写し鏡が砕けるまでに 作:マーブルカラー
特に起伏のない話
何度となく夜空を見た。
ボクはここに来てから、毎日のように夜空を見ていた。でも、決してこの行動に何か重要な意味はない。ただ見ていた。それだけだ。そこに何か意味をお節介に持たせるのはきっと何か違う。
夜空にまたたく星を見た。それは碧銀の星。それはつい先ほども見たあの色彩だ。変身魔法を使って夜な夜な喧嘩をしていた少女の色だ。
そういえば……彼女の名前はアインハルト・ストラトスと言ったか。本人がそう名乗ったわけではないが、学生証にそう記されていたらしい。
「……アインハルト」
不意につぶやくその名。そこに特別を感じたわけではないが、少しだけ頭の片隅に残った。あの碧銀の少女にボクは特別な想いを抱いてはいないはずだ。……はずだ。あるとしたら好意とは逆の薄暗い感情であるはずだ。でも、もしかしたらボクは彼女をうらや──
──カット。
無価値な思考を遮断する。
ボクはポケットから魔法補助道具であるデバイスを取り出す。それは腕輪の形をしていた。ボクのために作られた防御魔法に特化したものだ。
夜の間だけは腕からこのデバイスを外せる。なぜなら、夜なら太陽もなく人もいないから。ボクはコレがなければまともに外に出ることすらできない。恥ずかしい話だ。太陽の下で生きているのに、それを浴びたら死にそうになるなんて。物語に出てくる吸血鬼のようだと苦笑する。
ボクはデバイスを用いて、簡易の魔法を使用する。親指と人指し指で目の前に輪をを作り、それを夜空にかかげる。指の輪の中には一つの赤い惑星がある。しかし、一瞬後にはその赤が白を溶かしたように薄くなる。
この指の輪の中には一つの魔法がある。それはとても簡単な防御魔法。ただ光を制限して調節するような魔法。でも、ボクにとってはとても大切な魔法。ボクの瞳の
ボクは指の輪でまた夜空を見ていた。きっと意味はない。それでもこうやって夜を過ごすことを、悪いとは思えなかった。
そうして空はだんだんと白み始めた。夜の闇が払拭させる。夜空でしか輝けない星が見えなくなる。ボクにとって眩しいだけの太陽が顔をのぞかせる。それを見届けて、ボクは踵を返す。
ここはスバル・ナカジマさんの家のベランダ。スバルさんとは、お姉さんことノーヴェさんのお姉さんのことで、ボクは昨日ここで一食をいただいた上に一泊していた。
今この家にいるのは、家主のスバルさんにその親族のお姉さん、スバルさんの親友のティアナ・ランスターさん。そしてボクの他にもう一人。あの碧銀、アインハルト・ストラトス。
ちなみにティアナさんはボクのことを知っていたらしい。『あら、あなた、フェイトさんとこの新しい子供じゃない』的なことを言っていた。そういえばティアナさんの顔はどこかで見たことがあったような。
まあ、そんなわけでボクはベランダから家の中へと舞い戻っていた……というわけで今は洗面台の前、鏡の中にいる自分と相対している。
鏡の中にいる自分を見る。不安がある。もしかしたら、髪の色が変わっているかもしれない。もしかしたら、瞳の色が変わっているかもしれない。もしかしたら、肌の色が変わっているかもしれない。もしかしたら、性別が変わっているかもしれない。もしかしたら……。
「大丈夫。ボクは『ボク』であって『ボク』以外の何者でもない。彼でも彼女でもないし、ましてや『
自己暗示に似たつぶやきに仮初めの安心を得る。ボクは『ボク』であって『ボク』以外の何者でもない。ボクの中に他の誰かの記憶があったとしても、それが別の誰かの記憶と区別ができるのなら、ボクはまだ『ボク』だ。ボクが生きているのは今であって、あんなに昔じゃない。
一通りの矯正を終えて、ボクは人の気配がする方へと歩を進める。そこにいたのはスバルさんとティアナさん。場所がキッチンだということを考えると何をしているかは明白か。
「おはよう」
「おはよー、早いねー」
ティアナさんとスバルさんは心地よい挨拶をボクに送る。
「おはようございます」
それに対し、丁寧な挨拶を返す。
少し彼女達の手元を覗けばとても美味しそうな朝食が作られていた。……と、そこでボクはある考えに行き着いた。なんか勢いで一泊してしまったが、このまま朝食までもらってよいものなのだろうか。
そんな不安が顔に出ていたのかもしれない。
「そんな不安そうな顔しなくても、ちゃんとハンスの分もあるよー」
そう言葉をかけるはスバルさん。そういう意味の不安ではなかったのだが、せっかく用意されているのにそれを遠慮するのは迷惑だろうとボクは考え、ならばもらえるものはもらってしまおうと楽観的に結論する。
