実況パワフルプロ野球 鋳車和観編   作:丸米

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戸柱は能力が聖ちゃんに似ている気がするんだ。うん。


サブマリンは猪を狩るか?①

一カ月後との指定をパワプロから受けた。

―――猪狩守。リトルリーグでは名の知らぬ者はいない天才の名だ。

投手としては二度のノーヒットノーランを達成し、打者としてはリーグ本塁打王を獲得。

掛け値無しの天才を、一カ月後に―――無名に等しい男が勝負に挑む。

成程―――これは、今の能力では勝てる相手ではない。

しかしこれが、分水嶺となる。

―――この勝負に勝てば、鋳車は奨学金を貰える。生活費まで完全保障され、返済の必要なし。

二重の意味で、鋳車にとっては負けられない戦いであった。

この奨学金は、間接的にも直接的にも母を助けられる。息子にかける金が必要なくなるうえに、母子奨学金として―――経済的困窮に晒されている父母にも、給付が受けられるシステムだ。

当然、厳重な審査にかけられるものの―――今まで真面目に女手一つで育て、必死に働いてきた母が、審査に落ちるとは思えない。母を助ける―――それが、まずもって一つの理由。

もう一つは、言うまでもない。

捨てる事を覚悟した野球が、今ここで―――まだ続けられるかもしれない。

負けるわけにはいかない。

「俺は、まだ子供だったんだ」

鋳車は呟く。

―――野球を捨て去る。その悲壮な覚悟をするには、まだまだ鋳車は子供だったんだ。

「俺は、まだ―――」

野球がしたい。

その執念を以て―――鋳車は投げ込んでいた。

 

 

遂に、その時が来た。

リトルが保有するマウンドで四人の男が対峙していた。

猪狩兄弟、パワプロ―――そして、鋳車和観。鋳車はもう投球練習を終え、各人がもう自らのポジションに立っている。

「ルールは単純。二打席勝負で、二度とも猪狩を打ち取れば鋳車の勝ち。ヒット性の当たりを打てば猪狩の勝ち―――本当は三打席だったけど、それ位のハンデはくれてやるとの事だ」

審判役のパワプロは、そう言った

「ふん。僕としては一打席で十分な位だ。―――あまり時間を無駄にしたくないんだ」

猪狩は挑発する様に鋳車にそんな言葉をかける。

「精々―――足掻いてくれたまえ」

その言葉と共に、猪狩は打席に立つ。

―――鋳車は、何処までも無表情だ。

雑念を捨て、眼前のミットに意識を集中させている。

―――成程、パワプロが言うだけの事はありそうだ。

佇むその姿には、何とも言い難い威圧感があった。

例えば、その眼が、

例えば、その表情が、

―――まるで眼前の標的を狩らんとする猟師の様だ。

かつてメジャーに渡った赤き大投手は、こう向こうのチームメイトに言われたという。

―――自分の家族がおなかをすかせている。獲物をバッターが持って行こうとしている。じゃあお前はどうするんだ? 徹底的に戦うだろう―――

今、眼前にいる痩せた小柄な男は―――こちらを完全な敵として認識している。その気迫が、あるいは殺意とでも言おうか----その執念が、渦巻いて猪狩を飲み込まんとしている。

「面白い」

ならば―――絶対に眼前の男を打ち砕いて見せる。

鋳車が、投球動作に入った。

左足が引かれ、浮く。

軸回転と共に、腕は―――遥か眼下へと降りていく。

右方向に流れた身体は地面すれすれまで右腕を運んでいき―――地面から弾かれるように、ボールはリリースされた。

「ボール!」

パワプロの声が、響いた。

地面から、猪狩の胸元まで浮かび上がったその球は、―――反応する事すら、許さなかった。

見慣れぬ軌道だから―――そう言い訳するには簡単だ。

しかし、軌道による幻惑よりも、単純に猪狩はこう思ってしまった。

―――速い、と。

球速はさほどでもないはずだ。それでも、速い。バットを出す事すらできなかった。

打席に立つ猪狩守が驚愕にその表情を染める中、―――捕手の進は冷静にその球を見ていた。

―――身体を沈ませ、右腕を左腰側に限界まで隠し、その上で腕を伸ばしてリリースする分、彼はオーバースローの選手よりもリリースが近いのだろう、と進は分析していた。

彼のフォームは、実に上下の変化に富んでいる。

フォームが上から下へ沈み込み、そして球は下から上へと浮かび上がる。

常に視点が上下に揺さぶられ、その分だけリリースと軌道に幻惑される―――捕手として一歩下がった進の視点から見てもそうなのだ。実際に打席に立っている守からすれば、視点も軌道も定まらぬ状態であろう。

この勝負―――まさかの展開もあり得るな、と進は考えた。

 


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