原作過去エピソード『竜舌蘭防衛』です。
――2002年 6月21日 金曜日 PM4:30――
side 直江大和
それに最初に気付いたのはキャップだった。
いつもように秘密基地にしている原っぱで他愛のない遊びをしていた時、キャップからの召集が掛った。
何だろうとみんなで駆け寄ってみると、そこには以前見つけた他の雑草より背の高い草があった。
「なぁ、おかしくねーか、この草大きくなりすぎ」
「あーそう言われば」
指差して言うキャップにワン子が答える。
確かに先月ごろ初めて見た時はもっと背が低かったはずだ。俺たちの中で1番背の高いガクトより高かったから2メートルぐらいだと記憶している。
「今まで2メートルぐらいだったのに」
「3メートルぐらいありそうだね。背伸びてるね」
同じ事考えていたキャップの言葉に、ヒロが今の高さを推測して答える。
「1ヶ月で1メートルも伸びてるのか」
兄弟が少し感心したように呟いた。
俺が『兄弟』と称したのはこの前の事件で仲間に入った暁神の事だ。
俺たちはずっと神は年上で姉さんよりも年上だと思っていたのだが、あの後、実は俺たちと同じ4年生だという事が神の言葉で判明した。
あの時は俺も素で驚いてしまった。それほどある意味で衝撃的だった。
最低でも姉さんと同い年、年上だと決めつけていた俺たちも悪いかもしれない。
だって考えてもみろ。あの姉さんに言う事を聞かせること出来る奴が同い年と思うはずがない。
結局、姉さんをコントロールできるという事実にみんなが尊敬の意を抱き、キャップが宣言したように『ジン兄』と呼ぶ事に決まった。
ただし、舎弟契約した俺だけが『兄弟』と呼ぶ事にした。(というより神にそう呼んでくれと必死に頼まれた。さすがに同学年全員に『兄』なんて呼ばれたくはないらしい)
そんな事を思い出していると、ガクトとワン子の言い合いが耳に入ってきた。
「ワン子も言い返すようになったねぇ」
「私に弟子入りしたから当然だ」
「うん、アタシ強くなる」
ガクトとワン子の言い合いを眺めながら呟いたモロの言葉に、姉さんが胸を張りワン子が元気いっぱいに言う。
そう、このワン子。実はあの時の姉さんの強さに感銘を受けたらしくあの後に『強くして下さい』と姉さんに頼み込んでいたのだ。
そんなワン子を可愛がるように頭を撫でる姉さん。傍から見るとまるで姉妹のようだ。
「まぁこの草は成長期って事で」
「俺様もこれぐらい高くなりたいぜ」
この日は、そう締めくくったガクトの言葉でその草の話は終わったのだった。
side out
§ § §
――2002年 8月19日 月曜日 AM10:30――
side 篁緋鷺刀
その草は遠目に見ても他の草とは違うことが明らかになっていた。
「ねえねえ、この草もう5メートルこしてるよ!?」
思わず叫んだ卓也くんの言葉に、みんなでこの草についての談義が始まった。
「実は妙な生き物じゃね」
みんながいろんな意見を言い合っていた時、岳人くんがポロリとこぼした言葉で話は妙な方向に行く。みんなの視線が岳人くんに集まる。
「ある日ワン子の姿が消えた……するとこの植物はワン子の身長分伸びていた」
「怖いでしょうが!」
岳人くんの話に一子ちゃんが怯えたように体を震わせる。
ありえないと分かっていても確かに怖いものがあるよね、それ。
だが、それに面白おかしく便乗してしまうのが僕たちのキャップ。
「ある日、ガクトの姿が消えた。するとこの植物が花をつけた時、そこにガクトの顔が!」
「キャー! 気持ち悪いわ!!」
「さすがにそれはないよ」
ついにはモモ先輩とジン兄の後ろに隠れてしまった一子ちゃん。僕も思わず突っ込んでしまった。
「ぬぬ……だが物理的に殴れるなら化け物も平気だ」
意外だったのが、ジン兄の服の袖を掴みながら少し震えた声で言うモモ先輩だった。
「あれ、姉さんお化け苦手?」
「ふん、うるさいな……ちょっとだけだ」
僕と同じ意外に思ったのか、問い掛けた大和くんにモモ先輩は強がって答える。だけど変わらずジン兄の服を掴み、さっきより体を寄せた格好では説得力がなかった。
「実はモモ、そういった類のものが嫌いなんだよ。その理由も『殴れないから』っていう実にシンプルなもの。しかも尊敬する人物が化け物退治の専門家だと思っている安倍晴明」
からかう口調で言うジン兄に、反論できないのかモモ先輩はその視線に顔をそらしながら不貞腐れたように言葉を発した。
「まだミサイルを撃ち込まれた方がマシだ」
「いや~それはどうなのさ?」
呆れ返った卓也くんの突っ込みに、きっとみんな同じ気持ちだったと思う。
そこに岳人くんのお母さん、麗子さんが岳人くんを怒鳴りながらこちらに来たので、大和くんが代表してこの草の事を聞いた。
