地方予選の決勝戦には、まばらにであるが人が集まっている。
一般のお客さんが大半を占める中、他校の野球部員やスカウトなどもちらほらと見られる。
そして、その中には予選を敗退した高校の選手も含まれていた。
あかつき大付属対パワフル高校。
早川あおいは、その試合を見ていた。
ーー予想通り、ここで猪狩君を持ってきたか。
ここまでの試合、猪狩守の登板数は2。そのどれもリリーフでの登板。大差がついた試合で2〜3イニングを消化させる、という明らかに調整目的のものであった。その調整は、この決勝の舞台でしっかりと力を発揮させるためのものだったのだろう。
ーー鋳車君は、延長戦にでもならなければ出てこないのだろうなぁ。
ここまで、2試合を先発登板した鋳車はベンチでいつもの仏頂面で試合を見守っている。自分にはもう出番はないと悟りきっているような様子だ。
正直、あおいの内心ではあかつきの勝利を疑っていなかった。
あかつきはとにかく投打の「投」が強力すぎて、並みの高校では歯が立たないレベルにまで達している。二枚看板のエースに、天才捕手。それに加えて全国でも屈指の強打者に成長したパワプロを擁したあかつきに対抗できるだけの戦力が、一見してパワフル高校にはないように思えた。
だが。ここに来てーーパワフル高校の厄介さがはっきり見えてきた気がした。
守備に穴がない。それを前提とした戦術を組み込み戦っているパワフル高校は、実力のあるチームと戦った時こそその強さの芯の部分が見える。
今までヒットになっていたであろう打球がゴロになる。
だから打線が繋がらない。
ポツポツとヒットが出ても、連打にならない。一塁ランナーには常に併殺の危険が付き纏う。これほどバッターにとって嫌なことはないであろう。無駄なランナーばかり出て、得点に繋がらず残塁ばかりが目立っていく。
ーー仮に。仮にだ。かなりの歯車が噛み合って、館西が完封を続けることが出来たのならば、パワフル高校に勝利の芽が見えてくる。
ロースコアの投手戦は、1点を争ういわば綱渡りのようなもの。どれほど強力な戦力があろうとも、一つのミスでくるりと足下を掬われる。そんな危険が付き纏う勝負となってしまっている。
早川あおいはジッ、と真剣な眼差しで勝負を見届けていた。
願うは、当然ーー最後の夏を彩ってくれた、あかつきの勝利。
周りの雑音を全てシャットアウトし、あおいは試合に目線を釘付けていた。
・・・その、はずだった。
「あー!何でそこで半端に当てに行くんですかそこで!振り切るかせめて叩きつけないと!いけません!」
結論を言うと。
クソやかましい男が隣にいつのまにか座っていた為、試合への集中は一気に霧散してしまった。
「いやー。それにしてもパワプロ君も動きが中途半端ですよ。動きたくてうずうずしているのに結局何もしないとか君はチェリーボーイか!チェリーボーイなのか!動けよ走れよ若者なんだからさぁ!」
うるさい。
本当にうるさい。
あまりのうるささにあおいは思わずグラウンドから隣の声の方へ視線を移した。
「ん-----あ。すみません!思わずテンションが上がってしまいまして!------く!まさか俺の方こそチェリーっぽい振る舞いをしてしまうとは!もう本当にすみません、すみません!」
うるさい。
謝罪すらうるさいその男をジト目で睨みつけ、その姿を観察する。
その男はまるで旧世紀のパンクロック風の格好をした男であった。
脱色した長髪。黒のロングコートにサングラス。長身痩躯で彫りの深い顔面。もう夏とか関係なくビジュアルが暑苦しくうるさい男であった。
「ん-----ああ、貴女はアレか!マイヤー・オブ・サブマリンではないか!」
何やら奇妙な名称を叫びながら、男はそう言った。
サブマリンはまだしも何だマイヤーって。
