真剣に私と貴方で恋をしよう!!   作:春夏秋冬 廻

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100話到達記念第1話。


武神と仁王、五条大橋

五条大橋の鬼。

 

夜な夜な橋を通る武士(もののふ)に勝負を仕掛けては全てを討ち負かしている。そんな噂が広まっているのは耳にしていた。だからこそ一昨夜より待ち構えていた。

 

三日目の夜である今日、なかなか逢う事が出来ず結局ただの噂かと落胆し掛けた時、俺と同じように“五条大橋の鬼”を見るために現れた源氏の御曹司を名乗る元服前の(わっぱ)

初めは俺をその鬼と思っていたようだが、違うと否定し去ろうとしたその時、橋の向こうより御曹司よりも幼い齢十にも満たないであろう幼子を連れて一人の男が現れた。

 

ひと目見てすぐに理解した。この男が噂の“五条大橋の鬼”なのだと。

 

「今夜の相手はあんたか」

 

飄々とした風貌。年の頃は四十に差し掛かるかどうかぐらいだろう。だが纏う気は生易しいものではない。気を抜けばすぐにでも呑み込まれかねないほどのその気は、前にいるはずの御曹司を無視して俺にだけ放たれていた。

 

そして直感で理解する。初めて全力を出しても勝てるかすら分からぬ相手が目の前にいる。その事に全身から歓喜が湧きあがってきた。

 

「貴殿が“五条大橋の鬼”か?」

 

御曹司を下がらせるように手をやり、大きく一歩前に出る。俺のその動きを理解したのか、御曹司は何も言う事なく三間ほどの距離を空けるように下がった。

鬼の傍らにいる幼子も小さく笑みを浮かべると、傍を離れ軽やかに舞うように橋の欄干に腰かけた。

 

「“五条大橋の鬼”ねぇ……そんな風に言われているのか。まあ、相違無いと言えばその通りだな。ここで強い武士(もののふ)を探しているのは確かだしな」

 

肯定する言葉。そしてその目は既に俺を捉えている。

 

「では、(それがし)は貴殿のおめがねにかなったと思ってよろしいか?」

 

「ああ、やろうか」

 

言葉と共に放たれていた気の質が豹変した。まるで獲物に食らいつく前の獣のような殺気を全身に浴びる。いや、それすら生温いな。例えるなら人外の『化物(けもの)』と言ったところか。

 

だが、ともすれば逃げ出したくなるような殺気に湧き上がってくるのはやはり歓喜だった。

 

手に持つ薙刀をより一層強く握り締め、吠えるように名乗りを上げる。

 

「武蔵坊弁慶! 参る!」

 

一足飛びで間合いを詰め、力任せに薙刀を振る。相手の名乗りを聞く気はなかった。俺にとって目の前の男は“五条大橋の鬼”以外の何ものでもない。

 

相手も名乗るつもりはなかったのだろう。薄く笑みを浮かべたまま何事もなかったかのように一撃をかわす。こちらもたったの一撃で終わるとは初めから思っていない。鬱憤を晴らすかの勢いで今まで出せなかった全力をぶつける。

 

繰り出す薙刀の一撃は全て必殺。だが己の体躯と剛力をもって放つ斬撃は、ことごとく相手に掠りもしない。捉えたかと思った袈裟斬りもまるで新雪を切り裂くかのような手応えのなさで、薙刀が身体をすり抜けた様な錯覚さえ感じた。

 

妖術の類かと思ったが違う。卓越した身のこなしと見切りがそのような錯覚を起こしているのだ。

 

強い。直感でなく身体全体で悟った。

 

だがこのままでは埒が明かない。俺の攻撃は完全に見切られている。全て紙一重でかわされているのだから間違いないだろう。下手な小手先での技など何の意味も持たぬという事だ。

 

なら尚の事、全力を出し切るしかない。

 

