友哉が怜を連れ立って訪れたのは千里山高校から徒歩で五分足らずの喫茶店。
この街に引っ越してきてから周囲の地理を把握しようと散策していた最中に見かけて以来、いつか機会を見て入ってみたかった場所である。外観の雰囲気が少々女性向けだったので一人で入るのが躊躇われていたが、怜と一緒なら浮くようなこともないだろう。
「へー、こんな喫茶店があったんや」
「知らなかったのか?高校からかなり近いけど」
「あんまり寄り道せんからなぁ。それにこっちは住宅街の方やし」
「ああ、電車通学だとわざわざ脇道に入らないといけないのか」
「まあそんな感じかな」
怜と会話をしながら店内を見渡す。時間帯もあって客の入りはまばらだった。
それなりに重要な相談事っぽいのでパーテーションで仕切られている席に座る。適当に注文を済ませるとそれが運ばれてくるまで友哉は雑談を交わすことにした。
「そういや古谷君は前までどこに住んどったん?関西の人じゃないんやろ?」
「神奈川だよ。横浜」
「おお、おしゃれな街や。神奈川は行ったことないなぁ」
「行くなら鎌倉を薦めておこう」
「鎌倉と聞くと大仏様のイメージやな。あと江ノ電」
「まあ寺は多いな」
「古谷君はそういうのが好きだったりするんか?」
「いや、特には。それに俺キリスト教徒だし」
「ほな今度讃美歌聞かせてな」
「嘘ですごめんなさい」
「認めるの早いなぁ。もうちょっと引っ張ってもええと思うよ?」
さすがに大阪は一般人までも笑いに求める基準が高いようである。
そんな感じでつらつらと会話を繰り広げていると頼んでいた飲み物が届く。
友哉が頼んだのはアイスティー、怜はホットココアだ。
怜が両手でマグカップを掴み、フーフーと息を吹きかけてから口をつける。甘いものが好きなのか怜の表情がほわっと和らいだ。
それだけでも小一時間くらい見ていられそうな愛らしい光景ではあったが、時間も時間なのでそろそろ本題に入ろうと友哉が切り出した。
「それで相談したいことってのは?」
「正直、何を相談したらいいのか自分でもいまいちわからへんのやけど……」
「どゆこと?」
「初めから話すと、実はウチも異能持ちやねん。一巡先を見ることができるんや」
「……そんなこと俺にいきなりバラしていいの?」
「別にアカンことはないやろ?それにウチの異能を知っておいてもらわんと相談にならんと思って」
「……分かった。悪い、続けてくれ」
そう促して、友哉は聞き役に徹する。
怜が話した内容は、自分の持つ異能が友哉と対局している時に上手く作用しなかったこと。その理由が分からず、もし心当たりがあるなら教えてほしいということ。
そしてもし全国にも同じように自分の異能が通じない相手がいても勝てるようにもっと強くなりたい、そのためにはどうしたらいいだろうかということ。簡単にまとめると以上だ。
異能の不調についてはまあ分かるが、後半についてはなぜ友哉に相談しようと考えたのか疑問が残る。麻雀の実力に関して友哉が助言できることはないのだが。
「異能が上手く使えなかった、ね……。前にも似たようなことはないのか?」
「見えた一巡先と異なる打ち方をするとそれから二巡くらい使えなくなるんやけど、あの時は一巡先が見えてそれに従ったにもかかわらず古谷君の和了りが見えへんかった。そんなん初めてや」
これについて心当たりがあるかと言えば、仮説に過ぎないがある。確定はできないが原因究明の糸口にはなるだろう。
しかしそれを教えるということは怜に自分の力についても説明しなければいけないということだ。麻雀界に溢れている異能とはまた違った、異質な力を。
友哉が狙って天和を和了れるのは決して運がいいからではない。自分の手牌も、相手の手牌も、山の牌も、全て任意で入れ替えることができるからだ。より正確に表現するなら『不確定事象の書き換え』だろうか。
全自動の雀卓で積まれた手牌や山はその時点でどの牌がどこにあるかは確定している。しかしそれが本当の意味で確定するのは誰かが認識した瞬間なのだ。手牌が天和でもクズ手でも直に確認するまでは確定していない。
そんな不確定の事象を自分の思い通りに操作できるのが友哉の能力なのである。麻雀牌だろうが宝くじの当選番号だろうが関係なく、もし事象が確定していたとしても確定しているという認識さえされていなければ友哉はそれを好きに書き換えることが可能だ。
怜が見たのは未来の事象であり、本人が改変可能と言う通り不確定要素を含んでいる。
怜が書き換えられた未来まで見えなかったのは友哉の力の方がより強力だったから、ということも考えられる。基本的に麻雀においてのみしかその効果を発揮できない“異能”よりも友哉の能力はその応用性、効果範囲が格段に上だ。
(でもこれを教えるのはなぁ……)
便利だが気味の悪い能力だと思われても仕方がない。
この能力に目覚めたと自覚した瞬間から、友哉は自分が人間というカテゴリーから少し外れてしまったように感じていた。当時小学三年生だった友哉がそう考えたのは育ってきた環境も影響している。
異質な人間は排他される。友哉はその恐怖を身もって知っていた。
怜がそういう人間だとは思いたくないが、そう易々と信頼できるほどの関係性は築けていない。それに怜が友哉の能力を知ることでいずれ要らぬ猜疑心を抱いてしまう恐れもある。
それだけは避けたい。
「うーん、そうは言われても何か狙ってしたわけでもないからなぁ。心当たりと言われても……」
だから友哉は内心で怜に謝りながら誤魔化すことにした。
「やっぱりそうやよね……。いきなりこんなこと相談してごめんな」
「謝られるほどのことじゃないって。俺も何か理由がないか考えてみるよ」
「ありがとう。あー、でも本当になんでなんやろ?」
脱力したように怜がテーブルの上にくたっと伏せる。
気を許した態度というよりは異能の不調が本当に堪えている感じのようだった。
「でも俺以外の一巡先はちゃんと見えてるんだろ?そこまで凹まなくてもいいんじゃないか?」
「全国には友哉君みたいに私の異能が通じひん相手がいるかも知れへん。ウチはエースやからそれでも絶対に負けられんねん」
「だから一抹の不安でも残したくはない、か」
「せや。全国制覇は竜華達との夢やからな」
怜が少し恥ずかし気に微笑む。
窓から薄く差し込む夕日を横顔に受けたその笑顔は、まるで語った夢そのものであるかのようにきらきらと輝いて見えた。
皮肉にもだからこそ友哉は気付かなかった。
その裏に潜む、怜の悲壮なまでの想いに。