アングリー・ニンジャ・アンド・アングラー・タンク 作:ターキーX
アングリー・ニンジャ・アンド・アングラー・タンク#9
バイオスズメの鳴き声が聞こえる。ネオサイタマよりは大気汚染の濃度は低いとはいえ、それでも空に薄い雲は常にかかり、早朝の弱い日の光を廃墟に投げかける。「……よし、準備完了です」Ⅳ号戦車の最終点検を終えたニシズミ・ミホは頷くと、周囲の状況を確認した。既に広場を離れ、ここはオオアライ側のスタート地点だ。
一方、フジキド達試合観戦者は広場に設置された観戦会場で試合開始を待っていた。「あとどの位で始まるんだっけ?」流石に少し冷えるのか、アベ一休Tシャツの上からパーカーを羽織ったエーリアスが聞く。「あと30分ほどで開始だな」ヒナ壇式観客席に腰かけたフジキドが、前面に設置された大型プロジェクターの残り時間を見る。
このプロジェクターで観客は試合の動向、おおまかな車両の動き、双方の戦力の変化、各所に配置されたIRCカメラの撮影範囲内であれば実況中継を見る事ができる。無論、試合の公正を規すために試合参加者たちには相手の動きは分からないようになっている。そのため、彼女たちのスタート地点に置かれている同様のモニターは開始後撤去される。
既に双方の出場車両は発表されている。オオアライ側のオーダーに対し、やはり相手側にノンナ達諸学校のメンバーの参入は筒抜けだったようだ。用意してきた車両はⅣ号戦車(フラッグ車)、三突、三式、M3Lee、八九式、M4シャーマン、チャーチル、T-35/85、ティーガーⅡ、CV33。全てが黒のカラーリングで統一されている。
わざわざCV33までどこからか持ってきて、総合力を落としてまでこちらと面子を揃えたのはアハトアハトの陰湿な趣向だろう。こちらと同等の戦力をもって相手を圧倒する事で絶望感を与え、蹂躙しようと企てているのだ。(この話を行った際に激昂したアンチョビがタンケッテ最強論を長々と語り出した件は横に置く)
「……そういえば貴方、ノンナ=サンの事はどうだったの?」フジキドを挟んで座っていたナンシーがエーリアスに尋ねた。「朝飯の時に少しだけ話ができたが……ギリギリだな。流石に彼女の精神に潜るのは止めておきたかったから話をしただけだけど、暴走の一歩手前って感じだ。本人もそれは分かってて必死でブレーキかけてる。大したもんだよ」
フジキド達はカチューシャとノンナの関係を直接知る訳ではない。しかし、他の生徒から聞くだけでもその信頼の深さは十二分に知る事ができた。他校のメンバーも当然ながら隊長に対しての相応の信頼や尊敬を持っているが、彼女の場合のそれは崇拝の域に達しており、時に部下、時に保護者のように接して補佐し続けていたそうだ。「カチューシャが雪が黒いと言えば世界の雪を黒く染める程の人」とは同プラウダのニーナの言である。
「大丈夫かしら」「まあ、試合が始まればそういった揺さぶりも難しくなるし大丈夫だろ。見守るしかねえよ」「……そうだな」フジキドはそう言うと懐の携帯IRCを操作し、隣にいるナンシーにメッセージを送った。
#NSGOKUHI:njslyr:開始タイミング?
その横のナンシーも、髪を直すような動きで首元のLAN端子に自身の端末を接続させる。
#NSGOKUHI:ycnan:試合開始後、センシャドー連盟車両撤収後。潜入ポイント設定済。
#NSGOKUHI:njslyr:見込みは?