さらに一歩大きく踏み込み薙刀を振るう。紙一重でかわされているのなら刀身ではなく拵えの方で打撃を与えるつもりで攻撃すればいいだけ。

 

案の定、大きく間合いが変化したことで鬼は紙一重ではなく飛び退く事で俺の斬撃をかわした。

 

息を吐き、薙刀を構え直して向き合う。飄々とした雰囲気を変えず笑みを浮かべたままこちらを見ている鬼。それを見ると歓喜の笑みが浮かんでくるのを止める事が出来ない。

 

さて、そろそろそちらの力も見せてもらいたいのだが? 五条大橋の鬼よ?

 

 

 

          §  §  §

 

 

 

「凄い……」

 

思わず感嘆の声が漏れた。

未だに未熟な武しか身につけていない我が目をもってしても、目の前で繰り広げられる一騎討ちが凄まじいものだと理解できた。

 

剛力をもって薙刀を振るう弁慶殿。その薙刀を寒空に舞う雪のようにかわす鬼人殿。だが一度攻勢に出ればまるで全てを飲み込む吹雪の如き激しさを纏っている。

 

一層強く踏み込んだ弁慶殿を見て、鬼人殿も間合いを詰めて踏み込む。迫りくる唐竹の斬撃を右手甲を刀身の横に当ていなし、左脚で弁慶殿の顔に蹴り当てを放つ。

弁慶殿もその蹴りを右腕で受け止めると、いなされた薙刀を力任せに引き戻り横一文字の薙ぎを放った。

 

あれはよける事は出来ない。

 

いつの間にか弁慶殿が受け止めた鬼殿の左脚を掴んでいた。迫りくる薙刀を鬼人殿はよける事は出来ない。私はそう思った。だが――

 

「ぐふぁ」

 

くぐもった声を漏らしたのは弁慶殿だった。背を向けられているから何が起こったのか分からない。弁慶殿の顎が跳ね上がったのを見るに、恐らく蹴り上げられたのだろうが……

 

「蹴り足を掴まれたからそこを支点として、軸脚になっていた右であの僧兵の顎を蹴り上げと同時に宙返りで距離を取ったんですよ」

 

いきなり声を掛けられ驚いて視線を向ける。そこにはいつの間にか欄干に腰かけ穏やかな笑みを浮かべた、私より幼い十にもならないであろう娘がいた。鬼人殿と一緒に現れた子だ。

 

「貴方は源氏の御曹司と聞きましたが?」

 

「如何にも、先の平治の乱にて敗走、そののち亡くなった源義朝が九男、未だ元服前のため名は牛若と申します。貴女の名は?」

 

「名乗るほどの者ではありません。父上も名乗りませんでしたし」

 

柔らかな笑みを浮かべてやんわりと名乗りを拒否してきた。だが怒りは湧いてこない。この子から感じる気配も自分と近い年の子とは思えないほどのものだ。あの鬼人殿が雪を思わせるなら、この子鬼殿はまるで風を思わせる何かがあった。

 

「貴方がたは何故、毎夜この橋にて武士(のももふ)に手合わせを挑んでいたのですか?」

 

予てからの疑問を口にする。何か深い理由があるのだろうと思っていたら、返ってきた答えは実に単純明快なものだった。

 

「それは父上が大馬鹿(おおうつけ)なだけですよ」

 

大馬鹿(おおうつけ)?」

 

「はい。強い人と手合わせをしたい、ただそれだけの理由ですよ。実に馬鹿(うつけ)だと思いませんか?」

 

呆れながらも親愛の籠った眼差しで鬼人殿を見遣る子鬼殿。

 

なるほど。確かにそう言われても仕方のない理由かもしれないが、強い武士(もののふ)はきっと皆、同じ思いを抱いているのだろう。

現に、弁慶殿もただ鬼人殿と手合わせをしたくてこの橋で待っていたと仰っていた。

 

