実況パワフルプロ野球 鋳車和観編   作:丸米

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帝王VS海東学院⑦

この試合は、所詮は地方予選の二回戦でしかない。

そのはずなのだが、比較的観客の数は多い。

皆解っているのだ。―――この試合が、実質的なこの地方における決勝戦なのだと。

だからこそ、感じる。

違和感を。

―――帝王高校側の打線の不気味さに。

六番、七番と全員がバスターの形に拘り続けているという事実に。

 

「------」

 

審判もまた、この異様な光景に顔を顰め始めた。

周囲の者は気付き始めた。何に気付いたのかは、不明瞭であるが。それでもこの場所には何かがあるのだと。

そしてその何かは―――先程の石杖のプレーに伏線があるのだと。

 

―――何だよ。

―――何で、俺がここに立ってんのに、こんなに空気が悪いんだよ。違うだろ。今俺は勝っている側のピッチャーのはずだろ?何でこんなに、訝し気な空気を吸わなくちゃいけねぇんだよ。

 

曇天の中にいるような気色悪さが、辺りに満ちている。

 

―――クソが。こんな空気を吸いたくて、俺は―――

 

苛立ちが、投球を奔らせる。

―――バスターなんざ舐めたマネしやがって。俺の直球を舐めんじゃねえぞ。下位の雑魚が。

サイドから放たれるのは、全てインハイへ向かう直球。

二球ともバットに掠る事すら出来ず、三球目は手も出すことが出来ず、三球三振。

 

しかして、周囲には静寂だけが残された。

その事が―――ますます瀬倉を苛立たせた。

 

 

そして―――後半戦が、始まる。

九番バッターを初球のポップフライに打ち取り、一番バッター、瀬倉がコールされる。

 

―――なあ、何故なんだよ。瀬倉弓也。

久遠ヒカルは思う。

―――お前は、凄いピッチャーじゃないか。凄い才能を持った人間じゃないか。なのに、何故だ。何故あんな事をしたんだ。

きっと自分には一生解らない感覚なのかもしれない。もしかしたら、こういう人間だからこそ、瀬倉はこれだけのピッチャーに成れたのかもしれない。

他人を蹴落としてでも、自分を上に置きたいという欲求。それは、確実に久遠には存在しないモノだ。

 

―――だから、今となっては―――

 

これだけ投手としての差を見せつけられて、

こうして自らに立ち塞がっている現況が存在するのだろうか。

 

何が正しいのかは、久遠にだって解らない。

今の自分の状況や、これまでの軌跡が正しいものだとも思わない。

けれど、一つ確信している事がある。

 

―――少なくとも、久遠ヒカルはあんな風に成りたくない。

それだけで、十分なような気がした。

自分がどうなりたいのか。はっきりしたものは見えない。でも、ああなってはいけないという事だけは解る。

敗けたくない。

今はじめて―――その理由が、明瞭に見えた気がする。

 

 

瀬倉は三球目に投じられたカーブを引っ掛け一二塁間にへボテボテのゴロを放つ。

それをファーストが前に出て、捕球する。

ベースカバーへ向かう久遠と、瀬倉との競争となる。

 

瀬倉の頭には―――事故を装い、久遠とぶつかろうかと、頭によぎる。久遠はカバーに入る事に必死で、ランナーをそこまで意識しているようにも思えない。回避動作には入れないだろう。

しかし、

―――アウト。

出来なかった。

それは別に良心の働きかけによるものではない。

周囲の空気が、そうさせた。

今自分は―――あからさまに注目されているのだという、空気感。

これ以上何事かをやらかせば、更にこの空気感が強くなるのであろうという恐怖。

 

今、瀬倉は“恐怖”の中にいた。

自分の左腕の“異常”が周囲に勘付かれるのではないかという恐怖。

今自分が疑われているという空気感に対する恐怖。

 

その恐怖が、自分の意識を雁字搦めにしていく。

 

いつの間にか、瀬倉は次のマウンドに立つ事が恐ろしくなってきた。

恐怖は、遂にそこまで到達していた。

 

「-------」

蛇島は、その様子をジッと見ていた。

その表情は―――まさしく幻滅の色に染まっていた。

 

この程度だったのか。

内心、解ってはいたものの―――あの男は所詮、手に入れた力に振り回されるだけの器でしかなかったのだ、と。

 

―――私なら、そうはならない。

 

だからこそ、興味は瀬倉そのものではなく、瀬倉の「左肘」と移る。

どうやったのか。何を以てああなったのか。

それさえ解れば―――自分もより“特別”になれるかもしれない。

その秘密さえ知ることが出来れば―――お前は用済みだ。

蛇島の口元が、薄く歪んだ。

誰にも気付かれる事の無い、笑みの形を浮かべて―――彼はゆっくりとグラブを左手に嵌めこんだ。

スリーアウトチェンジの宣告を聞きながら、蛇島はグラウンドへ走って行った。

 

 

―――どうだ、瀬倉?

