実況パワフルプロ野球 鋳車和観編   作:丸米

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オープン戦がぼちぼち始まったので再開します。


第二章 
帝王の天才


―――消える魔球と形容される球は、高校野球界において二つ存在する。

一つは帝王実業、山口賢のフォークボール。

上体を大きく反らしたマサカリ投法から放たれる強烈なフォークボールは、視界から落ちるように消えていく。彼はこのボールを駆使し三振の山を築いていた。

もう一つが―――あかつき大付属の鋳車和観のシンカーであった。

アンダーフォームから放たれる、浮き上がる軌道を描く直球。そして、その軌跡をなぞりながら落ちていくシンカー。

リリースと球の軌道によって、バッターは自然と視点が上方へと移行していく。そこから急激にシュート回転と共に落ちていくシンカーに、空しくバットは空回る。

「今年のあかつきはやばそうだな」

帝王実業の部室内でそんな声が響いた。

「明日、練習試合だよな。ウチは当然山口さんが投げるとして―――あっちは、ジョーカー二枚持ってんだよな。何だよアレ。猪狩と鋳車二枚揃えているとか、ちょっと卑怯すぎるだろ」

鋳車和観。高校に入るまで全くの無名選手であったが、あかつき大付属に入学後二ヶ月で頭角を現した男だ。―――練習試合とは言え、彼は昨年の甲子園ベスト8の黒龍館を完封した事により知名度をあげた男だ。

サブマリン投法から繰り出される直球とシンカー。プロでさえ苦戦する特殊投法から、化物じみたシンカーを投げるその男は、一試合で一躍知名度を上げた。

「打線は、捕手の猪狩、投手の猪狩、そんでもってサードのパワプロ-----そんでもって、誰だっけ、あのメガネ?」

「矢部だよ。その面子並べて最後に出てきたのがそいつかよ」

「ああ、そうだったそうだった。前、確か石杖先輩が言っていたな。“味方にしたら絶妙に痒い所に手が届かずウザい。敵に回すと微妙に有能だから腹が立つ”って」

「あの人、中学の頃はあのメガネの先輩だったらしいな。チャンスで5回凡退するごとにパしらせていたらしい」

「-----その頃からチャンスに弱かったんだな」

そうだよ、と唐突に声がかけられた。

ガラガラと部室のドアが開けられ、―――白髪の男が泥まみれのユニフォームを纏って現れた。

「得点圏打率、脅威の一割六厘。あげた打点は0。―――下位打線が必死に出塁して送って作ったチャンスをフライで台無しにする天才だったぜ、アイツは」

「あ、石杖先輩チッス」

「―――多分、明日は鋳車が出るぜ」

「何で解るんですか?」

「三日前に、猪狩が投げているからだよ。そんでもって、炎上した。西京高校のゴリラ二人衆に決め球の直球を打ち込まれて。それでもマウンド譲らずに完投したんだから、流石に今回は引っ込むだろう。となれば次に出てくるのは鋳車だ」

三日前、猪狩はとにかく打ち込まれた。

決め球の直球を狙い打ちにされ、清本滝本コンビにそれぞれ一本を献上し、四回で六失点の大炎上。その後もマウンドを譲らず、そのまま九回まで投げ切ったものの試合は敗北。そんな次の試合に投げさせる意味も無い。

「明日は間違いなく投手戦になる。山口さんのフォークも、鋳車のシンカーも、初見じゃ打てん。ピッチャーの実力はほぼ互角だな。後は、どっちのクリーンナップが上手い事対応できるかにかかっている」

「------明日、キリスは出すんですか?」

「出すに決まってるだろ。あかつきとやれる機会なんぞこれから先、そうそう無いってのに、出し惜しみしてどうする」

「打順は何処にするんですかね?」

「さあな、そいつは監督が決めるだろ。けど、恐らく明日がキリスのデビュー戦になる。お前等、ぼやぼやしてっとどんどん席が埋まっていくぜ」

「へいへい―――さて、練習頑張りますか」

朗らかに笑いながら、一行は練習へと戻っていく。

―――しっかし、本当に化けモンだな

部室から出たその瞬間、見えたのは噂の一年生のフリーバッティングであった。

しなる腰と腕が駆動し、バットはインサイドから球の軌道に割り込むように入っていく。

大柄な肉体を柔らかにしならせ、バットに球を乗せていく。その全てが逆方向へと向かっていく。

そのスイングの過程は、どれもが石杖にも実現不可能なバッティングであった。

明らかに詰まっている。

ボールの軌道から遅れてバットが出ている。

なのに―――あの男はそれを悠々とスタンドに叩きこんでいる。

通常ならばファールゾーンにしか飛ばないそのタイミングで、あの男は―――ホームランが打てる。

人よりも早いスイングで、人よりも柔らかな筋肉で、―――人よりも長くボールを面に乗せることが出来る技術で。

“支倉の至宝”も、アレを見てしまえばもう形無しだ。

羨望すら浮かばない、一振りでその天賦を思い知らされる―――美しく、力強いバッティング。

明日が、楽しみだ。

―――きっとあかつきの連中も度肝を抜かされるに違いない。そう石杖は内心ほくそ笑んだ。


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