ならばこの手合わせを目に焼き付けておこう。きっとこれ程に凄い手合わせを見る事が出来るのは一生に一度あるかないか。目指すべき強さの頂きを垣間見ること出来るこの時を神に感謝しよう。

 

 

 

          §  §  §

 

 

 

反撃する隙が全くない。

 

攻勢に出られてから何とか凌いでいるだけになった。凄まじい速さをもって繰り出される拳や蹴り。しかもその速さからは考えられない程の威力で受けるにも限界がある。

 

既に全身の骨が軋みを上げ始めている。このままいけば俺の方が先に動けなくなるな。

 

だがその負けだけは納得できない。勝てないのは既に理解しているが、打ち倒されるならまだしも蓄積された痛みで動けなくなるという間抜けな負け方だけはしたくない。

 

いったん間合いを大きく取る。気付けば俺は肩で息をしているにも関わらず、鬼は息ひとつ乱していない。全身全霊をもってしてもまだ足元にすら及んでいないというのか。

 

「フフフ……フハハハ……フハハハハハハッ!」

 

抑えきれず大声で笑う。笑うしかないだろう。今までこの体躯と力のせいで何をしても不公平と蔑まれてきた俺が、全ての力をもってしても到達する事の出来ない高みに立つ存在が目の前に現れたのだ。

 

「急に笑い出すとは……おかしくなったか?」

 

「いやすまない。だが嬉しくて仕方がいないのだ。今まで生きてきて今日初めて、我が総てをもってしもて勝ちを得る事の出来ない相手に巡り合えた事がな」

 

俺の言葉に鬼は口端を上げ笑みを深くした。

 

「そいつは嬉しい評価だねぇ。これでも一応、天下一を語ろうかと思ってるんだが」

 

「その言葉、自負されるがいいだろう。だがだからこそ、その天下一に一撃なりとも入れければ自分の気が済まないのでな」

 

「ああ、来いよ」

 

声に応えるように頭上で薙刀を回転させる。技が意味をなさないのなら力に全てを込める以外にない。回転させることで生まれる力と速さを上乗せしての振り下ろしの斬撃。これに全てを賭ける。

 

俺の決意を見て取ったのか、それとも強者の余裕か、鬼は構えることなく無造作に歩み寄って来る。俺が何をしようとしているのか理解していてその行動か。まさに自信の表れ、桁違いの強さを自負しているのだろう。

 

だが不快感はない。むしろ清々しいぐらいだ。圧倒的な力を持つ者はそれぐらい傲慢でもいい。

 

さあ来い。あと数歩踏み入れば俺の薙刀の間合いだ。如何に鬼であろうとも間合いを操る事は出来ない。こちらが薙刀を使っている以上、その拳や蹴りの届かない間合いから一撃を入れさせてもらおう。

 

鬼が近付いてくる。

 

あと三……二……一!

 

「うぉぉぉぉお!」

 

回転の勢いそのままに鬼の脳天を砕くつもりで薙刀を振り下ろす! 威力勢い、共に申し分ない! 例え鬼であろうと正面から受け止めて無事ではないはず! この一撃をもって一矢報いる!

 

だが次に感じたのは右手の激痛だった。

 

   ベキィッ

 

薙刀を持つ右手を蹴り砕かれたか!?

 

確かに手なら蹴りの間合いだ。だからといって勢い良く振り下ろされるそれを標的に定めることなど常人にはまず不可能だ。いや、この鬼を常人に当てはめようなどというのがそもそもの間違いか。

 

痛みと痺れで薙刀を持つ事が出来ない。だが振り回す事は出来る。この際痛みを無視して拳を握り鬼の顔の側面にぶつけるつもりで腕を振る。

 

だが、既にそこに鬼の姿はなく、振り抜いた右拳は空を切った。

 

獅穿哮(しせんこう)

 

呟きが如き小さな声が耳を打った直後、全身を突き抜けた衝撃に踏み止まる事が出来ず、俺の身体は四間ほど吹き飛ばされたのだった。

 

