かなり間隔があいてしまい申し訳ありませんでした。
球技大会は大盛況のもとに終了した。
サークル・ドッジ・ボールの結果は成績に関係なかったらしい。じゃあ何でやったかと言うとデモンストレーションだったようで
そんな事を言っていたけど、恐らくはF組とS組の対立を少しは和らげることが目的だったんだろうな。鉄心さんはそういう人だ。だがそれでも何となしにそれを先に通達してほしかったな。鬱憤晴らしのためなんだろうけど、勝っても意味がなければ別のフラストレーションが溜まるぞ。
結果が反映しない事で優勝は3-Sになってはしまったが、まあ良くも悪くもこういった勝負事ではあっさりとした気質の生徒が多いから盛り上がったのは確かなんだし大きな問題にはならないだろう。
それはさておき、競技の途中から執拗とまではいかないが強い意思を持って俺を見ていた視線があった。競技中という事もあって気にしないようにしていたが、球技大会も終わった事だし少し探りをいれてみるか。
視線は学校関係者の集まる所から感じていたが心当たりのある人はいない。となると卒業生あたりか? 面識はないがヤマたちが言うには俺はある意味で有名らしいから見られていたんだろうな。
視線はまだ俺の方を向いている。職員のテントまであと数メートルというところでその人物と視線があった。
男。身長は170後半ぐらいか。特徴らしいものはないが女子が言うところの所謂イケメンと呼ばれる部類だろう。ただタレ目がちな瞳には強い意志が籠っている。
この視線……嫌な予感がしてならないんだがな……
「君が暁神君だね?」
俺が感じた事に気付いたのか、一瞬の刺す様な視線を和らげ男は笑みを浮かべて先に声かけてきた。だがすぐには返答はしない。
相手からすれば俺のことは既知なんだろうが、こっちからすれば初対面の人間だ。それなのに先に名乗りを上げることなく相手の名を聞くという失礼な人間に返す言葉は今のところない。
「……失礼。先に僕が名乗るのが礼儀だったね」
俺が答えることなく黙っているとこちらの意図を察したのか、差し出していた手を引っ込めて小さく苦笑いを浮かべた。
――見逃すと思っていたのだろうか。ほんの一瞬だが試すような、それでいて嘲るような表情を浮かべたぞこの人。
快く思われていないのは視線で分かってはいたが、ここまであからさまにされると何となくだが目の前の人物が誰なのか分かってきた。最近耳にしていた上級生の内緒話に出ていた人物、振られた後もモモに言い寄っていたらしい前生徒会長だな。
「僕は
「初めまして」
改めて差し出された手を取り握手をする。思った通りだが
「それで? 貴方が俺に挨拶する理由はないと思うんですけど?」
お互いにいい感情を持てないのは明白だ。さっきのこの人の表情から俺はどうやっても好感は持てないし、相手からしてみれば想いを寄せていた人物の恋人だ。用件だけを聞いてさっさと話を切り上げた方がお互いのためだろ。
あちらもそれを理解しているのだろう、小さく苦笑いを浮かべている。
「そう警戒しないで欲しいな。君としては僕にいい感情を持てないのは理解しているよ」
「なら別に声をかける必要はないはずでは?」
あからさまな視線を向けておいて今更だろ、と思わなくもないが、もしかしたらこの人も俺が声をかけてくるとは思っていなかったんだろう。それとも気づかれないと高をくくっていたのだろうか。
「でもまあ、それでも僕が想いを寄せていた川神さんの恋人が、どんな人物なのか一目見ておきたかったのさ」
「それはどうも……と言っておきましょう」
「そうだね、お互い表面上でのやり取りだけで十分だろうし」
ぶっちゃけたねこの人。間違っちゃあいないがここまであからさまな表現をするのもある意味で肝が座っている証拠だ。
大物なのか、はたまたこの人にとって俺はそこまで気にかけるような存在ではないのか……上級生の内緒話から聞くモモへの執着を考えるなら、それはあり得ないとは思うが直接俺を見たことで何かしら心境の変化があったということなのだろうか?
