試合は、1-4であかつきの敗北で終わった。
―――守がいれば解らない勝負だった。それ故に、守がいなければこの程度の地力でしかないともいえる。各々、反省点は解っていると思う。帰ってから猛練習だ。覚悟しておけ。
監督は、そうこの練習試合を締めくくった。
その通りであった。
守がいない打線は機能せず、結局パワプロが勝負を避けられれば機能を停止した。後続のリリーフはクリーンナップには相手にならない。
しかし、収穫もあった。
「パワプロ」
「はい、どうしました監督」
「―――お前、最後の打席、バッティング変えてたろ?どうやったんだ?」
「----帝王の五番のバッティングを、見て。本能的にああするべきだ、と考えました」
「ほう。具体的にどの部分を?」
「流す、ではなく、押し込む―――後ろのポイントで打つとき、あの霧栖って選手は常に軸足と手首を固定して、インパクトの瞬間だけ手首を返していた。だから、バットとボールがピタッとくっ付いてて、長くボールを接地出来ていたのだと思ったんです。だから、そうしてみました。軸足を固定して、手首は限界まで返さない。そうすることで、外角の球も、長打にできるんじゃないか、って」
「----それで、どうだ」
「滅茶苦茶、身体がキツイです。―――自分のバッティングが、どれだけ楽にしてきたのか痛いほど解りました」
「感覚は、掴めたんだな?」
「はい」
「だったら、大丈夫だ―――繰り返せば、じきに慣れる。きっちり素振りをしておけよ」
「はい!」
「そのバッティングをしっかり修得すれば、お前は守よりも上の打者になれるかもしれん。頑張れよ」
「はい―――それじゃあ、ちょっと帝王の人達に挨拶しに行ってきます」
―――こうして、何かを得た人間もいる。
パワプロも、アレはアレで才能ある人間だ。
あの男は、一つコツを掴めば一瞬でそれを習得できる。
だからこそ、あの男には何よりも経験をさせる事が重要となる。実戦の最中で感じるべきモノを、あの男は実に敏感に嗅ぎ取っている。
走り去るパワプロを眺め、一つ監督は息を吐いた。
※
人もまばらな観戦席には、目つきが実に悪い男がいた。
―――スカウトの、影山だ。
プロ球団専属―――何処の専属であるかは秘密事項―――のスカウトであるこの男は、練習試合であれど、速やかにその足を運んでいた。
「ふむ-----」
評価が変わった者と、変わらなかった者。この二つに分類し、後者に属する人間は―――帝王は友沢、石杖。あかつきは進、鋳車であろう。
強肩強打の大型ショートと支倉の至宝の二遊間―――タイプこそ違えど、この二人は現在の高校球界屈指の二遊間だろう。身体能力抜群のスイッチヒッターに、読み勘が攻守ともにずば抜けている石杖。まだ、石杖はドラフト上位の実力はないであろうが、友沢は何処も欲しがる逸材だろう。そして、進、鋳車のバッテリーもまた凄まじい。高校生ながらあれ程完成度の高いアンダーフォームとシンカーを投げる鋳車に、その球を一度たりとも逸らす事なく攻守に渡り安定感のあった猪狩進。今日だけでこのバッテリーで12個の三振を奪っている。これもまた、何処も狙う逸材に違いない。
そして、影山の中で評価が変動した人間は、パワプロと山口であった。パワプロは上方修正。山口は下方修正。
パワプロは、最終打席で外角への長打を放った。それだけならば、芯を上手くくわせたのだろうと静観する所であるが、明らかにバッティングが違っていた。あのバッティングが出来るのならば、一気に飛躍の可能性を秘めている。
そして本日無事完投を果たした山口は―――後半からの、球質の変化が気にかかった。
シュート回転する直球―――恐らくは、リリースポイントがぶれたか、身体の開きが早くなってしまったのか。山口は春大会以降、後半に直球が打ち込まれる場面が多くなった。元々、かなりスタミナがある方であるにもかかわらず、である。よって、下方修正。