「弁慶殿!」

 

源氏の御曹司が駆け寄ってきた。出逢って間もない者の心配をするのかこの御曹司は。

 

全身に激痛が奔るものの、そのお陰か気を失う事はない。不幸中の幸いなのか、いや気を失っていた方が楽だったな。

 

なんとか痛みを堪えて身体を起こす。安堵するように肩を下ろす御曹司の向こうに、始めから変わらぬ飄々としたままの鬼が歩み寄ってきた。

 

「楽しかったぜ、弁慶」

 

(それがし)も楽しかった。一撃すら入れられなかったのが心残りではあるが」

 

「そう言うな。俺に技を出させたんだ。今までやってきた奴らとは段違いだ」

 

「なら誇らせてもらおう。鬼の一撃を受け切った者としてな」

 

笑みを浮かべながら言葉を交わしていたが、急に鬼の表情が曇った。それと同時に近付いてくる複数の気配。

拙い、平家の手の者たちだ。御曹司は鞍馬の山寺から奔出してきたと言っていた。恐らく追手として差し向けられて者たちだろう。だんだんと足音が近付いてきている。

 

立ち上がろうにも痛みで身体が思うように動かない。

 

「お逃げなされ、御曹司。間もなく平家の手の者たちが橋を取り囲むでしょう。今ならまだ間に合います」

 

「いいえ、逃げませぬ」

 

逃げぬだと? 何を愚かな事を。先ほど『平家を討つ』と宣言したばかりだと言うのに、何を言っているのだこの御曹司は?

 

そうこうしている内に追手が橋へと到着した。人数にして五十人余りか……

 

「ここで討たれるのなら私の命運はそれまでという事でしょう。ですがこの命、易々と取らせるつもりはありません」

 

そう言葉にして小さく頷くと、平家の手の者たちが橋の両側を塞ぐように取り囲む中で、御曹司はしっかりとした足取りで橋の中央に足を進める。

そして手にしていた太刀を鞘から抜くと、束ねていた髪を切り落とし高らかに名乗りを上げたられた。

 

「我は源義朝が九男、牛若! 今この場をもって元服の儀を行い、名を源九郎義経とする! 我が御首(みしるし)欲しくばかかって参れ!」

 

なんたる胆力。命を失うかもしれないこの時この場で、さらに仇敵である平家の手の者たちの前で元服の宣を行うとは。

このお方はここで命を落としていい方ではない。このお方は必ず立派な武士(もののふ)になられる。守らなければ、そう思うが身体に力が入らない。

 

鬼と仕合った事に後悔はない。だがこのような状況で動かぬ我が身がこれほどまでに恨めしいと思うとは。我が命運も御曹司と共に果てるが定めなのか?

 

(はやて)!」

 

何を思ったのか、鬼が突然大声で誰かの名を叫んだ。その声に応えるように、今まで欄干に座っていた幼子が音もなく降り立つと、舞うように身体を踊らせ御曹司の前に辿り着つくと膝をついた。

 

突然の幼子の行動に、呆然となる平家の手の者。一瞬の静寂の後、幼子はその小さな身体からは考えられないほどの声を上げた。

 

「我らはこの橋にて毎夜武士(もののふ)に挑みその肝を喰らう鬼なり! 天下に名を轟かす平家の武士(もののふ)たちよ! 我こそはと思う丈夫(ますらお)よ! 鬼の首! 取れるものなら取ってみせよ!」

 

余りの事に呆然となる平家の手の者たちに構わず、その言を合図として鬼が地面を蹴り集団の只中に降り立った。

 

それはもはや圧倒的という言葉すら生温いものだった。

 

拳が顔を砕き。蹴りが首を折り。貫手が肉を貫き。叩きつけ頭蓋を粉砕する。まさに地獄の鬼の如きその姿に、平家の手の者たちは恐怖し逃げる事すら出来ず立ち竦んでいた。

 

「弱い! 弱すぎる! 天下一を号する平家の武士(もののふ)もしょせんこの程度か!?」

 

   うわぁあぁぁぁぁ!

