実況パワフルプロ野球 鋳車和観編   作:丸米

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あかつき大付属VSパワフル高校④

あかつき大付属高校。

パワフル高校。

両校とも、1イニング目は3者凡退で終わった。

 

3者連続三振と、3者連続凡退。

対照的な結果は、そのまま互いのピッチャーの性質の違いを現していた。

 

そして、ここから――両校の四番からのスタートだ。

 

「パワフル高校、サードベース――東條小次郎」

眼光鋭く猪狩守を睨み付けると、東條小次郎は打席に入る。

 

――見せて下さい、猪狩さん。

 

天高く、ピン、とバットが空へ向けられる。

スクエアスタンスから身体を捻りピッチャーと正対し、そのままの姿で静止する。

 

それは、まるで立ち合い前の侍であった。

今まさに――獲物を切り裂かんと刀を構えた、侍。

 

それは、かつて北のサムライと恐れられた強打者の構え。

 

――貴方が自らの投球を進化させたように、俺もあの頃の俺ではないんです。

 

小柄な身体。

しかし――打席に立つや否や、どんな打者よりも大きく見える。

 

成程、と猪狩守は呟く。

「――面白そうだ」

セットポジションに入る。

四番VSエース。

第1ラウンドのゴングが今、確かに鳴らされた。

 

 

かつて、東條には親友がいた。

野球を介し絆を深めた、親友が。

 

されど、その親友は野球が出来なくなった。

 

共に練習をする最中に、大怪我を負ってしまって。

 

それが、東條の小学校の頃の記憶だ。

リトルで練習をした後、終わった後に自主練習をする中で――親友は、日常生活すら支障が出るレベルの怪我を、負ってしまったのだ。

もう二度とバットを手に持たない。

そう硬く決意した日々もあった。

親友はお前の所為じゃないと言ってくれた。

けれども――この自責の念を抱えたまま野球をし続けられる精神構造を、その当時東條は持っていなかったのだ。

 

けれど、結局戻ってきてしまった。

東條の心の中にある鬼武者が、そうさせた。

 

――俺の中にもあったんだ。こんな気持ちが。

はじめて、心が震えた瞬間があった。

 

小学校六年生だったとき。

帰り道の河原の土手の下で行われていた、たった二人で行われていた勝負。

 

ボロボロのパーカーを着込んだ少年と、全身泥まみれのユニフォームを着込んだ少年の打席勝負。

互いが互いに、真剣な目で、真剣な様相で、されど――何処か楽し気に。

 

勝負をしていた。

パーカーを着込んだ少年は、誰だか解らなかった。しかし、もう一人の打者の名前はすぐにも解った。

シニア首位打者の、パワプロだった。

同県の中学生で、野球をやっていれば必ず聞く名前であった。

猪狩守に匹敵する天才――そう言われて久しい男であった。

 

同じ、だった。

きっとシニアの練習が終わった後なのだろう。身体だってくたくたのはずだ。それでもパワプロは、変わらぬ集中力で、眼前のピッチャーの球を見据え続けていた。

それは、同じ。

かつての自分と、同じだった。

 

――ああ、そうか。

その時に、思ったのだ。

あの時、確かに親友は怪我してしまった。

けれども。

その結果だけを切り取って、悪しき思い出とあの日々を貶める事は――自分だけではなく、共に過ごした親友にとっても、失礼なのではないかと。

 

――そうだ。

自分は紛れもなく、野球が好きなんだ。

あんな土手の裏で一対一での勝負に思わず胸が熱くなるくらいに。

それ程までに。

 

――もう逃げはしない。

そう決意した日。

彼の中に、もう一人の自分が宿った。

 

 

ワインドアップから、大きく腕を後方へと。

腰回転と共に、宙に浮かせた足が接地する。

 

体軸を斜めに。

リリースを縦に。

角度をつけて。

身体を沈ませ。

 

まだ。

まだまだ。

 

リリースすれど、指先は離すな。

中指の爪先まで、ギリギリのギリギリまで、回転をかけろ。

鋳車のように、上方向への回転なんてかけられない。

だが。

縦に振る――それによって生み出せる回転だって、確かにあるのだから。

 

縦に振る事が出来ているから、その分だけ――縦軸への回転をかける事が出来る。

 

――第一投が、放たれた。

 

 

大きなワインドアップから足が接地した瞬間――東條は始動する。

ヘッドを後ろに、腰は前に。

上げた足先からバットを出そうとした、その瞬間。

 

――な-----!

