写し鏡が砕けるまでに 作:マーブルカラー
でも、それはやっぱり当たり前のように不可能なことで、とても難しいことだと実感した。
ボクは自分のことを特別腕っ節が強いと思ったことはない。部屋の中にこもるようなインドア派なのだからある意味当然ではある。加えて、魔法についても微かな知識しかないために、魔法技術がまるでない。つまり、ボクは外敵に対して有効な物理的対処手段がないのだ。
これまでのように、客観的に見て薄暗い部屋の中で、一日中本を読んでいるようなライフスタイルなら問題なかったが、辺境の村から都会に連れ出された今となってはそうもいかない。というか、フェイトが引きこもることを許してくれなかった。
だから、コレは起こるべくして起こった事態で、いつか来ると理解していたことのはずだった。人生が順風満帆にはいかないなんてよく知っていたことなのに。
きっと、フェイトと過ごしたこの
どうしてそうなっているのか。あれはさかのぼることだいたい十分くらい前のこと。ボクがただ、なんかヤバそーな奴らの喧嘩現場に鉢合わせしたことが原因だ。
だんだんと空が黒くなっていくような時間帯、そこまで人通りが多くないであろう公園近くの川沿いの道。知り合いというよりも少しだけ密接な関係にある人達の家へと向かう途中。ボクはそいつらを見た。
一人はスキンヘッドのいかついお兄さん。もう一人はボクに背を向けていたため顔をうかがうことはできなかったが、暗くともわかる碧銀の髪をした女の人だった。その二人がなんか肉体言語で語り合っていた。ボクの見間違いじゃなければ地面は陥没していたと思う。はっきり言っておっかない。いや多分あのとき本当に『おっかない』と口にしていたと思う。
だからというわけではないが、即決即断、ボクは自分に飛び火する前に全力で走り、手すりに足をつけ、そのまま川へと飛び込んだ。そのとき、ボクの突然の行動を視界におさめたらしいスキンヘッドが驚愕を顔に浮かべていたのが横目に入った。たぶんそれは決定的な隙。だからスキンヘッドが碧銀から一撃をもらうのは必定。
ボクが川へと着水する音と同時に凄い破裂音がしていた……ような気がしないでもないが、それはいったいなんだったのだろうか(すまないスキンヘッド)。
冗談はさておいて、あれがただの喧嘩でなかった場合、明日の朝、ニュースで死体が一つ紹介されるかもしれない。そうなったら、罪悪感にかられるかもしれない。それは嫌だな。
まあ、そんなことがあり、今のどんぶらこ状態になる。あの後すぐにしかるべき場所へ連絡したから、どうにかなっただろう。いや、どうにかなっていてほしい。
──それにしても。
「冷たいな」
日は沈み、辺りは暗へ。光は外灯と星の光。背中に
このままだと風邪を引いてしまう。そんな場違いなことを考えて現実逃避をはかる。でも、実際問題として、このままだとどこに行き着くのだろうか。この近くには湖はなかったし海だろうか。いや、公園の池かもしれない。
そんなとりとめのないことを考えていると、突然目の前にスクリーンが現れた。驚きで溺れかける。
──あっぶない!
なんとか体勢を立て直して水の浮力に身をまかせる。そんなボクにスクリーンから呆れたような、あるいは怒ったような声が放たれる。
『何やってるの、ハンス?』
スクリーンの中には美人さん、もといフェイト。ボクは瞬間的に目をそらす。そしてそらした瞬間に気がついた。これじゃあ、なにかやましいことがあったと言っているようなものだ。
『もしかして今日のこと忘れて遊んでるの?』
もうっ、と怒られる。擬態語で表すならプンプンといった様子。
ああ、だめだとわかっているのに頬が緩む。なぜだかボクは、フェイトのこの手の表現が好きなようで、それを見るたびに笑顔になれてしまう。これもきっと彼女の魔性の一つ。そう納得する。
「大丈夫、覚えてますよ。ヴィヴィオの進級祝いでしょう?」
にやけた笑みを強引に
「ちょっとトラブルで遅れますけど、すぐつきますよ」
『そう? それならいいけど』
まあ、正直に言えばついさっきのことで頭がいっぱいで進級祝いのことはすっぱり忘れていたのだが……言わないことが処世術というものだ。何より、あまりフェイトに怒られたくない。
「それでは五分後にはつく予定ですので」
『うん、なるべく早くね』
そう言って通信を切る。
それにしても、なるべく早くね、か。ボクは五分後と言ったのに、こう言い返されるということはどういうことを意味するのだろう。まさか、五分は遅いというわけではないだろう。ないよね?
「いや、事実そうなら──」
こんなことしてる場合じゃない!
ボクは素早く岸へと向かい、川と道路を隔てる手すりを乗り越え陸へ。その間にボクでも使える簡単な魔法を使用する。使用するはフィールドタイプの防御魔法。自分の肌から薄皮一枚隔てた場所に、全身を包む膜のように展開させる。外敵設定に水を追加し、膜を風船のように膨らませることで、身体や服についた水分を弾く。
ボクは足を動かして目的地へと急ぐ。距離はそこまで離れてはいない。だけれども!