 

時間にして瞬《まばた》き数回。たったそれだけで十四人もの命をいとも簡単に奪った鬼の姿に、恐怖に竦んだ平家の手の者たちは我先にと逃げ出した。

 

これほどまでに腰抜けなのか平家の武士(もののふ)は。いや、鬼の前では等しく弱き者なのかもしれないな。

 

静まり返った空気の中、鬼は手についた血を手拭いで拭いながらこちらへと歩み寄ってきた。その鬼に対し、御曹司――いや、義経殿は腰を下ろすと太刀を鞘に収め前に置き両手をついて頭を下げられた。

 

「ご助力、感謝いたします」

 

「あんな状況とはいえ元服した武士(もののふ)が、しかも源氏の御曹司が簡単に頭を下げるな」

 

「確かにその通りです。ですが私は謝意を表す物を持っておりません。あるとすればこの太刀とこの身のみ。申し訳ありませぬがこれからの事を考えると太刀は手放せません。ならば最大の謝意を表すには頭を下げるのが道理です」

 

このお方は、名すら名乗らぬ者に対しても礼儀を通すと言うのか。

 

そんな義経殿の姿を見て、鬼は飄々とした笑みでも獰猛な笑みでもない、初めて穏やかな笑みを浮かべた。その笑みは先程までの殺戮を行っていた者とは思えぬ、まるで菩薩の如き笑みだった。

 

「俺は別に謝意が欲しくてやったわけじゃない。ただお前も弁慶も、こんな所で死なすには惜しい男だと思ったからやっただけだ」

 

「これは父上が勝手にやった事。頭を下げられるだけ損ですよ」

 

「お前が言うな」

 

(はやて)と呼ばれた幼子の言葉に鬼はぼやく様に返した。そのやり取りも、どこにでもいる父子(おやこ)そのもの。いったいどの姿がこの二人の本当の姿なのだろうか。

 

「しかし(はやて)殿もさすが鬼人殿の子。幼い女生(にょしょう)の身ながら見事な立ち居振る舞いでした」

 

穏やかに流れる雰囲気の中、義経殿が思い出したかのように仰った言葉に、鬼と幼子の動きが一寸だけ止まると、幼子は盛大に顔を歪め、鬼は高らかに笑い出した。

 

「ぶははははは! (はやて)! お前女と思われてるぞ!? そりゃそうか! そんな恰好と女みたいな顔してたら男と思わないわな!」

 

「くっ! 恰好ついては母上に言って下さい! 私はいつも女物の着物を着るのは嫌と言っているのです! それと生まれついての顔をとやかく言われるのは心外です!」

 

「それでも着ているだろお前」

 

「これしか着るものがないのです! いい加減、父上から強く言って下さい!」

 

「いやでもなぁ……石動(いするぎ)も境遇のせいで男のように育てられてたからなぁ……その反動だろ。まあもう少しあいつの我がままに付き合ってやってくれ」

 

「父上は母上に甘すぎます……」

 

俺も義経殿も目の前の光景についていけず呆然としてしまった。いやまさか男とは思わなかった。幼子は男女の区別がつきにくいとはよく言うがあの面立ちから間違いなく女だと思っていたのだが……

 

「だいたい御曹司も失礼です! 勝手に人を女と決めつけるのは侮辱以外の何ものでもありませんよ!?」

 

「あ、いえ、その……申し訳ありませんでした」

 

いきなり怒りを向けられ、しどろもどろになりながらなんとか謝罪の言葉を発する義経殿。いやしかしそのような目で見られても困ります。女だと思っていたのは俺も同じなのですから、下手に声をかければこちらにも怒りの白羽の矢が立ちそうで、申し訳ありませんが助け船を出す事は出来ません。

