真剣に私と貴方で恋をしよう!!   作:春夏秋冬 廻

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第14話投稿。

子供ってある意味残酷だよね。


第14話 孤独な心、大和の覚悟

――2003年 6月5日 木曜日 AM8:15――

 

その騒動は俺が登校した時にはすでに始まっていた。

 

「うわ! なんだこいつは!? クッセー!」

 

誰かが大声で叫び、それに便乗するかのように騒がしくなる教室。

何か嫌な予感がした俺は急ぎ足で教室に入った。

 

そこには水槽の前で呆然とする彼女と、騒ぎながらも面白そうな顔で彼女を取り巻く数人のクラスメイトたち。

 

その後ろからどういう状況なのかを確認するために覗きこむ。

 

水槽が白く濁っており、周囲には異臭が放たれていた。

原因は直ぐに分かった。彼女が飼育のために取り付けたヒーターが壊れて水槽内の水を熱湯にしてしまったのだ。

 

「そ……そんな……」

 

周りを気に掛ける余裕もないのだろう。彼女は呆然と水槽を見詰めたままだ。

 

水槽の中の川の生き物たちは全滅し、小さな生態系も完全に崩壊していた。

 

彼女を囲う児童達の中から『椎名菌』の単語を含めた言葉が飛び交う。

最初に言いだしたのは男子の1人だが、なぜか男子よりも女子の声が多い事に気になった。

 

クラスの女子がやったのだろうか?

 

今まで直接的にしろ間接的にしろ彼女に嫌がらせをするのはもっぱら男子だった。女子は彼女の存在をないものと考え、イジメるにしろ遠巻きに陰口をたたくのが殆どだった。

 

「そんな……ヒーターが壊れるなんて……」

 

子供が1人で持つには少し大きい水槽を、彼女はフラフラしながらも運び教室を出ていった。

 

基本学校では関わらないと決めていた俺は、去っていく彼女の後姿を遠巻きに見る事だけしかできなかった。

 

でも疑問に思う事はやめられない。

ヒーターが壊れるなんておかしいと思った。

彼女が魚の世話を始めてからまだ1ヶ月経つか経たないかぐらいしか時間が過ぎていない。

いくらなんでもヒーターが壊れるのは不自然だ。

 

博識な彼女がヒーターの操作を間違うはずがない。

なにより、彼女が帰りに教室を出る時に水槽の温度をチェックしてるのをたまに見かけていた。彼女の性格から恐らく毎日やっているであろうと簡単に推測できた。

 

そんな彼女が昨日に限って毎日やっていた事を疎かにするとは思えない。

 

原因は別にある。そう思った時だった。

 

「ふふっ、ショック受けてたね、やっぱり。でもナイスアイデアだったわ。情を移させて心の拠り所にしてからコロスの」

 

「つかさ、クラスのペット死んだだけでショックとかキモイ。死んでほしい」

 

「ね? 代わりを捕まえてくりゃいいじゃん。リセットボタン押したノリでさ」

 

教室の隅で遠巻きに見ていた3人の女子の会話が聞こえてきた。

 

直感で分かった。この3人がやったんだ。

 

そういえば昨日の帰り道、兄弟が言っていた。

 

『ヤマのクラスって魚の世話してるだろ? 世話係の女子、熱心なんだな。1人残って水槽をあれこれ触ってたぞ』

 

俺はこの兄弟の言葉を聞いてその女子が彼女だと思っていた。

 

でもなんであの時に気が付かなかったのだろう。それが彼女なら、兄弟はわざわざ『世話係の女子』とは言わずに『あの子』と俺でも分かるような言葉で言うはずだ。

 

またしても俺の心の中の『何が』が大きく蠢いた。

 

俺はしばらくして彼女を探しに教室を出た。

 

「お、大和じゃん? どうした?」

 

「ワリィ、急いでるんだ」

 

教室を出て直ぐに声を掛けてきたキャップに断りの言葉を告げ廊下を早足で歩く。

 

その俺の後姿を兄弟が見ているのに俺は気付かなかった。

 

 

彼女はグラウンドの片隅にいた。

 

「ごめんね……ごめん……」

 

グランドの土を両手で一生懸命に掘り、墓を作っていた。

 

「し、椎名……」

 

ああ、まただ。また蠢く。

心の中にある『何か』が、彼女のこんな姿を見る度にざわめいている。

それが何なのか分からない俺は、彼女に言葉を掛けようとしても声が出ない。

 