#NSGOKUHI:ycnan:判断力、指揮力を失わない程度の自我の弱体化。
#NSGOKUHI:ycnan:おそらくごく軽度の電子ドラッグ。故にカウンター容易と推測。
#NSGOKUHI:njslyr:了解した。こちらはニンジャを監視する。
反対側の観客席に悠然と座るアハトアハトに目を光らせつつ、フジキドは通信を終えた。試合はミホ達に任せるしかない。フジキド達がこれから行うのは、その裏のイクサだ。仮に試合に勝ち、強制転校させられていた少女たちが戻ってきたとしても洗脳されたままでは本当に帰ってきた事にはならない。いわば治療薬が必要だ。
その為には彼女たちが装着させられ、常時何らかのプログラムが施されているあのサイバーサングラスが必要となる。そしてそれを入手できるタイミングはこの試合の最中しか存在しないだろう。また、かつてのクロモリミネ戦のように戦況が変わればアハトアハトは妨害に動く。その時はフジキドが動かねばオオアライは負けるだろう。
表と裏、どちらの敗けも許されぬ過酷なイクサである。双方の陣営の様子を交互に映すモニターを見つつ、フジキドは己の中にカラテを漲らせた。「……?」その時、画像にノイズが走ったかと思うとネオサイタマTVの豪奢なロゴが出現した。アハトアハトが立ち上がり、ワイヤレスマイクを取り出し説明を始める。
「エー。今回のこの試合ですが、学生間とはいえセンシャドー優勝校であるオオアライと、恥ずかしながら新鋭と評されております我々デンエンチョーフとの試合という事で、少なからず注目されております。つきましては今朝のニュースでそちらが放送されておりますので、そちらを試合前に御覧頂ければと思います」
「野郎、何をするつもりだ?」怪訝な顔をするエーリアス。その内に画面はロゴから朝のオイランニュースに切り替わった。競泳水着めいた服装のオイランキャスターが朝のニュースを淡々と読み上げる。「……次はセンシャドーの話題です。先日、高校センシャドーの全国大会で劇的な優勝を果たしたオオアライと、設立後連戦連勝のデンエンチョーフの試合が本日、イバラギ学園都市跡地で開催されます」
ミホとマホの両者のアップの写真が写る。「オオアライの隊長はニシズミ・ミホ=サン、対するデンエンチョーフ隊長は、先日の試合後クロモリミネから転校したニシズミ・マホ=サンが務める事になり、奇しくも全国大会決勝戦同様の姉妹対決となりました。オオアライの隊長、及び教官は試合前に多忙との事でしたので、デンエンチョーフのムタグチ教官のインタビューと、部隊員のコメントのみお届けします」
「……ニシズミ・サン、聞いてる?」「え? ううん、何も……」スタート地点で待機するサオリがミホに尋ねる。首を横に振るミホ。それはフジキドも同様である。すなわちこれはアハトアハトが、更には背後のアマクダリがネオサイタマTVに介入して作った欺瞞ニュースに他ならない事を意味する。
不穏な空気を察し、動揺の広がるオオアライ勢を他所にまた画面が切り替わり、今度はアハトアハトとその背後に立つ二人の女生徒の姿が写りこむ。「………!」ノンナの視線が険しさを増す。マホとカチューシャだ。「今回は前回優勝校のオオアライとの一戦という、デンエンチョーフ的にも厳しい戦いになるかと思いますが」
キャスターの質問に、椅子にゆったりと座るアハトアハトは表面上の笑顔を崩さず答えた。「実際強敵であり、胸を借りるつもりで挑むつもりです。キヨミズですな。だがこちらもこれに備え、今日まで鍛錬を積んできました。精一杯ガンバリを見せたいと思います」ブッダ! 何たる欺瞞に満ちた返答であろうか!
次に画面はマホ個人へのインタビューに移る。「名門クロモリミネから移ってきて感じた事は?」というリポーターの質問に対して、マホは淀みなく答えた。「最初は戸惑いましたが、現在ではここに来れた事を感謝しています。教官の厳しくも優しさある指導のお蔭で、私はここで自分の本当のセンシャドーを見つけたと感じています」
更にカチューシャへ。「以前、プラウダで隊長をしていた時の事を振り返ってどうですか?」とのリポーターの質問に、やはり淀みなく答える。「当時の私は、自分の事ばかりを考え他人の痛みなどを顧みない横暴な人格でした。ここに来れた事で、他人と力を合わせ、共に勝利を目指す事を知りました。教官には感謝しています」
最後に小柄なカチューシャをアハトアハトが肩車をして、如何にも和気藹々とした空気を演出しつつ、映像は終わった。「野郎、何てもん流しやがる……!」エーリアスは席を立ちスタート地点のノンナの元に向かおうとしたが、直後に威圧的なアナウンスが流れた。「あと五分で試合開始ドスエ。選手は各自の戦車に搭乗して待機。この後試合会場内は閉鎖され、砲弾が飛び交い危険なため一般入場は厳禁ドスエ」