麗子さんの説明の結果、この草の名前が『竜舌蘭』という花で、数十年に1度しか咲かない花だという事が判明した。(大和くんが言うには『センチュリー・プラント』というものらしい)
さらに詳しい事はモモ先輩のお爺さんに聞いた方がいいらしい。
と、いきなり呼ぶと宣言したモモ先輩が大きく息を吸い込む。
僕たちは反射的に耳を指で塞いだ。
「ボケはじめのブルセラジジイ!!!!!!」
「モモ! お前いい度胸しとるのう!!」
1秒の間も置かず登場した川神鉄心さん。
「一瞬で来ちゃったよ。この一族は全く……」
「鉄心さん……」
卓也くんは全員の気持ちを代弁して、ジン兄はどこか悲しそうな声音で呟いていた。
再び代表して事情を説明した大和くん。
鉄心さんの説明の結果、この花が『竜舌蘭』で間違いない事、以前は50年前に咲いた事、今の花がその時の子株だという事、竜舌蘭は個体によって咲く時期が違う事、そしてこの花が明後日ぐらいで咲きそうな事が分かった。
急に湧いて出たイベントに、みんなで写真を取ろうと騒いでいた。
その時、遠くでこっちを見ていた女の子にキャップが僕たちのそばを離れて声を掛け、大和くんはそのキャップを追って行った。
ちょっと前からいたのに気付いていたし、たぶんジン兄もモモ先輩も気付いていたはず。特に接触しようとする気配がなかったため2人とも注意をしなかったんだと思う。
そう考えている内にその女の子はいなくなり、キャップと大和くんは少し言い合いながら戻ってきた。
あの子はいったい何だったんだろう……
そう思いながら、僕は写真の事で盛り上がるみんなの話に入っていた。
side out
§ § §
――2002年 8月21日 水曜日 PM7:30――
side 暁神
午後から強くなっていた雨風は、夜6時を過ぎたあたりから本格的な台風の様相を呈していた。
激しい雨が窓ガラスに打ちつけられ、唸りを上げる風は家を揺らさんばかりに吹き荒れている。
そんな外を眺めながら、そういえばこの間の竜舌蘭がそろそろ咲くころだな、となんとなしに思い出した。
「ジン! キャップより召集だ! 原っぱに急ぐぞ!」
俺の考えを遮断するように部屋に入ってきたモモが叫んだ。
「は?」
いきなりの事にまともに返事が出来なかった俺は、そのままモモに連れ去られるかのように引っ張られ、気付いた時には山門をくぐり抜けた後だった。
呆然としながらもきちんと2人分の雨ガッパを手に取っていた自分を、俺は凄く褒めてやりたい気分になった。
「それで? キャップからの召集って事だけど、まさか竜舌蘭のことか?」
「そのまさかだ」
「無茶するなぁ」
取ってきた雨ガッパを着こみながら、モモと急いで原っぱに向かう。
その途中でガクとタクの2人と合流し、4人で原っぱに到着すると、そこには既にキャップたち4人がいた。
全員が集合すると、キャップが召集した目的を発表する。
「花がきちんと咲けるように保護するぞ!」
そんなキャップの言葉にヤマが代表して言葉を発する。
「……全く、この台風の中ムチャクチャだ! なぁ竜舌蘭は普通に栽培されてるらしいぜ。今回ダメでも、どっかでそれを見ればよくね?」
ある意味で正論を唱えるヤマに、キャップは譲らない。
「あの花は、あの花だけなんだ。かわりなんてねぇ。空き地に咲いているあの花を、みんなで見たいんだ」
「アタシも!」
みんなのマスコットであるカズが同意した以上、反対意見は出ないだろう。事実、ガクもモロもタクも同意している。
「分かってるさ俺だって! ただ危険すぎるって事だ!」
同意を示すみんなに、ヤマは少しだけ声を荒げる。
本来なら、ヤマの言葉がこの場では一番正しい。子供でしかない俺たちが台風の中にいるのだ、世間一般的に見て、無茶な事をしているのは間違いないのだ。
でも今ここにこの場から帰ろうとする者はいない。
みんなを心配するヤマの肩に手を置く。振り向いたヤマに俺は同情するように、それでいて諦めろと説得するように首を横に振る。
雨で濡れた髪を苛立たしげに掻き毟ったヤマは、一度落ち着かせるように大きな息を吐くと、思考を切り替えたのかモモと俺に顔を向けた。
「こうなったら姉さん、兄弟、よろしく頼みます」
「ああ、私がみんなを守る。必ずな」
「任せておけ」
ヤマの言葉に俺もモモも即答する。そんな俺たちにヤマは呆れたように呟いた。
「なんと心強い」
「姉は心強いものだ、任せろ」
受け答えはモモに任せ、俺は持っていたロープでカズとタクの腰をきつく結び、それを同じようにモモの腰にしっかりと結び付ける。吹き飛ばされないための処置だ。
実はこのロープ、雨ガッパを手に取った時に一緒になって引っ掴んだらしい。本当に自分自身を褒めたくなった。