「ありがとうございます。なんかいきなり押しかけたみたいな感じで」
そんなことを言うボクに、『そんなことないわよ』と言ってくれたのがティアナさん、『大勢で食べるご飯の方が美味しいから全然気にしてないよ』と言ってくれたのがスバルさん。きっとこういう人を善人と呼ぶのだろう。優しい人達だ、と心の中でつぶやく。
それからボクは素直に尊敬を視線に乗せて、彼女達が食材を料理へと変えていく様子を見ていた。料理がそこまで上手ではないくせに、見栄を張ってできるなどとフェイトに言ってしまったがために、コンビニ弁当で済ませようとしていたボクとは大違いだ。
それからのそれから、料理は完成し、ティアナさんがこの家にいるあと二人を起こし(?)に行き、ボクとスバルさんは協力して朝食を運んでいた。
ある部屋に入ると、お姉さん達がいた。
「おまたせ♪ あさごはんでーす」
そう言ってスバルさんが彼女達の元へと行く。
もう起きてたらしいお姉さんに……なんだかすごく破廉恥な格好しているアインハルト。Tシャツに下はパンツ(下着)だけとはどういうことだろう。別に興奮なんてしないが、その格好はどうなんだろう。もし自分でしているなら彼女はきっと変態さん。
それから食事の席に着き、みんながアインハルトに自己紹介を始める。そして彼女達は順々に自己紹介を終えていく。あれ? もしかしてボクもしなくちゃいけないのかな。そんなことを考えているとお姉さんに脇腹を肘で突かれた。……ああ、自己紹介しろというわけですか。
「割と一般市民のハンス・シュピーゲルです。どうぞよろしく」
などとテキトーに済ませる。どうせ長い付き合いにはならないだろうし、こんな感じでいいだろう。
ボクが朝食をありがたくいただいている間に、彼女達の話はアインハルトがなぜ襲撃を繰り返していたのかの話になっていた。お姉さんとアインハルトの格闘戦の間に交わした言葉を断片とはいえ聞いていたボクはおよそ予想がついていた。つまりボクが嫌いな動機だ。
この中で一番アインハルトを知っているお姉さんが他の二人に説明をしているのを横で聞く。
「大昔のベルカの戦争がこいつの中ではまだ終わってないんだとよ。んで自分の強さを知りたくて……あとはなんだ、聖王と冥王をブッ飛ばしたいんだったか?」
「最後のは……少し違います」
少しなのかと心の中で突っ込む。どちらにしても物騒だ。それに確か、今聖王といえばヴィヴィオに当たるんじゃなかろうか。そうであってはしゃれにならない、特に保護者的な意味で。
まあ、その心配も杞憂であるらしく。
「古きベルカのどの王よりも、覇王のこの身が強くあること、それを証明できればいいだけで」
それなら聖王に特別な感情があるわけじゃないのか。
「聖王家や冥王家に恨みがあるわけではない?」
そんなティアナさんの問いにアインハルトは短くはいと答えた。ボクはその言葉を聞いて嬉しそうにしているスバルさんに気がついた。顔に疑問符を浮かべていると、すぐにその解答はきた。
「スバルはね、その二人と仲良しだから」
ティアナさんはそう言った。その二人とは聖王と冥王のことで、聖王はヴィヴィオのことだろう。スバルさんはなのはさんの教え子らしいし、ヴィヴィオと知り合いでもおかしくないが……冥王って誰だ? ボクはフェイトを通して間接的には交流関係が広いわけだが、それでも思い当たる人物はいない。まあ、ボクが気にするようなことじゃないか。
それから、ボクが食事を進める中、アインハルトを署に連れて行く的な話になり、そこにお姉さんが加わる形となっていた。というか、驚きなのは襲撃に対する被害届けが一つも出ていなかったことだ。アインハルトは格闘家のような人たちをターゲットにしていたようだし、そこらへんが関係しているかもしれない。
まあ、それにしてもだ。
「やっぱりお姉さんは優しいですね」
一度関わったら放っておけないタイプかな。
ボクの素直な感想に、お姉さんは予想の通りに照れて、軽く頭を叩かれた。
まあ、それからは楽しい食事風景があったと思う。だから別れのときに少しの名残惜しさを感じてしまった。
「お世話になりました。そうですね、またいつかお礼をさせていただきますね」
「ま、フェイトさんの家族ならどこかでまた会うだろ。お礼はそんときでいいよ」
とかそんなやり取りをした後に、ボクは自分の家へと向かっていった。幸せがこの手にあるのなら、昨夜と今朝のそれはボクにとって有意義なものだったのだろう。そんなことを思いながら、家路につく。
「まあ楽しかったかな」
そう小さくつぶやいた。