エピローグ前編 ~Side-R~
都市伝説が飛び交う幻想郷。その力の源となるオカルトボールをめぐる異変が起きていた。
私はその異変の調査をしているうちにある奇妙な噂を耳にすることになる。全部で7つであった筈のオカルトボールがその数を増やしているというものである。そう、幻想郷各地で発生している奇妙な都市伝説の件数と数が合わない。
またあのヒーロー気取りの銀翼が何か面倒なことをやらかしているのかしら? そう思い、紫にも相談してみたが「大したことではないわ」の一点張りで協力してくれそうにない。仕方がないので、私は一人であの銀翼を追いかけることにした。
しかし、私のこの計画は失敗することになる。妖怪の山へ向かう所までは分かったのだが、そこの樹海で完全に見失ってしまったのである。アイツ、足だけは魔理沙並みに速いんだから始末に負えないわ。
そうしているうちに紫の方から私に接触してきたのだ。
「異常増殖していたオカルトボールはすべてニセモノ、まがい物よ。守矢神社がオカルトボールの量産化を試みて失敗したようね。アールバイパーがオカルトボール工場を爆破したそうよ。そんな事だろうと思っていたわ」
悔しさのあまり、私は思わず地団太を踏みまくった。まったく、あのいけ好かない変な鳥の妖怪が幻想入りしてから、私自慢の直感が狂うことが多くなった。紫も当初は排除しようとしていたくせに、何だか最近は擁護ばかりしている。面白くない。
「霊夢、そんな顔ばかりしていてはせっかくの美人が台無しよ? もっとゆったりと構えなさい」
うるさい。お母さんでもないくせに。
オカルトボールによる異変が発生している幻想郷。様々な思惑が渦巻き、その真相にたどり着けるものはまだ存在していない。今の霊夢はダメね。アールバイパーに気を取られ過ぎている。あれでは直感も鈍るわよ。
「そんな顔ばかりしていてはせっかくの美人が台無しよ? もっとゆったりと構えなさい」
私はそう優しく霊夢を諭して見せた。だが、不満げな表情は和らぐことなく、さらにこちらに敵意とも取れる視線を送ってくる。おおかた「母親面するな」とか思っているのだろう。
「守矢神社だけが原因とは思えないわ。白玉楼、永遠亭、紅魔館……。オカルトボールの争奪戦に消極的だった他の勢力が怪しい。片っ端から調べてやるわ!」
それだけ言うと霊夢はすぐに飛び立ってしまった。思い立ったらすぐコレなんだから……。まあ、あれでこそいつもの霊夢なんだけどね。
だけど、それを最後に霊夢との連絡が取れなくなってしまったのだ。ああ、もしもあの時私がもっと強く引き留めていたのならば……。
白玉楼で妖夢と戦い、紅魔館ではパチュリー相手に大立ち回り。私は手早く怪しい場所を駆け抜ける。
「む、無念……!」
「むきゅー……」
その過程で私は二つのオカルトボールを入手できたが、いずれも誰かから奪って手に入れたものであることが判明。これでは元々あったボールか、後で増殖したボールなのか区別がつかない。出所の分からないようなボールを拾ったような人がいないか、私はさらに調査という名の妖怪退治を続ける。
あちこちで妖怪を退治しながらそれらしい情報を聞き出していくうちに、どうやら永遠亭の妖怪兎が怪しいという事を突き止めた。永遠亭といえば月と密接な関係のある施設。何か関係があったりとか? いや、まさか……ね。
出所不明のオカルトボールなど抱え込んで、どんな悪だくみをしているのかと思えば何のことはない、オカルトボールの不思議な力で金儲けをしようとしていただけであった。
とにかくこんな奴にオカルトボールなど勿体ない。私はこの黒髪の因幡の白兎を懲らしめることにした。
「あっさりやられたウサ~!」
月の因幡ならともかく、ただの妖怪兎に後れを取る私ではない。1分もしないうちにコテンパンに叩きのめすと、私の手にオカルトボールが飛んでくる。面倒事に巻き込まれないうちに私は永遠亭を立ち去り、改めてオカルトボールを調べてみる……が、サッパリ分からない。
こういう時は霖之助さんに頼ろう。細かな材質の違いとかを見分けてくれるかもしれない。ついでに、このボールが本来どのような役目を持つのかも……。
期待の念を抱きつつ、私は魔法の森の入り口「香霖堂」へと歩みを進めた。
「いらっしゃい……ああ、また霊夢か」
分厚い本を読みふけりながらロクにこっちに目もやらずに、素っ気ない挨拶をする店主。恐らく片付ける気などさらさらないであろう無数のガラクタを押し分けながら、私は少しカビ臭い部屋の奥へと進み、ぐうたらな店主に話しかける。流石に本から視線を片目だけ外した。
「また巫女服がほつれたのかい? 妖怪退治に精を出すのも結構だが、君だって女の子なんだ。もう少し身だしなみに気をつけて……」
「違うわよっ! 最近奇妙な紫色のボールが飛び交う異変が起きてるでしょう? そのボールを見せに来たのよ。霖之助さんなら、このボールのこと何か分からないかなって……」
それだけ早口で告げると、3つのボールをダンッと乱暴に机に置く。やれやれとため息をつきながら霖之助さんはボールを撫でたり、至近距離で凝視したりと鑑定を始めた。
「こいつは『オカルトボール』。そしてその用途は……そ、そんなまさかっ!?」
ガタッと立ち上がった霖之助さんは片手で読んでいた本を乱暴に机に置くと私に詰め寄ってきた。
「霊夢、このボールをどこで手に入れてきたんだ? こいつはとんでもない代物だぞ! 名前はオカルトボール、その用途は結界を破壊し、外の世界と幻想郷を繋ぐもの……!」
結界? 結界といえばこの幻想郷を外の世界から隔離させている博麗大結界で間違いないだろう。いったい誰が何の為に?