それにしてもなかなかに内面を悟らせない人だ。
何度も言うが俺にいい感情を持っていないのは明白で、それをはっきりと表に出しているのに、如実な嫌悪感を受けないんだよな。ほんの一瞬の感情の漏れや隙も、許容範囲というかお互いのモモを挟んでの関係を考えれば当然のことだし。
「とりあえず、さっき言ったように今日は君を一目見に来ただけだよ。僕は君と親しくなる必要はないし、友好な関係を築くつもりもないからね」
「そこまで言い切るといっそ清々しいですね」
「はは、川神さんのこ事がある限り、お互い相容れないのは分かりきっているからね」
「そうれはそうなんですけどね」
遠目に見れば俺も相手も穏やかな笑顔を浮かべて歓談をしているように見えるだろうが、実情はそんな穏やかなものじゃない。自分で言っちゃあ何だが、物凄く殺伐した言葉の応酬になっている。
なんとなくだが、モモの事がなくてもこの人とは相容れない気がする。内面はまだ読めないが何というか、俺やモモとは根本的に性質が合わないんだろうな。おそらくモモも直感的にそれを感じ取ったんだろう。相変わらずそういった第六感的なものはモモの方が優れているしな。
「それじゃあ僕はこれで。もう会わないことを願うよ」
言いたいだけ言って去っていく背中に、お前から会いに来たのにそれはないだろ。という突っ込みはしないでおくか。
というか俺としてはこの出会いすら必要性を感じていない。こっちが相手を知る手段がなかった以上、会う会わないの決定権は相手にある。それに何かしら意味があって俺を見に来たのは間違いないな。
それなのに好印象を全く感じないし、相手も意図的に嫌味を煽る様な接触。口ではああ言っているが恐らく今後、何かしらの接点があるんだろう。
「……何を、お話されていたんですか?」
後ろから遠慮がちに問いかけてくる声に、驚く来なく視線を向ける。そこには冬馬が少しだけ困惑したような表情を浮かべ立っていた。
気配から後ろにいたことは分かっていたし、あの人――逢逆刻も冬馬の姿を見て話を切り上げたんだろう。
「ただ自己紹介しただけの、特に取り止めのない会話だよ」
「そうですか……」
……俺と接触してほしくなかったのか? 冬馬の雰囲気をみるに困惑と嫌疑、そして若干だが悔恨の念を感じることができる。接触『した』というよりも、接触『させてしまった』ということが冬馬にとって拙い事だったということか。
あの屋上の時に感じた決意と何かしら関係があるとは思うが……聞き出すことは不可能だろうな。愚痴は聞いてやるとは言ったが、冬馬の性格からして相談はおろか愚痴を零すことすらしないのは分かり切っている。
話を聞けるのは当事者だけ。コユキか井上からそれとなく聞き出すのも一つの手段かもしれないが、そう簡単に口を割るとも思えないしな……井上の方は分からないがコユキはあれでも口が堅いし頑固だからな。
「知り合いなのか?」
「ええ。彼は昨年前期の生徒会長に就いていましたからね。それに彼の父親は葵紋病院の出資者の1人なんですよ」
「そうか……」
質問する前に答えを言葉にしたということは、それ以上は聞いてほしくないということか。冬馬らしくもない無意識で壁を作っているような感じだが、これ以上は聞かない方がいいだろう。
無理に踏み込んで距離を置かれるのもなんだし、俺はいつも通りのスタンスで冬馬と付き合っていけば問題ないだろう。どうにもならい状況になれば頼ってくれると思っておくか。
ここは話題を変えておいた方がいいな。
「コユキの様子見か?」
「ええ、そうしようと思ったのですが、先に準が迎えに来ていたようで。入れ違いになってしまいました」
さっきの出会いと会話のこともあるせいで、どうしても穿った捉え方をしてしまうな。俺があの人と話をしていたせいで冬馬はコユキの迎えに行けなかったんじゃないかと思えてしょうがない。半分は当たっているとは思うがな……
それでは、と言って小さく会釈をして去っていく冬馬の背中を少しの間だけ眺める。あの会釈は間違いなく感謝と謝罪が込められていた。訊かないでくれた事への感謝と、出会いを止められなかった事への謝罪なんだろう。
そうまでして俺をかかわらせたくない理由――あの人を見たときに感じた嫌な予感が冬馬とも繋がっているってことはないよな。予感ってのは基本的に嫌なことの方が当たって、しかもその意味に気づいたときは手遅れってことが多々あるからな。
何やら最近、周囲に不穏が忍び寄ってるな……出回り始めたヤバ目のクスリ、俺に似た気配の傭兵の話や何やら予言めいた占い、そして冬馬の決断。一端の学生には過ぎた事ばかりな気がするのは気のせいか?