 

東條は信じられない思いを抱いていた。

始動を終え、ヘッドを出さんとしたその瞬間――ボールはもうミットに吸い込まれる寸前の所にあったのだから。。

 

「――ストライク!」

審判の声が、後ろから聞こえて来た。

 

インサイドぎりぎりの、高めのコース。

完全にミットに収まった瞬間に、東條はスイングを行っていた。

 

――タイミングが、合わない。

リリースの瞬間、タイミングを測る瞬間。

バットを出さんと判断するその時間が、今この瞬間――東條の中から消え去った感覚があった。

 

タイミングを取る瞬間には、もう球が目前に来ていた――そんな感覚だった。

 

どういう事だ――そう思った瞬間には、猪狩はもう次の投球を始めていた。

ゆら、とした緩慢な動作からの大きなワインドアップ。

腕を回した瞬間に始動する腰と脚。

沈み、振る。

そして――。

凄まじい速さのリリースから放たれる、剛速球。

 

糸を引く様な綺麗な一等線を描き、放たれる。

 

――解った。

東條はその投球を見た瞬間に――すぐさま自らのバッティングを修正する。

 

――足先が接地してからリリースする瞬間の間が、滅茶苦茶短いんだ。

大きく後ろに持っていった腕を、腰回転が終わる瞬間にはリリースポイントまで持っていく。

 

腕の振りが強すぎて、またワインドアップからのフォームの変遷が余りにも緩やかすぎて――タイミングを取る間を完全に殺しに来ている。

 

故に東條は、一時的に足の上げを小さくし、摺り足のような形でタイミングを取る事にした。

これで、タイミングは合わせられる筈だ。

リリースも何とか見えた。軌道は外角側。

球の軌道に合わせ、東條はバットを出した。

この苦し紛れの打ち方じゃあ長打は望めないかもしれないが、何とか外野の前にでも落とせれば――。

そうして懸命にバットを出したものの――。

 

――あれ。

想定した軌道よりも、更に()へと、ボールは通り過ぎていった。

 

「――ストライク!」

気付けば、ツーストライクノーボール。

追い込まれていた。

 

猪狩守は進からボールを受け取り、テンポよく投球体勢に入る。

次に選んだ球は――。

 

「――ぐ!」

真ん中高め。ボールゾーンへの吊り球。

それを見事に大きくフルスイングをし、空振り。

 

「――ストライク!バッターアウト!」

 

これで、四者連続の三振となった。

東條は信じられない、といった面持ちでバッターボックスからベンチへと戻って行く。

その時、

「――東條」

ネクストバッターサークルからバッターボックスへ向かう神宮寺から、声をかけられた。

「しけた面すんじゃねぇ。四番だろうが」

そう一言告げられ、――渋面を、更に強める。

きっと、弱気な面が、表情に出ていたのだろう。

「安心しろ。取り敢えず俺も粘ってはみるからよ。――しっかり次の打席まで、あの球に食らいつける算段を立てとけ」

そう言い残し――神宮寺はバッターボックスへと、足を運んで行った。

 

 

この球は、一度自らの中にあるモノをバラバラにして再編成して作り上げたものだ。

清本と滝本に、ボコボコにされたあの日から。

 

プライドを大いに叩き壊されたあの日から。

もう一度、自らのプライドを取り戻す為に。

 

試行錯誤の果てに辿り着いた結論は、シンプルであった。

 

――縦に、強く、真っ直ぐに、回転をかける事。

 

猪狩守が目指した直球。それは――強く鋭いスピンがかかった、至極の真っ直ぐ。

 

その為、体軸の傾きを修正し、腕がミットに向け直角に出られるようにフォームを作り直した。

ワインドアップの予備動作で投球にリズムと勢いと緩急をつけ、貯めた力を一気に縦に解き放つ。

 

やっている事は、シンプルだ。

されど――シンプル故に、作りあげるのは困難を極めた。

 

縦に腕を出す。

その為に何をしなければならないのか。腕の可動域を拡げる為に、身体を大きく横軸に倒しながら投げ込まなければならない。

その為に、どれだけの強靭な下半身が必要か。

横に身体をずらしながら、されど制球力は落とさず、勢いのある真っ直ぐを投げる。

その為に――文字通り、猪狩守は血反吐を吐き垂らすような努力を続けて来た。

 

「――さあ、来い」

――そんな事が出来たのも、今まで公式戦で勝ち続けてくれた鋳車がいたからこそ。

鋳車がいなければ、ここまで思い切った改造は出来なかった。

 

だから――猪狩守は、心から鋳車に感謝している。

 

故に。

だからこそ。

 

――今度は、奴に報いる番だ。

奴はまた新球を作りあげるという。

また進化するつもりなのだ、あの男は。

 

「――五番、ファーストベース、神宮寺――」

誰が来ても構いやしない。

今はもう投げたくて投げたくて疼いている。

 

だから言う。

心の中で、何度でも。

 

――さあ、来い。

そう、何度でも。




今永----。濱口------。井納------。

おかえり-----。

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