「そしてこれらの材質は幻想郷では見られないものばかり。これは僕の推理だけど、外の世界の何者かが、この幻想郷を破壊しようとしているって仮説が成り立つ」
「そうだとしたら一大事じゃない! すぐに紫を呼んで……」
「いや待つんだ」
慌てる私を霖之助さんはゆっくりとした口調で引き留める。一つのボールを手にしながら。
「今の情報だけで彼女にこのことを伝えるのは余計に混乱をもたらすだけだ。さらに調査が必要になるだろう。というのも、僕の力ではこのボールがどう結界の破壊に結びつくのかが分からない。それに本当に外の世界の人間が犯人なのかも疑わしいんだ」
そういうと、霖之助さんは手にしていたボールの一つを見せてくれる。だが、私には他の二つとの違いなんて全然分からない。
「それがね、よく調べてみるとこのボールだけ材質が外の世界のものではないのだよ。幻想郷のものだ。だから僕も混乱している。一体犯人はどこから結界を破壊しようと……? 待っていてくれ、今このボールが幻想郷のどこで作られたものなのかを更に詳しく調べてみる」
「その必要はありませんわ」
一陣の風が香霖堂を吹き抜けた。そうかと思うと、何か見えない力で霖之助さんは持ち上げられると、ギリギリと首を絞めつけられている。
「がはっ……!」
そのまま首を押さえつけながら、空中でもがき苦しんでいる。
誰がこんなことを! そしていったい何処から? 周囲を見回し、そうして私の浅はかさを呪うことになる。ああ、なんということ! 入口の扉が開きっぱなしじゃない! どうせ大したものではないだろうと高をくくり、すぐにここを立ち去るべく私は扉を開きっぱなしにしていたのだ。
恐らくは霖之助さんを痛めつける犯人はすぐ外にいる。お札と御幣を握りしめ、私は香霖堂から勢いよく飛び出す。不気味な女性の笑い声だけが何処からかこだましていた。
「姿を現しなさい!」
後ろでドスンと何かが落ちる音がする。ああっ、霖之助さんが床に倒れ込んで意識を失っている! そしてまた見えざる力で霖之助さんが店の外へ引きずり出されそうになっている。いけないっ、これ以上霖之助さんが傷つけられたら……。
「夢想封印!」
光を帯びたお札を香霖堂の入り口に投げつけて貼り付ける。ひとりでに扉は閉まった。ただ扉を閉めただけでなく、魔力の類を寄せ付けないバリアのような機能もあるお札だ。これで霖之助さんに危害を加えることは出来なくなる。あとは不意打ちなんてしてくるいけ好かない妖怪を退治するまでだ。
「あらあら、人質にしようとしたのに、随分と頭が回るのね」
「もう一度言うわ。姿を現しなさい、この卑怯者!」
それだけ言うと魔法の森の大木、そのうちの一本に丸い亀裂が走った。するとまるでくり抜いたかのように大木に穴が空き、そしてそこから出てきた姿に私は驚愕を隠せないでいた。
そんなっ、だってコイツは……!
あの邪悪な本性を隠すようなどこか呑気さを漂わせた風貌、自分は姿を現さずに平気で関係ない人を傷つける卑怯さ、そして硬い大木をいとも簡単にくり抜いたあの能力。アレを見間違うはずない。
あの轟アズマに並んで一番……いや、弱っちいアイツよりもよっぽど厄介な能力を持っている分、こっちの方がより一層憎たらしい。アイツは、アイツは……!
