猪狩守は、パワプロのフリーバッティングを見た。
その顔面は、何処までも苦悶に満ちたものであった。
軸足をゴムチューブで固定し、思い切り負荷をかけながらバットを振り抜いて行く。
その全てが、外角に投げ込まれたボールであった。
軸足を動かさず、その上でしっかりと身体の軸を後ろに残したまま、ボールを打ち込んでいく。
バットも、金属ではなく、グリップが太い一本の棒の様なバットを使っていた。
その意図は、瞬時に猪狩守には理解できた。
―――外角のボールを押し込んで長打にする為の方法だろう。
軸足を動かさず背後のポイントを維持しながら、されど軸足はブラさず、それでいてしっかりと芯を打ち抜くために―――軸足を固定し、芯を食わなければまともに飛ばないバットを用いて、彼は練習しているのだ。
成程―――僕から四番を奪う算段が出来てきた訳か。
そうでなくては、つまらない。自分の球にあそこまで付いていける人間だ。打者の自分なぞ、早々に超えてもらわねば困るのだ。
そして、鋳車和観。
奴は奴で、夏の大会までを目途に新球の開発を行っているという。スライダーとシンカー以外に、もう一つゾーン内で勝負できるボールを用意するつもりらしい。
今、投打でしのぎを削り合っている両者は、間違いなくあの帝王との試合で前進した。
立ち止まっているのは、自分だけだ。
パワプロはバッティングの変化を、鋳車は球種の変化を、それぞれが着手している。
自分は―――直球を変化させんと足掻いているが、未だ足踏みしたままだ。
「パワプロ」
そして、今日も今日とて声をかける。
「放課後、付き合ってくれ」
※
鋳車、パワプロ、猪狩守の三人は河川敷の下にいた。
パワプロを打席に立たせ、両者が交互にボールを投げる。猪狩は高めの直球。鋳車は新球―――スローカーブを。
「猪狩。それは駄目だ。肩の開きが早すぎる。リリースの時、左肩の上がりが極端だ。それじゃあ球の威力は増しても、空振りはとれないし肩の負担がでかくなる。それに、変化球とのリリースの差異が解りやすくなってる」
「む---そうか。そうだな」
猪狩は素直にそう頷くと、今度はパワプロに声をかける。
「パワプロ。お前は高めの直球に空振りする時はどんな球だ?」
「基本的に、二つパターンがある。リリースが極端に高いパワーピッチャーの高めの直球は凄く打ちづらいから空振りする。逆に、リリースが極端に低いのも打ちにくい」
「ふむ。それはどうしてだ?」
「大抵、リリースが高いピッチャーは球持ちは短いけどその分直球に回転がかかっているしタイミングがとりにくい上に、高めに放られるとボールが落ちる感覚が無いから打ちづらいんだ。逆に極端に低いとリリースが身体に近くなるから体感的に早く感じる。前者は、リリースの時腕を隠す技術が無いと大抵打ちごろの甘い球になるけど」
前者の代表例が恐らく上原浩二で、後者は杉内俊哉などに該当するであろうか。両者とも、「通常のリリースで投げられたケースとのズレ」を利用して空振りを取っている。
「成程----リリースの、タイミングか」
一つ頷くと、―――猪狩はふむんと一声上げる。
「少し、やるべき事が見えてきたかもしれない」
そう一つポツリと呟いた。
※
猪狩が帰ったあと、鋳車は自らの新球種について話していた。
「元ロッテのアンダースローの選手の動画を見てな。これだ、と思った」
「それが、スローカーブ?」
「そう。―――カーブは基本、オーバーハンドで投げる場合、リリースの瞬間から少し浮いて、落ちる軌道を描いて変化する。基本的にカーブは打ち気を逸らす、もしくは緩急をつける為に行使されるボールだ」
「そうだな」
「だが―――アンダーは、基本が浮き上がる軌道だ。オーバーハンドのカーブとはそこが違う。緩急をつける目的は勿論果たせるが―――それより、シンカーと同じく、途中の軌道まで高めの直球かどうか判別しづらい点が重要だ」
「ああ、成程」
「ただ、その分ただ抜けていく軌道を描くせいで、あまり変化はしないがな。カーブというよりは、高めの直球と緩急をつけるチェンジアップに近いかもしれない」
「それは―――あの、帝王の一年生に触発されて?」
問いかけに、一つ頷く。
「直球とシンカーだけじゃ、アイツに通用しない」
ただそれだけだ、と鋳車は言った。
※
ウィークリーマガジンX号~球児特集第五回、瀬倉弓也~
海東学院高校一年サウスポーの若きエースが誕生した。
彼は二日前の北雪高校との非公式試合において、鮮烈なデビューを果たした。
左サイドから放たれる直球は、最速143を記録し、そのスクリューは対戦相手曰く「伸び上がって曲がって来る」とも評される程の切れ味を誇る。左の変則型ピッチャーとしてスカウトされた彼は、現在凄まじい速度で成長していっている
―――中学時代での最速は130前半でした。ここまで球速が伸びた秘訣は。
「身体が出来上がってきたというのもありますし、投げ方を少し変えた。それがうまい事合致しているんだと思う」
―――投げ方の部分で言うと、対戦相手が「腕が伸びてくるような錯覚」を覚えたとのコメントが入っています。どのように変えたのでしょう。
「肘と、腰の回旋の部分ですね。外回りに腕を振るんじゃなく、出来るだけ内旋させて腕を巻きつける様な感覚で投げるようにしています」
―――左サイドともあって、左打者に対して猛威を振るっているのはこれまでと変わりがないようですが、右打者に対しての指標が劇的に改善されています。
「球速が伸びた事で、右打者のインサイドに投げ込めるようになった。スクリュー以外を生かすも殺すも、直球ですから」
―――夏場でも、そう言えば長袖のユニフォームを使うのですね。去年はアンダーだけでしたが
「腕全体の使い方を変えたので、それを隠す意図でそうしています」
―――抱負をお願いします。
「海東学院をこの左手で、甲子園まで連れていきます」
以上、インタビューでした。
DDDと同じく、瀬倉は中ボスになる予定。帝王とあかつきのどちらにするかは未定。