ASOA   作:空中儀礼

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初日を終えて その3

 いつの間にか赤毛の女性プレイヤーが陶製のジョッキ片手にふらふらとカウンターにやってきてクワンコの寝顔を覗き込んでいる。鼻をつまんだり泡まみれのお髭を引っ張ったり、面白いのでそのままやらせてたら最後にマーカーを見ているようで「うん状態異常でもない」……ああ、そういうこと。謎の女は目が合うとごまかすように笑いながら、

 

「突然ごめんなさい。つい

 ……あの、隣座っても?」

 

「べつに構いませんけど。お連れさんは?」

 

 確か隅のテーブルで飲んでいたプレイヤーたちがいたはずで、彼女の顔はその中で見かけた気がした。

 私の問いに答える代わりに彼女の視線は酒場の出入口に向けられ、冒険者らしい装いの四人の男女がこちらに向かって手を振っていた。

 

「彼らはこれからログアウト。っていうか私だけ飛び入りでね。ここには一人で来たの」

 

 クワンコを挟んでお互いに【識別】をかけ合うと自然と笑みがこぼれる。

 

「ご同業ね。よろしく」「こちらこそ」

 

 二人のジョッキが眠りについたドワーフの上でかちあわされる。

 プレイヤー「アニス」はどこか鋭いところのある目つきが印象的な女ハンターだった。

 

 ***

 

「クワンコは本当に眠ってしまったの?」

 

 たとえゲーム内のアバターであれ、いい女の問いかけには何かちょっとした見所のある答えを返したくなるのが世のオトコの常だが、酔いもあってか私の頭の巡りは素晴らしくトロい。

 ASOが状態異常をどのように再現しているのかまだ分からないが、この手のゲームにおける睡眠の状態異常はべつにプレイヤー本人が眠ってしまうわけではない。ありがちなのは立ったまま眠ってる自分のアバターを内側から覗いてるといった表現だろう。

 確かにクワンコに状態異常の表示はないけれど、だからといって本当に眠ってしまったとは限らない。MMOにつきものの寝落ち防止機能もある。あるよな?一応ヘルプを確認した。ないと審査通らないだろうし。こういう瑣末事に関してあの団体は驚くほどの鋭敏さを発揮する。

 おそらくアバターの見かけ上眠ってるように見えてプレイヤー自身は何らかの演出が施された状態にあるんだと思う。案外私たちのやり取りを見ながら笑ってるのかもしれない(※)。

 

「うーん……状態異常なら納得できるんだけどなー。

 どうもね、落ち着かない。この人普通に眠ってるようにしか見えないもん」

 

 アニスはいいながらクワンコの頭をポンポンと叩く。

 確かに、状態異常の表示もなく立ったまま眠るといった強引さもない。

 限界以上に飲んで、挙句眠りこけNPCに詰られさえしたドワーフは恐ろしいほどの自然さで酒場の風景に溶け込んでいた。

 寝落ち防止機能が動作する様子も見せないし、こういう自然な眠り方をしているMMOプレイヤーというのはなるほどレアな光景ではあった。まあ、ゲーマーの感じ方なのかもしれないが。

 メンタルケアやリラクゼーション、睡眠導入などユーザーが眠ることを推奨又は前提とするVRは医療系やそれに近い分野では特に珍しいものではないはずだ。

 あれらとASOのようなフルダイブゲーとで何が異なるかといえば、私に指摘できるのはフィードバックの方式が何か違う、とにかく別物らしいということくらいだ。例えば、医療分野で種々の制約や配慮の上で成立していることがエンターテインメントの世界では完全にタブーとされていたりだとか。

 まあ、当たり前といえば当たり前、それだけフルダイブ時の体験が身体に及ぼす影響については慎重にならざるを得なかったということなんだろう。

 結果両分野において技術者が積み上げてきたノウハウは全くの別様となり――ゲームでいえばユーザー‐アバター間のやりとりに一定の抑制を加えつついかに臨場感あるプレイを楽しんでもらうかといったふうに、一方の常識がもう一方の非常識とはしばしば言われたことだった。

 まず、ユーザーの身体に還元できそうもないものをアバターにやらせる発想が医療系VRには存在しないはずで、あったとしてもそれが医療行為と認められることはないだろう。もともとアルコール受けつけないユーザーのアバターにアルコール耐性を付与して飲酒可能にするなんてその最たるものでっていうか……ASOに関してはゲーム業界の常識に照らし合わせても度外れてる面が多いのであまり参考にならないか。