「青娥……やっぱり生きていたのね!」
最初は驚きこそしたが、自分でも驚くほど私は青娥が、死んだ筈の奴が出てくることに対して動揺していなかった。あんな程度でくたばるような女ではない。私の直感がそう告げてきたのだ。
「はて、青娥? 青娥は轟アズマっていう悪い人に原形をとどめないほどに粉々にされて死んじゃいましたよ? 人違いではなくて?」
「とぼけても無駄よ! どうせあの時だって誰かを身代わりにさせたんでしょ? アンタ、いっぱい持ってるもんね。身代わり人形」
その直後、周囲の地面が小さく盛り上がる。ボコッボコッと土気色の腕が飛び出してきた。おいでなすったな、キョンシー軍団。
地面から這い出てきたキョンシー達を見下ろしながら、青娥は満足げにしている。
「身代わり人形って可愛い可愛いこの子たちのこと? あらあら、いけませんわ。この私の為に誠心誠意もって働いてくれる死体のことそんなふうに言っちゃ」
奴の号令一つで土まみれのゾンビどもはピョンピョン跳ねながら整列する。ビシっとその両手を前に突き出しながら。
「なんだか面白そうなボールの取り合いが流行っているそうですわね。きっと貴女もボールを無慈悲に分捕っていったのでしょう? やれ妖怪退治だとか異変解決だとかのたまいながら。楽しそうだわ。私もボールで遊びたいから、頂戴♪」
分からない。この私をもってしても奴の腹の中は探れない。本当にオカルトボール争奪戦に参加したいだけ? あり得ない。青娥に限ってそれだけなんてことはあり得ないわ。「何か」を企んでいる。だけどその「何か」がサッパリ分からない。
霖之助さんによるとオカルトボールは何らかの手順を踏むことで結界を破壊することが可能な道具。その手順というのは恐らくボールの取り合いが関係しているだろう。7個集めると何かが起こるという噂があることを考えると、その手順というのはボールを集めきるという事であることが推理できる。弾幕ごっこなんてしない霖之助さんでは決してたどり着けない答えである。
そういえばボールを集めきった魔理沙も外の世界らしき場所の話をしていたな。そう考えると全てつじつまが合う。
まさか、オカルトボールを用いて博麗大結界を壊そうと目論んでいる黒幕というのは……。
いやいや、それもあり得ない筈よ。青娥の能力は「壁をすり抜けられる程度の能力」。それは強固な魔界への入り口を封じた結界さえも破って見せたほど。この私も見ているから知っている。だから奴が結界を壊す為にわざわざオカルトボールの力に頼る必要なんてない。
「遊びたいだけ? とても信じられないわ。結界を壊すだけならアンタはこんなものに頼らずともその頭の簪でいくらでも穴を開けられるでしょう? まあそうする前に私や紫が止めるけど」
「まあっ、このボールってばそんな物騒なことが出来てしまうのね。せーが怖いわぁ……」
なんとも白々しい。とにかく外界と幻想郷のどこかで作られたとされるオカルトボールを渡すわけにはいかない。このふざけた異変に終止符を打つためには。
私は地面から這い出たゾンビどもからまず相手にすることにした。
青娥が額の札である程度の制御を行っているとはいえ、脳みその腐ったゾンビどもに後れを取る私ではない。
魔を封じる針が、標的を自動で追いかけるアミュレットが次々と炸裂していく。腐りきった体では受け止めきれないらしく、次々と崩れ落ちていった。束になってかかってくるキョンシーには陰陽玉で轢き潰し、自慢の大ジャンプで飛びかかる奴らはホーミングアミュレットで確実に仕留めていく。
「うぐぐ、急ごしらえの戦力では時間稼ぎにもなりませんわね。芳香、出てきなさい!」
ここでアイツ一番のお気に入りを呼び出した。やはり地面から這い出てくると眠たげに青娥に文句を言っている。
「せーがー、まだ寝る時間だぞー……」
「巫女が襲ってきたのよ。やっつけて! そしたらいっぱいナデナデしてあげるわ」
「よーし、がーんばーるぞー!」
青娥に乗せられてやる気を見せる芳香であったが、私は彼女の姿を見てギョっとした。
「ちょっと、その体っ……!」
首から下がツギハギだらけになっているのだ。恐らくは複数の死体から使える部分を青娥が選んで新しい体にしたに違いない。私は思わず吐き気を催した。
「驚いたかー! これはえっと『めーよのふしょー』ってやつだぞ。すごいんだぞー! せーがを『ごくあくひどー』のアズマから庇う為にこの私が身代わりになって……」
「芳香、お喋りさせるために呼び出したわけじゃないのよ? さあ、あの巫女をコテンパンにやっちゃって!」
アズマ? 今確かに「アズマ」と言っていたわね。手を組んでいた筈なのに極悪非道? あの後仲間割れでもしたのかしら? ええい、今はそんなこと考えている場合ではないわ。つぎはぎだらけでいつも以上にぎこちない動きをしている芳香を相手しなくては。
「妖怪バスター!」
だが、勝負は呆気なくついた。妖怪バスター1発で芳香の片足が吹き飛び、転倒。そこへ陰陽玉を転がしてぶつけたことで芳香の身体ははじけ飛んでしまったのだ。頭部を残して。
「やーらーれーたー!」
「うう、思っていたよりも傷口が塞がるのに時間がかかっていたようね。ごめんね芳香、無理させちゃって」
よよよと涙を流しながら(いや、嘘泣きか?)、芳香の頭を愛おしそうに回収する青娥。
「もうアンタを守るものは何もないわ。そろそろ自分で戦ってはどうかしら?」
何処か含んだような笑みを浮かべながら、ゆったりと構える青娥。まだ何か秘策があるのかしら? ええい構わないわ、こっちから仕掛けてやる!