「おーい、ケガ大丈夫か?」
考えていてもどうしようもない事はひとまず置いとくとして、運ばれたファミリーのメンバーとゲンの様子を見に養護ベースのテントを覗く。ちなみに先にヤマとタクが様子を見に行っている。
「おージン兄! みんな大したことないぜ!」
問いかけ最初に答えたのは近くにいたキャップ。
さっきの競技は感覚的に遊びに近いものだったし、ひどいケガにはなっていないだろうとの予測は当たっていたようだ。
ガクとミヤがいまだに簡易ベットに寝転がっているが、ガクは大したケガでもないのに孤門先生に治療を熱望している。年上好きなガクのいつもの事だ。ミヤもいかにしてヤマに背負ってもらおうかと演技をしているだけでひどくはないな。
ただまあ、不死川さんと相討ちになったクリスだけは他のメンバーに比べると少しだけ重症だったようだ。その証拠なんだろう、何故かマルギッテがいる。
「クリスのお見舞いか?」
「肯定です」
「……あの
当たり前の疑問をぶつけてみる。
「中将殿はそこまで過保護ではありません。今回の事はれっきとしたルールに基づいての勝負事です。その結果でお嬢様がお怪我をされたとしても、それはお嬢様自身の責任だと中将殿のお考えです」
意外なほどまともな返答が返ってきた。
かなりの親馬鹿なのは間違いないが、それでも軍人としての確かな矜持も持っているということか。まあ、そうじゃなきゃ軍の中将なんて要職に就けるわけないか。『過保護じゃない』って発言には突っ込みたいがな。
「――ですが」
と、いったん言葉を切ったと思ったら、マルギッテは急に剣呑な目つきになり僅かな殺気を含んだ視線を不死川さんに向けた。
「何の理由もなくお嬢様を傷つけるようなことがあれば、その命、風前の灯火と知りなさい」
「ひいぃぃぃぃ!?」
かなり離れた場所にいるのにもかかわらず、不死川さんはマルギッテの殺気を敏感に感じ取ったんだろう、腕を抱え込み涙を浮かべ奇妙な悲鳴を上げていた。
あの父親も大概だが、マルギッテもある意味で過保護だ。姉妹のように育てられたとクリスが言っていたが、おそらくフランクさんのクリス溺愛ぶりを間近で見てきたため、それが過保護だと思っていないんだろうな。
「そういえば、箱根でフランクさんが言っていた件、あんたの編入は何時なんだ?」
「それを聞いてどうするのですか?」
「特に深い意味はないさ。曲がりなりにも知り合いが入ってくるんだ、情報として知っておこうかなと思ってな」
厄介事が増えるのは間違いないんで把握しておきたいってのが本音だ。まず間違いなく何かが起きる。なによりモモがケンカを吹っ掛ける可能性が一番高いってのが頭を悩ませる。
そんな俺の小さな苦悩に気づくこともなく、マルギッテは軽く答えてきた。
「重要機密でもなければ隠すほどの事でもないでしょう。編入は6月の入ってからです」
てことは2、3週間後か……その間に一度モモの息抜きをしておくか。最近は戦闘衝動が暴発することがなくなってきているようだからそこまで心配する必要はないんだろうが、強者との戦闘を望むのは戦闘衝動とはまた別物だ。
モモは戦闘者としての能力は最高レベルの域にいるが、精神的なものはまだまだ未熟なところが多いのが欠点だと鉄心さんも言っていた。俺もその判断に間違いないと思っているが武芸者としての
周りを見渡してみても、モモが満足に闘える人間は数少ない。さらに闘う、闘わないの判断でもっと数は減る。
川神院では鉄心さんとルー師範代。この2人は基本モモとの戦闘はしない。
仲間内では俺以外はヒロとまゆっち。
まゆっちは闘う理由がない現状では手合せは無理。ヒロも時折手合せをしているらしいが条件は意外と厳しいとのこと。
あと周囲を見るに揚羽さんか凛奈さん、それに『女王蜂』ぐらいか。だが揚羽さんは九鬼の仕事を本格的に始め、今は自己を高めるための武道しかしていないらしいし、『女王蜂』は英雄が許可をしない限り自分から闘う無謀はしないだろう。。
残るは凛奈さんだがあの人はそもそも闘うことをしない。以前疑問になって訊いてみたんだが、あの人の武道に対する考え方は普通の武芸者とはかなり違う。武道に全てを賭けている人にとっては理解し難いものだろう。
まあ、あの人が闘わないのは性格の問題もあるし、戦闘衝動はモモとは真逆の位置にいる人だしな。
そう考えるとマルギッテはモモにとって格好の獲物だ。満足とまではいかないかもしれないが、それでも満たすことができるほどの強さをマルギッテは持っている。
