セキレイにジョブチェンジしたんだが、どうしよう……   作:山賀志緒

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前回の投稿から6年。
聖書の預言解釈によると、1日は1年に変換できます。
前回の1週間後にという挨拶は、7年を予表しているのだとすれば、言い訳に……なりません。
あれから、19巻が出たり、ちょっと読み直す必要があったりで……何を言っても醜い言い訳です。
構想は練れているのに、書き起こせないのはなぜでしょうかと思う今日この頃です。


第五羽 比礼の鶺鴒

 「今日も今日とてバイト三昧。」そう言っていいだろう。厨二病な椎菜君と出会ってから、またしばらくどのセキレイにも遭遇しない毎日が続いていた。

 

 がっつり稼いだのはいいが、お金なんて使い道がないから、前払いで結構な金額をすでに大家さんに納めている。

 

 今もまたバイト先へ向かっている。今日は荷物の積み込みと積み下ろしらしい。

 

 この素敵ボディのおかげでこういった肉体系な仕事はとても楽だ。気をつけることはやはり、気合を入れすぎないこと…前に早くに終わりすぎて手持ち無沙汰になったことがあった。給料はきっちり貰えたから良かったけど…

 

 ん?なんか異臭がするな…いや、都会なんて異臭だらけなんだけど、これは前にも嗅いだことがある臭いだ。

 

 割と近い…300メートルくらいかな?気になるので見に行こう。そう、これはたぶん血の臭いだ……。

 

 

 

 走ってきてみれば、案の定、現場には血だまりでズタボロになった誰かがいた。

 

 セキレイならM.B.Iのお迎えが来るはずなのだが、そんな様子も見当たらない。もしかして本当に殺人現場なのか?いや、死んでいないから殺人未遂かな?微かに息がある。

 

 とりあえず、ご臨終しかけている方のお顔を拝見…短髪の美人さんでした。目尻に涙の跡が残っている。死にたくないよってことかもしれない。

 

 美人だし、セキレイの可能性が大だろう。高美様に連絡するとしよう。

 

 Prrrrrr......

 

 「何?黒宮。今忙しいんだけど?」

 

 ちょっと不機嫌そうな高美様。まぁこんな時間だし当然か……こんばんは。とりあえず、目の前に血みどろのセキレイと思われる方がいらっしゃるのですが……。

 

 「!!それってNo.72 夏だわ。すぐに向かうからその場にいてちょうだい!」ブツッ……。

 

 はいと応える前に切られてしまった。まぁ、おそらく携帯のGPS機能か何かですぐに来るだろう。

 

 

 

 待つこと数分どころか、ホントにすぐに来たよ。はえぇ〜…

 

 よく見ると、ヘリから乗り出している白衣の人がいる。いや、危ないよ。

 

 「連絡ご苦労、黒宮。あとはこっちに任せときな。」

 

 メガホンで叫んできた。おそらくあれが高美様だと思われる。左目にちょっと傷があるけど、普通に美人だよこの人。セキレイじゃないよね?

 

 ヘリとともに降りてきた高美様とM.B.Iの職員さんたち。テキパキと夏さんとやらを応急処置して搬送している……とりあえず、確認したいことがあったので高美様に尋ねてみた。

 

 「ああ、セキレイ同士の闘いでどちらかが機能停止した場合、M.B.Iの回収班が来るまで勝者はそばにいるというのが、まぁ、暗黙のルールといったところだ。」

 

 なるほど。聞いていたルールに間違いはなさそうだ。でも、今日の方は俺が来た時には一人で放置されていましたよ?

 

 「んー。最近、勝者が敗者を置き去りにするケースがいくつかあってね。機能停止のシグナルは受診してすぐに駆けつけようとしてはいるのだが、その前に去られている。よほど姿を見られたくないらしい。だから今回は連絡してくれて助かった。やはり連絡をくれた方が早く回収できるからね。」

 

 なんか、感謝されました。しかし、ちょっとした事件が起きているとは…M.B.Iの監視網も結構ザルなのかもしれない。

 

 「黒宮。あんた、早くバイト行かなくていいの?もう9:45だけど……」

 

 !!やばい、急がなくては……あれ?バイトしていることって高美様に言いましたっけ?

