一言: 油揚げのお味噌汁が好き
その1 横島くんたち買い物に行く 前編
入学式の翌日。旧麻帆良女子寮――現、便利屋「よこっち」の前に、タマモと小竜姫、そして複数の女性の姿があった。
「ほえー、ここがタマちゃんと竜姫さんのおうちなん?」
「ええ。ここが私たちの住む家。そして、その一階が便利屋……」
「「よこっち」や」
背後からの声に振り向く一同。そこには、両手に買い物袋を下げた男性――横島――の姿があった。
「よー、タマモ。竜姫もお帰り(……慣れないなー)。で、そちらのお嬢さん方はタマモたちの友達かな?ようこそ、よこっちに。所長の横島忠夫だ」
荷物を下げたまま、手を軽く上げ挨拶する横島。人の良い笑顔を浮かべて挨拶をするその姿は、好青年に見えるから不思議である。
「アンタどこ行ってたのよ。木乃香たちを連れてくるってメールしたでしょ?」
「まぁまぁ、タマモちゃん。でも、出かけるなら一言、連絡してくださっても良かったんじゃないですか?」
「ん?待たせちまったか?そりゃ、悪かった。君たちもゴメンな?いやー、ジュースでもあった方がいいかと思ってな。買い出しに行ってたんだ。ほら」
タマモと小竜姫の言葉に、悪いと思ったのか袋の中身を見せながら謝る横島。中にはジュースのボトルが複数。種類が全て別なあたり、この男の気遣いを感じる。
「そ。なら許す。……って、みんなどうしたの?」
「さぁ?木乃香さん?皆さん?どうかしましたか?」
横島との会話を終えた二人が振り返ると、固まったかのように動かないみんなの姿が。二人がどうかしたのかと不思議そうに見ていると、木乃香が我に返り横島に挨拶をする。
「こ、こんにちは。近衛木乃香いいます。竜姫さんとタマちゃんのクラスメイトです」
それに続けとばかりに、残りの少女たちも挨拶する。
「綾瀬夕映です。同じくクラスメイトです」
「み、宮崎のどかです。よろしくお願いします」
「おう、よろしく。それで、木乃香ちゃんが学園長のお孫さん?」
「そうです。おじい……祖父は学園長の近衛近右衛門です」
「おお、そうか。いやー、学園長には開店の準備で手伝いを色々してもらってなー。それに、開店祝いの花もくれるって言ってたし。いいおじいちゃんだな」
「はい!」
横島と木乃香が会話している間に、タマモと小竜姫に夕映とのどかが駆け寄って話しかける。
「く、葛葉さん!男性と同居しているなんて聞いてないです!」
「お、男の人はちょっと……」
「あれ、言ってなかったっけ?知合いと同居してるって。あ、あとタマモでいいわよ」
「では、タマモさんと。私のことも夕映で……って、そうじゃなくてですね!確かに同居しているとは言いましたが、男性だとは一言も!ま、まさか同棲!?」
「いやいや、同居!?同居だから!?」
突拍子もないことを言う夕映に、近くに来ていた横島が慌てて否定する。中学生と同居なんて噂が立てば、今後のナンパ生活に影響が出てしまう。
「あの~。中に入りませんか?」
小竜姫の提案で落ち着きを取り戻すと、とりあえず中へ入る一同であった。
中へ入った一同が目にしたのは、事務所と玄関を分ける仕切りであった。事務所への扉には“便利屋「よこっち」”と書かれており、中がその事務所なのであろう。
「ここに住んでるのですよね?上階へは事務所の中から上がるのですか?」
夕映が二階へ上がる階段などが見えないことに、疑問を持つ。三階建ての建物と聞いていたし、外観もそうであったのだから当然の疑問である。
「ん?ああ、そっちにもう一つ扉があるだろ?あそこから上がんだ。二人とも先に着替えてきな」
夕映に説明したあと、学校帰りの為未だ制服姿の小竜姫とタマモに着替えてくるように言う横島。木乃香たちはここにくる途中に寮に寄って着替えている為、既に私服姿である。
「ありがとうございます。それでは、皆さん少し待っていてくださいね?」
「手出すんじゃないわよー!!」
「誰が出すか!!……ったく。それじゃ、中に行こうか?」
タマモの軽口にツッコミを入れた横島が、木乃香たちを促し事務所スペースの扉を開ける。その後を木乃香は微笑みながら、夕映とのどかは興味深そうに周囲を見回しながらついていく。
「ようこそ、“よこっち“へ。いやー、君たちが初めてのお客さんだ」
「暇なんですか?」
「ゆ、ゆえ~。失礼だよ~」
横島の言葉に、思ったことを正直に告げる夕映。のどかが咎めているが、気にも止めていないようである。木乃香は木乃香で笑うだけである。
「お、キツイこと言うね~。夕映ちゃん……だっけ?のどかちゃんも気にしなくていいからね」
