実況パワフルプロ野球 鋳車和観編   作:丸米

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エースである事

蛇島桐人なる人間はとにもかくにも面倒な人間だ。

この男は、嫉妬深い。

嫉妬は、アスリートにとって重要な要素でもある。

自分に出来ない動きを当たり前の様に行使する他のプレイヤーを見て、嫉妬し、その感情を動作獲得のモチベーションにする。嫉妬は、ナンバーワンプレイヤー以外の人間にとって、何よりも重要な要素かもしれない。

しかし、この男は更にプライドが高い。

そのプライドは、傲慢の色が滲み出る、暗く淀んだ代物である。

自分以上に優秀なプレイヤーがいる訳が無い、という傲慢。

その傲慢は、現実に歪められていく。

自分より上の能力を持つ人間は、当たり前の様にいるのだという、現実に。

現実と傲慢な心が、齟齬を生む。

その齟齬は、埋めねばならぬ。

----鬱陶しい。

貧乏人のくせに。

常に泥まみれな不格好な男のくせに。

どうして―――自分よりも鋭い動きが出来る。どうしてそんな直球を投げれる。

ふざけるな。

ふざけるな。

―――こんなふざけた現実は、消さねばならない。

「―――そうだろう、瀬倉君」

君にとっても、邪魔なはずですからねぇ-----。

ねぇ。

そうだろう?

―――こんなふざけた現実、幻に消さねばならないのですよ-----。

 

 

「石杖さんは、プロに行くつもりですか?」

「行かねぇよ。つーか、行けねぇが正しいだろうな」

「どうしてですか?」

「どうしてもこうしてもねぇよ。無理なもんは無理だ」

石杖は、後輩と話していた。

案外、この男のくだけた態度は後輩にとっては付き合いやすい部類の人間に入る。だからだろうか。この男は他の二年よりもずっと、後輩との絡みの方が多かったりする。

「俺は、野球を楽しみたいんだ。プロになって、生活がかかるようになっちまったら、多分全力で野球を楽しめなくなると思う。それが、俺にゃ嫌だね」

「んな事言ってる割には、かなり真面目っすよね。石杖さん」

「別に矛盾してねぇだろ。楽しむために、頑張ってるし真面目にやってんだ。楽しけりゃ頑張れるし真面目にもなれるだろ?」

「そんなもんすか」

「そんなもんよ―――けど、プロ目指してやってる奴等を否定するつもりもねぇよ」

それが、石杖所在の野球に対するスタンスである。

全力で「楽しむ」

その先にある結果は、それほど拘らない。

ある意味で、このスタンスが最もこの男の強い所なのかもしれない。

結果に拘らないから、慌てない。常に冷静にゲーム全体を見ている。

「何か、キリスもそんな感じですよね」

「アイツは本質的には俺と同じだろうな。けど絶対的に違う所が一つある」

「---何なんすか?」

「多分アイツは、何もなければプロの世界でもそのスタンスでやっていけるだけの才能があるってことかね。俺には無い。それだけ。―――で、そのキリスは何処行った。まだ走り込みから帰って来てねぇのか」

「何か、山口さんを捜しに行くって言って、それっきり」

「ああ、成程」

全てを悟ったように、石杖は吐き捨てるように言う。

「あの馬鹿」

 

 

 

「山口先輩」

「ん?どうした、キリス」

山口賢は、一度そのマウンドを降り、野球帽を取れば一転爽やかな好青年となる。

このギャップに驚かされた下級生は数知らず、霧栖弥一郎もまたその一人であった。

「一つ、聞きたい事があるっす」

「何かな?」

キリスの眼は、何処か―――不可解な代物を見る様な、訝し気な色をしている。

「右肩、痛いんすか?」

その瞬間、時間が止まった様な気がした。

凍結したのだ。山口の意識が。

ばれるはずがない。―――そう思っていたのに。

「何で、そう思った?」

「試合後半にスタミナ切れで腕の振りが緩くなってシュート回転が発生するピッチャーなんざザラです。それだけなら別に大した問題じゃない。―――けど、先輩は明らかに試合後半になるにつれて、右肩を庇う動作をしている。肩の回旋を抑える為に、腕が横ばいになっている。だから直球がシュートしてんだ。アリカ先輩も、察していたけど黙っていやがった」

「よく-----見ているね」

「先輩。今でも遅くないっす。病院行ってください。じゃないと手遅れになる」

「駄目だ。それは駄目だ。できない」

「何でですか!この先右肩が上がらなくなったらどうするつもりっすか!」

「それでもだ。それでも―――私は投げなきゃいけない」

断固とした、口調。

ますます―――キリスは不可解に思ってしまう。

何故だ。何故なのだ。この先の野球人生をフイにしてでも、どうしてこの男は―――。

「ねぇ、キリス。―――あのマウンドに立てる人間は、たった一人なんだ」

「-----」

「その一人でいられる権利がここにあって、それを捨てる事は出来ない。その権利が無いと言われるまで、私は投げ続ける事しかできない。そうじゃなくちゃ―――エースではない。私はそう思う」

「何すか---それは」

「キリスも、多分次第に解ってくると思う。―――期待をかけられるって事は、とても嬉しい事なんだ。それを裏切る事は、胸が張り裂ける程に苦しいモノなんだ」

「俺には----解らないっす。何で、何で-----!」

「ごめんな。納得できないのも無理はない----だけど、それでも無理は承知でお願いだ。この事は、黙っていてくれ」

そんな言葉を、最後に吐いた。

 

「へぇ。こいつはいい事聞いたぜ」

物陰から、その様子を眺める男が一人。

彼は、帝王高校のベンチ枠からも外された一年。

「―――瀬倉さんなら、高値で買ってくれるだろうぜ。この情報」

その男は、瀬倉子飼いの間諜であった。

「はい、もしもし。瀬倉さんですか。いやあ、いい情報が入りました。ちょっと外で会えませんかね?」

携帯越しに、男はニタニタと笑いながら、そんな声を密やかにあげた。

 


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