実況パワフルプロ野球 鋳車和観編   作:丸米

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帝王VSあかつき②

―――楽しけりゃいいんすよ。野球は。

やけにガタイの良い一年坊は、憎たらしい程ボールを飛ばしながらそんな事を呟いていた。

珍しく、共感できる言葉だった。

―――プロとか、甲子園とか。そういうのよりも、ワクワクしながら目の前のピッチャーと対峙したい、って気持ちが強いんですよ。だからですかね。俺、よく先輩から真面目にやれ、って言われるんすよ。真面目にやってんすよ。目の前にいるピッチャーに敬意も払ってるんすよ。でも、凡退するごとに死んだ眼しながらベンチに帰らなきゃいけないんすか?打席の中で全力で戦って、その後ホームラン打とうが、三振しようが、楽しいもんは楽しいんすよ。そいつが凄い投手だったら、そうである程。アリカ先輩、何かおかしいっすかね?

一目見た瞬間、この男の才能の底なしぶりは理解できていた。

そして、こいつと暫く先輩後輩として付き合っている内に、ふとこんな会話をしたことがあった。

霧栖弥一郎。

帝王の監督のジジイが三顧の礼を以て引き入れたというこの天才には、普通の球児とはまた違った独特の感性を持っていた。

ふむん、と石杖所在―――アリカはその言葉に、答える。

―――まあ、おかしいと言えばおかしいな。普通はさ、その「楽しい」って感情を持つ為には勝たなきゃいけねえんだよ、キリス。

―――勝ちたい、っすか

―――そうだよ。普通はな、勝つから楽しいんだよ。負け続ける勝負なんて、楽しくなんかねぇんだよ。ウチの部の連中のほとんどがそうだ。友沢見てみろ。アイツなんざ、凡退するごとに人殺しみてぇな目をしているぜ。勝てば楽しいし、負ければ悔しいんだよ。そういう連中からしてみればな、お前は不真面目に見えるんだろうさ。お前、負けても悔しくねえだろ。

―――うっす。

―――正直でよろしい。けど、こんな事言っている俺だってお前の気持ちは解るぜ。俺も、別にお前のバッティング見てスゲェ、と思っても悔しくはなかったからな。支倉の至宝だの何だのチヤホヤされても、やっぱり周りを見渡せば俺よりとんでもない化けモンは腐るほどいる。あまり劣等感を抱きにくい体質なんだろうな、お互い。

―――そっすか。

―――けどさ、お前は何処かで変われると思うぜ。

―――何でですか?

―――お前には、悔しがれる権利があるからだよ。才能もある。努力だってしている。ロクに才能も無ければ努力もしてねえ奴も、一丁前に山口さんのボール空振って悔しがっているけどな、ありゃあ見せかけにすぎねえよ。打てねえに決まってるって心の奥底で解ってるクセして、それを認めたくなくて悔しいフリしてんだ。

―――そんなもんすか。

―――けどな、お前は悔しがれる権利がある。お前は本気で高校を代表するピッチャーの球と対峙して、本気でそれを打てると心の底から思えている。だったら、多分変わると思うぜ。これから先、勝たなきゃ終わりの一発勝負が続いていく中で、その勝負に勝とうとしてチームがひりついていく中で、お前は変われる。ま、その時まで待っていればいいんじゃねえの。一つアドバイスするとしたら、フリくらいはしてりゃいい。そうすりゃ周りも何も言わなくなる。お前は誰より実力があるんだから。

 

 

一番、二番共に鋳車のシンカーの前にバットを沈黙させた。

二人共何が起こったのか理解できていないようであった。

―――まあ、しゃーないわな。

石杖は打席に向かう中、そんな事を思った。

あれ程完成されたアンダーフォームは、高校野球界においてもほとんどいまい。それだけでも厄介だというのに、あの男には決め球のシンカーがある。並のバッターでは当てる事すら困難であろう。

―――打てないにしろ、この打席で軌道は確認しとかねえとな。

石杖が、打席に立った。

―――さあ、来やがれ。

鋳車が、始動する。

左足が引かれ、上体が沈んでいく。そこから―――下から、ボールが弾き出される。

石杖はその初球を見逃す。

浮かび上がる軌道を描きながら、球は石杖のインハイへと吸い込まれていく。

ストライク、という審判の声を他人事のように聞きながら、石杖は変わらぬ表情で再度打席に入る。

次に放たれたボールは、今度は真ん中高めからボールゾーンへと逃げていく直球であった。石杖、これを見逃し次はボールカウントを手に入れる。

ワンストライクワンボール。

―――内角に投げ込むときと、真ん中に投げる時とで、微妙に軌道が違っていたか?