「チクショウ! 開始時間まで計算に入れてたのかよ!」歯噛みするエーリアス。一方オオアライ側スタート地点も、各自が内心恐々としながらも出撃態勢を整えていた。「ニシズミ=サン……」Ⅳ号戦車内、ユカリが心配そうに声をかける。「……私は大丈夫。それより、ノンナ=サンが……」自身の胸中の嵐を必死に抑えつつ、ミホは答えた。
『……私なら大丈夫です』「アイエッ!?」JS-2からの通信にサオリが驚いて跳ねる。『そう、ニシズミ=サンに伝えてください』「わ、分かった……JS-2から通信。ノンナ=サン、大丈夫って言ってるよ」「………」ミホの表情は険しい。大丈夫な筈は無いのだ。それは先程のマホを見た自分が受けた衝撃でわかる。
ニシズミ流センシャドー後継者であるマホは、自身の流派に確固とした誇りを持っていた。それがあの様に過去の自分を否定するような事を言うはずは無い。言わされているのだ。早くこの試合を終わらせたい。終わらせて、マホやカチューシャ達を解放したい。そう思うのは当然だ。
(―――だからこそ、罠として効果がある)それをミホは知る。だから今も必死で自分の気持ちを抑え込もうとしている。実際、あのニュースはオオアライ全体に大きな動揺と士気の低下をもたらしていた。ミホは大きく深呼吸すると、通信をサオリから回して貰い全車両に対して発信した。「……落ち着いていきましょう」
「焦らず、一両ずつ撃破してゆきましょう。今回の相手は強いですが、今までのように車両の性能差や車両数での不利はありません……教官が言っていた通り、私達は今日まで普段体験できないような訓練を積んできました。それを信じましょう」『了解しました!』『委細承知!』『要は根性ですね!』……元気な声が返ってくる。
ブガーブガーブガー! その時、サイレン音と共に放送が鳴った。「試合開始ドスエ!」『では、行きましょう! パンツァー・フォー!』ミホの号令と共に、10両の戦車が各自部隊ごとに展開してゆく。ミホのⅣ号には、前後を守るようにJS-2とティーガーⅡが随行する。本隊であるペンギンチームは最初は過度に前面に出ず、偵察隊の報告と遊撃隊の動向に応じて動く形になる。
観客席では、両陣営の動きが追えるプロジェクターを見つつ歓声が上がっていた。その歓声の中、アハトアハトは反対側の観客席のフジキドを見た。こちらが妨害に動かないか監視しているのであろう。一見画面に集中しているように見えて、時折殺気を込めた眼でこちらを伺ってくる。バディ(相棒)のハッカーの姿は無い。
(まあ、試合が始まれば出来る事は無い。ニンジャスレイヤー=サン、これが戦術というものだ。例え10の力を持っていようと、あの程度の揺さぶりで5も出せなくなる……まずは2両、いただくとしよう)
学園都市部外周、住宅地。画一的に建造された2階建て住宅が均一に並ぶ。ミホ達3両はそこをゆっくりと進んでいた。現在の彼女達はショーギ盤で言うならば8七の位置にいる。戦闘エリアを超えれば走行不能と同じ扱いになるため、エリア外近くを行き過ぎるのも危険なのだ。そこから8四の位置と5七の位置に遊撃隊が進み、偵察隊はその隙間を縫うように潜伏しつつ偵察ポイントを模索している。
「………」最初の通信から後、ノンナの乗るJS-2からは一切の通信は来ない。「各部隊、状況はどうですか?」サオリの声に各部隊から応答が来る。『こちらラッコ。繁華街方面を進行中。敵影なし』『イルカ、商店街方面移動中。まだ接敵してないニャー』『トビウオ、偵察ポイントが見つかった。今から向かう』「了解しました。引き続き警戒しつつ進んで下さい」違法電波もこの辺りは弱い。通信に問題は無さそうだ。
その時、前方を進んでいたJS-2からノンナが体を出し、何かを確認するとⅣ号に通信が送られてきた。「隊長。前方の道路に履帯跡あり。付近に敵車両がいると思われます」「履帯跡は一両ですか?」「はい」「……だとすると、偵察用の可能性が高いですね。追跡してみましょう」「了解(ダー)」短い通信。声はいつも通りのノンナだ。
十字路を右に曲がり、周辺を警戒しつつ進む。その時、通信が来た。『こちらアンチョビ! 偵察予定ポイントで敵のCV33と鉢合わせした! これより交戦に入る!』「分かりました。無理せず撤退も視野に入れて交戦してください……あれは?」その通信が終わるかの時、遥か前方に果たして一両の戦車が見えてきた。あの特徴ある傾斜装甲は「……T-34/85?」
その時、低速で前進していた前方JS-2が唸りを上げる! 「えっ」そして加速! 後続のⅣ号とティーガーⅡが引き離される! 「ノ、ノンナ=サン!?」『大丈夫です……1分で、終わらせます』いつもと変わらぬ声で、ノンナは言った。「……っのバカ!」後続のティーガーⅡのエンジンが吼える! 「エリカさん!?」「私が止めるわ。Ⅳ号じゃJS-2の暴走は止められないでしょ!」そしてそのままミホのⅣ号を抜き、JS-2に追いすがる!
