オリキャラといっても、モデルがいますが。
―――そとは、冷たい雨。
張任は、雒城の一室からぼんやりと外を眺めていた。
「今年の雨は冷たい」
つぶやいた。今は去った厳顔らも劉備の元、この雨を見ているのであろう。
「――――――」
と、背後で冷苞が顔をあげたらしい。
が、何も言わず膝元へと視線を戻した。
縫っている。その膝の上のものが、張任の衣服であることを、彼女は知っていた。
雒城に篭って半年。食料の備蓄はもとより、服など多くの生活物資が不足がちである。
それは武将たる張任たちも例外ではなく、こうして修繕などをして着回している状態であった。
張任は女性ではあったが、こうした細かい作業など得意ではなく、それをなぜか男の冷苞が代わりにやっていた。
が、張任も冷苞もこれについて一言も会話したことがない。
(妙なものだ)
こうして雨が濡らしている一つ屋根の下に男女がこもっていると、ふと、長年付き添った夫婦のような気がするのである。
が、冷苞とは男女のつながりはない。張任が求めようとしないのだ。
張任は男に抱かれたあとの
いや恋ともいえぬが。
(己という女はすぐそばに男を置きながら、抱かれたいとも思わずに静かに篭っている。そんなふうにしかまっとうな恋の出来ぬ女らしい)
「この雨じゃ、大変だろう。さっき金雁橋が流されたと聞くが」
唐突に冷苞がぽつりと呟く。
「そうだな」
冷苞は、糸を噛んだ。
「時勢のようだな」
冷苞は、手元をちまちまと動かしながら、そんなことを言う。やはりさまざまと気がかりなのだろう。
厳顔らの分離、劉璋の降伏で、
劉備は官軍、
張任らは賊軍、
と、旗が明らかになった。
「時勢が変わっていく」
と静かに張任は言った。
「妙なもんさ」
冷苞は、
(このひとは。――――――)
内心、鮮やかな驚きがあった。このなにも優しい目をする人だったのか。
張任は、立ち上がった。
「どこへ?」
冷苞が、顔をあげた。
「しらん」
雨中、張任は出た。
風は弱まったが、雨脚が強い。傘にすぶいていた。
傘の中、張任は籠もるような気持ちで一人居る。あの部屋の残り香と共に歩いた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ヒュン!と甲高い音と共に、茜に向かって振るわれた剣が空気を裂く。
背後から襲ってきた敵の刀を、茜が本能の命ずるままに頭を傾げかろうじてかわしたのである。
実家で常日頃から実戦剣術を習っており、さらに前世での
並の者なら、あっさり首を飛ばされていたに違いない。
茜は、さらに間合いを詰めてきた敵の剣をかわし、その身体をぐいっと押し返した。
敵は空中でくるりと回転し、音も無く着地して態勢を立て直す。
敵は茜に比べても多少小柄なくらいだが、その分だけ恐ろしく身軽な相手のようだった。
気がつくと陽はすでに落ち、暗闇が相手を包み込み姿形をはっきり見て取ることが出来ない。
茜は、闇の中わだかまる影のような敵の気配を慎重に探りつつ、ほんの少し崩れた体勢を仕切りなおそうとした。
その僅かな隙をついて。――――
まったく別の角度から、猛烈な蹴りが襲い掛かってきた。
それを避けられたのは、茜が持つ野生的な勘のお陰といってよいだろう。
茜は、
カミソリのように切れ味の良い蹴りは、茜の頭髪を何本か持って行ったかもしれない。
茜は、そのまま身体を前にと投げ出すようにして、地面をゴロゴロと転がった。
敵は一人ではなかったのである。
今の所確認できるのは二人だが、他にも何人か控えている可能性もある。
(…こいつは逃げたほうが良さそうな所だが、な)
だが相手の実力からして素直に逃がしてくれるとは思わない。それに茜にはこのような所でいきなり襲われる心当たりなどまるで無い。相手の意図が読めない以上こちらから情報を得るように仕向けるべきだろう。
そう決心した茜は、敵との間合いを充分取った所でスックと立ち上がり、周囲の気配にも充分注意を向けながら、最初に相対した剣を持つ女性らしき影に話しかけた。
「…貴様ら何者だ、何故己を襲う?己には心当たりはまるでないのだが。」
だが、その問いに答えたのは問いかかられた本人ではなく、あとから襲ってきた人影のほうだった。
「黙れ!
