―――眩しい光を見た気がし、そこで夢から覚めた。
体を起こしながら周りを見渡すと、そこは雨に濡れた刑場ではなくもはや見慣れた自身の部屋だった。頭を振りながら意識を覚醒させると先ほどまで見ていた昔の記憶が思い起こされる。
…またずいぶんと懐かしい夢を見たものだ…
自身がまだ今の「茜」という名の唯の少女でなかった頃の記憶…「張任」という名の一人の武将だった頃の記憶…。果たすべき役目も果たせず、守るべき仲間も守ることの出来なかった愚将…その最後の記憶。
先ほどまで見ていた夢のせいであろうか、自身の首を討たれる瞬間胸一杯に広がった無念さと後悔における激しい痛み…。それを思い出し心が凍り付きそうになるほどの震えが全身を襲う。
それらを振り払うように布団から抜け出すと洗面所へと向かい顔を洗った。まだ春に入ろうかというこの季節の早朝、少し寒いくらいの中冷たい水が先ほどまでの
ふと洗面所に備え付けられた時計に目をやると、いつもの起床時間よりだいぶ早く目が冷めてしまったようだった。これはやはりあんな夢を見たことが原因だろうか…。
そんなことを考えながらも「制服」へと着替えた茜と言う名の少女は、いつもどうり家族の朝食を作る為台所へと向かうのだった。
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「お早う茜、今日も早いな。」
家族が起き出すよりも早く家を出て学園の剣道場で竹刀を振っていた茜に、同じように竹刀を持った少年が道場へと入ってくるなりそう話しかけてきた。
『北郷 一刀』……茜と同じく聖フランチェスカ学園の二年生で、同じ剣道部に所属しさらに幼稚園の頃からずっと同じ学校という所謂幼馴染と言うやつである。
「…北郷、学外では構わないが学園では苗字で呼べと言ってあるだろう…公私の区別を付けろと何回同じことを言わせる…。」
「あいからわず硬いな、いいじゃないか幼馴染なんだし。」
竹刀を振る手を休めることもなくそう告げる茜に対し、一刀はそう言いながら明るく笑った。
茜は小さく溜息を吐くと一刀に目を合わせることも無く素振りを続ける。
そんな様子に苦笑を浮かべると一刀は茜のすぐ横へと並ぶと同じように竹刀を振り始めた。
(勘弁してくれ)
茜は素直にそう思った。別に一刀が嫌いなわけではない…幼少の頃は家が近所と言うこともあり共に遊んだ仲だし、こんな無骨で不器用な自分に当たり前に接してくれる、得がたい友だとも思っている…。だが問題は一刀の異様に女性に好かれるという異常な体質にあるのだ。
一刀の魔の手にかかった女性はクラス内はおろか、学内外を問わず、また年齢を問わず数多に存在する。
大げさな話し、道行く女性に一刀がすれ違えばその内の何割かはもう一刀の虜となっているのだ。
さらに本人がそのことに関して無自覚なのが始末に悪い。
そんな一刀の幼馴染というポジションに位置し、「茜」などと名前で呼ばれば周囲の女子からどういう視線を向けられるか…想像に苦しくはないだろう。
さらに茜は寡黙で人付き合いが美味いほうではない。当然美味く周囲に一刀との関係を説明など出来るはずもなく、一刀に好意を寄せる周りから理不尽な対応をされるというわけだ。
「…どうでもいいが、少し近すぎる…もう少し離れろ。」
今もこうして二人仲良く並んで素振りなどしてる姿を同じ部活の女子に見られたらまた何と騒がれるか…。
そう考え無駄とは思いつつ少しでも距離を取るように一刀に告げる。
…何故ならこの剣道部に所属する女生徒も皆、一刀に魅了されてるのだから…。
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結局遅れて部活の朝練へとやってきた女子たちに、一刀と二人きりの所を見られ散々騒がれてしまい朝練の疲れが倍増してしまった茜だったが、シャワーを浴びなんとか気持ちを切り替え教室へと向かった。
運が良いことに二学年になってからは一刀とは別のクラスになった為、それほど女子たちの敵意の視線に晒されてるわけではない。
一年生の時には運無く一刀と同じクラスとなってしまい、しかも事あるごとに一刀が茜に話しかけるものだから、女子達の殺意に似た視線に四六時中さらされ鬱陶しい事この上なかった。
今も茜と仲良くしようという女生徒はクラス内に一人もいないが、それがないだけ充分ましといえる環境だろうと茜は思っていた。
それにしてもと茜は思う。
今朝見た夢のせいだろうか、薄っすらと照らされる春の陽気に照らされながら昔の自分というものにぼんやりと思いを馳せていた。
――――かつての自分が生きていた時代は今から千八百年以上昔の事らしい
張任としての人生からすでにそれだけの月日が流れてしまっているらしい。
そのことを知った茜だがその時にさほどの衝撃を感じなかった。
やはり自分にとって過去は過去、今は今の人生だとどこかで悟っていたからかも知れない。
唯、自身が生きてきた過去とこの世界の過去とは微妙に食い違いがあるようだった。
まず自身が生きていたあの世界の主だった武将は皆女性だったが、この世界の過去では皆男性だったと言う。
張任がゴツイ男性の武将として紹介されてる本を見たときはさすがに色々ショックだった…と茜は苦笑を浮かべる。
次に歴史の流れも微妙に食い違う。自身が体験した歴史でも雒城が落ちたのが成都より先だったり、黄忠殿や魏延が劉璋様の部下でなかったりと細かい所で違いが有るようだ。
つまりこの世界の歴史では自身の死後、あの蜀の行く末がどうなったのかは正確にはわからない…。
この世界の蜀は、結局曹操亡き後の魏の国に滅ぼされることになるが、あの世界の蜀はどうなったのであろうか…。
「――――今更な話しさ。」
そこまで考えて茜は思う。
この世界の過去と自身の過去、どのような違いがあろうと今更過去にもどってやり直せるわけでもない。
思い煩うだけ無駄だ。それよりも何時の間にやら昼休みになっていて、弁当片手に此方へとやってくる