雒城を大軍にて包囲した劉備だったが、張任らの頑強な抵抗に合い一年立っても落とすことが出来なかった。それどころか軍師の龐統が矢に当たって重症を負わされる事態にもなった。この事態を憂慮した劉備は諸葛亮の献策を受け雒城内部の切り崩しを謀る。すでに大軍相手の勝ち目のない戦いで疲労の極みにあった張任軍は、この策で瓦解する。すでに三千を切っていた兵が僅か五十を残し劉備に投降してしまったのだった。これを受け劉備は張任と親交のあった厳顔を降伏の使者として城内へと送り、張任は厳顔を城へと招き入れたのであった。
そして両者の最後の対談が始まる。
「――久しいな
城内へと招き入れられると同時に、厳顔は大声で語りかけた。
「あいからわず大きな声だな、桔梗よお前こそ元気そうで何よりだ。」
そう言うと張任は厳顔に歩み寄り、二人は笑いながら手を握り合った。
この二人今は仰ぐ旗を違えているが、まだ劉璋配下にあった頃は互いに【真名】を預けあい義姉妹の契りを交わすほどの仲であった。【真名】とは心から信頼の置ける者以外呼ばすことのない物であり、本人の了承なくして呼ぶことがあれば斬り捨てられても文句の言えぬ程のものであり、それだけに二人の仲が知れるものであろう。
そしてそれは互いに行く道が違った今も、変ることはなかった。
「さて互いに時間もあるまい。旧交を温め合いたいところではあるが、さっそく本題に入るとしようか。」
「うむならば桃香様、いや我主、劉玄徳からの口上を伝えよう。」
厳顔が劉備の名を出した所で張任が眉を顰めるが、厳顔はあえてそれを無視する。
「茜よお主達はこの寡兵でよく戦った、もう充分じゃろう…桃香様もお主の忠義に感心なされ厚く遇すると申されている…我が軍に降れ。」
「桔梗よ答えの分かり切っている事を問うなど愚かだとは思わぬか?あたしはあの小娘が好きにはなれぬ。口先では仁義を吐き、民には都合のいい理想を語り、叶わぬ夢を見せ、舌の根乾かぬうちに自らそれを覆す。偽善というのも甚だしい。」
「茜よ、あの方の理想はこの乱世において確かに甘すぎる綺麗ごとに聞こえるかもしれない。だがわしはあのお方ならそれを現実に出来るやも知れぬと思っておる。」
「笑止、今の時代清濁を併せ持つ気概を持たなければ英雄となりこの国を救うことなど出来ぬ。だが劉備はその現実から目を背け自身にとっての都合のいい理想を吐きながら、実際には自らその理想を裏切り、その事実をまた都合のいい言葉で塗りつぶす。やつの言葉に重みなど感じぬわ。」
「だが実際にはどうだ茜よ。桃香様の理想に皆も賛同し同じ理想を追おうとしておる。それこそあのお方が持つ徳と言うものだろう。劉璋の小僧のもとでは追えなかった平和な国作りが可能なのだぞ、新たなる蜀の為お主も力をかすべきであろう。」
言葉を尽くした二人は互いの目を見つめ合っていたが、ふと溜息を吐き張任が天を見上げた。
「これ以上話し合っても平行線だな、桔梗よもう行くがよい。幾ら語り合っても劉備の理想に私が共感することはありえぬ。私は死してこの国を守る鬼となろう…さらばだ友よ、もう語らうこともあるまい。」
そう言いながら背を向ける張任に、言葉を掛けようとする厳顔だったが、その背がもはや言葉を拒絶しているのを感じ首を振った。
「そうか、ならば最早語るまい…さらばじゃ友よ、もし戦場でまみえたら互いの武で語ろうぞ。」
そういい残し厳顔も背を向ける。
互いにこれが