「すみません、すみません」
「いや、本当怒ってないから。初めてのお客さんってのは本当だしね」
「それで大丈夫なんですか?失礼かとは思いますが、便利屋なんて職業で中学生二人に成人男性の生活費、この建物の光熱費が稼げるとは……」
「う~ん、どうだろうな。なんせ、開業は来週だから客が入るかどうか。ま、収入は他にもあるから大丈夫じゃないかな?」
夕映の心配の言葉に軽口で返す横島。実際、十分な収入は保証されている為の言葉であるが、実情を知らない夕映たちからしたら、なんとも頼りない台詞である。
「まぁ、それなら……。思わず口にしてしまいましたが、部外者が口を挟んでいいことではないですし。失礼したです」
「あー、気にしない気にしない。ほら、座って。ジュースでも飲んで」
「お構いなく。私は自前のジュースがありますので」
そう言って取り出したのは、“不死鳥の涙 微炭酸”とラベルに書かれたパックジュース。そのネーミングに横島が驚くが、夕映は気にせずストローを咥え飲み始める。
「な、なぁ、木乃香ちゃん?アレって……」
「アレ?ああ、夕映は変わった名前のジュースを飲むのが好きなんや。何か変なジュースを求めて、街を徘徊するらしいえ?」
「徘徊……。ま、好きなものは、人それぞれって言うしな。のどかちゃんも好きなジュース開けて飲みな?木乃香ちゃんも」
「はいな」
「あ、はい。ありがとうございます。……それじゃ、これを」
三人がソファーに座りジュースを飲み出したのを確認すると、横島は残りのジュースを冷蔵庫にしまう。
ここで簡単に事務所の内装を説明すると、入口から見て一番奥に事務机があり、机上には“所長 横島忠夫”と書かれたプレートとパソコン、電話が置いてある。
事務机の右側には、書類棚が置いてあるが、中身はスカスカでファイルが二つあるだけ。事務机の左側には、小さな冷蔵庫。その横には扉があり、流し台や食器棚のあるスペースに出入りできる。事務所の中央にはテーブルがあり、それを挟むようにソファーが二つ配置されている。
「それにしても、殺風景な事務所ですね?観葉植物とかは置かないですか?」
ジュースを飲みながら周囲を見渡した夕映が言う。
「ああ、そこら辺は追々ってことで。今日、明日で揃えたいとこだけどな。模造刀とかあったらカッコよくないか?」
「どこのヤクザ事務所ですか。観葉植物とか、絵画とか……あとは、そうですね」
「事務所のモットーみたいなんを書いたポスターとか?“安くて早い!何でもやります”みたいな」
事務所を飾るものを上げていく夕映と、ポスターを提案する木乃香。横島をそれを聞きながら、成程とメモを取っていく。一応、美神不在時に事務所経営を経験しているが、あの時は箱――事務所――は完成していた。経営自体の経験はあれど、事務所を作った経験はないのである。
「ほー、二人ともよく知ってるなー。そうだ、のどかちゃんも何かない?」
「は、はい!すみません、ないです……」
「あー、ゴメン。驚かせちゃったか?」
ビクッと肩を震わせるのどかに、驚かせてしまったかと謝る横島。そんな横島の言葉に、のどかは俯き何やら小声で言っている。
「ゴメンなー横島さん。のどかは男の人が苦手なんや。多分、慣れれば大丈夫やと思うんやけど」
「そっかぁ。のどかちゃんみたいな、可愛い子に嫌われたのかと思ったよ。あ、勿論木乃香ちゃんも夕映ちゃんも可愛いぞ!」
「もうー、お世辞が上手なんやから」
お世辞に慣れているのか、木乃香が言葉を返す。どう返せばいいのか分からないのどかは更に俯き、夕映はそっぽを向いている。
「ホントだって!今はまだ美少女だけど、あと三年すれば文句なしの美女だ!お兄さんが保証するって」
「な~に、ナンパしてんのよ」
「なっ、タマモ!コレは違うぞ?オレが中学生をナンパするわけないやないか」
「ど~だか。コイツには皆も気をつけなさい」
いつの間にか事務所の入口にいたタマモの言葉に焦り、否定の言葉を紡ぐ横島。その言葉を流し、三人に注意を促すタマモ。その背後には、苦笑を浮かべる小竜姫の姿もある。
「さて、行きましょうか?横島さんも行きますよ?」
「へ?オレも?」
小竜姫の言葉に、自分の顔を指差す横島。それに、当然と言う顔をする小竜姫たち。
「ええ。いくら必要になるか分かりませんから。私たちが大金を持つ訳にもいきませんし。それに、事務所に必要なものや横島さんの私物も揃えないと」
「いや、オレの私物は別に……。それに、ほら!のどかちゃんも男が一緒だと嫌だろう?」
「あ、あの……。私なら大丈夫ですから……。そ、その、横島さん怖くないですし。二メートルくらい離れてれば……」
