いつの間にか降り出した激しい雨の中、雒城における最後の攻防が切って降ろされた。
否、もはやそれは戦とはいえぬ物だったろう。
劉備軍五万に対し雒城に残った兵力は僅かに五十、最早それは戦力とは言えぬものであった。
だが、張任率いる五十の兵は勇敢にも劉備軍へと突撃を繰り返す。
しかし一当てするたびに数を減らしていき、ついには張任ただ一人と成ってしまった。
だがそれでも張任は抵抗をやめない…。
右手に馬超、左手に張飛、後方に黄忠、そして前方にあの厳顔に囲まれながらもなお戦う。
「降りな張任!見なよお前の周りには最早敵しかいないぞ。このままじゃ無駄死にするだけだ。桃香様ならあんたを無下に扱ったりしないからさあ。」
馬超の言葉にも耳を貸さず。
「降ってちょうだい茜ちゃん!あなたをこんな所で死なせたくはないわ!」
真名を呼ぶ黄忠に目もくれず。
「にゃにゃにゃ~!!いい加減にしないと鈴々怒るのだー!!」
張飛の猛撃をも退け。
「っふ!」
もはや語ることなしと、豪天砲から放たれる厳顔の矢をもかわし。
「はあはあはあ…。」
それでも槍を振るう張任だったが、人の身である以上永劫に戦うなど出きる筈もない…。
ついには張飛に槍を跳ね飛ばされ、代わりに抜いた剣は馬超に折られ、黄忠に乗馬を射られ、厳顔によって叩き伏せられてしまった。
地に横たわった張任をすかさず雑兵が組み伏せる。
「くうっう…。」
張任が縄目を受けたのを見計らい、劉備がやってくる。
劉備は張任の拘束を解かせると、自らの理想を誠心誠意語り張任を説得しようと試みる。
もはや抵抗の素振りを見せず真摯に話を聞いてくれる張任に、厳顔や黄忠のように力を貸してくれるものだと確信し返答を期待する劉備。
だが張任の口から発せられた言葉は、劉備の期待したものではなかった。
「なるほど確かに劉備殿の理想は素晴らしい物に聞こえる。『誰もが笑っていられる国作り』ですか…皆がこの国を貴殿に任せようとするわけですな。」
「じゃ、じゃあ!」
「ええ、すばらしい甘言ですね。」
「え?」
「劉備殿…貴公はこの国に入って何をした?皆に理想を語る貴方が劉璋様に対して何をした?」
「そ、それは…。」
「貴方がした行為は『騙し討ち』であり『侵略行為』というのではないかな。」
「ち、違う。」
「皆で幸せに暮らす平和な世を語りながら、自らその理想を壊す輩に【義】など感じぬ、私は死んで蜀を守る鬼となろう早々に首を刎ねられい!」
その言葉に落胆しながらも、さらに説得しようと詰め寄る劉備に対し厳顔が首を振る。
「桃香様、もう話しても無駄でしょう。これ以上は張任の【義】を侮辱することになります。ここはやつの好きなようにさせてやってはくれませんかな。」
その言葉を聞いた劉備はまだ何かを言いたそうにしたが、黄忠が軽く袖を引きながら首を横に小さく振るのを見ると、何かを考えるように目を瞑り俯くようにしながら後ろへと下がった。
それを見た厳顔は一歩前へと出ると、
「茜よ、お主の首はわしが刎ねよう。」
そう言いい腰の剣を抜き張任の後ろへとまわる。
「すまんな」
そう言うと張任はもはや語ることなしとばかりに静かに目を閉じた。
(お前は本当に子供の頃から愚直にすぎたな。その生き方が真っ直ぐ過ぎて不器用にしか生きられぬ…。)
厳顔は一瞬だけ躊躇したように空を見上げた後、静かに振り上げた白刃を振り下ろした。
張任はそうして死んだ。
雨中、ごろりと転がったその首を抱きしめたまま、
「茜。━」
と呼びかけたきり、厳顔は突っ伏して泣いたという。
劉備はその忠節を惜しみその首を胴に縫い合わせた後、丁重に葬りその場に石碑を建てて供養した。
その石碑には張任の忠勇を称える碑文が刻まれている。
烈士 豈に甘んじて二主に従えんや 張君が忠勇 死してなお生けるが如し 高明なること 正に天辺の月の如く 夜々 光を流して雒城を照らす
(烈士たるもの どうして二君に仕えることがあるだろうか 張任の忠勇は (張任が)死んでもまだ生きているようだ (張任の)高明さは まさに天の月のようで 毎晩 光を流して雒城を照らしている)
序章・完