怜の膝枕という誘惑は友哉の心を動かしこそしたが、その提案を受け入れるまでには至らなかった。
友哉も健全な男子高校生として異性に対する興味を人並みに持っている。しかし同時に一般的な常識や節度、理性といったものもしっかりと働いているのだ。
それらに従えば今日初めて会ったばかりの女生徒に膝枕をしてもらう、という選択肢はなかった。ましてや交換条件を設けてまでしてもらうようなことではないだろう。
美少女の膝枕とはそんなに安いものではないのだ。
それに部活の範囲でなら自分の能力を使ってみせても大事にはならない。
そう考えて友哉は怜達との再戦を快諾したのであった。
「ツモ。タンヤオドラ1、1000・2000」
というわけで午前中と同じ面子で対局することになった友哉は、今度は最初からある程度能力を使用しながら打っていた。
試合は南1局。七巡目で友哉が和了る。これで竜華を抜き、友哉が二位となった。
午前中と異なるのは友哉が怜達としっかり渡り合っていること、そして打っている場所とギャラリーの数だろう。
打っているのは第一部室で、そこにいる部員全員が友哉達の卓を注視している。愛宕監督もその内の一人であり、他の卓が空いていることを注意する素振りは見られない。
「次は古谷が親か……また天和で和了るつもりやないやろな?」
「いくらなんでもそう簡単にできるかよ」
嘘である。やろうと思えば天和九蓮宝燈でも出して飛ばしてしまうことも容易だ。
しかしそんなことをしても怜達との楽しい麻雀タイムが終わってしまうし、聞くところによれば彼女達は全員団体戦のレギュラーメンバーであるらしかった。そんな三人をあっさり負かしては女子麻雀部の士気や面子にも関わってくる。
なので接戦を演じつつ、それなりの強者っぽく振る舞って対局を終わらせれば丸く収まるだろうと考えながら友哉は打つ。
「けどまあ、親になったし最初から手牌はいい感じだ」
「それが古谷君の異能なん?」
「さあどうかな?それを確かめる時間はこの局にはないと思うけどね」
もう友哉の役はほぼ完成している。必要な牌はあと一枚。
そしてそれは――
「抜かせ!古谷の親番はすぐに流したる!」
「そうかい。だが残念」
セーラが最初に河へ捨てる牌。それこそが友哉の当たり牌になっている。
「ロン。三暗刻」
「なぁっ!」
こんな感じで異能に対する煙幕を張りながら友哉はオーラスまで飛ぶことも飛ばすこともなく、怜達との麻雀を満喫するのであった。
結局二度目の対局は一位怜、二位竜華、三位友哉、四位セーラという順位で終わった。最後に竜華が友哉を抜き、三位と四位の差もほとんどない接戦での決着。
千里山女子麻雀部団体レギュラーのメンバーはその内容について吟味していた。
「やっぱ古谷の引きはえげつなかったなぁ」
「特に親での引きは理不尽なくらいやわ」
「三巡目までの和了が五回ありましたけど、その内四回が親でした」
「天和は見れんかったですけどね」
「その分恒常的に配牌が良かったようやけど」
「恒常的?」
「半荘通してって意味や」
「そーいや一回目では天和くるまでさっぱりやなかった?」
「もしかしたらその辺も古谷先輩の異能に関係してるのかも分かりませんね」
喧々諤々と自分の目から見た対局の感想を述べていく。
分かったことといえば異常な引きの良さがあり、しかしそれは安定したものではない、ということくらいだ。さすがに本人が明け透けに語ってくれることはなかった。
だが怜の『一巡先を見る』力のような異能に属するものを持っていると見てまず間違いはなさそうではある。
「ってもうこんな時間やん。はよお風呂入らな消灯時間になってまうで」
夕食後の自由時間。些かゆっくりしすぎて時刻は夜の八時を回っていた。
校内のシャワールームに行くための準備を急いで整え始める竜華達。そんな彼女達に釣られて怜も準備を始めるが、その頭の中には友哉との二度目の対局の途中からずっと気にかかっている疑問で占められていた。
それはあくまで怜個人の問題ではあるが、しかし何か原因があるのだとすればチームの足を引っ張る事態になりかねない。
だから確証のない今の段階で竜華達に相談することは、エースの自分が仲間を不安にさせる真似はできなかった。
南1局で友哉が和了った三暗刻。セーラが口にしていたように怜もあの場面で天和を警戒していた。
だからこそ『一巡先を見る』力を使ったにもかかわらずあの和了りを読み切れなかった。セーラが切るはずの牌も変わっていたし、それによって友哉が和了る未来も見えていなかったのだ。竜華が牌を切るという未来はそれごと消え去ってしまっている。
怜は一巡先を改変しようとしていなかった。それはつまり、原理は不明だが自分の異能が友哉の異能に負けたことを意味する。
(もしかしたら全国には同じようにウチの力が通用せん相手がいるかもしれへん。だったらもっと強くならんと……!)
そのためにはどうしたらいいのか。
真っ先に怜の頭に浮かんだのは自分の異能を上回った相手の顔だった。