 

「まあ、そんなどうでもいい事は置いといて」

 

「どうでもいい事ではありません!」

 

簡単に話を終わらせた鬼に幼子は盛大に食って掛かったが、それを無視して鬼は義経殿に声をかけた。

 

「これからどうするつもりだ。今の京の都では平家の連中が踏ん反り返っているぞ。源氏の御曹司であるお前は奴らにとって生かしておいて得のある存在じゃない。このまま居ても殺されるのが目に見えているぞ」

 

「存じております。元より落ち延びる予定でしたのでこれより手引きの者と落ち合う所存です」

 

「何処に行く気だ?」

 

「奥州へ。彼の地は平家の力の届かぬ土地故に」

 

奥州探題、鎮守府将軍藤原秀衡殿の元か。確かに奥州なら京の都で勢力を誇る平家の力も未だ行き届いてはいない。六波羅も奥州の力を警戒していると噂されている。

 

「そうか……まあ俺たちには関わり合いのない事だしな。達者で暮らせよ」

 

鬼はそう簡単に言うと、踵を返して去ろうとする。

 

いかん、まだ名を聞いていない。手合わせした者の名を聞かぬのは武士(もののふ)として恥ずべき事だ。ましてや自分を打ちのめした相手。その強さを身に刻むため名だけは聞いておかなければならない。

 

「待たれよ」

 

「あん?」

 

「名を、お聞きしてもよろしいか?」

 

呼びとめられた事に、鬼は面倒くさそうな声を出したが、用件を伝えると初めて見た時と同じ飄々とした笑みを浮かべた。

 

「暁――(なだれ)

 

――暁。

 

そうか、俺が手合わせしたのは鬼などではない。いや鬼など足元にも及ばぬか。伝説と伝えられる武神の一族。まさかこんな所で相見えるとは思いもしなかったな。

 

「いずれまた、手合わせを願いたく思う」

 

「それも楽しそうだな。だがその時は俺じゃなくこいつかもな」

 

そう言って幼子の頭を乱暴に撫でる。確かにそうだ。あの者も幼いとはいえ武神の一族、その強さは並ぶ者なきものになるに違いない。

 

去って行く武神の父子(おやこ)を見送る。これからの事を考えると合力願いたいところだが、それは虫が良すぎると言うものだな。生ける武神と手合わせしたのだ、この身に命があっただけでも幸い。一度は失ったものと考えればこれから何が起ころうとも恐れるものは何もない。

 

「義経殿、お願いしたき事がございます」

 

さて、まずはどうやってこのお方を説き伏せて家臣にしていただくかが先決だな。




あとがき〜!

「100話到達記念第1話終了。あとがき座談会、司会の春夏秋冬 廻です。今回のお相手は――」

「義経だ。よろしく頼む」

「はいよろしくね」

「しかし作者殿、このお話は全然マジ恋っぽくないと思うんだけど?」

「否定しない。でも実はこの話というか妄想、結構前から考えていたんだよね」

「と言うと?」

「うん。暁の一族の始まりは紀元前前から2000年以上続いている。武の始まりと言っていい一族なんだから強い奴がわんさかいた。だったら歴史に登場した武士とかと戦っててもいいんじゃないかな? という考えがあったんだよ」

「なるほど。そして――」

「そ、マジ恋Sで義経や弁慶が出るんだから書いてみるのも面白そうだな、っていう完全自己満足」

「賛否両論ありそうだな」

「それも否定しないけどあまりキツイコメントはへこむから欲しくないな」

「予測が出来ないから慰められなくて申し訳ない。ところで第1話と言っていたようだけど?」

「活動報告でも書いたけど3話構成。いつの時代を書くかはプロローグを読めば分かるはず」

「では次の話はあの時か?」

「その通り。では次投稿も早めにしますのでよろしくお願いします」

「義経からもお願いする」

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