真剣に私と貴方で恋をしよう!!   作:春夏秋冬 廻

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第13話投稿


第13話 孤独な心、少女とイジメ

――2003年 4月22日 火曜日 PM5:30――

 

ふらっと1人で原っぱに足を運んだ。

 

そのままなんとなしに竜舌蘭が咲いた場所まで歩いて行く。

 

「あ」

 

「……あ」

 

そこに、彼女はいた。

 

夕方、まさに陽が落ちる刹那の時間。誰もいないはずのデッドスペース。

 

俺たちは2人で偶然に出会った。

 

お互いに何も話すことなく無言。

俺は何を話せばいいのか分からなかったし、彼女は積極的に話しかける方じゃない。でも、明らかに彼女はこちらを気にしていた。

 

「……なんか、用?」

 

その雰囲気に耐えられなくなった俺は、自分から声を掛ける。

誰もいない原っぱはやけに広く感じられた。

 

それでも答えず何もしゃべらない彼女。

そんな彼女に俺は以前から気になっていたい事を聞いた。

 

「……小説……芥川とか読んでたけど、好きなんだ?」

 

以前、教室で何となく視界に入った彼女が読んでいた本は、俺が読んでいた本と同じだった。

それから少し注意して読んでいる本を見てみると、結構同じ本を読んでいる事に気付いた。

 

話が合いそうだ。

 

そう思った瞬間、俺の中で彼女がイジメられている事に、何か思うところが出来たのだった。

 

「……うん……直江くんも読んでたよね」

 

「ああ俺も好きだ。日本のがいい」

 

「……私も」

 

会話が続いた。

読んでいる本の趣味で、話が合ったのだ。

 

気が付けば少しの間、話し込んでいた。相変わらず彼女の暗い感じは払拭出来なかったが、深い知識と知性、落ち着いた雰囲気は嫌いではなかった。

 

「ここに咲いた花の前で写真撮影したよな」

 

竜舌蘭の時の事だ。

 

「……うん」

 

彼女も覚えていたらしく小さく頷く。

 

「あの時なんでここら辺をウロついていたの?」

 

「……楽しそうだなって。だから……話せればなって。直江くん……読んでる本の趣味同じだって分かってて」

 

恐らく図書室で借りた本の貸し出し履歴のカードを見ていたのだろう。

 

完全な孤独というのはどれだけ辛い事なんだろうか。

俺にはそれが分からないし、彼女はそれに慣れたものだと勝手に思い込んでいた。

 

彼女は、仲間に入りたいのだろうか?

 

たぶんそうなのだろう。

でも今の俺にはそれに答える義務も、答えてやる権利もない。

 

「もう完全に陽が暮れた……帰る」

 

「……うん」

 

そして俺はこの後、最低な事を言った。

 

「じゃあ帰るけど……椎名、学校では話しかけてこないでくれよ」

 

それでも彼女は頷き、ここで、誰もいない時なら話してもいいというふざけた条件なのに、彼女はとても嬉しそうに頷いたのだった。

 

 

 

          §  §  §

 

 

 

椎名京。

 

彼女の名前。

 

いつからイジメられていたのかは覚えていない。

俺が椎名京という人物を認識した時には、既に同学年ほぼ全ての人間にイジメられている奴と認識されていた。

 

じゃべらないし暗い。何を考えているか分からないから気持ち悪い。

 

小学生とは残酷で、一度イジメの標的が決まると、自分がされたくないためその標的を生け贄に自分の気持ちを正当化する。

 

発端は椎名京に責任はなく、親の仕出かした事らしい。

 

初めは直接的な暴力が振るわれてようとしていたが、椎名京は実家で武道を習っているため強かった。だからイジメは間接的なネチネチしたものに変わっていく。

しかもそれに椎名京が反応しないからさらにエスカレートしていった。

 

そんな椎名京と今年の春、5年生になって初めて同じクラスになった。

 

この時、俺と同じクラスになったのはガクトだけ。キャップとモロと兄弟が3人、ワン子も1人だけ違うクラスになった。

 

竜舌蘭を守った時から少し時間が経過していたため、俺とガクトの椎名京への認識は普通のイジメられっ子に戻っていた。

 

同じクラスになったと分かった時に嫌悪する言葉を言った俺とガクトに、兄弟は珍しく怒りをもって俺たちを窘めた。

 

