写し鏡が砕けるまでに   作:マーブルカラー

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第3話 巡り逢い夜行

 

 人生にはまるで運命と呼ぶべき偶然がある。だから、ボクはコレを運命と名付けた。この不幸の重なり合いを。

 

 

 管理局より与えられたマンションで一人暮らしをしているボクは当然のように自炊をしなければならない。とても、とても面倒なことだ。前までは家事ロボットに頼りきりの生活をしていたボクにはなおさらだ。ちなみに家事ロボットは何か知らないが管理局に差し押さえられた。なんでもロストロギアの個人所有には申請が必要だのなんだの。

 まあ、つまり自炊するのメンドーだからコンビニ弁当でいいよね、という話だ。余談だが、このことがフェイトにばれると怒られる。

 そういうわけで外灯が照らす夜道を歩き、生きるための糧を買いにコンビニへと向かっていた。

 

 白のパーカーを着たボクは、空に浮かぶ月から顔を隠すようにフードをかぶる。真夜中なんて時間帯ではないが、周囲には静けさが満ちている──というよりは騒がしさが失われている。

 人の気配を感じられない闇の下。なぜだか一抹の寂しさを感じる。一人にはなれているはずなのに、これはきっとおかしいことだ。だって一人でいることに不安を感じているなんて、それは今までのボクじゃない。この変化を喜ぶべきか、悲しむべきか。変化はボクにとって、とても重要な意味を持つのだから、つい考えてしまう。

 それでも、ボクの思考は無意味に等しい。そんなことを考えているから、間違いを何度も繰り返すのだろう。つまり、ボクはこの寂しさを最悪な形で消し去ることとなった。

 

 ──十メートルほど先にあの碧銀を見た。

 

 それからの行動は早かったはずだ。ボクはすぐに手頃な街路樹へと走り、陰に隠れ、姿勢を低くする。まあ、十メートルになってようやく気づいた時点でかなり遅い行動と言わざるをえないが。

 ボクは街路樹から小さく顔を出し、様子をうかがう。碧銀の女性と赤の女性が相対している。雰囲気はあまり穏やかなものじゃあないようだ。ボクには彼女達が今にも殴り合いそうに見えた。

 それに……もしかしたらボクは少しの勘違いをしていたのかもしれない。あの時は、あのスキンヘッドが見るからに堅気じゃなかったために、勝手に喧嘩を売った方だと思い込んでいた。でも、今日のコレを見るに、もしかしたら喧嘩を売ったのは碧銀の方かもしれない。まあ、そんな真相かけらも興味はないのだけど。

 

 そんなことを考えている時に、彼女らは動いた。

 最初にしかけたのは赤。不意打ちに近い蹴りはしかし碧銀に防がれる。というか、まじか。ボクじゃ全然反応できなかったのに、人間技じゃないだろう。

 それからは赤がバリアジャケットを纏い、完全に戦闘態勢に移行したり、ボクには理解できない拳打の応酬があった。離れているはずのボクにもチリチリとした刺激が伝わってくる。

 これはアレだ。素人視点というやつだ。彼女らが何をやってるいるのかボクには一ミリもわからない。いや、さすがに一ミリはわかるか。

 ボクが飛び込んだら一瞬でミンチにされそうな攻防している二人は、それでも言葉を交わしているのがわかった。この状態で会話できるのかと、驚きを通り越して呆れる。打撃音のせいで全てを明瞭に聞き取ることはできないが、部分的にはボクの耳でも言葉を拾える。

 

「ベルカ……乱も……王戦争もッ!」

 

 途切れ途切れに聞こえるその言葉には、とても大きな激情があった。

 

「ベル……て国そのものも!」

 

 それにボクは自然と耳を傾けていた。

 

「もうとっくに終わってんだよッ!」

 

 そしてその言葉は──とても強くボクの心を打った。

 でも、それでも、激情(ソレ)で勝負が決まるわけではないことを、ボクは理解していた。

 

 赤の女性の必倒の蹴りは、確かに碧銀の女性の横っ面を捉えたはずだった。しかし、それは碧銀のどうかしている行為によって防がれた。正気じゃない。素直にそう思ったし、そう思えた。

 そこからは完全に碧銀の流れ。チェーンが赤に巻きつき身体を拘束する。つまりバインド。赤が逃れるためには一動作が必要で、でもそれよりも早く鉄槌が振り下ろされるのは、確定した未来だった。

 

「覇王──」

 

 碧銀の凛とした声が耳に届く。彼女が振り上げた左手にはいったいどれだけの力がこもっているのか。でも、それはボクにはきっと計ることはできない。

 そして、それは無慈悲に振り下ろされる。

 

「──断空拳!」

 

