「はよーっす」
麻雀部の交流会も終わり、ゴールデンウィークも明けた登校再開初日。友哉は自分が属する三年D組の教室に入って挨拶を交わす。
そこかしこから男女問わずに「おはよー」「久しぶり」といった声が返ってくる。転校してきてまだ一ヵ月だがクラスにはもうすっかり溶け込んでいた。
自分の席に鞄を置くと友哉はそのまま近くの席の友人と会話を始める。
「よう、大柴」
「おはよう古谷君」
「ゴールデンウィークどっか行った?」
「部活が忙しくてそれどころじゃあらへんかったよ」
「お前もかー」
クラスメイトと取り留めのない会話をしつつホームルームまでの時間を潰す。
しかし十分ほど友人と会話していると不意に名前を呼ばれた。
「古谷くーん!」
「ん?」
振り返ると教室の入り口で一人の女生徒がこちらを見ながら手招きをしていた。何事かと近くまで行けばそこに見知った顔があった。
そこにいたのは女子麻雀部の天使こと園城寺怜。彼女は友哉の姿を見るとぺこりと会釈をする。
「園城寺さんがお話あるんやってさ」
どこか含みのある笑みを浮かべながら女子生徒はそう言って立ち去って行った。その生徒は自分のグループに戻ってからも友哉の方をチラチラと盗み見ている。
どうやら何か勘違いしているようだ。
「おはよう園城寺」
「おはよう。ごめんないきなり」
「別にいいけど。てかよく俺のクラス知ってたな」
「知らんから周りの人に聞いて回ってもうたわ」
少し恥ずかしそうに頬をかく怜。思わず「可愛い」という言葉が友哉の口から出かかる。
「そこまでするってことは結構大事な話でも?」
「うん。実は相談があんねん」
「俺に?」
自分に相談とはなんだろうか?と友哉は首を捻る。顔を合わせたのは交流会の時だけでありそれ以外に接点はない。お互いのパーソナルなデータも全く知らない中で相談となると繋がりのある麻雀についてくらいのものだろう。
しかし麻雀に関して友哉が相談に乗れることなどあるかと言えばそれも疑問だ。ただの運(ということになっている)で勝っただけなのは怜も理解しているはずである。
「せやねん。もしよかったら今日の放課後、部活の後に時間を作ってもらえんやろか?」
「それくらいなら大丈夫だけど」
「ホンマ?せやったら正門前に待ち合わせでええかな?」
「了解」
特にこれと言って予定があるわけでもないし、何より美少女からのお誘いである。友哉にそれを断る理由はなかった。
『お疲れ様でした!』
窓の外の空がオレンジ色に染まった、午後五時過ぎ。千里山高校女子麻雀部の本日の活動は終了を告げた。
名門麻雀部とはいえ部活が終われば彼女達も普通の女子高生だ。賑やかしくお喋りをしながら帰路につく。普段の怜もその例に漏れない。
だがこの日は少し違った。
「怜、私らも帰ろう」
「ごめん、今日は先に帰ってて。ウチちょっと監督に話あんねん」
「そうなんか?」
「時間かかるかもしれんしついでに部室のカギもウチが持っていくわ」
「ほならお願いするけど……」
「そんなに心配せんでも大丈夫やって。最近は体の調子ええんやから」
部長の竜華から部室のカギを受け取りながら笑いかける。
竜華はどこか不安げな表情をしていたが、セーラや泉に連れられて部室を出て行った。
「……よし」
嘘をついたことに多少の罪悪感を覚えつつ、それを打ち消すように小さな声で気合を入れる。
手早く帰り支度を整えるとカギを職員室に返却し、廊下を小走りで駆けて待ち合わせ場所の正門へと急ぐ。すぐに息が上がって自分の体力のなさを実感するが、それでも無理にならないスピードで正門へとたどり着いた。
「はあ、はあ……ご、ごめん。ちょっと待たせてもうたよね?」
「いや全然……って大丈夫?すげー息上がってるけど」
「あ、あはは……だいじょぶだいじょぶ……」
「……そういえば俺ノドが乾いててさ。少し休めるとこで話を聞きたいんだけど」
友哉の目にはあまり大丈夫なようには映らなかったらしくそう持ち掛けられる。
(気ぃつかわれてしもたなぁ……)
自分から頼み込んで時間を作ってもらったのに遅れた上、気までつかわれてしまった。交流会での一件もあるしこのままでは友哉に頭が上がらなくなってしまいそうだ。
「……うん、ありがとう」
「前から寄ってみたい店があっただけだしお気になさらずに」
砕けた調子で友哉が笑いかける。
あまり男子と接するのが得意ではない自分が普通に会話できているのは彼のこういった優しさのおかげなのだろう。
「本当にええ人やなぁ……」
「なんか言った?」
「んー?なんでもないで」
図らずも漏れてしまった心の声を誤魔化す。
おかしいな、幻聴か?などと言って首を傾げる友哉の一歩後ろを歩く怜の顔は少しだけ赤く染まっていた。原因は夕日のせいか、はたまた別の理由か。
それを知る者は本人も含めてこの場にはいなかった。