「お、直江くんもいた! 一緒にやる?」

 

そんな俺に声が掛けられた。

振り向いて見るとそこに10人のクラスの男子がいた。

 

「何を?」

 

「椎名泣かせゲーム。あいつ泣かした奴が勝ち」

 

「俺は……」

 

「つか、俺たちの中で賭け成立してるし、悪いけど直江くんはジャッジでよろしく」

 

答えを詰まらせた俺を無視して話は決まってしまった。

面白そうな笑みを浮かべたまま男子たちはしゃがみ込んだままの彼女に近付いた。

 

「あーあ、椎名お前のせいで魚死んだぞ」

 

「違う!! 誰かがヒーターを!!」

 

自分のせいじゃないと分かっている彼女は必死に言い返す。

 

「それでもさ、お前が飼育しているからだろ? イジメられてるお前が飼育しなかったら、その魚は元気だったんだぜぇ?」

 

「つまり椎名菌っていうのは、本当にあるんだよ」

 

「ねぇ、それでお前何で生きてるの? 死ねよ。関わってる奴不幸になるよ? 椎名菌で。よく考えて、自分に存在意義がない事を」

 

次々に捲し立てるように言い寄られ、言葉が出なくなる彼女。

そんな彼女を取り囲んでいた男子たちは手拍子を叩きだした。

 

――死ーね 死ーね 死ーね 死ーね 死ーね 死ーね 死ーね――

 

その光景に以前『椎名京を自殺させる会』なんてものがあったのを思い出した。

 

心の中がざわめく。

どんどん大きくなっていく『何か』。

 

 

「うぅぅ……あぁぁっ……あ、あぁあ、ああ……っ!」

 

 

そして泣いた。

 

彼女が泣いた。

 

今までどんなに酷いイジメをされていても、泣き言ひとつ言わなかった彼女が、初めてその弱さを人の前でさらした。

 

その瞬間、自分の中の『何か』の正体に気付いた。

 

それは『怒り』だ。

 

イジメていた奴らに対してじゃない。

イジメを我慢していた彼女に対してじゃない。

 

イジメの事実を知りながら、耐えてる彼女が本当は辛い事を知りながら、それでも何もしなかった自分に対しての『怒り』だった。

 

男子の1人が何か言うが無視して言葉を吐く。

 

「俺が泣かせた……気付いていたのに……見て見ないふりして、ニヒル気取って、我が身可愛さにっ! こんな状況になるまで俺は!!」

 

そんな中で父の言葉を思い出す。

 

『もし助けるなら覚悟が必要だ。自分も被害を受けるという覚悟がね。中途半端が1番いけないんだよ』

 

 

覚悟は出来た。

 

 

俺は思いっきり地面を蹴り彼女――椎名京の前に立ち、そしてクラスメイトたちに振り返る。

 

「みんなもう止めよう。本当に自殺してしまう」

 

俺の言葉に反発が上がる。

それでも根気よくイジメを止めるように説得する。

出口のない迷路を彷徨うような言葉の応酬が続く。

捲し立てはやし立てるような口調の男子たちに、俺は冷静に落ち着きながら言葉を返し続ける。

 

埒が明かない。

 

男子にとって椎名京をイジメて周りを楽しませる事は、既にクラスでは1つのステータスになっているのだ。さらにせっかく手元にある苦痛の伴わない娯楽をなくしたくないのだ。

 

集団心理の1つ。

 

誰か1人を犠牲にして自分たちが優位に立ちたいんだ。

 

「こいつも椎名菌にやられたんだ!」

 

「なに?」

 

言い合いの中で1人の男子が声を荒げた。

 

「帰ってクラスのみんなに言いふらすぞ! 直江も椎名菌にやられたって! きっと直江のつるんでる仲間たちも椎名菌に――」

 

問答無用で殴りつけた。

 

その言葉だけは駄目だった。

俺に対してだけ罵るなら別に我慢すれいい。

 

だけど、仲間を侮辱するような言葉だけ許せなかった。

 

「お前……今何て言った?」

 

腕を捻り上げる。いつも姉さんにやられているから仕掛けるのも慣れたものだ。

 

「仲間を巻き込もうとしたのかオイ。ああ!?」

 

悲鳴を上げるのを無視してさらに力を込める俺を、誰かが後ろから叩く。

仕返しに頭突きをかます。怒りをあらわにした瞬間、さらに蹴り飛ばす。

 