そう激高しながら暗闇の中から一歩前へと進み出てきたのは、見た目中国の古い物語に登場するような道士のような格好をした少年だった。
「…何?」
外史という聞き覚えの無い言葉も気にはなったが、茜にとってはそれよりも少年が放った‘北郷一刀’と言う意外な名前のほうが聞き捨てにならなかった。
「貴様ら、何故一刀の名を」
茜の漏らした呟きに、少年は薄笑いを浮かべ、
「貴様が知る必要などない」
と、皮肉な口調で語りかけた後、茜の背後の闇を見つめていた。
茜がそのことに気が付いた時、
「ウグッ!」
突然苦しげな呻き声がその口から漏れた。
背後から何者かに強力な力で絞め付けられたのである。
敵と思しき少年の口から思わぬ名が出たことにより茜の思考から周りへの警戒が一瞬途切れたその隙をつかれた形となった。
僅かに覗き得る姿は巨躯の男。やはり敵は二人だけではなかったようである。
「むう」
唸ったきり、その締め付ける力のあまりの強さに茜は動くことも出来ない。とっさに相手の両の腕を掴み抵抗はしているが、意識も飛びそうにとなっている。
しかも背後の敵だけではなく、正面の二人も大人しく見ているだけとは限らない。
(このままじゃ、やられる…)
茜は身動きが取れぬまま、己が窮地に陥ったことを悟った。
それを察したか、道士姿の少年が、ニィッ!と笑うとスルスルと、まるで親しきものに挨拶にでも行くような自然な足取りで近寄りながら、茜を絞めつけ続ける人物に大声で叫んだ。
「やってしまえ!‘蝦蟇’、そいつの首をずたずたに引き裂くんだ」
それに呼応するように、茜の首へと掛かる重圧が増す。
茜も必死に力を振り絞り抵抗するが、さらに巨躯の男はその重い身体を使い茜を押し潰さんと圧し掛かる。
肩から背中、腰にかけてとてつもなく重い重圧が圧し掛かる。
「グウッ!」
茜は両手に力を込め、なんとか敵の手から逃れようともがく。
が、首を絞める力はさらに強くなり、背中への圧力はずしりと重く圧し掛かる。
茜の身体がぴくんと跳ねる。
(駄目、だ!)
茜はその瞬間、‘死’を覚悟した。
が、―――
ガツン!
大きな音がして、
「グッ!」
蝦蟇と呼ばれた男が呻く。
見ればその後頭部からは血があふれていた。
蝦蟇は後頭部を抑えながらよろめき、その足元からは野球のボール大の石がゴロゴロと転がった。
「ゲホッゲホッ!」
その隙をつき、茜が敵から転げるように離れ間合いを取る。先程で強力な力で絞められた喉は苦しげに咳き込んだ。
蝦蟇は後頭部を抑えながら苦しげに転げまわる。
「ちっ!誰だ」
道士の格好をした少年が辺りを見回しながら、怒りにかられて叫ぶ。
「誰だじゃねえよ!お前たちこそ誰だ、茜に何しやがる!」
茜たちの背後から、聞き覚えのある声が怒りを含ませ聞こえてきた。
思わず振り返る。
「貴様、北郷一刀!どうやって結界の中へ!?」
そこには茜の幼馴染で同門。‘北郷一刀’が怒りに肩を震わせながら立っているのが見えた。
※蝦蟇→蝦蟇仙人のこと。
左慈に仙術を教わった三国時代の呉の葛玄、もしくは呂洞賓に仙術を教わった五代十国時代後梁の劉海蟾がモデルらしいです。
中国ではマイナーな仙人だけど、日本では人気のある仙人で、いろんな形で描かれています。
巨大な蝦蟇に足をのせてるアレですね。
NARUTOのエロ仙人と関係があるかは知りませんw
今回は左慈関係ということで、特出してもらいました。
※冷苞→劉璋の部将
『正史』では、劉璝・張任・鄧賢と共に涪城で劉備軍を迎え撃ったが敗れ、綿竹へ後退した。その後、冷苞の事跡は史書にないそうです。
小説『三国志演義』では、史実の涪城ではなく雒城で劉備軍を迎え撃つが、まず魏延に捕えられ、他の武将を説得する約束で解放されたが、次は水攻めで劉備軍を攻撃しようと図る。しかし、またしても失敗し、魏延に再度捕えられ、直ちに処刑されちゃった人。
で、その時の劉備の言葉が
「私は情によって君を赦した。だが君はそれに報いなかった。今君を殺すのにハエを殺すほどの哀れさもない。」らしい。
正史では名将だったらしいけど、演義での扱いのせいか、張任と比べると人気はいまいちな不遇な人。
今回は回想で出演した、あの世界だと希少な男の武将。たぶんもう出ないかとw