真・恋姫夢想~義侠の空   作:南斗星

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第二話

学園のある町から二駅ほど離れた場所に茜が住まう家と家人が生業とする剣術の道場がある。

このあたりは、緑が多い。

ずっと向こうには大きな公園があり、その周りには森が見え木々が生い茂っている。

そのせいか町中のわりに鳥が多く見られる。

特に夕刻などは道場の裏手には(からす)の鳴き声が喧しいほど響き、近所の子供や口の悪い大人たちは「(からす)の道場だ」などと陰口を叩いている。

 

「…一刀か」

 

休日の早朝、その烏の道場で稽古に勤しんでいた茜は道場に入ってくる人物を見ると低い声でそう言った。

 

―――学園では「北郷」と呼ぶ茜だが、学外…特に一刀と二人きりの時は「一刀」と呼ぶ。

何度も言うが茜は一刀を決して嫌ってなどなく、むしろ得がたい親友だと思っている。

唯、一刀に好意を寄せる女性からの嫉妬に似た感情を向けられるのが煩わしいだけである。

 

「やあ」

 

一刀は朝からばかに機嫌がいい。何が嬉しいのかニコニコと笑っている。

肩に背負った防具などを床にと下ろすと、うんとひとつ背伸びをした。

 

「すっかり」

 

一刀は道場の軒へと出るとそのままむこうの空を見上げて

 

「春めいて来たな。」

 

といった。

 

「…そうだな」

 

茜は表情ひとつ変えずにそういうと額に張り付いた自身の前髪を一度かき上げそのまま再び竹刀を握りなおした。

さて、この一刀である。

幼少の頃近所の公園で知り合った茜に誘われ、彼女の祖父が当主を勤めるこの道場までなんとなくついていった一刀であったが、そこで茜が竹刀を振るうその姿に一目で魅せられその日のうちに入門を決めてしまったのだった。以来二人はこの道場で切磋琢磨し、学園で部活に入った今でも休日などはここで剣を振るもが日課となっていた。(このことを知り我先にと入門した女子部員も数名いたが、余りの厳しさに三日と持たなかったという逸話もある。)

 

「…一刀」

 

茜は何か思うことでもあるのか、握りなおした竹刀をそのまま下ろすと空を見上げたまま呆けている一刀をじっと見下ろした。

 

「ちょうど退屈していたところだ。付き合ってやるから一汗かいて行ったらどうだ。」

「それは」

むろん望む所だった。一刀にとって茜は同門であり親友(ライバル)でもあると思っているが、同時にいつかは超えたい目標のようなものなのだ。その剣の手筋を真近で観察出来る(みれる)のはありがたい。

一刀は、道場の隅で両膝をそろえ、先ほど床に置いた自らの防具をつけた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

一刀が防具をつけて道場の真ん中へと出ると、茜はすでに身支度を終えたのか道場の正面で正座をし、防具の面を横に置いたまま静かに瞑想してるようだった。

 

「一刀、支度はできたらしいな。」

 

と、茜は瞳を開けると、けっして大きくはないが鋭い声でいった。

 

「ああ」

 

一刀がひとつ頷きながらそういうと、さて、茜が面をつけて立ち上がった。

ついで、一刀も一度座り小脇に抱えた面をつける。

 

勝負の方法(ルール)は?」

 

と一刀が問うと、

 

「…いつもと同じだ、何本取られようが負けはない。さきに()をあげた方の負け、だ。」

 

双方、道場の中央へと歩みより、礼法どおり互いに礼を交わすと、かがみつつ竹刀を抜き合わせた。

一刀は飛び下がると剣先を大きく舞い上げて派手な上段に構えをとった。構えに明るさがある。いかにも一刀らしい大らかさが、その(てい)にあると茜は思った。

対して茜は剣先をやや左下に向け、下段に構える。下段は攻撃よりむしろ相手の出方を試すのに都合のいい構えである。つまり相手に(せん)をとらせる戦法であるだろうか。

そして一刀はそれが誘いとわかりつつも、先をとる。

構えを上段から中段に直すや、ツツっと間合を詰め、剣先で相手を圧迫させつつ、

 

「やあっ」

 

と気合をあげ、面を狙う素振りから素早く胴襲うとした。その一刀が僅かに起こした籠手を、茜の竹刀が目にも留まらぬ速さで撃った。

 

「…まずは一本といったところか」

 

ぽつりとそう漏らすと互いに向き直り、次も茜が下段に構える。

一刀は上段ではなく、最初から中段をとった。(てい)に無理がなく、竹刀が軽い、自然体で綺麗な構えだ。

ぱっと、一刀の竹刀が茜の面を襲う。だが、茜は素早く退くと同時に自分の竹刀で一刀の竹刀をすりあげ、そのまま振り上げた竹刀で踏み込んで一刀の面を撃った。

撃ちが浅く、軽く見える一撃だったが、受けた一刀の頭には、ずんと重い衝撃が走る。

 

「いてえ。」

 

まるで骨身に沁みるような痛撃を喰らい、思わずそんな言葉が漏れる。が、

(浅い)

茜はそれでは不満であった。技が小技すぎた。

(あれでは、一太刀で斬れぬ)

一刀に向き合うと今度は左上段に構えた。

そのまま茜は動かなくなり、気合を充実し静かに眼を閉じる。一刀はそんな相手に油断なく構えを崩さない。

そのまま数分が立ったか、開け放たれた窓から吹き込む風が二人をなぶっていく。

そして、ついに見た。

一刀が気倒(けお)され、重大な隙が出来た瞬間、眼を見開いた茜が、どっと踏み込み、振りかぶった竹刀を一刀の右面に大きく打ち下ろした。一刀はその太刀筋のあまりの速さに手も足も出ない。

(うむっ)

腰を沈めた。

一瞬刃が鳴った。茜の剣がななめに流れ、一刀がどっと尻から倒れる、と、その時、茜の背後で声がした。

 

「勝負、それまで」

 

振り向くと茜の祖父、厳彩(げんさい)である。何時の間にか道場に入りこんだのか、ひょこひょこと道場の中央へと進み出た。一刀はおろか茜にすら気配を感じさせなかったこの老人は、道場の隠居にて茜や一刀に剣の手ほどきをした流儀の師匠である。

六十八。

小柄な女子の茜よりさらに小さく見えるが、いまだ茜はこの老人から勝ちを得ない。

 

「…爺様」

 

しばらく間をおいて茜は竹刀を崩した。ふうと一息気を吐く。

 

「強い、強いのう。あいからわず見事な剣というべきか。」

 

一面に皺を寄せながら老人は茜に笑みを浮かべる。

 

「じゃが、まるで相手を叩き伏せるような剣筋じゃの。お主だれぞ斬るつもりかの。」

 

一刀はその言葉に首を傾げる。茜の剣をまるで叱責するかのようなこの老人の言葉に納得がいかないのかも知れぬ。茜は何も言わない。

厳彩は意味ありげに笑った。その笑いに茜の眼に僅かに光が灯る。

 

「まあ良い朝餉の準備が出来ておる、ここらで一息入れるがよいて…一刀も食って行きなさい。」

 

そういうと茜に背を向けまたひょこひょこと歩いていく。それを見ていた茜だが、ふっと息を吐くと「一刀、飯だ」と一言告げて道場を出て行く。それをぽかんとした表情で見ていた一刀だが、やがてゆっくりと立ち上がると痛む尻を押さえながら後を追った。

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