「二、二メートルですか……。いや、無理しなくてもいいんだぞ?ほら、嫌なら嫌って言わないと」
「……大丈夫です。横島さん、私が男の人苦手だって言ったら、視界に入らないようにしてましたし、私の話をちゃんと聞いてくれますし」
「アンタそんなことしてたの?」
「う~ん、まぁ、女の子を怖がらせたり泣かせるのは、さいてーやからな」
タマモの言葉に頬を掻きながら答える横島。少々頬が赤いのは、自分の言葉に照れているからなのだろうか。
「うしっ、分かった。のどかちゃんが大丈夫って言っているんだし、オレも行くか。確かに、見た目中学生のお前らが大金を持つのもなんだしな」
「見た目中学生って、タマちゃんたちは正真正銘の中学生やで?」
「あ、アハハハハ!ほら、タマモのヤツ態度がでかいから!何か中学生ってことを忘れるっていうか!」
「本当に?」
木乃香からの指摘に、焦りながら誤魔化す横島。横島の間抜けさに、額に手を当てる小竜姫とタマモ。それを脇目に、夕映がのどかに話しかけていた。
「よくやったです、のどか。確かに、横島さんはこちらを気にかけているようですし。それに、とても年上とは思えません。この機会に少しでもマシになれば……」
「うぅ~、頑張るけど……。いきなりは無理だからね……?」
「それで十分です。こういうのは時間をかけてやるものですから」
横島の誤魔化しを信じたのか、聞かない方がいいと判断したのか木乃香が追求をやめ、タマモに話しかける。
「そや、タマちゃん、竜姫さん。昔、寮やったからある程度揃っとるって言うとったけど、何があるん?」
「そうですね。寝具一式、机に椅子、あとは、箪笥に……」
「クローゼット、小さな冷蔵庫と食器棚。もっとも、コンロはないからカップとかを入れるんでしょうね」
「それでは、食事は何処で作るのですか?」
「ああ、二階が共有スペースみたい。ダイニングキッチンに、お風呂。洗濯機もそこね。談話室っていうの?テレビとソファーがある部屋もあったわ。あ、トイレは各部屋ね」
「私たちの寮もそうですが、結構揃っているのですね」
タマモと小竜姫の説明から、寮の設備に感心する夕映。
「去年まで、女性職員の独身寮だったらしいからなー。それなりに揃ってたんだと。その前は男性職員寮だったから、キッチンは共有だったらしいがな」
「何故、不要になったのでしょう?」
「あー、やっぱり各部屋にキッチンと風呂がないのが不評だったらしい。それに、新しく寮が出来たとか言ってた」
「そういうことですか……」
夕映のツッコミに答えていく横島。これまでのやり取りの中で、夕映が疑問を口にしないと気がすまない性格と知った為、慌てず一つ一つの疑問に答えていく。
「あ……。すみません、話を戻しましょう。それで、タマモさんたちは何を買いたいのですか?聞いた限りでは、一通りのものは揃っているようですが」
「まずは食器ね。私たちの分もだけど、事務所の来客用のカップとかも。あとは服に、小物類。最後に、事務所に必要なものってとこかしら?時計もないしね、この事務所」
「そうですね~。当面必要な家具は揃ってますしね。まずは、それらが先ですね」
「ほなら、行こか?」
「食器だったら何処がいいかな?」
「移動も考えると、街のお店より総合百貨店の方が楽ですが……」
「そやね~。時計とか、事務所用の食器はそっちで買ったがええやろな。街のお店は、可愛いのが多いけど、事務所には合わんわ」
木乃香の一言で事務所の外へと歩きながら、買い物のプランを立てる顔は楽しそうである。木乃香はともかく、夕映とのどかも笑顔を見せているあたり、やはり女の子。買い物が楽しいのだろう。
横島は先に行く三人を追いかけながら、いつの間にか近くにいたタマモと小竜姫に話しかける。
「三人ともええ子や。ええ友達が出来たみたいやな?」
その横島の言葉に二人は顔を見合わせると、笑顔で告げるのであった。
「当たり前よ!私の友達なんだから!」「はい!皆さん、得難き友人です!」
横島一行+図書館組-ハルナで買い物に。委員決めやクラス懇親会の様子を期待された方はすみません。
懇親会は次話かその次に触れるかと。委員はさらっと次話にでも。あと、夕映とのどかが合流している経緯も。
今更ですが、この作品のシリアス担当はまえがきです。前話の内容をシリアス風味にして、頑張っています。
不死鳥の涙 微炭酸。女子寮の近くに旧寮があった。
これらは拙作内設定です。
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