 

 「それくらい知っているわよ。こちとらM.B.Iなんだから。」

 

 あっ、そうですか。さすがM.B.Iっすね。恐るべし……。

 

 とりあえず、遅れそうなので俺は高美様に手を振って走り出すのだった。きっとオリンピック選手なんて目じゃなかっただろう。なんか既視感が……。

 

 

 

 

 

 風呂場の方がすごく騒がしい……佐橋君らみんなで風呂掃除をしているとのことだが、先ほど水着に着替えていたので遊んでいるのだろう。まぁ、仲良きことはいいことだ。

 

 一方の俺は晩御飯の準備中……今日はブリの照り焼きにけんちん汁、青菜のおひたしとレンコンのきんぴらだ。人数が人数なだけに割と大変だが苦ではない。最近は、大家さんが手伝わずにゆっくりお茶してもらえるほどにこの台所にも慣れ、任せて貰えるようになった。よし、出来た。あとは盛り付け盛り付け……。

 

 「何かお手伝いしましょうか?」

 

 調理者の特権でつまみ食いをしようと思ったら声をかけられた。結ちゃんである。もう風呂掃除は終わったらしい。あとは運ぶだけなので皆さんを呼んできてもらえれば大丈夫ですよ。

 

 「はーい」とくるりとターンして皆さんを呼びに行く結ちゃん。なんだかルンルンという音が聞こえてきそうだ。いつも明るいねぇ……。

 

 しばらくして、みんなが大広間に集まって食事をしだした。相変わらず佐橋君たちは、押し合いへし合い賑やかに食事をしている。あと、最近出かけていることが多かったうずめさんも今日は一緒だ。ただ、にこやかに食事をしているが、少し血の臭いがする……どこかでセキレイとやり合ったのか?もしかしたら怪我をしているかもしれないと気になるところだ。

 

 

 ご飯はみんながきれいに平らげてくれた。さぁ洗い物をと思ったが今日は大家さんがしてくれるらしい。ではと、さっき気になったうずめさんの後を追う。おそらくお風呂に入るのだろう、廊下にいた。どこか怪我しているのか、大丈夫?と言ったらすごい怪訝な顔をされた。心配しただけだったんだけど……とりあえずお大事にと言っておいた。そっとしておこう。

 

 さて、今日もバイトを頑張りますかね。佐橋君とお風呂に入ろうと、彼を探している月海さんと結ちゃんを尻目に、縁側の下に隠れているよとは言わず、俺はバイトの準備をしだすのだった。

 

 

 

 

 side うずめ

 

 

 いいんだ。生きていてくれるだけで、それだけでいいんだ……。

 

 眠っている千穂を見ていたらと色々と溢れてきちゃった。今日は、千穂を笑顔にするの、失敗しちゃったな……。

 

 千穂の病室を出るといけ好かないメガネがいて、話しかけてきた。利用することしか考えていないくせにいちいち言葉が長くてうざい。

 

 「御託はいいよ。次のターゲットは?」

 

 M.B.Iから苦労して入手したらしいセキレイの情報から四羽ほど場所に当たりをつけたらしい。ただ、お粗末な写真もあった。後ろ姿だけであったり、完全にブレていてよく分からないものまである。

 

 「No.19 伊岐、No.95 久能、No.03 風花、そしてNo.96 黒宮。あぁNo.03は羽化前ですね。おそらくNo.96も……No.03には葦牙の影はありません。No.96には一人、葦牙の影がありますが、おそらくあなたの方が詳しいでしょう。いずれにせよ、あなたなら楽に勝てるでしょう、なにせかの天才、浅間健人が手がけたセキレイなのですから。」

 

 なるほど、完全にブレている写真は黒宮のらしい。最近出雲荘に入った現出雲荘の料理番。いや、本当に料理は上手。もしかしたら、戦いに向いてないセキレイではないかと思っていた。昨日までは……。

 

 No.72を倒して着替えた時、パンツの端に彼女の血が少し付いてしまっていたらしい。私はお風呂場で服を脱ぐまで気づかなかったんだけど、それより先によくわからない理由で気付いたのがいた。

 

 それがこのNo.96 黒宮だ。

 

 怪我をしているのかと聞かれたので、どうして?と聞き返したら、血の匂いがするという。

 

 後で、服に少し血が付いていたからとわかって安心したけど、その時は、今まで私のやってきたセキレイ狩りを見透かして言っているのかもと心臓を握られたかのような感じがした。