だがそんな兄弟も椎名京については何も言わなかった。

 

1度その事を問いただしてみたのだが兄弟は言う。

 

『助けを求めているのなら助けるべきだろう。でも彼女は何も言わない。耐える事が偉いと思っているのか、それとも本当に言い出せないのか。でも何より俺たちは彼女をよく知らない。それなのに自分自身の自己満足で彼女を助けても、それは彼女のためじゃない。それはただの自分の利己主義(エゴイズム)だよヤマ。助けたいと思うならまず彼女を知ることだ。そして覚悟をすることだよ』

 

クラスの椎名京への待遇は既に決められていた。

 

基本的に女子からは完全にシカト。男子が物を隠したり机に落書きしたりする間接的なイジメ。

そして何より椎名京自身を病原菌に見立て、それを汚いモノと扱う精神的な嫌がらせ。

 

クラスメイトになった事でイジメの酷さを知った。

 

そして俺に出来たのは、せめて参加しない事だった。

 

 

 

          §  §  §

 

 

 

――2003年 4月30日 水曜日 PM6:00――

 

今日も仲間と原っぱで遊んだ。

 

ふと気になり、竜舌蘭が咲いていた場所に視線を向ける。

 

そこに彼女はいた。

 

何をするでもなくそこにじっと座っていた。

 

この間の約束通り、みんながいる時に彼女は話しかけてはこなかった。

 

少しだけじっと見ていると、彼女と視線が合った。

それでも彼女は挨拶をしたり手を振ったりしてこない。

 

空気を呼んでいるんだ。

 

約束を守っているのだ。『ここで、誰もいない時なら話していい』なんて俺が一方的に保身のために言い付けた約束を。

 

居た堪れなくなって視線をそらした。

 

自分の中に生まれた『何か』が少しだけ蠢いたような気がした。

 

結局その日は帰るまであの場所を振り返る事が出来なかった。

 

俺がどうしていたのかに気付いていたのか、別れ際に慰めるように頭を軽く叩いた兄弟の手に、幾分か救われたような気がした。

 

 

 

          §  §  §

 

 

 

1度だけ椎名京のイジメの現状をワン子に話した事があった。

 

同じ同学年の女子としてどう思うのか聞いてみたかったのだ。

 

『……どう思うよワン子』

 

『よくないわよーなんでそこまで意地悪するの?』

 

ワン子は率直な素直な感想を述べた。

素直な性格のワン子にしてみればやっぱり許せるものじゃないらしい。

 

『他のクラスだとそこまでひどいって分からないね。アタシも大和に聞くまでどんなふうにされていたのか想像もつかなかったもん』

 

やっぱり同じクラスになる事で見えてくる残酷な部分はあるらしい。

でも実際目撃していないワン子の言葉は、どこか信じがたいといった感じだった。

 

『うーん……アタシ、声かけてみようかな』

 

『やめとけ。100%お前まで無視される』

 

間髪入れずにガクトが止めさせる。

それがワン子のためを思っての言葉だとこの場にいる俺と兄弟も、そしてワン子もちゃんと分かっている。

 

『でも、アタシには大和たちがいるしさ』

 

『俺様たちとは別に、女子との友達関係も大事だろ?』

 

『んー』

 

それでも食い下がろうとするワン子にガクトは諭すように言う。それを見かねたのか、さっきから黙ったままだった兄弟がワン子の頭を撫でながら優しく話しかけた。

 

『カズ。ここはガクの言葉に頷いておけ。見過ごせないと思うけど彼女に対するイジメはもうクラスだけじゃなく学年全体に広がってる。ヤマとガクのどちらかが声を掛けたなら残りの1人がフォローする事が出来るけど――』

 

そこでいったん言葉を切った兄弟は俺とガクトの方に視線を向ける。

ガクトは不機嫌そうにそっぽを向いてたが、俺はなぜか気まずくなりうつむき視線をそらしてしまった。

そんな俺たちの態度に柔らかく息を吐いた後、再びワン子に話しかける。

 

『でも他のクラスのカズはダメだ。さっき言ったように学年全体に広まっているから、ガクが言ったように他の女子友達にカズが無視されるのは間違いない。キャップもタクも俺も他のクラスだからカズをフォローできる仲間が1人もいない。そんな状況になると今度はカズがそのクラスでのイジメの標的になる』