同じ様な高めのボールであったが、石杖はその差異に勘付く。

微妙な差であるが―――最初の直球と二投目の直球では、浮かび方が異なっていた。

―――多分、最初のはシュート系のちょっと沈むボールで、二投目はきっちり上方向の回転を与えた真っ直ぐか。一投目はあわよくば内角に詰まらせる意図で、二投目は高めで空振りを取るつもりだったのかね。

思った以上に、引き出しが多い。直球でも、微妙な使い分けがされているのか。

―――二つストライクを取れば、恐らくシンカーも使い始めるだろうな。

石杖はここで、狙いを絞る。

―――シンカーだ。シンカーを狙う。

直球の軌道があまりにも異質すぎる。浮かぶ直球なんぞ、今までの長い野球人生の中でも、そうそうお目にかかれた覚えはない。あれを最初の打席で打つ事は出来ないだろう。故に、シンカーに狙いを定める。

ここで石杖は、バッティングを修正する。

三投目。今度は外角へと逃げていくスライダー。

石杖はそのボールに反応しかけ、何とか踏み止まる。その様子に進は少し首を傾げた。

―――石杖選手は、こんなにもステップ幅が狭かったか?

外角へと踏み込み、ボールを呼び込もうとしたその瞬間、石杖はほぼノーステップでタイミングを取っていた。それ故、外角の変化球を何とか泳がされずに踏み止まったのだろう。タイミングを遅らせれば、バッティングも直前まで我慢できる。

―――そうか。粘ってカットするつもりか。

その意図に気付いた進は、今度は外角へと直球を要求する。

石杖はそのボールをファールゾーンへと飛ばした。

やはりか、と進は確信した。

石杖のバッティングは現在、手首を返すことなく固定し、ノーステップで球を呼び込んでいる。現在、この男はあえて振り遅れているのだ。振り遅れれば、当然フェアゾーンに飛ぶことは無いが―――当たれば全てがファールゾーンへと流れていく。この男は、文字通りミットの前でボールを当てている。フェアゾーンにも飛ばない程のギリギリのポイントで、ボールを打っている。

進は、その意図を考える。

―――恐らく、この打席で出来るだけボールの軌道を覚えようとしている。これがまず第一の目的。第二の目的は、こちらが空振り狙いで変化球を投げ込んだ時に、そのタイミングでボールを弾き返す為であろう。間違いない。現在、石杖は変化球に狙いを絞って打席に立っている。

そうはさせるか。

ツーストライクツーボール。ここで進は、鋳車にサインを出す。

そのサインに力強く鋳車は頷くと―――投球する。

 

―――ストライク!バッターアウト!

 

石杖は半ば呆然としながらその球を見ていた。

インローギリギリのコースに決まった、直球。手も出せずに、石杖はそれを見送った。

―――速い。

アンダースローにとって、低めのボールはリリースポイントから最短距離となる。高めのボールを見せられ続けた石杖にとって、低めのボールはタイミングすら取る事が出来ない程の体感速度が存在していた。まるで地を這うように、ミットに収まっていた。

 

「化けモンめ」

 

石杖ははぁ、と一つ溜息をつきながらそう一人ごちた。

―――この勝負、やっぱり予想通りのロースコア戦になるかねぇ。

しかし、次の回からは互いに四番からの打線である。

さて、どうなることやら。




両利きのアンダースロー選手と最近、高校野球部の知り合いが対戦したらしい。
その人がプロになったら、何だか夢が広がりそうですねぇ。

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