 そんな無茶苦茶がまかり通るのもログアウトすれば全てをチャラにできるから――ゲーム内で感じた痛み、疲れ、酔いもそうだ。ゲームはそれらをいったん無かったことにできる。といっても記憶は残るしゲームプレイに付随する充実感、高揚感はもちろんのこと恐怖感や嫌悪感なども完全なリセットが望めるわけではないから、その点ハードル高めだ。

 

 ASOはゲーマーに優しくないゲームだ。良くいえば、媚びてない。客商売なんだからもう少し配慮があってもいいんじゃないかとは思う、あの初日のプレイヤー数を見た後だけに。まあ配慮した結果が痛覚スライダーってことなんだろうけど……むしろこれがなかったβ版ハードすぎじゃない?っていう。

 

「痛覚設定?もちろん100。酒場限定だけどね。ニシシ」

 

 何だその笑い方は。かわいいじゃねーか。

 彼女の目つきの鋭さはリアル由来なんだろうか。なんかそこだけキャラ的に違うというかつい見ちゃうんだけど。気付いても無視してほしい。

 変身願望なんて言うけど、女はむしろ外見の一部をアバターに残したがるものだとゲーム仲間の誰かが言っていたのを思い出した。

 

 アニスは昼間ずっとレムトの町の散策に費やしていたようでまだ狩りに出たことはないようだ。それで飲み代はどうしたのか訊くとお使いクエスト的なものをいくつかこなして稼いだらしい。

 

「平たい町だからまだよかったけど迷子のお婆さん背負ってもう疲れたのなんの」

 

「初日に道案内って結構難度高い」「ホントだよ!倍は歩いたよ!」

 

 しばしば槍玉にあがる「痛み」よりも案外ASOは「疲れ」のほうが厄介なんじゃないかという気がした。

 痛みはポーションや、近く取得できるだろう回復魔法で癒せる。あるいは設定自体をいじってもいい。しかし疲労の回復手段となると、いまのところ実際に小休止をとるしかないんじゃないか?HPバーや満腹度はそれほど関係があると思えないし。むしろステータス値のほうが相関がありそうだ、具体的には生命力と精神力。それにしたって回復手段ではなく疲労耐性というべきものなんだけど。

 

 フルダイブ中のいわゆるゲーム疲れの程度はプレイヤーの攻略速度を決定する重要な要素だ。どのMMOでも運営側はその扱いに慎重を期している。リアルと同程度では重すぎるし軽すぎてゲームのリソース消費をいたずらに早める結果になるのもまずい。あんまり細かく数値をいじりすぎたためユーザーが不快感を覚えたケースもあった。

 昼間の狩りでクワンコがもらしていたが、ASOは運動に対する負荷や疲労の感じ方がアスリート用にデザインされたVRに近いものがあるんだそうだ。そのときはそんなものにまで手を出すとはさすが廃人様と思っただけだったが……確かにゲームっぽくない。現実とほぼ変わらないアバターの挙動、その違和感のなさこそがゲーマーの戸惑いの元になっている?

 ASOは本当にゲームらしいゲームといえるのか、リアル身体へのフィードバックはどういう扱いになっているのか。やはり考え出すとキリがないが、ログアウトしたら吐瀉物まみれとかイヤすぎるぞ。クワンコの場合は命にかかわる。

 

 あん?……待てよ。

 

 件の寝落ち防止にしても想定されているのは例えばユーザーが眠気を感じているのにも関わらずゲームにログインした場合なんかのはずで、アバターからのフィードバックについてはスルーされてる?それとも原因なんか関係なく身体の活動状況が一定以下に落ち込んだとき自動で立ち上がるようになってるのか?ああ、きっとそれだな。

 

 フルダイブのVRマシンに寝落ち防止機能がついたのは同仕様のゲームが登場する前、初期のOSアップデートで追加された機能であり、ユーザビリティ向上の一環なのでオンオフの切り替え含め自由に調整が可能だった。