 

兄弟の言葉にその状況を想像したのか、ワン子は泣きそうな目をしていた。

ワン子を慰めるように、より一層優しく撫でる兄弟。

 

結局、具体的な対策は出せずにいた。

 

 

 

          §  §  §

 

 

 

――2003年 5月13日 火曜日 PM6:00――

 

俺と彼女の関係は少し進んでいた。

 

時々原っぱの夕暮れ過ぎに会うようになる。

俺は自分の都合で時々だったが、この間の事を考えると分かるように彼女は毎日来ているようだった。

 

彼女と話すのを誰かに見られる訳にもいかないし、彼女も俺との約束を破るような行動は取ってこない。

 

俺としては仲間を巻き込むわけにはいかない。

 

だから、話す時は原っぱの奥の方で会った。

 

「それで、この話がね……」

 

「渋いの選ぶね。でも俺もそれ好きなんだよ」

 

話自体は本を中心に結構弾んだ。

 

「あの話でも作者の意図が分からない」

 

「あれはたぶん、メタファーだと思うの」

 

俺が驚くほど彼女は頭が良かった。

そんな頭のいい彼女は、やっぱり全てを察していたのだろう。

 

話せて嬉しいから何も言わなかった。

俺に話しかける時もやっぱり仲間がいなくなるまで待っていた。

 

本当に空気が読める奴だった。

 

だからこそ、俺は彼女のイジメに対して無力な自分がなぜかやるせなかった。

 

学校では彼女と関わらず、イジメに対しても肯定的でも否定的でもなく、それでも巻き込まれた時は出来るだけ彼女の見ていないところで。

 

気まずくて教室に残れなかった時、やっぱり慰めるように頭を軽く叩いた兄弟の手に、幾分か救われたような気がした。

 

 

 

          §  §  §

 

 

 

ある日、クラスで川の魚を飼育して命の観察をする事になった。

 

誰もやろうとしない飼育係に立候補したのは椎名京だった。

 

以前に飼っていた猫がどこかに行ってしまったと言っていた。

猫の代わりにはならないだろうが、せめてもの気晴らしのつもりだったのだろう。

 

博識な椎名京は、完璧な魚の飼育を始めた。

 

ヒーターでの管理が必要と判断すると担任教師に進言し、水槽内の状態を保つために無理のない手入れを欠かさず行っていた。

 

でもひょっとしたら、イジメっ子たちはその魚に何かをするかもしれない。

 

そう考えていた椎名京は常に警戒をしていた。

 

だが拍子抜けしたかのように魚には全く関心を示さなかった。

イジメっ子たちにとって椎名京をイジメるのにそれは関係がないようだった。

 

一生懸命な椎名京の飼育のおかげで、水槽の中の魚は順調に育ち増えていった。

 

魚に餌を上げる椎名京。

 

その時の笑みを見た俺は、素直に優しい横顔だなと思った。

 

 

だからこそ、その後に起きた事件が俺の中に生れ始めていた『何か』を一瞬にして芽吹かせたのだった。




あとがき~!

「第13話終了。あとがき座談会、司会の春夏秋冬 廻です。今回のお相手は――」

「直江大和です」

「3話あとがき以来の再登場。原作主人公くんです。さて今回のお話ですが、前回のあとがきで予告した通り、京のファミリー加入話です」

「全体的にどシリアスだな」

「ギャグ入れる隙なんてなかったよ、ホントに」

「しかしなんだ、兄弟のセリフ。あれはどう見ても小学5年生のセリフじゃないだろ」

「あれはね、なんていうかイジメを解決するために必要な心構えと覚悟を作者なりに考えた結果のセリフだね」

「原作にないキャラだから作者の思いを投影したって事?」

「まあそう言う事。でもあんまり深く考えないでね。こう思っているって断言してるわけじゃないから。あくまでもこういう考えがあるんだよって事で」

「逃げ道必死に探してないか?」

「少しわね……さて急に話は変わりますが、今回のお話の中で京の呼び名に関する表記はある一定のパターンがあります」

「パターン? そんなのがあるのか?」

「まあ簡単だからすぐ分かると思うけどね」

「ふぅん、それでこの事件はあと何話続くんだ? 前回あとがきで1話では終わらないって言ってたけど」

「3話構成。だからあと2話だね」

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