん、公衆の面前でキスはしたくないよね…この世界で初めて貞操観念がまともなセキレイに出会ったかもしれない。

 

「我が誓約の鎚 葦牙が敵 叩き潰さん No.84 八嶋(やしま) 参る!」

 

ハンマーを振りかぶり叩きつけようとしてくる八嶋さん。割と真剣な場面なのだが、相変わらず祝詞が厨二病くさくて、真剣になりきれない俺…ごめんね。

 

それと正直なところ、この少女に俺が負ける要素が見当たらない。さっきから見ていたが、ハンマーを振り回して叩きつける一辺倒なのだ。祝詞を唱えた今も振りかぶっているし…ハンマーという一発のでかい武器は、相手に確実に当てなくては意味がない。使い道を考え、必中必殺の状況をつくりあげることこそが重要なのだ。とりあえず、貞操観念がまともそうなこの美少女がこれから生き残っていけるよう、闘いは頭を使えということを身をもって教えてやるとしよう。

 

迫り来る少女、迫り来る武器。

 

さぁ、やったりますかと覚悟をしたと思ったら、目の前に割り込む影があった。美少年である。

 

君の相手は僕だろ?とばかりにいっちょまえに手をかざす。

 

「…可哀そうに。それでも僕らは戦わなきゃならない。No.107 椎菜(しいな)、君にとっての死神。」

 

そして、一人で語り始めちゃったよ。こっちも厨二病っぽい…あと君、これくらったら挽肉だからね…お兄さんに任せなさい。

 

そう思って、彼の前に出ようと肩に触れようとした時、ぞっとするものを感じたので瞬時に一歩下がった。なんだ?この感じ…

 

超重力の鉄槌(グラヴィティ・ハンマー)!!」

 

技名を叫び、気合い十分な八嶋さん。祝詞は堅い日本語なのに技名はカタカナってなんだよ…

 

椎菜君が挽肉にされると思われたが、ズンと音がして、かざした手の前でハンマーが止まっている。なんだ?念力か?

 

「ごめんね。」

 

椎菜君は椎菜君で、なんか哀愁漂う感じで謝っている…

 

死の庭(デス・ガーデン) 僕に触れたもの全てが枯れ朽ちる」

 

厨二くさい、厨二くさいよ。「〜、くらったものは死ぬ」みたいな感じじゃないか…もうさっきから背中が痒くてたまりません。

 

見ると、フッとハンマーが消え去り、ついでに八嶋さんの服まで吹き飛んだ。おぉい、ド○スブレイクじゃねぇか!こいつ、可愛い顔してとんでもないことするな。

 

そして技をくらった八嶋さんが倒れた…なんで?服がなくなっただけじゃん…よく見ると、うなじあたりにある鶺鴒紋がすうっと消えた。機能停止だな。どうやら彼の持つ不思議パワーで倒したようだ。

 

よくよく考えると、椎菜君は僕に触れたものって言っていたが、触れずに倒しちゃったような気がする。

 

ていうか、自分より小さい美少年に庇われ、生き残れるようにレクチャーしようと思っていた美少女は倒され、俺はホントに何をやっているんだか…肩透かしをくらったどころではない、自分が少し助けようとした八嶋さんを一瞬の躊躇で助け損ねたのが痛い…

 

「痛かったよね。ごめんね。」

 

八嶋さんのそばにより、涙を流す椎菜君。あの時君に触らなくてよかったとは思うが、後悔が一入(ひとしお)である。

 

「八嶋〜!!」

 

何してくれるんだと、椎菜君に掴みかかる葦牙君。なんだかんだ言いつつも八嶋さんのことを大切に思っていたようだ。まぁ、男のツンデレは誰も得はしないけどな。

 

「ちょっとオオォ、その汚い手を離しなさい!!」

 

葦牙君に飛び蹴りをかます葦牙さん。スカートめくれてパンツ丸見えです。ここはホントに貞操観念が低い世界だよ。

 