マルギッテもマルギッテで戦闘狂なきらいがあるしな……箱根の時は俺がいたからぶつかる事はなかったが、俺の見ていないところだったら間違いなくお互い合意で仕合うだろう。
「あんまり騒動は起こしてくれるなよ」
「私には優先すべき任務があるので騒動を起こすつもりはさらさらありません。ですが降りかかる火の粉をそのまま受けるつもりももちろんありませんので」
優先すべき任務ってのはクリスの世話だな。だが続いた言葉は不安を煽ってくる。どうやら双方に強く言い聞かせるべきだな。マルギッテの方はフランクさんにも協力してもらうか。
「彼女がいるのに他の女と楽しくお喋りとはどういう了見だ~? ジン」
「濡れ衣過ぎて涙が出てくるよモモ」
後ろから抱き付いてきたモモからかうような言葉に、冗談めいた言葉を返す。おそらく俺と同じで仲間たちの容体を確認に来たんだろうが、マルギッテと話し込んでいるのを見てからかおうと気配を消して近づいてきたな。事実マルギッテはいきなり現れたモモに驚いている。
「おお。この間の軍人じゃないか」
「お久しぶりです、川神百代」
「自己紹介はいらないようだな」
会話自体はそうでもないのに雰囲気が俄かに穏やかじゃなくなっているのは気のせいじゃない。
2人して初っ端からやる気満々かよ。というか思っていた以上にマルギッテの堪え性のなさは少し評価を変えなきゃないけないな。
小さく溜息をついたのち、注意をするように少しだけ威圧感を上げておく。言葉もなく『いい加減にしろ』ってな感じで。
流石に俺の雰囲気を察し、お互い挑発的だった気配はなりを潜めた。さらに俺の変化を感じ取ったカズ、ミヤ、クリスがこちらを向いた。
いい感じに注目を集めたみたいだし、そろそろここをお暇しますか。そろそろ閉会式も始まるころだしな。
「閉会式も始まるし、そろそろ戻るぞ」
俺の言葉に各々行動を開始する。ガクは何やら渋っていたいようだがタクに何かを言われたのだろう、動きは遅いが簡易ベットから起き上がる。
「大和ぉ~。足が痛いの。負ぶって?」
「断る。というか大したことないって言われたろ。自分で歩け」
いまだに食い下がるミヤに厳しい言葉で見放すヤマの、いつものやり取りにみんなに苦笑が浮かぶ。マルギッテもクリスにひと言ふた言挨拶をしたのちテントから去って行く。
さて、そんなマルギッテの後姿を面白い玩具を見つけたようないい笑顔で見送っている、隣の物騒な彼女に少しだけ忠告しておくか。
「変なこと考えるなよ。やたらむやみにお前から勝負を吹っ掛けるなって言われてるだろ」
「それぐらいは分かっている。だが売られた喧嘩なら買ってもいいだろ?」
おいおい……マルギッテと同じこと言ってるよ。互いが互いに建前上は闘うつもりはないが、本音では闘いたくてしょうがないってことか。頼むから挑発めいたやり取りで一触即発になってくれるなよ。
しかし、今回の球技大会といいこの前の箱根旅行といい、最近は何やらすっきりしない終わり方になっている。
俺が帰ってきたことがきっかけなのか。それとも、こういう言い方はあまり好きじゃないが、もとよりそういう『運命』だったのか。箱根旅行の時の占い師の言葉。雰囲気的にあの人は本物だったし、不思議な説得力と的確な言葉だったからな。
いつ起こるとも分からない未来の出来事に、頭を悩ませることなんて無意味な事なのは分かってはいるが、いつもと変わらない仲間たちと腕を抱えているモモに、俺は漏れそうな溜息を何とか押し込めたのだった。
あとがき~!
「第100話終了。あとがき座談会、司会の春夏秋冬 廻です。今回のお相手は――」
「暁神です」
「祝! 100話到達!! というわけで更新間隔が空いてしまい大変申し訳ありませんでした!!」
「一言目がそれか!?」
「それ以外に何がある?」
「いやいろいろあるだろ? 『ようやく100話になりました』とか『ここまで長く続くとは思いませんでした』とか」
「事実を最初に述べることの何が悪い」
「叩かれるのが怖いだけだろ」
「その通りです。さて、改めてついに100話になりました。でも本当にこんなに長くなるとは微塵にも思っていませんでした」
「……原作突入に40話以上もかかってる過去を顧みるにその言葉には全くの説得力がないな」
「痛いとこばかりつかないでよ……初期プロットの妄想だとまだ半分もいってないんだからさ」
「おい……この物語、本当に完結するのか?」
「頑張ります」