――2002年 8月31日 土曜日 PM11:20――
あと40分で今日1日が終わる。
私は部屋でひとり窓の外を眺めながら今日1日の事を思い返していた。
楽しかったといえば確かに楽しかった。
夏休みの宿題の残りをやるという余り面白いものではなかったが、いつものメンバー(タカは旅行のためいなかったが)で集まってやれば、嫌な宿題もそれなりに楽しく出来たと思う。
まあ、キャップとガクトにしてみれば地獄だっただろう。
なんせあのジンと大和がコンビになって徹底的に監視していたのだ。この私ですら心の底から同情した。
だが同時に自業自得なため手助けする気はさらさらなかったがな。
その後もみんなで一緒に素麺を食べ、午後からは勉強をしているキャップたちをしり目にゲームに興じる。夕食もジジイの許可をもらい門下生と一緒になって食べた。
そしてジンが仕掛けたサプライズ的な花火。
旅行に行っていたタカも呼んで、風間ファミリー全員で花火。
手でやる花火だったから、打ち上げほど凄さはなかったが、それでも楽しめた。
最後の線香花火まで楽しく勝負が出来たのは、きっとみんなこの仲間たちと一緒にいる事が本当に心地良いからだと断言できる。
去年以前では考えられないほど楽しい夏休みとなった。
だが、私の心は晴れなかった。
今日、8月31日は私の誕生日だ。
もちろん、晩飯のときに川神院一同で誕生日を祝ってくれたし、仲間たちも今日が私の誕生日だった事に驚いてはいたが、ちゃんと『おめでとう』と言ってくれた。
しかも明日になってしまったが、私に誕生日プレゼントをくれると言っていたし、私もそれを楽しみしている。
確かに嬉しかったし楽しかった。
それでも晴れやかにならない私の心。
理由は分かっている。
ジンから誕生日を個人的に祝ってもらえなかったからだ。
別に去年まで個人的に祝ってもらえていた訳じゃない。
ジンも川神院のみんなと一緒になって祝ってくれていたし、去年まではそれでも十分に嬉しかったし満足していた。
今年もちゃんとみんなで祝ってくれたし、『おめでとう』とちゃんと言ってくれた。
でも、今年からはどうしてもジン個人に、みんなとは別に『おめでとう』と言って欲しかった。
理由はある。
もう認めている。
自分の心に見て見ぬふりはもう限界だ。
私は――暁神が好きなんだ。
きっかけは間違いなく、あの初めての勝負。
私に勝ったという事実が、初めて私がジンを“家族”ではなく“ひとりの男”として意識する事に繋がったのだ。
そして私の願いで呼び捨てにする事と口調を変えた事。
その変化が、私の心に爆発的に暁神という存在を広げていった。
あの2週間、私は寝ても覚めてもジンの事ばかり考えていたかもしれない。
それでもその感情の正体が分からなかった私は、心の中に広がる感情に見て見ぬふりをしていた。
この感情に気付いたのは昨日の晩。
昨日の夜、話があるとジンが部屋に来たとき、私は期待していたのだ。
ジンが個別に私の誕生日を祝ってくれるんじゃないかと――
だが結果はみんなが集まるから宿題を終わらせようという話だけ。
そのときの気持ちの落胆が、自分が思っていた以上のものだった。
なぜ自分がここまで落ち込んでいるんだと考えた時、私の中に潜んで見て見ぬふりをしていた感情が、一気に表に出てきた。
その瞬間、私は自分がジンが好きなのだと自覚したのだった。
今日が終わるまであと30分。
毎年と変わらない私の誕生日がもうすぐ終わる、そう諦めかけていた時だった。
「モモ? まだ起きてる?」
部屋の入り口である襖の向こうから、ジンの声が聞こえてきた。
びくりと震える体と早鐘を打つ鼓動。
顔全体に血の気が集まって顔が赤くなってきているのを自覚する。
落ち着け! いいから落ち着け私!
いや! 落ち着けというのは無理だろ!? 私!
混乱する頭の中。
さっきまで好きだと考えていた奴からいきなり声を掛けられたのだ、落ち着けるわけがない。
「モモ? 寝ちゃったのか?」
しまった! いつまでも返事しないから寝てると勘違いし始めた!
「起きてるぞ」
震わせる事も、張り上げる事も、上ずらせる事もしなかった自分の声を褒めてやりたい。
「遅くに悪いな」
襖を開けて1歩部屋に入って私を見るジン。
おかしなところはないはずだ。
鼓動の速さはどうにもできなかったが、赤くなった顔はなんとか元に戻した。
「どうした? キャップたちの監視をしてるんじゃないのか?」
「今は休憩中。あの後からぶっ続けで2時間以上やってたからな」
なんとか普段通りの会話を心がけようと必死にいつも通りの声音で話す私に、ジンは気付いた風もなくいつもどおりの声音で答える。
「しかし、かなり容赦のない事をしたな」
「明日が休みだからといって後回しにしたら、絶対やらないだろうからなあの2人は」
呆れたように言うジンの言葉に、私の心は段々と落ち着いていく。
好きと自覚した。
心が落ち着かない事もある。
でもジンと話したり、ジンの隣にいるとなぜか逆に心が落ち着いていく時がある。
今がまさにその時だった。
「ところで、なんか私に用があったのか?」
「ああ、ちょっとだけ時間もらってもいい?」
「別にかまわないが……」
「じゃあ中庭に出ようか」
そう言って廊下を横切り中庭に出るジン。私もそれに続く。
これって、期待していいのか?
