実況パワフルプロ野球 鋳車和観編   作:丸米

18 / 60
母の想い及び、その軌跡

「はい、おばちゃん。あまり物だけど、一応持ってきた」

「----悪いねぇ。ありがとね、パワプロちゃん」

パワプロの眼前には、一人の女性がいる。

鋳車和観の、母親である。

まだ年齢的には中年もいい所であろうに、積み重ねた労苦がその肉体に刻んだように、老婆の如くしわくちゃだ。

奨学金により彼女にも給付が入る様になり、生活は多少とも改善した。しかし、彼女はそのお金に手を付けず貯金し、以前と同じように働きながら暮らしている。ただ、仕事場は猪狩コンツェルンの下請け工場を紹介され、そこで働く事となったが。

そこで、せめて生活費の削減にでも、と―――寮で余った食品や料理をパック詰めにしてパワプロは和観の母親に持っていたのだ。

「カズミは、元気かい?」

「元気です。あいつ、昨日は六回二失点でした。一点はウチの眼鏡のやらかしで失ったモノですから、相当な活躍でしたよ」

「へぇ。それはそれは----」

息子の事になると、彼女は例外なくその顔を何だか泣きそうな風に、笑う。

その顔を見る度に、何だか切ない気分になる。

「アイツにも、スカウトが付くようになりました。きっと、ドラフトでも上位候補だと思います。―――多分、アイツ、母さんを楽にしてやる、って張り切っていると思うんです」

「そうなのかい。----けど、アタシは、あの子のお金に手を付けるつもりはないけどねぇ」

「どうしてですか?」

「パワプロちゃんは、自分のご両親に感謝しているかい?」

「それは、はい」

「うん。とてもいい事だよ。パワプロちゃんを見れば、解るよ。きっと、愛情深く育ててもらったんだろう、ってね」

「----」

「アタシはね、一度、あの子の夢を壊しかけたんだ。お金が無いから。----こんなアタシの下で生まれてしまったばかりに」

「----」

「あの子、学校では苛められてたのさ。だから学校にも行かず、ずっとあの河川敷にいた。死んだおとんの形見のグラブと、そこらで拾ったボール片手にね。こんな惨めな人生を、送るべき子じゃないと、ずっと信じてた。その想いは、正しかった。今となっては解る。パワプロちゃんに出会えて、お金を貰って、ようやくあの子はいるべき場所に、いることが出来るようになった。そして、アタシは、あの子にとってはいるべきじゃない場所だ。こんな場所に、感謝をするべきじゃない」

ずっと、ずっと。謝り続けていたのだと思う。

生んでしまってごめんなさい―――ではない。

こんな私の下に生まれさせてしまって、ごめんなさい、が正しいのだろう。

あるべき場所があったはずだ。友達に囲まれて、笑顔のまま野球をして、お腹いっぱいの飯を食えて、―――そんな、ありふれた幸せな、日々が。あるはずで、あるべきで。なのに、それを阻害する何かが存在していて。その何かとは―――つまりは、母親で。

「お腹いっぱい食べさせることが出来たら、もっと大きな身体になったかもしれない。

もっといい家で生まれたら、もっと楽しく野球が出来たかもしれない。

色々なたらればが、あの子には多すぎる。あの子自体が、一切不満を言わないから余計に」

そうなのかもしれない。何か一つボタンを掛け違いていれば、また違った人生を、カズミは送れたのかもしれない。

それでも、とパワプロは思う。

「たられば、で言うなら―――おばちゃん。きっと、おばちゃんじゃなければ、カズミはもしかしたら別な道にいったのかもしれない、とも言えるんじゃないかな?」

「え?」

「アイツがあんなに大好きな野球を辞めようと思ったのも、それでいて今でも死ぬような練習を積み重ねているのも―――半分は自分の為で、もう半分はおばちゃんの為だと思う。

アイツ、絶対に泣き言言わないんですよ。味方がミスしても、理不尽な叱責を受けても、死ぬような練習を積み重ねても。―――多分、これはずっと何も不平を言わずに頑張って来たおばちゃんの背中を見てきたからだと思う」

「------」

「“勝ちたい”って気持ちも“負けてたまるか”って執念も、多分ただの野球好きじゃああんなに強く持てないと思う。ずっと諦めずに、歯を食いしばって頑張って来たおばちゃんの子だから、おばちゃんがお母さんだったから。アイツは諦めずに、ひたすらに、アンダーにフォームを変えてまで、頑張ってきたんだと思う。たられば、じゃない。全てが、巡り巡って、ここまで来ている。全てが無駄じゃないと、俺は思う」

「----そう、かね」

「うん、きっとそうだと思う―――だから、おばちゃん。アイツなりの不器用な親孝行くらい、受け入れてやってもいいじゃない」

そう言って、パワプロは笑いかけた。

----やっぱり、あの子にしてこの親あり。そう、涙を流す彼女を見て、そう心の底から思った。

 

 

何でだよ。

何でだよ。

何で俺の球が打たれるんだよ。

何で俺より速い球を投げれるんだよ。

欲しいモノは何でも手に入ったはずじゃないか。

なのに―――何で、一番欲しいモノが手に入らねぇんだよ。

勝ちたい。あのグラウンドの上で悔しがる雑魚共を、見下ろしたくて仕方ないのに。

なのに、見下ろされているのは俺の方で、

俺を見下す連中が―――俺より、能力を持っている。

そんな連中に我慢できずに、金で以てリンチした事もある。なのに、気分が晴れない。

そんな最中―――ピッチャー強襲のボールが左肘に当たり、ズキズキと痛んでいる。

「あの野郎-----雷轟とか言ってたっけか----絶対にぶち殺してやる----」

だが、この左ひじ―――大丈夫と言って病院に行っていないが、それでも痛いモノは痛い。

これがずっと続くのならば、本当に自分の野球人生は―――。

そう暗い予想をブンブンと頭を振って逃がす。

だが―――何だか、自分は行き詰っている。一人のピッチャーとして。

「―――ソコノ、オ兄サン。チョットイイデスカ?」

そんな中、何だか縁起の悪そうな白衣の男が、眼前に立っていた。

「―――左肘、痛ソウデスネ。チョット、コチラニ来マセンカ?」

その隣には、黒布に包まれた謎の生物。

「ゲドー君」

そう男が言った瞬間―――意識を、喪った。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。