 

 この時初めて彼の顔をきちんと見たけど、対峙すると何か大切なものを吸い取られているかのようで寒気が止まらなかった。吸い込まれそうなほど黒く深い瞳、綺麗で整っている顔。そこには動きがほとんど見られず、まるで人形のようだった。

 

 そして、乾ききった少しの血にすら気付くこの感覚の鋭さ……料理とバイトでセキレイとしての部分をひた隠しにしてきたのだ。

 

 完全にブレている写真もきっと撮らせなかったためだろう。本当はやばいセキレイであることがようやく実感できた。気をつけないと……。

 

 メガネが千穂の容態について嫌味ったらしく言っていたが、頭の中はセキレイを狩る外道としてのスイッチが入っていた。まだ比礼に着替えてすらなかったのに……。

 

 

 side out

 

 

 

 

 「黒宮さん、起きていらっしゃいますか?」

 

 ん〜?珍しく人に起こしてもらった。大家さんである。シャキッとするために床を取り上げてカーテンを開ける。本日も晴れだ。そういえば、今日は買い物勝負がないんですか?

 

 「そのことについてですね。今日は結さんも月海さんもお出かけする用事があるそうです。ですから黒宮さん、お買い物のお手伝いをして頂けないでしょうか?」

 

 なるほど、買い出し要員が今日はいないらしい。美人な大家さんとの買い物は少し胸が踊る……とはいえ、それぐらいなら私一人で行きますよ。買い物リストをください。

 

 「あらあら、ありがとうございます。そろそろ瀬尾さんも来る頃かと思いますので、少し多めにお願いしますね。」

 

 リストをもらったがびっくり、がっつり買いこませる気のようだ。そう、この大家さん、見た目に反してなかなかの性格をしていらっしゃるのだ。

 

 「黒宮さん、何か失礼なことを考えていませんか?」

 

 そして勘が鋭い。あと背後に黒いオーラが出てて怖い。いえいえ、考えていませんとも。今日も大家さんはお綺麗ですね。

 

 「まぁ、ありがとうございます。それではお願いしますね。」

 

 用事は終わったと階段を降りていった大家さん。この人、移動するのにほとんど音が出ないんだよね。武道か何かやっていらっしゃるのかもしれない。

 

 さて、俺もさっさと顔を洗って買い物に行きますか。

 

 

 

 買い物も終わり、帰路についた。ただ、あの大家さん、本当に人使いが荒い。ビニール袋六つと両肩に米を担いで帰っているのが今の俺の姿である。スーパーではやたらジロジロ見られて恥ずかしかった。

 

 とはいえ、こうして難なく大量の荷物を持てているのもこのセキレイとしての素敵ボディのおかげである。そう、視線が痛いだけで肉体的には苦労一つないのだ。おそらく、この荷物ですら揺らさずに走ることだって簡単だろう。

 

 トトトトトッ。

 

 そんなことを考えていたら、向かいから誰かが走ってくる。二人組と……何やらヒラヒラしたのが後ろにいるな……。

 

 「久能っ、早く!!……っ!そこの人、危ないです。どいてください!!」

 

 向こうもこちらに気付いたようで叫んできた。

 

 童顔で小さい二人組だな。ハルカさま、待ってくださいとか言っているから、男の方がハルカくんで、女の方が久能さんなのだろう。しかし、様付けで呼ばれているのか……いいとこの坊ちゃんとかか?

 

 とりあえず、どいてくれとのことだし、道の端でおとなしくしておこう。

 

 「あっ、きゃうん」

 

 平らな地面のどっかに躓いたようである。ズサーではなくコケッと久能さんが俺の目の前で、パンツ丸見えで顔から地面にダイブ……すごく鈍臭そうだ。

 

 ん〜、しかし、この妙な慎みのなさって最近よくあるような……もしかしてセキレイか?

 

 男の方は何転んでいるんだ、無能ときつい言葉を投げかけているようだが、すごく久能さんのことを労わっている。ぶっちゃけイチャイチャしているようにしか見えん。

 

 そうこうしているうちにザアアとばかりにヒラヒラの塊が降り立ってきた。

 

 こちらは完全にセキレイだな。ヒラヒラしてなんかよくわからん力を持っていそうだし、服装も大事な部分と顔はヒラヒラで隠しているだけで、やはり慎みがあまり感じられない……。

 

 「……葦牙はどきなさい。人間にケガはさせたくない。」

 

 これは、俺も攻撃対象に入っているのかな?はたから見たら通行人にだよね、俺……。

 

 しかし、おそらくこの久能さんがセキレイなのだと思うが、ハルカくんの後ろで半泣きで縮こまっているだけである。戦えないのだろうか?