「ちょっと、アンタ何やってんのよ!」かたや砲身を前方に向けたままのバランスの悪い体勢で進もうとするJS-2、かたや出力に無理をさせているティーガーⅡ。どちらも高速とは言い難いが、徐々に距離が縮まってくる。「……邪魔をしないでください。この試合から、早々にカチューシャ=サンを助けなければなりません」
「それがアンタ一人でできない相手だから、こうやって部隊を組んでるんでしょうが!」「貴方には分かりません」「バカハドッチダー!」本来ならば少女が言う事すら憚られる罵声を浴びせ、追い付いたティーガーⅡがJS-2に車体を寄せて抑え込もうとする。だがやはり重戦車、止まらない!
「アンタねえ! 自分一人我慢してるとか思ってんじゃないわよ!」通信機からエリカの悲痛な叫びが聞こえてくる。「あんなの見せられて、隊長や私が涼しい顔してるとでも思ってんの!? そんな事も分からないで副隊長とかよくやってたわね!」火花を散らし進む2両、その先は大通りだ! 「まずい……2両とも止まって下さい! このままだと相手の待ち伏せが……」「止まらないのよ、こいつが!」
通信機からの声と最大出力のエンジンの音、更にティーガーⅡからの制止。激しい揺れと騒音の中、ノンナは前方のT-35/85に照準を合わせていた。行進間射撃だろうと、あと数十メートル接近できれば確実に仕留められる距離。ノンナの脳裏に先ほどのニュースの敵教官に肩車をされるカチューシャの姿が浮かぶ。
あと数メートル。照準が……定まる! KABOOM!「ンアーッ!?」突然の右側からの衝撃! KABOOM!「ンアーッ!」ティーガーⅡのエリカも左側からの衝撃! シュパ。シュパ。立て続けに上がる両戦車の白旗。『オオアライ、JS-2、ティーガーⅡ、走行不能!』アナウンスが流れ、プロジェクターの左右の両陣営の車名の表示が消灯する。
「……!」「……バカ! スゴイバカ!」エリカの怒声が空しく響く。右には黒い三突、左には黒いティーガーⅡ。それぞれが砲煙を上げている。Ⅳ号から体を乗り出したミホは周辺の状況を視認するとマコに後退を指示し、他部隊に通信を送った。「こちらペンギン、二両撃破されました。支援は可能ですか!?」『こちらラッコ、了か……(KABOOM!)ちょっと待って! 敵部隊攻撃、Leeとシャーマン!』
『こちらイルカ! 敵三式に足止め食らっているニャー!』「………」上手い連携だ。こちらが策にかかったのを合図に同時に攻撃を開始している。すぐの増援は期待は難しい。相手の三突、ティーガーⅡ、T-35/85は守りから攻めへと態勢を変え、こちらへ抜け出る隙間が無いよう包囲を狭めてきている。「どこかに突破口は……!」
観客席のアハトアハトは満足そうに頷き、反対側の客席のフジキドを見た。(どうやら、セプクの準備を早めに始めた方が良さそうだな。ニンジャスレイヤー=サン……ん?)アハトアハトのニンジャ視力は確かに見た。フジキドの表情に、苦渋も落胆も無いことを。その時、プロジェクターのデンエンチョーフ側の戦力表示からCV33と三式が消えた。『デンエンチョーフ、CV33、三式中戦車、走行不能』「……何だと?」
『ニシズミ=サン、反転してそこを左だ!』「!?」通信機からのアンチョビの声。咄嗟にその指示に従い、Ⅳ号は反転してその方向へ向かった。KABOOM!その背後に敵の砲弾が撃ち込まれる。『よし、いいぞ、そのT字は右、その次を左。その先は突き当たるまで進め』複雑な指示、しかしマコはその指示通り的確に操縦して、追撃との距離を離してゆく。
「アンチョビ=サン?」『待たせたなニシズミ=サン! こっちは片付いた!』ショッピングセンターエリア15階建て高層駐車場。そう報告するCV33の背後に黒いCV33が白旗を上げて横倒しになっている。『フン、どれだけ密度の濃い訓練を積んだか知らないが、こっちはこの豆戦車を数年使ってるんだ。数日の練習で乗りこなせるものか!』
『こっちも片付いたニャー! 今すぐそっちに向かうね!』続けてネコニャーの声。そう報告する三式の車体側面には、砲撃が掠めて焦げたような跡が残る。かつてミホ達が行ったような、紙一重で敵の攻撃を避けての接近攻撃。それがこの短時間での足止めの排除を可能にしたのだ。
ウオォォォ! オオアライ側の観客から歓声が沸く! 「……ムウ」アハトアハトは渋い顔で腕を組んだ。これで8対8、まだ勝負の天秤はどちらに傾くかは分からない。(……思い出せ。己の積んだカラテを。信じろ。己の中のカラテを)フジキドは指を組み、静かに彼女らに届くよう祈った。
アングリー・ニンジャ・アンド・アングラー・タンク#9終わり #10に続く