「私が女子麻雀部監督の愛宕雅枝や。よろしゅうな」
アンダーリムのメガネをかけた女性は腕を組みながらそう名乗った。聞いた話では彼女は元プロ雀士であり、実力も指導力も兼ね備えた才媛らしい。
「ほなら早速始めよか。一年には私が詳しい説明するから二、三年の方は任せたで竜華」
「はい」
先ほどまで西田にお説教をかましていた黒髪ロングの美少女が女子麻雀部部長の清水谷竜華。西田にとっては恐怖の象徴でもあるだろう。
愛宕監督の指示に従って一年生と二、三年生に別れてぞろぞろと動きだす。その中で友哉は挙手して待ったをかけた。
「ちょっといいっすか」
「どないしたん?」
「俺先月こっちに転校してきたばっかで去年の交流会に参加してないからどんな感じかよく分かんないんですよ。だから一年の方についてきたいなー、と」
「あー、君が三年から転入してきたっていう転校生か。そういうことならついてきー」
「あざーっす」
友哉が一年生の集団に混ざると、男子の一年生部員があからさまにほっとしたような顔をする。
まあ女子部の一年生は二十人近くいるので彼らからすれば心細かったのだろう。
そのまま愛宕監督に連れられてきたのは女子部の第三部室だった。無人の部室には全自動の雀卓が三つあった。
「卓一つにつき男子一人か二人着き。で、残った八席は半荘で交代しながら女子が使うこと。あぶれたもんは卓の後ろについて試合をよー見い」
「もしかして男子はずっと打ちっぱなしっすか?」
「したいならそれでもええけどまずは半荘二回やな。その後学年入り乱れてバシバシ打ってくで。何も男子と戦うだけが目的の練習やないからね」
「なるほど。了解っす」
愛宕監督の言葉から察すると男子との対局はもちろん、とにかく数をこなすことに慣れる意味合いもあるらしい。大会ともなれば一日で数試合に臨まなければならないこともあるだろう。
どれだけ集中し頭を使っているかにもよるが、個人・団体どちらにせよ麻雀というのは基本的に体力を消耗する競技である。試合慣れをしていないと実力を発揮しきれないということも考えられる。
やはり男子部をフルボッコにして利用してやろうという意地の悪さが根底にあるわけではないようだった。
もしかしたら弱い男子の方が悪いのかもしれない。
「ほなちゃっちゃと始めよか」
愛宕監督の号令でそれぞれが席に着く。座れなかった生徒は指示された通りに卓の後ろに回って観戦の準備を整えていた。
そしてこの中で唯一の三年生である友哉の卓は一番人気だった。
「それロンや!」
「ぐはぁ……」
学ラン少女こと江口セーラに振り込んだ西田は卓上に崩れ落ちる。これで西田は箱ワレ、対局終了である。
対局開始からまだ三十分も経っていない。
「情けないなぁ」
「お前らに勝てる高校生が全国にどれだけいる思てんねん……」
江口セーラ、清水谷竜華。どちらも名門・千里山の団体戦レギュラーメンバーである。全国を見渡しても彼女達に勝る高校生雀士は数えるほどしかいないだろう。
つまり西田ではまず勝てない。
「そういうことやなしに。去年からほとんど成長しとらんやないの」
竜華の言葉が西田の心に突き刺さる。確かにこの一年で自分の実力が伸びたとは感じていないし、伸ばすだけの努力をしてきたとも言い切れない。部活には毎日顔を出しこそすれ、惰性のままに漫然と考えなしにただ打つだけの日々。
麻雀に限らず明確な目的意識がないと実力というものは中々伸びないものである。
「返す言葉もあらへん……けど、友哉ならもしかすると勝てるかもせーへんな」
「友哉君て?」
「三河屋」
「あー、さっき転校生やー言うてた」
「あの三河屋強いんか!?」
セーラが目を輝かせながら西田に詰め寄る。セーラの中では友哉という名前よりも三河屋の方が強く印象に残ったようだ。
「言うても男子としてはやけど、まあ俺らん中じゃ一番やな。何よりもアイツは運がヤバい」
「運?まあ確かに麻雀では重要な要素ではあるけど……」
「それだけで勝てるほど甘くない言うんは分かるで。けどな、アイツ入部してからこの一ヵ月でもう二回も天和で上がってんねん」
「え?」
「嘘やろ?」
天和とは配牌の時点で和了の形が完成している状態のことを指す。確率で言えば三十三万回に一回程度の割合で出現する非常に稀少な和了りだ。
それを一か月で二回も出すなど尋常ではない。
「しかも一回は大三元でやぞ?それで本人は『あー、たまに出んだよね』やと。麻雀歴五年で十回以上出しとるらしいからな。麻雀やっとらんと宝くじ買うとけやって話やで」
途中から愚痴に変わった西田の言葉を竜華とセーラは聞いていなかった。天和での和了りは二人とも経験していない。恐らくは愛宕監督でもないだろう。
それを五年で十回以上引き当てる豪運は確かに驚異的だ。異常とも言える。
しかし麻雀界にはその異常を容易く引き寄せる怪物がいるのもまた事実。
もしかすると友哉という少年は異能持ちかもしれない。そうだとしたら全国へ向けて戦う価値がきっとあるはずだ。
「セーラ!」
「おう!一年は第三部室におるはずやで」
「行きましょう」
言うや否や二人が部室から飛び出していった。西田だけでなく部室にいた全員の目が点になっている。
そんななんとなく気まずい空気が流れる部室で西田は一人、胸の内で友哉へ向けて合掌するのだった。
麻雀のルール知らない
麻雀の役を知らない
麻雀の用語知らない上に読めない
やっていけるのかこれ……