「つっらい!」
はっきり言ってインドアなボクにはキツすぎる。肺が酷使されて過労で倒れるかもしれない。血の巡りは朝の通勤ラッシュか。一ヶ月前に受けた都会の熱い洗礼を思い出す。きっとボクはあの日から対人恐怖症になった、たぶん。
そうしてやっとこさでついたのは目的地──高町家だ。この一ヶ月の間、何度となく足を運んだ場所だ。頻度で言えば管理局の事務所よりは多いはずだ。ちなみにまだ学校というものには行ったことがない。
家の前で呼吸を整える。ボクとしては誰かにみっともない姿というのはあまり見せたくない。外装は完璧でありたい。でも、フェイトがよく見せるあの微笑ましいといった表情を見るに、ボクの見栄はバレバレの張りぼてなのかもしれない。
まあ、さておいて。
インターホンを鳴らして扉を開ければ、暖かな何かを感じることができる。人との触れ合いに乏しいボクでも、いやだからこそ、これがとても優しい雰囲気が満ちていることだとわかる。ここにはたくさんの幸せが詰まっている。だから、ここに入ればボクは幸せになれる。そう確信できる。
──のだが。
「七分もかかってるよ、ハンス」
それはないだろフェイト様。
そこには仁王立する金の人がいた。
とかまあ、なんやかんや。
天下のスピードスター様に速さとはなんたるかを教えてもらったような、もらわなかったような。そして結論が外装を薄く小さくするなんて話を聞かされたような。それを聞いていた高町親子が笑っていたような。
でも、まあ幸せには変わりない。きっとこれがボクにとって一番大切なことだと思うから。ボクとしての人生が幸せであったかどうかが、とても大切なことだと考えるから。
それから、みんなで食べるご飯が美味しかったり、ヴィヴィオの進級を祝ったりと。ボクも祝いの言葉を一言二言贈る。ヴィヴィオの太陽のような笑顔は日焼けをしてしまいそうで苦手だが、嫌い人種ではない。だからボクも素直に祝えたし、その微笑みも柔らかいものだったと思う。
ここではたくさんの笑顔を見た気がする。
その後はヴィヴィオへフェイトがデバイスを贈り、それをおもちゃを与えられた子供のように、いや真実その通りで、ヴィヴィオは早速と庭へと出てデバイスのマスター認証を行い始めた。
ボクはその様子をチラチラと見ながらも、そこは何も気にしていない風を装い、手にした小説を呼んでいた。そして微かな風の流れを感じた瞬間にそれは起きた。
「セークリッド・ハート、セーット・アーップ!」
まばゆい虹色の魔力光がヴィヴィオを包み、それが晴れた時、ボクは間の抜けた声が出た。何かがおかしい。インテリを装うためにつけていたメガネがずれる。ボクはそれを直しながら、庭先の光景に目をみはる。
そこにいたのは女神──げふんげふん、十代後半いや成人した女性がいた。翡翠と紅玉を瞳とした美しい人だ。そんな特徴的な人物なんてボクは
いいや、ボクにはわかっている。この状況、この状態、あの女性が誰かなど疑うまでもなく確定的だ。高町ヴィヴィオ、十歳だったはずの少女だ。
世界に常識は通用しない。ボクはとても矮小な存在だから──だから広くを受け入れようとしてきたし、している。でも、これはさすがに予想外。子供の成長速度がどこまで早くとも、一分や二分で十年分も成長するなんて常識の埒外だ。まあ、ボクも人のことは言えないのだが。
でも、だからこそ、ボクはこんなことを受け入れるまさしく魔法の言葉を知っている。『魔法ならなんでもあり得る』、つまりはまあ問題放棄だ。
それにしても、大人になる魔法か。あんまり魔法の知識はないけど、身体強化の魔法かな。それとも変身の魔法かな。大人になる魔法……大人に。
っと、思考が変な方向にそれかけた。
ふとフェイトへと視線を向けると、呆然と大人ヴィヴィオを見ていた。どうやら知らないのはボクだけではないようで、顔には出さずに親近感を得る。
それからアグレッシブガール高町ヴィヴィオはなのはさんを伴って夜の街へと繰り出していった。話の内容は聞こえなかったけど、まさか『新たな力を試したくなった。だから相手を求めていざ行かん』なんていうことはないだろう。ボクは大丈夫だと確信しているが、二人に先ほどのスキンヘッドと女のことを伝え見送る。
まあ、つまり、今この家にいるのはボクとフェイトの二人ということになる。本の中の文字列から目を離しフェイトを見ると、ちょうど視線が重なった。いまだにあの赤の瞳になれないボクは心拍数を少し上げる。
「ハンスは知ってた?」
フェイトの問いに、何を? とは返さない。きっと大人ヴィヴィオのことだろう。だから正直に答える。
「知りませんでしたよ。ボクも少なくない驚きを感じています」
まあ最後の部分はほんの少しの虚が存在するけど。
「ボクとしてはフェイトが知らなかったことの方が不思議だったけど」
「うーん、そういうような話は聞いたことあったようなーなかったようなー」
うんうん唸るフェイトを見て、少し可愛らしいと感じることは悪いことだろうか。でも隙がない完璧人間は好きになれないから、きっとこれは良いことだ。
くすりと笑みを浮かべたボクに勘違いしたのだろうフェイトは頬を膨らませる。でも、その姿は逆効果だと思う。なぜならボクはその姿をとても微笑ましく思ってしまうのだから。
「もうっ、ニヤニヤ笑わない!」
注意するフェイトに、ボクはつり上がる口角を隠すように本を顔の前に持っていく。そんな姿に不貞腐れたわけではないだろうけど、フェイトはボクから視線をぷいとそらす。
それからはフェイトが家族の定時連絡と称す、スクリーン越しの家族団欒があった。ボクも義兄と義姉に挨拶をし、とても楽しく過ごしていたと思う。
こうじゃない、そうじゃない、次はもっとうまくやる