結び付ける作業をしながら、ふとヒロの方を見たが首を横に振っていた。
その行動に必要がないと判断した俺は最後に確認するように強く引っ張るとモモに声を掛ける。
「カズとタクがロープで繋がっているからあまり無茶な動きはするなよ。周りは基本俺とヒロが押さえるから、モモはみんなを頼む」
「了解した」
答えながらも住宅建築中の現場から突風で飛んできた木材を苦もなく撃ち落とす。
同じように飛んできた別の木材を、ヒロがキャップたちを庇いながら叩き落としているのが視界の端に映る。
「守る人数は5人。何がどこから飛んでくるか分からない。突風も十分危険、か……ふ、ふふふ、あはははは! はははは!」
この状況を楽しそうに笑うモモに、俺は頼もしく感じたが、他のメンバーは少し不気味に感じたようだった。
気を引き締め全員一丸となり竜舌蘭のもとに向かうと、そこには先客がいた。
「……あ」
原っぱに置かれている土管の影に縮こまっていた1つの人影。
「っ!? 椎名? 椎名か!?」
姿を確認したキャップが駆け寄り、俺たちもそれに続く。
「なんでこんな時に出歩いていやがる!?」
語気を荒げたヤマが詰め寄る。
それに態度に少し怯えながら椎名と呼ばれた女の子は答えた。
「み、みんな、この花、さ、咲くの楽しみだって……でも嵐来たから、その……」
「聞いてたのか」
「お前関係ねーだろ、危ないからけーれ!」
珍しく呆れたように呟くキャップと、自分たちを棚に上げ帰れと促すガク。
「というか、よく今まで無事だったよね」
ヒロが安心したように呟いた。
椎名と呼ばれた子をどうしようかと考えていたが、キャップが最初に声を上げた。
「まあいい、今は手伝え! 人手は多い方がいいし、今ひとりで帰ると逆に危険だぜ」
キャップの言葉に全員が同意する。
「姉さん、兄弟、守る人数増えたけど……」
「川神百代だぞ私は」
心配するように言葉を掛けてきたヤマに、モモは問題なしとばかりに名前を言い、俺は安心させるように笑って頷いた。
俺たちは、だんだんと強くなっていく雨風の中、花弁が吹き飛ばされないようにビニールで覆ったりして花を保護した。
周りから飛んでくる色んな物は、基本は俺が、作業中はモモが、それでも間に合わない時はヒロが前面に出て叩き落としていった。
そのお陰もあってか、特に危険な事なく素早く作業をこなす事が出来た。
作業が終わり帰ることとなり、まずは女の子であるカズと椎名という子を先に送る事にする。
本来なら分散して帰るのが効率がいいだが、この台風の真っただ中、何が起こるか分からないので全員が一纏めになって行動する。
その後タク、ガク、ヒロ、キャップ、ヤマの順に家に送ってから、俺とモモは川神院に戻った。
余談ではあるが、俺もモモも鉄心さんに無断で嵐の中外出したことがバレて、文字通り『死にたくなる』ほど怒られた。
次の日。竜舌蘭は黄色の花を見事に咲かせていた。
必死になって守って、半世紀近く待たせたわりには凄く綺麗な花ではなかったが、みんな50年に1度ということに感慨深い何かを感じたのは間違いなかった。
「ほら、写真撮るんだろ。パシャリといくわよ」
写真を取る役を頼んでおいた麗子さんが、カメラを構えて声を掛けてきた。
その時、遠くでこちらの様子を窺っていた椎名という子に気付いたキャップが、ヤマに連れて来るように命令する。
渋々ながらもヤマはその子を連れてきた。
椎名という子を入れて9人。俺たちはそれぞれの格好で竜舌蘭の前に並び写真を取った。
そしてまた次の花が咲くであろう50年後、今と同じ格好でもう1度写真を取ろうと約束をしたのだった――
あとがき~!
「第9話終了。あとがき座談会、司会の春夏秋冬 廻です。今回のお相手は――」
「お久しぶりですこんにちわ、篁緋鷺刀です」
「2話あとがき以来の登場となりましたね。さて今回のお話は前回あとがきでも言った通り、竜舌蘭防衛エピソードを書き上げました」
「原作である『マジ恋』のある意味で根幹になるエピソードですね」
「その通り! と言いつつも最後はかなり詰め込みになってしまったのは反省」
「どうしてあんな風になったんですか?」
「とりあえずは1話で纏めようとしたんだけど、そうすると意外に長くなっちゃうと途中で気付いたんだ。その理由が会話文が多いということ」
「会話文ですか?」
「そう。原作は画面があるから会話テキストだけでもいいけど、これが文表示になると描写文章も書かなくちゃいけなくなるから結構膨大になっちゃったんだ」
「ああ、なるほど。納得です」
「だから削れる会話は削って、防衛翌日のシーンはエピローグ的な形にしたという訳」
「でもそれって……2話に分て書けばよかったんじゃないんですか?」
「それだけは言わないで!!」