「先輩達が飛ばされたって本当ですか!?」
時刻は昼過ぎ。
各々が持ってきたお弁当を部室や中庭など思い思いの場所でつついてしばし麻雀から離れる時間。
千里山高校女子麻雀部の一年生、二条泉は先輩であり団体戦のレギュラーでもある園城寺怜、清水谷竜華、江口セーラの三人に事の真相を確かめるために迫っていた。
確かめているのは現在進行形で女子麻雀部を震撼させている『三年生のレギュラー三人が一人の男子生徒に飛ばされた』という噂だ。
「本当やで」
「あんなんされたら敵わんわぁ」
そして飛ばされた本人であるセーラと竜華が噂ではなく事実であると認めた。
信じられないことだが負けたのは本当のことらしい。この三人をまとめて飛ばすとはどれほどの実力者だというのか。
「うちも聞きましたけど相手は天和やったとか?」
「ただの天和ちゃうで。天和国士無双や」
メガネの少女・船久保浩子の疑問に今度は怜が答える。
話を聞いている泉と浩子にとっては簡単に受け入れられない内容だったが。
麻雀を嗜んでいればいやでも思ってしまう。そんな和了りがあり得るわけない、と。まあそれがあり得てしまったのだからもう笑うしかないのだ。
「天和国士無双かー。私も見てみたかったなぁ」
「泉はレギュラーやからしかたないよ」
一年生は第三部室で交流会の説明を受けながらスタートするのが通例だが、泉のように一年生でもレギュラーに選ばれている者は最初から第一部室で打つ。そのせいで泉は世にも珍しい和了りを自分の目で見る機会を逃してしまった。
「残念やなぁ。もう一生見る機会なんてないやろし」
「あながちそうでもないかもしれんで?」
「どういうことです?」
「古谷君……ああ、ウチらを飛ばした男子な。どうも狙って出したっぽいねん」
「狙ったって……まさか天和を!?」
「多分やけどね」
「「いやいやいやいや……」」
尊敬する先輩の言葉とはいえ「そうなんですか」と納得できるものではない。
しかし怜達は冗談で言っている様子ではなさそうである。
「もしかしてそれが古谷っていう人の異能ですか?」
「俺はそうやと思うで」
「残り1000点の追い込まれた状況で『異能を見せたる』って宣言の後に天和やし、そう考えるんが妥当やよね」
「なんですかそれ!じゃあその人最強やないですか!」
仮に親番が来れば即天和で和了するような打ち手がいたとすれば勝つ方法などない。
高校チャンピオンの宮永照だってどうしようもないだろう。
「まあでもさすがに制限があるんちゃうかな?」
そんな和了りが好き放題できるならば麻雀にならないし、それほど強ければ男子であろうと名前を聞いたことがあるはずだ。
だが古谷友哉という名前に聞き覚えはない。一応対局の後にここ二年の高校生男子の全国大会出場者を洗ってみたがその名前はどこにもなかった。全国にまで行けていないということはあの異能が絶対ではない、ということを意味する。
竜華がそう解説すると泉も多少は落ち着いた様子でなるほど、と感心していた。
「異能を発動するためにはキツい条件がある、いうことですね」
「仮説やけどね。でも古谷君素の麻雀はそこまで上手ないみたいやし、全国まで勝ち上がれん理由はそこにある気がする」
「そう考えると決して絶対的な異能ではないのか……」
浩子は昼食に手もつけずに考え込み始めてしまった。相手を分析する彼女の癖だ。
そしてもう一人、途中から黙りこくっている少女がいた。
「怜?どないしたん?」
「ん、ちょっと古谷君のこと考えとった」
「え!もしかして先輩……」
「そういう意味やないよ?ただ気になることがあったからもう一度打ってみたいなー思うて」
「じゃあ午後にもう一回打ちに行こうぜ!負けたまんまは好きやないしな」
「でも打ってくれるやろか」
「どういうこと?」
