実況パワフルプロ野球 鋳車和観編   作:丸米

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サブマリンVSサブマリン①

グラウンドには、たくさんのお客さんの姿があった。

たかが県予選の二回戦―――しかし、今この場においては、あまりにも人目を引きつける要素が多すぎた。

署名活動によって女性選手が混合したチームと、甲子園出場が有力視されている強豪チーム。

そして―――サブマリンVSサブマリンの戦い。

今やプロ野球の中でも片手に数える程しか存在しない、アンダースロー投手。両先発共に、この絶滅危惧種寸前の変則フォームのピッチャーである。

嫌でも、興味は引かれる。

お客さんだけではない。

報道用のネタにもってこいなのだろう。多くのカメラの姿もある。

―――多くの注目が集まる中、あかつき大付属高校VS恋々高校の試合が、今行われようとしていた。

 

ホームベースを境に、それぞれの選手が一列に集まる。

互いの帽子を取り鋭く一礼すると、それぞれが握手をしあう。

パワプロの眼前には、六道聖の姿。

「よろしく頼みます」

そう威厳ある声を聞きながらも、女性と握手しあう気恥ずかしさに負けそうになるが、思い切って手を掴む。

―――ゴツゴツした、手だった。

肉質で、骨ばった、―――アスリートの手。

「-----」

そうだ。

このグラウンドで一礼して互いにプレーする以上、男も女も関係ない。

ここは、野球人の世界だ。

だからこそ、全力を以て応えねばならない。

「よろしくお願いします!」

確かな敬意を持って、パワプロはそう答えた―――。

 

 

一回表、攻撃はあかつき大付属高校から始まる。

一番矢部がコールされ、打席に立つ。

早川あおいの、第一投が、放たれようとしていた。

ノーワインドアップから、身体が平行に沈む。

沈む角度は、鋳車よりも高い。

だからこそ、鋳車のように極端に角度が付いた球筋はない。

外角へ、球が走っていく。

矢部はその球を捉える。

球の勢いをそのまま背後のポイントにて捉え、一塁線へと打球を流す。

―――ファールボール!

その宣告を聞き、矢部は内心落胆する。もう少しタイミングがあっていれば、一塁線を抜く長打コースだったが為に。

―――直球は、それほど違和感が無いでやんす。

鋳車の異様すぎる球筋を見ていたからか、早川あおいの直球にはそれほど苦労する事無くタイミングが合っていた。

―――次は、仕留めるでやんす。

再度、矢部は打席に立つ。

次は、内角へと投げ込まれる低めのボール。

矢部はそのまま外側から引っ張り込もうとバットを振るう―――が、空打る。

バットの軌道から、まるで水切りの如く―――球が、膝元へと落ちていった。

ストライク、という宣告を他人事のように聞きながら、矢部は一瞬、何が起こったのかが理解できなかった。

―――球が、とんでもなくキレていた。

内角低めの直球と見紛い、バットを振るった。

矢部の感覚の中では、バットのヘッドを返すその瞬間まで、しっかり「直球」であると思っていたのだ。

しかし、空振った。

六道聖からボールを受け取り、彼女はテンポよく第三球を投げ込む。

外角へと、ギリギリ外れていくコース。

矢部はヘッドを返すギリギリで、その球を見逃す事にする。

ベースを掠るかどうか―――そのギリギリのコースに投げ込まれたボール。

判定は、

―――ストライク!