 凄まじい。その一言に尽きる一撃が赤を撃ちぬき、地面をも砕く。まるで空高くから柱が落ちてきたみたいだと思った。

 赤は痛烈なダメージによって動けない。碧銀はそれを背に、歩み去る。

 

「弱さは罪です。弱い拳では……誰のことも守れないから」

 

 最後にそんな言葉をボクの耳に風が運んできた。

 

 ボクはゆっくりと立ち上がり、碧銀が去った方を見やる。もうその姿は闇に埋もれて見えない。

 

『列強の王達を全て(たお)し、ベルカの天地に覇を成すこと。それが私の成すべき事です』

 

 そんな言葉をあの碧銀は言っていた。

 

「……亡霊」

 

 ぽつりと、無意識に、自分でも驚くほど()めた言葉を口から吐き出していた。碧銀が消えた先を見つめるボクの瞳はきっと凍えるほどに冷たかった。

 

 ──スィッチ。

 余計な思考を遮断し、切り替える。ボクは倒れた赤の元へと駆け寄る。見て驚いたのはあれ程の一撃を受けたはずなのに意識を保っていることだ。

 

「大丈夫ですか?」

 

 静かに問いかける。赤の彼女の金の瞳がボクを捉える。

 

「ああ、お前のおかげで大丈夫だ。アイツが最後のヤツ叩き込む時にシールドを間に仕掛けたのはお前だろ?」

「と言っても紙くずのように突き抜けられましたが」

 

 苦笑。ボクはあの時、確かにデバイスを通して防御魔法をあの間隙に割り込ませた。それでも、防御魔法特化のデバイスをもってしても、かの拳を止めることはできなかった。それについて悲観することはないが、少しだけ才能の違いを感じた。おそらくここが『ボク』の限界。

 

「立てますか?」

「んあ、悪い」

 

 赤の彼女へ手を差し出し、起きてもらう。もしかしたら寝ていた方が楽だったかもしれないけど、こんな場所に女の人を放置するのは気が引けた。

 ボクは彼女に肩を貸して手頃なベンチへと運ぶ。彼女はまだ先のダメージが残っているのか、少しだけ顔をしかめていた。ある意味、それだけ済んでいるのだから、ボクから見ればとんだ規格外だ。

 

「それで、こういう場合は警備隊に通報すればいいんでしょうかね?」

 

 ボクは親指で碧銀が去った方法をさしながら、目の前の彼女に聞く。こういう場合は年長者に指示を仰ぐべきだろうと適当に考える。

 

「あー……いや、通報はいいよ。あたしの家族に警備隊がいるから、そいつにそういうことは頼むから。それに」

 

 彼女はボクの前にスクリーンを出現させる。そこにはここ周辺の地図が映っていた。

 

「あれ、これって」

 

 ボクは地図の中で明滅する赤の光点を指差しながら、確認するように彼女を見る。それに彼女は肯定を意味するように頷く。

 

「そう、あの襲撃犯の居場所。止まってるっつーことはダメージはきっちりブチ込めたみたいだな」

 

 地図の中には赤の光点が駅の中で止まっている。これが目の前の彼女があの攻防の瞬間につけたセンサーだとすると、そう考えてボクは素直に尊敬した。

 

「お姉さん、もしかしてかなりの切れ者?」

「いや別に切れ者ってほどじゃあねーけど」

 

 否定しているけどそこまで嫌ではない様子。恥ずかしいのかな? 好ましい反応だけど、初対面の人にぐいぐい行くわけにはいかないので、褒めちぎるようなことはしないで身を引いておく。

 

「それじゃあ後のことはお姉さんに任せても大丈夫ですね。というわけでボクはこれで」

 

 手をひらひらと振って踵を返す。お姉さんに背を向けて歩き出そうとする──つもりだったのだが。

 

「ちょっと待て」

 

 ぐいっと肩を掴まれてしまいました。あれれ、お姉さん回復早いですね。もう立てるんですか。

 

「えーと、なんでしょう?」

 

 臆病ものは物腰低くして尋ねる。

 

「いや、目撃者をここで返すのはどうなんだろって思ってな。あと正直言うとアイツをあのまま署に連れて行く気はねェーんだわ。なんか訳ありっぽいし」

 

 その理由はちょっと意外だった。この人がそういう性格とは思ってなかった。もっと淡白な感じだと思っていたのだけれど、まあ引きこもりのボクの第一印象なんて当てになるわけないか。

 

「優しいですね、お姉さんは」

 

 素直な感想を述べれば、お姉さんが少し顔を赤くして横を向いてしまう。頬をかき、何やら照れ隠しのような口実を言っていたけど、ボクは笑みを浮かべてそれを流す。

 

「それでまあボクはどうしましょうか。時間ならありますけど」

 