連鎖反応的に怒りを露わにした男子たちが、俺を囲うように広り始めるのを確認すると、俺はその場を離れるように駆け出す。

 

弱い奴は囲まれるなと姉さんと兄弟に言われている。

そして先頭で追っかけてきた奴を振り向きざまに拳を入れる。

 

それでも限界がある。

人数が多い男子たちは俺が1人を殴った隙に俺を取り囲んだ。

 

俺1人に対して相手は10人。

 

ボコられるの決定かな、と思った瞬間。

 

「様子が気になって探してみれば喧嘩中とはな!」

 

囲んでいた男子の1人を蹴飛ばし、その男は風のように登場した。

 

「助太刀参上! ずるいぞ大和、俺も混ぜろ!」

 

「そう言うことだ。仲間のピンチは俺たち全員のピンチだからな」

 

キャップの言葉に同意したそいつは、何の冗談か囲っていた男子たちの頭上を飛び越えて俺の隣に降り立った。

 

「さてここは理由を聞いておくべきなのかな?」

 

「理由はいらん! 俺たちは大和の側につくだけだぜ!」

 

キャップと兄弟が来たのならこちらが負ける事はない。

あっという間に囲んでいた10人を叩きのめした。

 

「イェーイ! 20の経験値を得たってところか」

 

キャップがバク転して勝ちポーズを取っていた。

そんなキャップを呆れたように見ていた兄弟は、俺の頭を軽く叩くと、今度は背中を押して俺を椎名京の前に押し出した。

 

「椎名さん……涙拭いて」

 

「……直江くん……」

 

少し躊躇ったが慰めるように抱き締める。

なにやらキャップの驚いた声が聞こえるが、それを無視して腕の中の椎名京に言葉を掛ける。

 

「今まで……ごめんね。でもこれからは大丈夫、俺がいる」

 

小さく身体を震わせる椎名京。

 

「もうイジメはさせないぞ!」

 

俺のその言葉に強張っていた力を抜き、少しだけ俺にもたれかかった。

 

俺たちの2人を眺めていた兄弟は、隣にいたキャップに現状の説明をしている。

 

「あーそれ関係か。なんか可哀想だったもんな」

 

あっさりと言うキャップは、やっぱりワン子と同じ素直で率直ん感想を述べた。

俺はキャップに向かってかねてから思っていた事を問い掛ける。

 

「ファミリーに加えられないかな?」

 

それにいち早く反応したのは兄弟だった。

 

「覚悟……決めたのか?」

 

「ああ」

 

多く語らなかった兄弟に、俺も短い返事で答えた。

 

「俺はいーぜ」

 

キャップは俺の問いに、こっちが拍子抜けするほどいともあっさりと答えた。

なんだか悩んでいた事が馬鹿らしく感じるのは、きっとキャップのキャップたる凄さなんだろう。

俺には一生真似する事が出来ないと思った。

 

「自由に生きる男、風間翔一だ! よろしくな!」

 

椎名京にフレンドリーに手を伸ばすキャップ。

手を出された意味が分からず、呆然とキャップと差し出された手を見る椎名京。

 

「握手だよ、あーくーしゅ!」

 

「本当に周りを気にしないな、俺たちのキャップは」

 

戸惑う椎名京と焦れて手を出した意味を言葉にするキャップを眺めながら呟く兄弟の声を聞きながら、俺は仲間の説得と、この後の始末について考えていた。




あとがき~!

「第14話終了。あとがき座談会、司会の春夏秋冬 廻です。今回のお相手は――」

「直江大和です」

「前回に引き続きの登場。さて今回のお話はお題通り大和が京を助けることを決意したシーンです」

「まさか1話使うとは思わなかったぞ」

「1話もかかるとは思わなかったよ。まあ最初から3話構成で考えてたからちょうど良かったかもしれないけど」

「行き当たりばったりだなホント」

「まあ長くなるのは分かっていたからね」

「そんなもんか?」

「そんなもんだよ。会話文だけだったら1話だけで纏めらるかもしれんが、そこに場面描写、心理描写を加えるとどう考えても長くなる。だから最初から余裕をもって3話構成で考えていたというわけだよ」

「なるほど、つまり簡単な描写で読者に説明できないということだな」

「えぐって言わないでくれよ!? 実力不足は十分理解してんだから!」

「それじゃあ次回だけど」

「無視かよ。次回は京加入の話ですよ~よろしくね~」

「なんで投げやりなんだよ」

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