空を飛んでいた青娥目がけて鋭い針を撃ち出し、さらにアミュレットを投げつけつつ上昇。奴を地面へと追い込む。
「陰陽玉を喰らえ!」
身動きが取れなくなったところを不規則に反射する陰陽玉をぶつけに行く。左右から迫る陰陽玉にぶつかりフラつく青娥、その目の前にひときわ大きな陰陽玉が迫りゆく。よしっ、このままではかわしきれない筈よ!
そんな青娥はというと、なんと簪を突き出し、陰陽玉に穴を開けてやり過ごしていたのだ。へぇ、そうやって切り抜けたのね。でも……そんなの予測済みよ。
「陰陽玉の後ろには霊夢の脚っ!?」
そう、私はあらかじめ飛び蹴りを放っていた。陰陽玉はそんな私の動きを見せないようにする目隠しの役割をしていただけなのだ。
脚が青娥の腹を捉えると、そのまま御幣を振り回しつつ近接攻撃を仕掛けていく。最後に妖怪バスターを突き刺すように発射し、宙返りしながら青娥を蹴り上げる。サマーソルトキックというやつだ。
「がはぁっ!?」
勢いよく空中に浮きあがった青娥にスペルカードを掲げる。これでトドメっ!
「霊符『夢想封印』!」
七色の光弾が私の周囲に発生したかと思うと、それは一直線に青娥に迫っていく。元々標的を追いかける上に今は身動きの取れていない状態。もちろん威力は保証済み。これで決まった……!
「(ニヤリ)」
なんだ? あの不気味な笑みは? その直後、青娥に薄い青色のバリアが展開される。七色の光弾はそれに阻まれて消えて……いや、消えていない! まるで反射でもしたかのように今度は私目がけて飛んできたのだ。
「悪あがきを……。自分の技なんだからその特徴や弱点くらいわかっている!」
今の夢想封印は私が標的。だが、もしも私が青娥を盾にしたら? あの妙なバリアだって永遠に出せるとは考えにくい。まずはギリギリで避けて、青娥をふん捕まえる!
一つ二つ三つ……。よしっ順調にかわしている。四つ五つ六つ……そして七つ。これで全て回避したわ。再び私を狙う前に青娥をとっ捕まえれば……!。
「あ……が……。そんな、まさ……か……」
いったい何が起きたんだ? こんなこと、あり得ない。突き刺さっている。七色に光る矛が、この私に……。ゴハッと口から思い切り吐血。ドサリと地面に落ち、冷たい土に抱かれる。それと同時に3つのオカルトボールが青娥の手元へと飛んで行った。
私は確かに夢想封印を避けた筈だ。だが、丸い光弾が突然棘のように鋭利になると、そのまま私に突き刺さったのだ。周囲に血の池を作りながらうめく私を、青娥は愉快気に見下ろしている。
「ついに手に入れたわ、オカルトボール。ああとっても綺麗、くすくす……。今までのわたくしと同じだろと侮るから、貴女は痛い目を見るのですわ」
眼光だけは絶やさずに青娥を睨みつける。だが、かなり深い傷だ。もはや戦うことはかなわない。
「おやまあ、ちょっと傷つけ過ぎたかしら。綺麗な体だからなるべく痛めつけないようにしたつもりでしたが、相手があの博麗の巫女では少しくらい本気を出してしまっても仕方ありませんわね」
駄目だ、意識が遠のいていく。どうやら致命傷を受けたらしい。誰か、助けて……。魔理沙、萃香、紫、この際いけ好かないけど轟アズマでもいい。このままでは……。