審判として勝負を見ていたパワプロは、全てが終わった瞬間歓喜の中にいた。
―――これで、鋳車は高校でも野球を続けられる。
いてもたってもいられず、泣きながら鋳車の傍へ駆けよる。
「やったな、鋳車!」
「ああ----何だか、まだ現実感がない」
鋳車はそうぼそりと呟くと、ジッと自分の右手を見る。
リトルリーグで天才の名をほしいままにしてきた、猪狩守―――今鋳車は、自らが積み上げた全てを込めて、その男に勝利した。
紙一重の戦いであった。
ツーストライクまで追い込む事―――これがこの勝負における勝利条件であると鋳車は確信していた。ただし―――決め球のシンカーは決して使わず。
第一打席は、きっと天才とてこの見慣れぬ軌道に惑わされるはずだ。だから―――勝負は二打席目だと決めていた。一打席目に打った布石を基に、鋳車は投球を組み立てた。
その結果、鋳車は勝利した。
見事―――浮かんで沈む、アンダー特有のシンカーを用いて見逃し三振を奪った。
これで鋳車は―――高校でも、野球を続けられる身となった。
「さて―――じゃあ、パワプロ。打席に立て」
「え?」
「え、じゃないだろう―――そもそも俺がアンダーに転向したのは、お前をコテンパンにするためだ。オーバーの時は散々やられてたし、一カ月勝負もしてないし。立て」
「え----ええ----こう、勝利の余韻に浸るとか、ないの----?」
「今の俺達に、そんなものはない。パワプロ―――投手の片手間で、猪狩はあのバッティングだ。お前は努力し続けなければ、アレを超えらないぞ」
「-----」
「今の所、お前が猪狩に勝っているのはミートセンス位なものだ。スイングの速さもパワーも、まだ及ばない。さて、やるぞ」
※
その後―――パワプロは三打席連続三振という見事な返り討ちにあう事となる。
「やっぱり、転向して正解だったな。こうもキリキリ舞いにできるなら気分がいい」
「-----何だよ、あのシンカー。反則だろ----」
パワプロは成す術もなく地面に横たわっていた。
見た事もない軌道から見た事のない変化をする魔球―――シンカー。今の所、パワプロは手も足も出ない、まさしく魔球だった。
「けど、直球の対応は猪狩よりも早かったな。そこら辺の対応力は凄まじいものがあるぜ」
「それは―――俺が、引きつけて打ってるから」
パワプロの打撃は、まずもって鋳車の投球に対応すべく生まれた。
身体が追いつけない程の速球と、容易に体勢を崩す変化球。それに対応する為、パワプロはフォームを崩さず、出来る限り引きつけて打つように打撃を作りあげてきた。
打つポイントを出来るだけ近く、近くと呼び込んだ上で、打つ。このフォームは確かに、打撃の正確性は増すものの―――猪狩の様に前のポイントでしばき上げて引っ張る、強い打撃は期待できない。
「その引きつけが出来るのも、才能だ。―――発想の転換だ、パワプロ」
「発想の、転換----?」
「強い打撃をしたいから、スタイルを変更するんじゃない。そのスタイルのまま―――ホームランを打ってみろ。それが出来るようになれば、お前は晴れて最強打者になれる」
フォームを崩さず、球を身体に引きつけて打てるパワプロの才能は本物だ。
―――だから、容易にそのスタイルを崩さないでほしい。
「俺はもう多分この先、このスタイルを変えるつもりはない。―――だから、お前も変えずに頑張ってみろよ。そのポイントで、ホームランを打つんだ。
再来年には、俺達はチームメイトだ。まずは、一年からでも試合に出してもらえるよう、頑張ろうぜ」
「そう-----だな」
眼前で、猪狩のスイングを目の当たりにして―――少し自信が無くなりかけていた。
けれど、このスタイルは鋳車との積み重ねによって作られたものだ。
簡単には変えられないし、変えない。
「取り敢えず、―――今度は、俺がお前の夢をかなえる番だな」
「ああ-----!頼むぞ、親友」
おう、任せろ―――そう答えた鋳車の声には、力があった。
仏頂面で壁に投げ込んでいた、あの頃の鋳車はもういない。
―――その事が、パワプロには無性に嬉しかった