そして―――掘り出し物が、一つ。
それは、言うまでもないであろう。
「霧栖弥一郎------」
あのバッティングに惚れないスカウトは、きっと三流以下だ。
アマチュア野球史上、最高級の素材かもしれない。
高校一年にしてあれだけの技術を詰め込んだバッティングが出来ているという事実に、思わず影山もつんのめってその姿を眺めていた。
「彼は、要チェックだな----どうせ、この先嫌でも注目されるだろうがな----」
影山はそれだけ言うと、そのまま荷を纏めてその場を去った。
※
その頃―――帝王側のベンチでは、パワプロと霧栖が談笑していた。
挨拶に向かったパワプロを見るや否やこの男は機先を制してパワプロと肩を組み、そのままベンチへと引っ張り込んだのであった。
「いやあ、スゲェっすね、パワプロさん。山口さんのフォークをあれだけ見逃せたバッターはじめて見たっす。アレ、文字通り視界から消えるってのに。どうやったらアレ、バット出すの我慢できるんすか?」
「いや、俺もギリギリだったよ。けど、ある程度配球が絞り込めていたから、フォークを警戒するカウントになったらポイントをギリギリにするんだ」
「絞り込みっすか。----ちなみに、どのカウントが怪しいと?」
「いう訳ないだろそこまで」
「あ、くそ。この手には乗らねぇか」
「にしても----君のバッティングも凄まじかったね。アレ、何を意識しているの」
「サード方向に身体が回旋しやすくすること。軸足は絶対に動かさない事。それだけは守れって爺さんに子供の頃に言われて、あとは自分が打ちやすいようにオープンで構えるだけっす。それだけ」
「そ、それだけ------」
「うっす。色々ごちゃごちゃ考えたってしょうがないんすよ。自分の中でしっくりくるフォームが出来上がったら、勝手に身体は覚えてくれるもんです。あとは肉付けて、苛めて、遠くに飛ばせるようになればいい」
「へ、へぇ-----」
―――いや、普通、勝手に身体は覚えてくれないから必死こいてバッティング練習するってのに。
「コイツとバッティングを語り合おうとしても無駄だぜ。ちょいと感覚が違いすぎる」
「あ、石杖君」
「ひっでぇ言い草っすねアリカ先輩」
「本当の事だから仕方ねぇだろこのゴリラ。なんで内角のクソボールを逆に打てるんだよ馬鹿じゃねえの」
「仕方ないじゃないすか。あの球をポイントずらして打てる訳ないんですから、身体よりの球も後ろで打たなきゃいけねぇんですから。俺なりに工夫したんすよ」
「工夫してできるなら練習いらねぇんだよ。あんなクソボールに手を出して一塁線抜くとか何処の三冠王だ」
ぎゃーすかと石杖と霧栖弥一郎は言い争っている------先輩後輩でも仲がいいのだなぁ、と妙に感心してしまう。
その様子を、鋳車は遠目で眺めていた。
―――霧栖弥一郎、か。
あの霧栖の一打は、鋳車にも確かな衝撃を与えていた。
シンカーの投げぞこないの失投を、あのコースで打たれた事はある。だが、あれは違った。コースも、球種も間違っていない。内角の、身体ギリギリの場所に投げてやろうという気持ちで投げ、それを打たれた。
それは、鋳車にとっても初めてのことであった。
―――とんでもないバッターだ。
そう思い下唇を噛みながらグラウンドを去ろうとした―――が。
声を、掛けられた。
「ちわっす。鋳車さん」
その男が、自分に声をかけてきた。
「----何か用?」
「いや、―――凄いモノ見せてもらったんで、挨拶でも、と」
そう言って差し出された右手を眺める。
ごつごつとした、皮が破れた痛々しい痕が残る右手であった。
自然と、その手を握った。
「鋳車和観だ」
「うっす。霧栖弥一郎っす」
こうして二人は―――何処か、理由の解らぬ親近感を覚えながら、対面を果たした。
いずれ、灼熱の太陽が焼くグラウンドで出会う事を、予期しながら―――。
練習試合はこれにておしまい。次からはドラマパートに入ります。