「見た-----俺は見ていた。丁度俺も試合の日だったから、その日は見れなかったけど、確かに見たんだ。YOU・TUPAで上げられていたやつの孫動画の孫動画でさ。いや、本当に感動したんだ。あの爆裂シンカー君との投げ合い。あんな出来すぎな投げ合い、プロ野球でも中々見られんよマジで」
違法動画で感動するな。
「いやぁ。やっぱり気になるものなんだ。自分を負かせた対戦校の具合は」
「-----貴方、誰ですか」
思わず尋ねる。
いや。本当に。
誰だこいつ。
「お。ごめんごめん。そういえば言っていなかったっすね。――俺の名前は、人呼んで------何だっけ?まあいいや」
何がいいんだ。
「俺の名は!――コアラヶ丘高校二年野球部、日守秋星でーす!ポジションはキャッチャー!よろしく!」
なんと。
何故かこの場所に――昨日N県代表に決まった高校のキャッチャーがそこにいた。
※
「けど面白い試合しているね。-----今回俺は猪狩兄弟を見物しに来たんだけど。予想外にパワ高が喰らいついている」
「-------やっぱり、そういう見方になるんだね」
「うっすあおい先生。まあ地力でいえば月とすっぽんですよあの二つは。でもすっぽんはすっぽんで滅茶苦茶甲羅が固い。中々壊れてくれない」
いつの間にやらこの男に先生呼ばわりされることとなったあおいは、もう突っ込みをする気も起きなくなった。
「まあ、一つヒビが入れば瓦解するのはパワフル高校の方ですな。きっちりしっかり壊れないようにコーティングしているけれども。それにしたって――ちょっとあの坊ちゃんが崩れる気配がなさすぎる」
坊ちゃん、と称された男がマウンドに上がる。
猪狩守。
マウンドに上がり、ボールを貰う。
3イニング目も何も変わらない。全球直球で三振を奪い、上位に戻っても一球カーブを挟んでだけで残り全部を直球。一番駒坂はキャッチャーフライに終わる。
「あおい先生は、どう?猪狩君と館西君。攻略しやすいのはどっちだと?」
「------館西君でしょうね」
「その心は」
「直球を当てられないピッチャーに、そもそも攻略法が見つからないからです」
「だよねー」
そもそも――投球の基本線である直球ですらまともに当てられないのなら、攻略のしようがない。
工夫や対策でどうにかなる問題でもない。
当たらない球をひたすらに投じる。
そういう理不尽を押し付けるような投球を、今猪狩守は行使している。
「理不尽よねー。あの投球。いや、まさしく天才ですわ」
日守はそう言うと、と笑う。
「だからこそ――野球は楽しい」
そうぼそりと彼はつぶやく。
その言葉だけは、飄げた様相の中でも、ひときわ楽し気な声音であった。
※
その後。
5イニングまで互いに無得点のまま進んでいった。
猪狩進の圧倒的な投球と館西勉のグラウンドピッチの投げ合いは、あまりにも対照的な結果であった。
5回71球12奪三振2被安打無四球
5回65球1奪三振5被安打1四球。
被安打すら許さない投球を続ける猪狩と、ランナーを出しながらもホームにまで到達させない館西のピッチングは。攻守交替ごとに別のスポーツでもしているかのような様相であった。
とくに館西はこの5イニングだけでも3つの併殺を奪い、また四イニング目のパワプロの盗塁をバッテリーで阻止している。ランナーを出してなおしっかりと封殺していくそのスタイルは、まさに綱渡りのような投球であった。
――ここまで65球の球数で済んでいる。それはいい。
されど。
この身体には、泥のような疲労が襲い掛かってきている。
――やっぱりあかつきやな。球数は抑えられても、しっかりと神経が削れていっている。
ほかの高校に投げる60球と、あかつきに投げる60球は――はっきりと、刻まれた疲労の質が、違った。
「まだまだや。まだ、ここで折れる訳にはいかん」
さあ。
攻撃を見よう。
そろそろ――何か希望を見出してくれるかもしれないじゃないか。
いつも通り話が進まずすみません------。
横浜、まさかの2位ターン。サンキューラミレス。