九尾の妖狐。天災。化け狐。化物。
九喇嘛は九喇嘛なのに、誰も知ろうとすらせずに、排除する方を選んだ。
チャクラの体を包んでくれているのは、同じくチャクラ体の九喇嘛。こんなにも優しくて、穏やかな温もりを与えてくれることも、誰も知らない。
彼の全てを知ってるなんて自惚れは無いけど、わたしだけが知ってる九喇嘛は、沢山いる。
夜空に浮かぶ満月に、思い出が照らされる。
――飢餓に苦しむ者は五万といる。食い物に不自由が無いのなら、食える時に食えるだけ食っておけ。それでなくとも、お前はチビなんだからな。
好き嫌いをするなと叱ってくれた。余計な一言も一緒に付けて。
「くらま」
長い耳が、微かに揺れた。
――いつまで起きているつもりだ? チャクラ体と言えど、疲労が溜まらぬ訳ではない。いい加減眠れ。
寝付けなかったわたしを尻尾で引き寄せて、一定のリズムで優しく叩かれて、いつの間にか眠っていた。
「くらま……」
瞼が震えた。
――お前を残して逝きはせん。下らん心配をするな。
暗い場所に、独り残される夢を見た時、そう言って寄り添ってくれた。
「くらま」
貴方のこと、まだほんの一部も知らないけど。
いつか胸を張って、九喇嘛のことなら何でも聞いてって、言えるようになるから。
「ずっと、傍にいさせてね……」
小さくなった九喇嘛をそっと抱き締めて、起こさないように囁いた。
ふわふわとした感触が、頬を撫でる。
ゆれる尻尾が、そこにあった。
「起きてた?」
ややあって、九喇嘛の瞼が上がる。
覗く朱い瞳は、あの日から、ずっとわたしを見守ってくれている。
「……離れさせんさ。既にお前は、ワシの半身。未来永劫な」
けど、ずっと見ていたいその瞳は隠れて、彼の口からは嬉しい言葉が漏れた。
「傍にいろ――結」
紡がれたのは、わたしの名前
たった二つの音。声に出せば、一秒にも満たない、短い音。
自分の名前なのに、九喇嘛に呼ばれるだけで、凄く特別な物に思える。
心が――あったまる。
「うん。傍に、いるよ、九喇嘛」
わたしが呼んで、九喇嘛の心もあったまると良いな……。
「ふん、漸くまともに呼ばれたな」
「っ……あったかいよ、くらま」
尻尾に押されて、また体を包まれる。
やれやれと、溜息と同時に彼は呟いた。口元には、緩やかなが弧が描かれている。
「ねぇ、さっきのって、プロポーズ? わたし、くらまのお嫁さん?」
「なんだ、不満でもあるのか?」
「ううん」
不満なんて、ある訳ない。
「ただね? 嬉し過ぎて、暫くほっぺたが戻らないかも……見ないでね?」
「ほぉ? どれ、どんな面白い顔か見てやろう」
「う~!」
緩み切った顔を見られたくなくて、九喇嘛の体に顔を埋める。
そんなわたしを見て、彼は優しく笑う。
ありがとう……ありがとう、九喇嘛。
「お前はワシのモノだ。忘れるでないぞ?」
「うん。ずっと、ず~っと、わたしはくらまのお嫁さん」
「あぁ。夜が明けるまで、まだ随分掛かる。もう一眠りするぞ」
少しだけ顔を上げて頷く。
穏やかな微笑みを浮かべて、九喇嘛は眠りについた。
「おやすみなさい……ぁ、あ……あぅ」
あなた、と言えず、羞恥に悶えるわたしを、満月だけが見ていた。