吹っ飛ばした葦牙君をよそに、綺麗な顔が台無しよと椎菜君の涙を拭き取る葦牙さん。なんだこれ…ちなみに葦牙君もなんなんだよお前らって言っていた。意外と気があうかもしれない。

 

そしてまた、葦牙として最低だの、あれは俺のだからいいだの口論が始まった。口論好きだねぇ、君たちは。

 

口論が進むうちに、高ぶった葦牙君がとうとう刃物を取り出した。葦牙さんを刺す気のようだ。いくら自分のセキレイが倒されたからってそれはまずいよ。

 

葦牙君の手首にチョップをかまし、折りたたみ式ナイフを落とさせる。葦牙君は一瞬のことにびっくりして後ずさった。だめだよ、やるなら素手にしてください。

 

そう言われた葦牙君が、こんの〜とそのまま葦牙さんの方へ向かう。えっ?ホントに殴りに行っちゃったよ…ごめん、別にけしかけるつもりはなかったんだよ、葦牙さん。

 

もっとも、椎菜君が再び手をかざして、葦牙君の衣服を消しとばし、葦牙さんが彼の顔面に厚底の靴をめり込ましていた。踏んだり蹴ったりでホントかわいそう…しかし、椎菜君…君は人の服を消し飛ばすの好きだなぁ、おい。

 

素っ裸で吹っ飛ばされる葦牙君。いろいろモザイクをかけなきゃいけない状況になっている。

 

「あんたもだけど、最後に一つ聞きたいことがあるわ。No.108を知ってる?」

 

ん?俺もか。葦牙さんはどうやらセキレイを探しているようだ。とはいえ、俺はセキレイの知り合いが少ないし、そもそも番号だけではわからんよ。

 

葦牙君の方は、頭にきているようで、「知るか…このブス!」とおっしゃっていた。まぁ、知っていたとしても教えたくはないわな…

 

「…ふうん。じゃ、もう用はないわ。」

 

どうやら、ブスの一言におかんむりのようだ。そしていい笑顔で葦牙君のナッツをクラッシュしていた。いや、ホントにひでぇ。

 

「女の子に手をあげるどころか、ナイフまで持ち出すなんて葦牙以前に人として言語道断!ミンチにされなかっただけマシと思いなさいよ!」

 

いや、まさしくその通りなのだが、葦牙君の未来はミンチにされてしまったような気がする…椎菜君はイタイ、イタイヨと男としては同情しているようだ。

 

あと、倒れた八嶋さんに椎菜君が安らかに眠れと声をかけていた。素っ裸の美少女に厨二病の美少年…綺麗だけどなんか痛々しい絵面だ…

 

バラバラと音がして、セキレイを回収するためにM.B.Iのヘリがやってきたようだ。それを見た葦牙さんは、もうここに留まる必要はないとばかりに、椎菜君に行くよと声をかけていた。

 

「なんか、巻き込んで悪かったわね。私たち、No.108を探してて忙しいから行くわね、じゃあ。」

 

あっちょっと…呼び止める間もなく椎菜君が抱えてピョーンと二人は跳んで去って行った。No.108の名前を教えて欲しかったんだがなぁ…

 

八嶋さんをテキパキと搬送するM.B.Iの職員たち…ご苦労様です。ついでに現場を直す人たちも装甲車で到着。これから突貫工事だろう。

 

てか、今回のことはすごく俺は空気だった気がする。あと、自分の闘いにおける甘さも痛感した。一瞬の判断が全てを分けることぐらい分かっていたはずなのに…

 

少ししんみりしていたが、携帯を開くと、なんと、現在9:50である。バイトに遅れるということで、思うことはあれど、俺は急いでバイトの現場にダッシュをするのだった。100Mはきっと5秒台だっただろう…

 

 

 

 




やっと3巻に当たる部分が終わりました。
4巻以降で物語が加速するので、早く書きたくてうずうずしています。
感想や評価のをしてくださった方々、ありがとうございます。
それではまた一週間後に。

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