「異能みせてくれる時に本当ならサービス料頂きたいところやー、言うてたやんか。初回やからタダで見せてくれたんとちゃう?」
そう言われると誰も怜の言葉を否定できない。
友哉には怜達に異能を晒すメリットなどないのだ。デメリットもないのではとも思うが、彼の事情を何一つ知らないでそんなことを考えられるほど怜は無神経ではなかった。
「そーなるとサービスかー。何かあげればいいんかな?」
「私お菓子なら持っとるわ」
「清水谷先輩、お菓子じゃ男子は釣れへんと思いますよ……」
「年頃の男子なら肉体的サービスで一発なのでは?」
いつの間にか思考の海に潜るのを止めていた浩子がそんな爆弾発言をぶちかます。
不純異性交遊など霞むほどにいかがわしいイメージしか湧いてこない。当然ながら他の三人から却下の判決が下った。
だがしかし、こんな浩子の提案が怜にとある天啓をもたらした。
昼食の時間を終えた怜は移動しようとしていた友哉に声をかけると、そのまま人気の少ない廊下へと連れ出す。そんな姿を物陰から心配そうに見守る四人。
なんとか怜と友哉の声が聞こえる位置をキープして二人の会話に聞き耳を立てる。
「怜はどうするんやろ?」
「さあ?でも任せときって自信満々でしたし策があるんとちゃいます?」
「自分から人気のない場所に誘ったのやからもうアレしかないでしょう」
「アレってまさか肉体的……」
「ええ、こんなところで!?」
「泉、静かにせぇ。声が聞こえへんやろ」
四人が固唾を飲んで怜と友哉の成り行きを見つめる。その姿はもう完全に覗きだった。
『古谷君、お願いがあるんやけど聞いてくれへんか?』
『内容によるけど』
『あのな、もう一度ウチらと打ってほしいんや』
『……また俺の異能を見たいってことか』
『無理言ってるのは分かってる。だからサービス料は払うで』
『サービス料?』
『うん。ウチの膝枕でどうや?』
((((って膝枕かい!))))
竜華達は体の中に流れる関西人の血を懸命に抑える。
まあ確かにサービスではあるかもしれないが、それに釣られるのは『膝枕ソムリエ』くらいのものではないだろうか。
提案された友哉はポカンとしたかと思ったら、次いで顔を伏せて肩を震わせだした。笑っているのだと遠目からでも分かる。
『くくく……魅力的な提案だけど今回は遠慮しとく』
『ウチで不足なら竜華やセーラの膝枕でもええよ?特に竜華の太ももは細すぎず太すぎず、適度な肉づきと程よい弾力があって日本一の太ももや』
「男子に何吹き込んでんの怜ぃ……!」
いきなり己の太ももを絶賛された竜華の顔は真っ赤に染まる。新手の羞恥プレイにしか思えない。
『園城寺が清水谷の膝枕大好きってのは分かった。でも麻雀やるくらいでそんなことしてもらわなくても大丈夫だって』
『……ええの?』
『ああ。サービス料なんてあの場のノリで適当に言っただけだしな。だからこんなところで時間潰してないでさっさと打ちに行こうぜ』
「やば、こっちきたで……!」
四人は素早く散会しその場から立ち去る。そのすぐ後を友哉が負う形になったが幸いにしてバレることはなかった。
一人取り残された怜の呟きは誰の耳にも届かなかった。
「……結構怖かったんやけどな。古谷君がええ人で助かったわ」
胸に手を当てれば心臓が早鐘を打っている。
初対面の男性をいきなり膝枕できるほど怜の度胸は座っていないし、貞操観念が緩いわけでもない。
それでも全国制覇のため、強力な異能と対戦した経験は絶対財産になると怜は思った。だから無理をしてまで友哉に頼み込んだのだが、結果としては怜の空回りに終わった。
逆にそんな考えをしたことの方が友哉に対して失礼だったような気がする。
「おわびに今度、本当に膝枕してあげよかな」
友哉が喜んでくれるかは分からないが、膝枕ソムリエの怜はそれが最上級のお礼になるのではないかと、割と真剣にそう思うのだった。
怜に膝枕してもらいたいだけの人生だった。