「俺は江口セーラや」
「清水谷竜華いいます。いきなり押しかけてごめんな?」
「気にしてないよ。三河屋改め古谷友哉だ」
「ウチは園城寺怜。よろしゅうな」
全自動の雀卓が山を組むまでの間に軽く自己紹介を行う。
右を見ても美少女、左を見ても美少女、真正面にも美少女。
(理想郷はここにあったか……)
対局前から感無量な友哉。
感動に打ち震えて目を閉じている彼は、傍目からだと心を落ち着けて集中しようとしているようにも見えた。
(異能持ちや言う話やし、まずはお手並み拝見といこか)
対する千里山女子麻雀部のエース・園城寺怜はそんな友哉の姿を前にして神経を研ぎ澄ませる。それはセーラと竜華も同様だった。
たとえ一般的に男子が女子よりも麻雀が下手だとしても目の前の彼がそうであるとは限らない。仮にそうだったとしても異能を持っていれば多少の不利でも一気に覆される恐れがある。
だからこそ本気で戦うという選択肢以外、彼女達にはあり得なかった。
唐突だが友哉は麻雀を始める前から能力自体は持っていた。なぜそう言い切れるのかと言えば友哉の能力は麻雀限定で発揮されるものではなかったからだ。
しかし友哉自身は便利すぎる能力を持て余していた上、その力が世間にバレれば絶対に面倒なことになると能力が発現した小学三年生の頃から察知していた。
それ故にどうしようもない時とどうでもいい時以外に能力は使わないように生きてきた。それは自制というよりも保身の意味合いで選んだ道だった。
そんな感じで小学校を卒業し、中学に入学して出会ったのが麻雀である。
もちろんメジャーな競技である麻雀の存在は友哉も知っていた。しかし女性が強いためか女性向けの競技という意識が強く、だからこそ男子麻雀部という存在にはそれなりの衝撃を受けた。
その衝撃のままなんの気なしに麻雀を始めた友哉は、そこで自分が持つ力と麻雀の高い親和性に初めて気が付く。そしてそれは大層楽しかった。
持っている力は使いたくなる。しかし普段からそんなものを使っていては嫌でも目立つし、バレでもしたら人間扱いをされなくなる恐れもある。
だからこそ隠してきた能力を目一杯振るっても疑われずに済むフィールドは非常にありがたい。友哉にとってそれが麻雀だった。
つまりは友哉はストレス発散に麻雀を打っているという話だ。
真剣に打ち込んでいる人間には失礼かもしれないが、友哉は麻雀を楽しむ心はあってもそれで上に登りつめようという気概はまるでない。
麻雀というのは大人気の競技であり、そのトップともなれば絶大な注目と人気の的だ。そんな注目度の中で能力を使おうと思えるほど友哉は図太い神経を持ち合わせておらず、部活や趣味の程度で適度に遊べればいいのである。
友哉はその程度の感覚で麻雀を打ってきたし、これからもそうしていくだろう。
そんな人間が本当の意味での実力を身に付けられるかといえば答えはノーだ。ルールや役は頭に入っているし淀みなく手を進めることはできても地力があるとは言い難い。
そんな半端者が高校麻雀界でも屈指の強者達と卓を囲んだらどうなるか、その答えは明白である。
「一発ツモ。2000・4000」
立直直後に怜が和了る。この和了りで友哉の点棒は1000点となった。
美少女に囲まれて有頂天で打っていたらものの数十分でこの有様である。
「古谷君、調子悪いんか?」
「そういうわけじゃないよ。三人とも強いなと思って」
和了った怜が心配そうに聞いてくるがとりあえず笑ってそう返す友哉。
調子云々ではなく普通に実力差がありすぎるだけだ。
「しかし聞いてたような引きの良さはあらへんな」
「まあ言うてしまえばそれも運やからしかたないことやけど……」
セーラと竜華の顔色も晴れない。なぜかは分からないがギャラリーも期待外れというような顔をしている。
そこで友哉はひとつの確信を得る。
(やっぱり“アレ”を期待されてんだろうな)
アレ、とは言うまでもなく能力――彼女達が異能と称する力を使っての和了り。確かにあれはタネを知らない者からすれば異常なまでの引きの良さとして映る。
それを西田から聞きつけてわざわざやってきたのだろう。積極的に人前で晒すのに抵抗を感じなくもないが、だからといって出し惜しんで彼女達を落胆させるのも本意ではない。
友哉は美少女のお願いに滅法弱かった。
「んー、俺としては三人の胸を借りるつもりでやってたんだけどね」
「いややわ古谷君。いきなりそんなこと言うなんてセクハラやで?」
「そういうつもりで言ったわけじゃないんだけど……」
「気にせんといて。怜はたまに変なこと口走る子やから」
「結構オッサンっぽいとこあるしな!」
「そんなことあらへんよ?ただ人よりちょっとだけ太ももが好きなだけや」
「オッサンじゃん」「オッサンやん」
友哉とセーラのツッコミが被る。それに対して怜と竜華が笑みをこぼす。
この麻雀はいつも野郎だけで打つよりも楽しいものだった。だからこそ彼女達の期待にも応えたい。
雀卓からせり上がってきた手配を見下ろしながら、友哉は深い息を吐く。彼の変化を察したのか三人の視線が集まった。
怜が和了って巡ってきた自分の親番。友哉はここで動いた。
「君達はさ、俺の異能が見たいんだよな?」
「……そうや。見せてくれるんか?」
「本当ならサービス料でも頂きたいところだけど、まあ今回は特別ってことでいいさ」
いかにも勿体付けたような口ぶりで友哉がニヒルな笑みを浮かべる。まるで人が変わったように見えるのは意識した演出だ。内心では「お代は君の笑顔です!」と相変わらずアホなことを抜かしている。
しかしそうとは知る由もない怜達にはこの演出が有効だった。雰囲気の変わった友哉が放つプレッシャーらしきものに若干ではあったが気圧されている。
「でもその代わり飛んでも知らないぜ?」
見せつけるような、ゆっくりとした動作で友哉が手牌に手を伸ばす。そしてそれを起こすと理牌することもなく、端から順にパタパタと倒していく。
いわゆる蛍返しだ。漫画みたいでかっこいいという理由で友哉はこれを練習し、修得している。
「なっ!」
「これは……!」
「うそ、やろ……」
反応は三者三様。しかし三人とも、いや、愛宕監督を含めたギャラリー全員が息を呑んだ。
それもそのはずである。雀卓から上がってきたばかりの手牌は整理すらしていないのにも関わらずとある役を完全に作り切っていたのだから。
その役とは
「国士無双」
天和での国士無双。
一生をかけても見られないほど天文学的確率の、もはや幻想の領域に片足を踏み込んでいるような役だった。