 

 「自分の女置いて……逃げられるかバカヤロー!!」

 

 葦牙ハルカくん、顔や体格に似合わずなかなかの男である。

 

 「……ならせめて、二人一緒に黄泉へ送ってあげる」

 

 躊躇ないね。冥土送りですか。そりゃ殺人だよ……そして、すげぇ、ヒラヒラがギュルギュルいってる。

 

 ん〜、さすがにこれは見捨てるわけにいかないか……しょうがない。

 

 道端に買ってきたものを並べて二人の前に出る。ん?ちょっと相手が驚いたようだ。やっぱり、俺は一般人として見てくれていたのだろう。

 

 「あっ、おい、あんた、危ないぞ!」

 

 なにやらハルカくんが言っているが、俺もセキレイだから安心しなさい。そして、闘うなら俺の見ていないところで闘うように……。

 

 

 ギュルギュルと布の竜巻みたいなのが迫ってくる。

 

 おそらく、絡めてこっちをズタボロにするような切れ味抜群の布なのだろう。ただ……。

 

 正拳突きの要領で体軸を揃え、地面を踏みぬき、掌底で遠当てを放つ。

 

 竜巻ゆえに、ヒラヒラの奥でセキレイが丸見えなのだ。そこから押して距離をとってもらえればいい。ただ、どれくらい布を伸ばせるのかがわからないので、押すにしてはかなり痛くなってしまうだろう……。

 

 ゴオッ!

 

 掌サイズの衝撃が相手に伝わり、ヒラヒラのセキレイが後ろに吹っ飛ぶ。10メートルは距離が開いただろう。

 

 相手が女だし、若干申し訳ないと思うが、こっちも怪我はしたくない。

 

 結構きれいに入ったようで、あちらさん、蹲ってプルプルしている。あっ、お腹が若干赤くなっている。ごめん、ちょっと力入れすぎたかも……。

 

 さて、早く行きなと後ろを振り向くと、ぽかーんと二人して目を見開き固まっていた。いや、君たち、さっさと逃げなさいよ……。

 

 「おう、ありがとう。おい、行くぞ久能!」

 

 復帰したハルカくんが久能さんの手を取るが、彼女は腰が抜けたらしく立てないようだ。このセキレイ、こんなんで大丈夫なのだろうか?

 

 立たせてあげようと手を伸ばしたら、俺の手を見てビクッと怯えられた……ちょっと悲しい。

 

 しょうがない、もう少し時間稼ぎするとしよう。ヒラヒラさんも少しふらついているが、本気になったようである。よくは見えないけど、ヒラヒラの奥に赤い目の光を見たような気がする……お怒りですね。

 

 とはいえ、後ろのお荷物二人を庇いながらできることなんて限られている。どうしたものか……。

 

 見るとヒラヒラさん、今度は右手と左手の両方にギュルギュルと布をまとわせている。

 

 多少の怪我は覚悟しなければと、少し腰を据えて両手を構えた。なんだっけ?掛け受けとかそんな感じの構え方だったと思う。

 

 迫り来る布のドリル。そして、迎撃しようとする俺。

 

 まさに接触寸前だった。全神経は前に注がれ、一秒が何十倍にも感じられた。

 

 もっとも、おかげで上がおろそかになっていた。

 

 

 ザッパ〜!!

 

 

 上から大水を食らった。うん、誰の仕業かわかった気がする。

 

 「No.9 月海!汝!正々堂々勝負じゃ!!」

 

 「No.88 結です!よろしくおねがいします!!」

 

 君たち、名乗る前に、俺に一言ないのかな?(怒)

 




本作主人公と主要人物たちとが関わる話を、ある程度絞ろうとはしているのですが、それでも多くなりそうです。そもそも187話もある漫画ですから、長くなるのは当然と言えば当然です。長くなるのは覚悟の上だったのですが……。
心は折れません。心のマナの補充に時間がかかるだけです。
感想をくださった方に応えるべく、次の次の話を書いております。

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