ジンの後姿を見ていると、先ほど振り払った期待がまた膨らんでくるのが分かる。
「それで? どうしたんだこんな時間に」
少しだけドキドキしながら私から言葉を掛ける。
私の言葉に振り返り少し困ったように髪を掻いたジンは、区切りをつけるように短く息を吐き、ズボンのポケットから何かを取りだした。
そんなジンの行動に、私の鼓動はどんどん速くなっていく。
「今更、急に今年からこんな事すると変に思われるけど……」
そんなジンの言葉に、私の鼓動はどんどん速くなっていく。
「でも悪い事じゃないから、やろうと思ったんだ」
そう言うと私の方に向かって歩いてくる。
そして私の目の前で止まると、手にしていた小さな袋を差し出してきた。
その袋は小さいながらも、きちんとプレゼント用にラッピングされていた。
「遅くなっちゃったけど、誕生日おめでとう、モモ」
瞬間、私の頭はある意味で真っ白になった。
周りの色も、音も、何もかもがなくなり真っ白な世界に立っているような感じだった。
でもそれはほんの一瞬で、私は直ぐに気を取り直す。
まともな思考はまだ働いてくれない。
ほぼ反射的に手を出して差し出されたプレゼントを受けった。
この行動が出来た事に私は自分を褒めてやりたかった。
「あ、開けてもいいか?」
少し声が震えていたのは許してほしい。
平気そうに見せてるが、実は心も頭もいっぱいいっぱいなのだ。
頷いて答えるジンを見て、私は震えそうになっている手に力を入れて袋を開ける。
覗きこむと小さなものが入っていたから、袋を逆さにし右の掌の上にそれを落とした。
そこには四つ葉のクローバーの形をした小さなブローチがあった。
何も言わずじっとブローチを見る私に、ジンは慌てたように言葉を発する。
「いや、何にしようか悩んだんだけど、さすがにネックレスやブレスレットは高いし、髪を伸ばそうと言っていたけど、今髪留め贈るには早いし、だから小さいけどブローチにしたんだけど……」
段々と声が小さくなっていくジン。
私はまだブローチをじっと見ている。
私が黙ったままでいるのには理由がある。
赤くなった顔をなんとか元に戻そうしているのだ。ジンには悪いがもう少し待ってほしい。
「モ、モモ?」
数分経ち、さすがに黙ったままの私に不安になってきたのか、ジンが小さな声で問い掛けてくる。
「ジン」
やっと顔が元に戻った私は、ジンの問いかけに名前を呼ぶ事で答え、顔を上げる。
視界に入った少し困った顔のジンがおかしくて、私は思わず小さな笑いを漏らしてしまった。
私はその笑顔のままジンに言う。
「ありがとう、とてもうれしいぞ」
急に笑い出した私を不思議そうに見ていたが、その言葉を聞いたジンは安堵したように息と吐くと、私と一緒に笑い出したのだった。
そして、手の中のブローチを壊れ物のように優しく包むと、私はありったけの笑顔をジンに向ける。
「これ大切にするからな」
ジンの顔が赤くなっていくのが目に見えて分かる。
私をあれだけドキドキさせたんだ、少しぐらいは意趣返ししてもいいだろ? ジン?
日付が変わるまであと5分。
2002年8月31日土曜日PM11:55分。
今日この年のこの日のこの時間は、私にとって一生忘れられない誕生日になった。
あとがき~!
「第11話終了。あとがき座談会、司会の春夏秋冬 廻です。今回のお相手は――」
「か、川神百代だ……」
「何やら恥ずかしがっております。今回のお話の語り手にして主役、川神百代ちゃんです」
「ちゃん付けで呼ぶな!」
「いや~乙女してますね? 百代ちゃん」
「う、うるさい!」
バキッ
「痛っ! 照れててもやっぱり力で訴えてくるのね君は……」
「もういいからとっとと進めろ!」
「はいはい。さていきなりですが今回のお話、実は予定になかったものでした」
「どうしてだ?」
「本来なら、クリスマスや正月などの時事ネタをやるつもりだったんだけど、前回のお話を書いている途中で、8月31日が君の誕生日だという事に気が付いたんだ」
「なるほど、だから急に決まったという訳か」
「そう言う事。最初は閑話的に仕上げようと思ったけど、閑話にしては長いし本格的になっちゃったので、本編として追加したわけ」
「理由が分かったところで、私はお前に言いたい事がある」
「え、なに?」
「前回の話を書いているときに私の誕生日を思い出したと言ったな? つまり、お前は私の誕生日を忘れていたということだな?」
「あ……」
「では作者。あっちでお仕置きタイムといこうか?」
「た、助けてぇぇぇぇ!!」