実況パワフルプロ野球 鋳車和観編   作:丸米

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あまりDDDの要素は多くないと思います。すいません。


友達

速球を打とうと、上体を突っ込ませる。

―――変化球に対応できず、外のスライダーを無様に空振った。

ならばと、ボールを呼び込もうと待った。

―――すると速球を打ち損じてしまう。

幾度となく行った鋳車との勝負の積み重ねで、パワプロは今の自分では、到底このピッチャーを打つことが出来ないのだと知った。

何が足りないと言えば、全てが足りない。

速球に対応できるバッティングも、変化球に泳がされないフォームも、今のパワプロには持ち合わせていないものだ。幾度となくその球を空振り、その度に悔しさに何事かを叫んだ。

惨敗の後に、日が暮れて鋳車と別れると、たまらず庭に出て素振りをした。

―――毎日やっていたはずの素振りが、今のパワプロには違ったモノに見える。

庭の先には、シャドーが存在する。幾度となく対戦した、鋳車の影だ。

鋳車の形をしたそれが、パワプロの眼前で投球を行う。腕を振り上げて、小さなテイクバックから突如としてリリースされる直球とスライダー。今のパワプロには明確な目的意識を基に素振りを行っていた。鋳車の球を、打つ。ただそれだけだった。

―――それだけで、きっと十分だった。

毎日の様に戦っていく中で、パワプロのフォームは徐々に洗練されていった。無駄が削ぎ落とされる事でバッティングが速くなった。

一ヵ月が過ぎたころ、ようやくバットに当てられるようになった。

二ヶ月が過ぎたころ、前に飛ぶようになった。

三カ月―――ようやく、ようやく歓喜の声を上げる事が出来た。

直球をとらえて、ヒット性の当たりを出したのだ。

―――そこからは、早かった。

直球を呼び込んで打つことが出来るようになって、変化球も見ることが出来るようになった。それからは鋳車との勝負も互角に行えるようになっていった。

そうなってくると、次は鋳車の方も対応に手を加え始めた。

鋳車は球種を増やす事で駆け引きの幅を広げ、パワプロの進化に対応していった。球種を増やし、緩急を配球に取り入れ、完成に近づくパワプロのバッティングを何とか崩す為に技術を向上させていった。

たった二人だけで完結された勝負は、されど凄まじい勢いで彼等を成長させていった。プレーヤーとして互いの進化に目敏く気付き、それに対応するように自らを進化させていく。その余りにも出来過ぎた相乗効果が、彼等を果て無い進化へと導いていった。

―――鋳車も、いつしか無意識にこの時間を心待ちにしていた。

壁に投げ込んでいただけの自分が、生身のバッターに投げられる快感、打ち取った時の悦び、打たれた時の悔しさ。そのどれもが、パワプロによってもたらされたモノだった。

だから、この時間を手放す訳にはいかない。この素晴らしき日々を、喪う訳にはいかない。―――それ故、鋳車も必死になって、自己を研鑽し続けた。

 

                    ★

 

互いに中学生になっても、この勝負は続いていた。その頃から、大きく勝負の天秤がパワプロへと傾いていった。

成長期を迎えると共に、パワプロの体躯は大きく成長していった。体つきも徐々に筋肉質になっていき、それに伴いスイングが鋭くなっていった。

鋳車は、成長期を迎えても小柄なままだった。以前なら通用していた速球が、成長したパワプロには徐々に通用しなくなっていった。

―――もう、単純な技術向上では追いつかない存在になってしまった。ピッチングの根本を変えなければ、同じ次元で戦うことは出来ない

その事を自覚した瞬間に、覚えた感情は恐怖だった。

相手にならなくなったら、もうこの時間を喪ってしまうのではないかと言う、恐怖。

その恐怖が全身を蝕み―――一つの決断を下した。

「なあ、パワプロ―――俺、アンダースローに転向するよ」

「え------」

それは―――オーバースローからアンダースローへの転向だった。

「俺は、身体が小さい。多分この先、この身体じゃ豪速球を投げることは出来ないと思う。だから、」

アンダーへ転向する、と。そう鋳車は言った。

パワプロは、ジッとこちらを見た。身体が大きくなっても、その眼だけはいつも変わることは無かった。野球が好きで好きでたまらなくてしょうがない。いつまでたっても純真な野球小僧の眼だ。

―――けれど、その眼に写っていたモノは、どうやら野球だけではなかったみたいで、

「なあ、鋳車―――何か、無理してないか?」

―――息を飲むとは、この事だろうか。

「最近、お前が焦っているように見えるんだよ。とても、苦しそうだ」

野球馬鹿の眼は、どうやら対戦相手の心情まで読めるようになったみたいで―――そんな、確信を付く言葉を、あっさりと言い放った。

「焦ったっていい、苦しんだっていい。けど焦るのも苦しむのも、野球の事だけで十分だ。お前は、そうじゃないんだろう?野球の事だけで悩んでいるんじゃないんだろう?―――なあ、教えてくれないか?お前が何に苦しんでいるのか」

「そんな事―――」

言えるはずがないじゃないか―――という言葉を、喉奥に押し込める。こんな事、コイツに知られる訳にはいかない。コイツを喪う訳にはいかない。吐き出したい苦しみだってある。それでも、そんな事を知られる訳にはいかない。

その時、どんな表情をしていたのか鋳車自身には解らなかったが―――パワプロは、それを見て何かを察したようで、眼をキッと細めて、言った

「鋳車―――お前、友達って何だと思う?」

そう、鋳車の肩を掴んで、パワプロは尋ねた。ぎりぎりと、肩を掴む両腕に力を込めながら。

「一緒に野球をする人間か?一緒に遊びに行く人間か?一緒に飯を喰いに行く人間か?―――違う!」

鋳車が、始めて見る表情だった。目を吊り上げ、口元を歪ませ、顔面を紅潮させて、鋳車を見ていた。

―――怒っている。今まで空振りに悔しがることはあれど、決してそれをこちらにぶつける事はしなかったパワプロが、今はっきりと感情をこちらにぶつけていた。

「苦しい事も、嬉しい事も、一緒に味わう人間が、友達だ!都合のいい事だけを求めて、俺はお前を――――友達だと思っている訳じゃないんだよ!」

―――ああ、

自分は、この男を見誤っていたのかもしれない。そう鋳車は思った。

「俺には、夢があった。高校球児になって、甲子園で優勝する夢だ。けど、今はそれじゃ足りない。―――鋳車、お前と一緒に甲子園で優勝することが、俺の夢になった。俺には、お前が必要なんだ!だから―――苦しい事があるなら、話してくれよ!」

じわり、と目頭に熱が灯る。

―――必要とされている、という事がこれ程心地いいモノだと、知らなかった。パワプロの夢の勘定に、自分が含まれている―――そんな事が、これ程嬉しい事だと思いもしなかった。

けれど、

「なあ、パワプロ-----それは、無理だ」

パワプロの熱意にやられてか、遂に鋳車は口を割った。

 

「俺は、多分、高校に行けない」

 

 

 

 




DDD新刊はよ。中学で新刊買ってもう大学生の終わりに近づいてきてる現状を見て、生きている間で見ることが出来るのかしらん、と思う今日この頃でありんす

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