怖いだろう。

そのマウンドに立つ事が、怖いだろう。

しっかりと味わえ。

これは今まで―――お前が目を背けてきた恐怖だ。

その恐怖を誤魔化す為に必死に逃げてきたのだろう。

 

一番有島は、初球に投げられた高めの直球を難なくバスターから弾き返した。

今までの瀬倉の傾向からして、カウントがある程度整うまでは直球で押し込んでくることは解っていた。そうと解れば有島に怖いものはない。バスターは投球動作に入る直前に即座に解除し、ライト前に見事なライナーを放つ。

ランナー一塁。二番打者木島の場面で、有島は初球からスチールをかける。

投げ込まれたのは、アウトローへの直球。木島は身体を投げ出す様にその球に踏み込み、無理矢理にそれをショート方向に転がした。

ベースカバーに入った中之島の逆を突き、ボールは内野をボテボテと超えていく。有島は三塁まで到達し、ノーアウト一塁三塁のピンチを迎える。

 

瀬倉弓也は信じられない面持ちでその様子を眺めていた。

自分は幻覚でも見ているのだろうか―――本気でそう思っていてもおかしくない程に、呆けた表情をしていた。

 

―――ピッチャーは、恐怖を抱え込んだ瞬間に一気に瓦解する。

今瀬倉は間違いなく“恐怖”を感じているはずだ。

自分が一番自信を持っていた魔球への信用が揺らぎ、直球の割合を増やした。増やせばそれを見抜かれ、初球から打ち込まれるようになった。

 

ならば次は何を投げるべきだろうか?

直球は二連続で打たれている。

だがスクリューは以前の打席で石杖にバントを決められている。

 

そんな思考が―――まだ石杖が打席に立っていないにも関わらず、ぐるぐると思考が駆け巡る。

どれを投げても―――ロクな結末が待っていないような気がするのだ。

 

石杖は、はっきりと待ち球を決めて打席に入る。

次に投げる為を、石杖は確信を持っていた。

 

―――そら来た。

 

この試合―――というか、この大会で一度も使っていなかった他の球種が投げ込まれる。

バラついたリリースから放たれたボールは、石杖のインコースに投げ込まれた、パワーカーブ。

 

―――こういう時の対処法が解らねえと、他の武器に頼りたくなるのはピッチャーの心理よな。

そのボールを、石杖は迷いなく三塁線に引っ張り込む。

強烈なゴロがサードを貫きレフトの前へと転がっていく。

 

一点が入り―――少し薄めの歓声が巻き起こる。

ランナー一塁三塁は変わらず、迎えるバッターは友沢亮。

 

「―――ぐっ!」

あ、と瀬倉は声を出した。

初球―――直球がすっぽ抜け友沢の腰にデッドボールを与えてしまう。

本日二度目の死球に、球場がざわつき始めた。

―――うるせえ。このタイミングでわざとぶつける訳がねえだろ。

イラつき、心中瀬倉はそんな風に呟いた。

 

気付けば、ノーアウト満塁。

そこに立つのは―――霧栖弥一郎。

「-------」

逃げられない戦いを前にして、瀬倉は血が滲む程に唇をかみしめた。

 

霧栖弥一郎が、バッターボックスに入った。

 

 

“いいか、弥一郎。将来四番を張る様なバッターに成りたければな―――”。

今は亡き祖父の声が、脳内に響き渡る。

おう、解っているぜ、祖父さん。

俺が今何をするべきなのか。

何を以てこの勝負における“勝”を勝ち取れるのか。

今瀬倉はこの流れに、「納得」してねえはずだ。

チームぐるみで卑怯な手を使って自分のスクリューを封じ込んできた。その所為で直球が狙われた。だからこんな状況になった。

今奴は、言い訳をしているはずだ。

この状況は「実力」故ではないと。

こいつはそういった諸々すべて含めて「実力」だと言い切れるほどの殊勝な心なんざ持ち合わせていないはずだ。

 

このスクリューは誰にも打たれない。打たれるはずがない。

それを、心の拠り所にしているはずなんだ。

 

初球は―――やっぱりか。直球を投げ込んできたか。ボールゾーンぎりぎりの、インローの球。

 

どうだ瀬倉。お前なら解るだろう?

今の俺のボールの反応を見て、バントの可能性は無いって。

 

おう。来やがれ。

スクリュー上等だ。

 

二球目。今度はアウトローへの直球。三球目は、インハイ。二つとも見逃し、ツーストライクワンボール。

 

さあ、追い込んだな。

どうだ、直球三つ続けて、俺の頭はそのタイミングで頭がいっぱいだ。

次にブレーキが利いた変化球なんか投げられたら、空振りするかもしれねぇな。

 

それでも尚直球を投げるのか?

バントはしねえ、カウントも有利。こんな状況下でも投げられねえほど、今のお前は自分の決め球に自信を持てねえか?

そこまで頭がキてるってなら、それはそれで構いやしねえ。お前の心はアリカ先輩にメタ糞にへし折られた、って事だろうからな。

 

でもそうじゃないだろう?

来いよ。

 

―――四球目。

遅れてくるタイミング。

浮き上がり、高めからシュート方向に沈んでいく軌道。

 

すげえ球だな。

本当に、鋳車のシンカーにだって負けていないかもしれねぇ。

 

お前がどれだけクソ野郎でも―――やっぱり、このボールを作りあげた執念だけは、本物だと思うぜ。

 

さあ、バットを振ろう。

いつも通りだ。テイクバックから腰を捻って、あのボールを叩きこむんだ。

目指す先は、ただ一つ。

スラッガーの証明である、放物線を描こう。

 

だってよ。

四番に成りたければ―――相手の決め球を打てるようにならなきゃならねえんだ。




大谷選手、エンゼルス入団おめでとうございます。二刀流、出来ればいいなぁ。

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