 改めて問いかける。正直、目撃者と言っても、ボクが通報するなんてことはないし、いてもいなくてもいい存在な気がする。とは思わなくもなくもないが、お姉さんになら付き合ってもいいかくらいには心を許している。だからついて来いと言われれば、きっとボクは金魚のフンのようについていくだろう。

 そして彼女の返答は。

 

「そうだな。今日のことを下手に通報しないってんならもう帰ってもいいが」

 

 むぅ、その優しい言葉を聞いて少しうなる。信頼されていると思えば悪い気はしないが、ここで縁が途切れてしまうことにボクは少なくない不満を覚える。

 だからボクはらしくないとは思わないが、らしいとも言えない行動を、気づいたときにはとっていた。

 

「ねぇ、お姉さん。ボクはとても嬉しいとは思っていますよ。お姉さんの襲撃犯に対する慈悲を、ボクがないがしろにするはずがないと思ってくれたんですよね」

「ああ、そうだが……何が言いたいんだ?」

 

 そう聞くお姉さんに、ボクは少しだけあくどい笑みを作る。

 

「いやね。ボクはお姉さんが信頼するほどの存在ではないということです。まあつまり、どいうことかというと──」

 

 片目をつむり、

 

「断言します。ボクはお姉さんから離れたら確実に、お姉さんの優しさを無駄にするように、署に通報します」

 

 そんな言葉を口から吐き出した。

 案の定というか、それを聞いたお姉さんは少しだけ惚けた顔をする。

 

「はあ? お前、何が言いたいんだ……?」

 

 訝しげにボクを見つめたお姉さんは、しかしすぐに目つきが真剣なものになる。

 

「いや、何が目的だ?」

 

 そこまで声音に剣呑さはないが、ボクは少したじろいでしまう。なるべくその様子を相手に伝えないように、精一杯の笑顔を浮かべる。

 

「ご理解が早くて助かります」

 

 さも余裕の表情。もちろんフェイクだ。ボクは見栄っ張りだから、相手に弱音を見せたくない。だからきっと続く言葉もどこかふざけた雰囲気があった。

 

「実はですね、ボクってば一人暮らしなんです」

「それで?」

「自炊をしなければならないのです」

「ほーほー」

「でも自炊って面倒ですよね」

「まあ、そうかもしれないな」

 

 どうやらこの問答でボクの言いたいことを理解したらしいお姉さんは、どこか悪戯げな笑みを浮かべる。ボクはそれに笑みでこたえながら、もう少しだけ会話を楽しむ。

 

「だからボクはコンビニ弁当で済ませようと思ったわけでして」

「へー」

「でもボクの自由にできるお金って実はそんなにないんですよね」

「そりゃ大変だ」

「だから──」

「だから?」

 

 ボクは両の掌を胸の前で合わせて、いい具合の笑顔を作って結論を言う。

 

 

「一食、養ってくれませんか?」

「ああ、いいぞ」

 

 

 ああ言ったボクに、そう言ったお姉さん。

 ボクはそのあまりにも予想外な即答に目を見開いてしまう。その瞳にうつったのは悪戯が成功したような、あるいは勝ち誇った笑みを浮かべたお姉さんがいた。

 

「え? う、あれ?」

 

 混乱するボクにお姉さんは言葉を続ける。

 

「つまり交換条件ってわけだ。お前は襲撃犯のことを黙ってるかわりに、あたしがお前に一食与える……そういうことだろ?」

「ええ、まあそうですけど」

 

 なんか肩すかしを食らった感じ。思惑どおりにいかなかったせいで相手のペースに飲まれてしまった。ここからボクがペースを取り戻すのは無理に等しいだろう、たぶん。

 そしてお姉さんはボクの横を歩いて通り過ぎ、そこから振り向いて言った。

 

「ま、一食与えんのは姉貴の方だけどな」

 

 ほら行くぞ、と。ボクを半ば置き去りするようにお姉さんは歩き出す。

 

 ──なんか納得いかない。

 

 心の中にやりきれない感情を抱きながら、ボクはお姉さんのあとを追いかける。

 外灯に照らされる夜道を歩く。ああそういえばと、ボクは横にいるお姉さんに、思い出したかのように言葉を放った。

 

「そういえばボクはハンス・シュピーゲルと申します。お姉さんの名前はなんですか?」

「ノーヴェ、ノーヴェ・ナカジマだ」

 

 ボクらは今更のように自己紹介をし合い、でもボクはお姉さんと呼び慣れてしまったので、きっとこれから先もお姉さんと呼び続けるんだろうと思った。

 

 この縁をもう少しだけ続けるために、ボクは闇の下を歩く。でも、そこに寂しさはなかった。きっと、それは一人ではないから。それはとても、とても良いことだと、きっとそうだとボクは一人想った。

 

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