矢部は絶望の表情で背後を見やる。

ギリギリに決められたアウトローの球筋は、―――微妙な修正がなされていた。

六道聖の、フレーミングによって。

その動きを、同じキャッチャーである猪狩進は見ていた。

―――見事ですね。

六道聖の捕球は、一度地面にミットを置き、球の軌道に割り込むようにして捕球している。

その一連の捕球動作の「流れ」を利用して、彼女は微妙なストライク・ボールを修正しているのだ。

例えば、先程の外角低めのボール。ギリギリ外角に外れた判定としては微妙なボール。

彼女の捕球動作は、そのボールをより外側から割り込ませるように行っている。その動きはあまりにも自然で―――例えば、捕球した後にそのミットをストライクゾーンギリギリの位置に修正したとしても、審判にはばれないのであろう。

ましてや、アマチュアの審判でかつ、ムードは完全に敵側に存在しているこの場において、アレをボール判定するには勇気がいるだろう。

二番横溝は外角のボールをしぶとく外角のボールを流そうと粘ったものの、六球目のカーブを引っ掛け内野ゴロ。

俊足故に内野安打狙いで全力疾走を敢行したものの―――小山雅の華麗なフィールディングにより刺される。

一アウトを取る毎に、地鳴りのような歓声が沸き起こる。

―――結構、プレッシャーがかかりますね。

打席に向かいながら、猪狩進はそう感じた。

完全アウェイ―――文字通りの。

ここにいる人間だけではない。世間様全体が、自分達の敗北というドラマを望んでいる。その事が、ひしひしと伝わってくる。

野球に興味なんてないような人たちの黄色い歓声から、何台もこちらを見やるテレビ局のカメラ。それらの音が混じり合い、凄まじい圧となりあかつきに襲いかかっていた。

だが、関係ない。

あかつきは、そんな下らない代物に―――負ける様な、チームじゃない。

バットを構える。

早川あおいが投球動作に入る。

一球、二球とカーブが投げ込まれ、一球目は低めギリギリのコースに、二球目は高めに抜けていく。

そして、アウトローへと球が投げ込まれる。

そのボールに手を出そうとして―――キャッチャーの本能が、それに手を出す事を止めさせた。

そのボールは、低めへと落ちていく「マリンボール」であった。

水切りの如く突如として曲がり出すその球の軌道を、しっかりと彼は頭に入れた。

―――厄介なボールですね。鋳車さんのシンカーとはまた違った変化球だ。

鋳車和観のシンカーは高めへと至る経路から突如として低めへと落ちていく変化球だ。目線を高めに固定し、その変化量によって空振りを奪う魔球が、鋳車和観のシンカー。

彼女の場合―――いわゆる「スプリット」の様なシンカーだ。

変化量ではなく、曲がりの遅さと直球と軌道を重複させることによって、空振りを奪う変化球。

だからこそ、配球は低めが中心となる。鋳車の様に、積極的に高めの釣り玉での空振りを奪う配球はやりにくいだろう。

そうして目線を低めに固定されてきた時のアクセントとして、カーブを持っているのだろう。

―――強い。

この早川あおいというピッチャーも―――確かな技術に裏付けされた投手だ。

だが、それでも―――ここで少し甘さが出てしまっている。

カーブを二球続けた理由は、先程の二打席でマリンボールと直球のコンビネーションを意識して高めの球もある事をバッターにアピールしたかったのだろうが-----逆にそれが、「決め球は低めから落とすマリンボール」ですと主張しているようなモノなのだ。

直球を見送り、カーブを引っ張ってファウルにし―――ツーツーカウント。

予想通り、―――マリンボール。

ボールゾーンへと逃げ込んでいくそのボールに、猪狩進は当然の如く見逃す。

―――さあ、フルカウントになったぞ。

どうするのだ?

四番を後ろに置きながら、それでもまだボールとなるシンカーを投げるか?

長打のリスクを背負ってカーブを投げるか?

それとも―――ほぼ確実に張っているストレートを使うか?

このカウントに来た時点で、恋々バッテリーは猪狩進の術中に嵌まっていた。

そのまま―――マリンボールをアウトローへ投げ込み、フォアボールを選ぶ。

 

―――さあ、頼みましたよ、四番。

 

そうして、男は凱旋する。

四番の看板を引っ提げて。

「四番、パワプロ―――」

周囲の雰囲気なぞ何処吹く風、帽子を手にしながら―――男は打席へと向かっていった。

 




西武ウルフ、強い---。ああいうツーシームゴロピッチャーも、パワプロ作ってくれないかなぁ。

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