 近年VRゲー業界がやり込み系のゲームを対象に推奨してる仕様は、結局のところこの機能をユーザー設定と関係なく起動させているにすぎない。メーカーごとにおなじみの警告文やクリエイターのおふざけが炸裂したドッキリ系の仕掛けから始まって、最終的には同じだ。

 

「フルダイブの体験中に眠ったら二度とそいつは目覚めない」

 

 ふと思い出した都市伝説を口にしたらアニスがものすごい勢いで食いついてきた。ゲーマーなら大抵知っているネタであり、ときに寝落ち対策の警告文に織り込まれることもある。最初のフルダイブマシンがリリースされる前のことだから少々古びた感は否めない。

 なんでも遠目に眠ってるようにしか見えないプレイヤー(クワンコ)を見つけて、そういえばこんな都市伝説があったよねとまさに今の私のように話題に出したのだが、一緒に飲んでいたプレイヤーは誰も知らなかったのだという。

 まあ、そういうこともあるな。そういうときはみんな自分よりゲーム歴が浅いとでも考えるのだ。断じて年齢の話をしているのではない、断じて。

 

 ***

 

 結局その日の稼ぎが空になるまで飲み明かし、最後まで目覚めなかったクワンコを二人がかりで抱えて(ドワーフ重すぎ)店を出た。「起こさないの?」「どうせなら魔法で起こそうと思って」「おお、いよいよ私の火魔法にも出番が」アホか。……うし詠唱完了。

 

「リキッド・ウォーター!」

 

 昼間の狩りでは使う機会がなかった水魔法の初期取得呪文だ。もっと滝のようにザパーッと水が出てくるイメージだったのだが、これじゃ起きそうもないぞ。あるいはレベルが上がっていくことで調整可能な水量が増えていくのかもしれない。私の水魔法はまだLv1のまま、何度かフィジカルエンチャント・アクア使っただけだしな。

 

「パイロキネシス!」

 

 ええっ、熱ッ!熱いよ!同じ接触型呪文だからって手重ねんじゃねーよ!クワンコの勧めで酒場では痛覚100%に設定してたおかげで狩りでも感じたことのない痛みが右手を襲った。おい、死にはしないがHP削れてないか?どうやら町中も完全なセーフティってわけじゃなさそうだな。PKもアリだというし何よりこの痛み……マイナーとはいえこれが国産オンラインゲームの仕様かよ。一息ついて顔を上げるとごめーんと両手を合わせて謝るアニスがいて、

 

「ごめんついでに火消しお願いしてもいいかな?」

 

 振り返ればクワンコの立派なお髭が端からじわじわと燃え広がっていて――髭ってこんなふうに燃えるんだ。思わず呪文を選択したが、詠唱時間が長い。魔法にこだわらずよくフィクションで見るように何かで叩くとかしたほうがよかったんじゃないか。つーか自分の髭が延焼してるにもかかわらず起きないのかよお前は。まさか本当に二度と起きないんじゃないだろうな。そんなことを考えてるうちに詠唱完了となり、

 

「リキッド・ウォーター!」

 

 全焼は、しなかったよ。クワンコも目覚めた。

 アニスはわけのわかってないクワンコに謝り倒して正式な謝罪はいずれと強引にフレンド登録にもっていって走り去っていった。宿屋にログアウトしにいったんだろう。

 私ももういいかげん疲れた。ログアウトしたい。説明?とりあえずログアウトしてからな。あとで連絡するから。

 

 ***

 

 ログアウトしたときは後回しにする気満々だったが、少し心配になって電話した。

 やはりASOでいくら飲酒してもリアルに影響を及ぼさないようになっているらしい。自分の体の状態で分かっていたことだけど、それでもどうもASOは信用ならないという思いはぬぐえなかったから。

 

「それより最後のアレはどういうことだよ俺の髭「プツッ」」

 

 だからその件は後で連絡するから。




※「イ・アの風呂」
 睡眠の状態異常食らったと思ったら風呂入ってた――そんなシュールな演出もあった。でもあれは風呂好きにとってみては結構真を突いてるところがあったというか、思わず納得しちゃった。「イマジナリー・アドベンチャーズ」いいゲームでした。アニスも遊んだことはなくてもネタとしては知っていたようで「イ・ア」連呼してたけど、その略称どこで使われてたん?ゲーム内ではもっぱら「イマジン」呼びだったし馴染みの掲示板でもそうだった。
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