真剣に私と貴方で恋をしよう!!   作:春夏秋冬 廻

23 / 109
第21話投稿。

あの少年の再登場にしてついに正体が。


第21話 壊れかけの雪、少年との再会

コユキは一命を取り留めた。

 

あの後到着した救急車の中で病院に向かう途中で息を吹き返した。

救急隊員の人も到着までの心肺蘇生の行為が的確だったと褒めてくれた。

 

到着した病院のロビーにある長椅子に腰を掛けた瞬間、一気に力が抜けた。

 

コユキはいったん集中治療室(ICU)に入れられたが、医者の話では特に異常はなく、心肺停止したため一通りの検査はするが、恐らく異常は見つからないだろう、との事だった。

的確な心肺蘇生をしてくれていたお陰だと医者にも褒められた。

 

『もし』の可能性が消えなかった俺は、医者の言葉に本当に安堵したのだった。

 

救急車に乗ったのは蘇生行為をしていた俺だけ。

モモとヒロは現場だったコユキの家に、救急隊員の1人と一緒に警察の到着を待って事件の経緯を話しているだろう。

 

そうだ。鉄心さんたちにも連絡をしなきゃ……モモたちも連絡したかな?

 

そう思い、抜けていた力を入れ立ち上がるとロビーの一角にある公衆電話に向かって歩き出す。

 

「ハイ、川神院ですガ?」

 

数回の呼び出し音の後、電話に出たのはルー師範代だった。

 

「ルー師範代ですか? 神です」

 

「オー! 神! 大丈夫かイ?」

 

こちらの安否を聞いてきたという事は、連絡はいっていると考えて間違いないだろう。

思った通り、あの後すぐにモモが鉄心さんに連絡をして、鉄心さんはモモたちのいる現場の方に向かったらしい。

ルー師範代は鉄心さんの命で、俺の連絡を待っていたとの事だった。

 

「百代たちの方には鉄心様が向かったから大丈夫だと思うガ、神、君は今、病院からだと思うガ葵紋病院にいるネ?」

 

「はい……そうです」

 

「了解した。後で迎えに行くから少しの間、待ってなさイ」

 

そう言って電話を切ろうとしたルー師範代に少しだけ慌てる。

 

「あの! モモとヒロの方はどうなりました?」

 

俺の質問に一瞬答えるかどうか迷った感じだったが、ルー師範代は隠さず答えてくれた。

 

「警察の相手は数分後に到着した鉄心様がしたヨ。百代と緋鷺刀くんは門下生に葵紋病院まで送るように言ってあるヨ」

 

「詳しい事情については……」

 

「ワタシはまだ分からない。君が帰ってから鉄心様と話せばイイ」

 

「分かりました。では待ってます」

 

電話を切り、1つ大きな息を吐く。

数秒公衆電話の前で目を閉じる。と、脳裏に浮かび上がってきた余りに衝撃的過ぎた光景に、暗い感情が沸き上がってきた。

その感情を振り払うように顔を振ると、閉じていた目を開け正面玄関前のロビーへと歩き始めた。

 

到着したロビーの一番端の長椅子の端っこに腰を下ろした俺は、天井を見上げだらしなく口を開いてぼけっと座る。

 

今はあまり考え事をしたくなかった。考えれば考えるほど嫌な感情しか浮かび上がってこないからだ。

1度心を空にしないと、心が全てその感情に喰われてしまう気がした。

 

「おや? 貴方は……」

 

そうやってぼうっとしていた俺に、思わずといった感じの声が掛る。

 

聞き覚えのある声に、そちらの方を振り向いた俺の視界に入った姿は、思った通り去年の夏の日の多馬川で出会ったあの少年だった。

 

「君は……」

 

いきなりの再会で少しだけ呆然とする俺に、彼は柔らかい笑みを浮かべる。

 

「こんなところでお会いするとは、何と言っていいのやら」

 

「不思議な気分だな」

 

その笑みにつられて俺も笑顔が出た。

空にした心に少しでけ穏やかで、心地の良い気が満ちてきた。

 

「去年の出会いは一期一会だと思ったから名乗り合わなかったけど、今回のこの出会いで一期一会ではなくなったな」

 

「そうですね。ではこの出会いは何でしょうかね?」

 

「さあ? それはこれからの俺たちの行動で決まるんじゃないかな」

 

「どのような出会いになるのかは私たち自身で決める、という事ですか」

 

どこか問答のような会話の応酬に、あの時のやり取りを思い出し小さく吹き出した後2人して笑い合う。

彼は変わっていなかった。いや何か吹っ切れたような、それでいて強い決意を秘めているような雰囲気を纏っているから心境の変化はあったのだろう。

でも、彼の本質は去年のあの時のままだった。

 

「さて、それじゃあ改めて自己紹介と行こうか」

 

「そうですね。この出会いが一期一会でなくなったのなら、お互い呼び名が必要になりますからね」

 

笑い声をひそめて言う俺の言葉に彼は肩をすくめて同意する。

 

俺は右手を差し出しながら自己紹介をする。

 

「暁神。以前も言ったけど川神院居候の孤児だ」

 

「葵冬馬です。この葵紋病院の院長の息子です」

 

彼――葵冬馬も自己紹介をしながら、俺が差し出した右手に自分の手を重ねるのだった。

 

 

「それで暁くんは今日はどういった用事で病院に? どこか調子が悪いのですか?」

 

玄関ロビーの長椅子に並んで腰かけながら、お互いの近況を話しをした後、思い出したかのように葵くんは問い掛けてきた。

 

「俺の事は神でいいよ」

 

「では神くんと。私の事は冬馬で結構です」

 

「分かった」

 

「それで? 病院にいる理由はどうしてですか?」

 

お互いの呼び名を決めた後、改めて問い掛けてくる冬馬に俺は正直に答える。

 

「別に俺はどこも悪くないさ。ただ救急車で運ばれた子の付き添いで来ただけ」

 

俺の返事に心当たりがあったのだろうか。冬馬は考え込むように腕を組むとポツリポツリと言葉を発した。

 

「先ほど搬入された一時心肺停止したという女の子の事ですか? 小学6年生ぐらいの女の子で同学年の男の子が付き添いで来ていたと。何でもその男の子が救急車に乗せる前に的確な心肺蘇生法(CPR)を行ったので一命を取り留めたと看護師の方たちが騒いでいるのを聞きました」

 

結構噂になっているようだ。

容体を聞いた後すぐにその場を離れたため、その男の子が俺だと言う事はまだばれていないみたいだ。

 

「どうやら貴方は今この病院で噂のヒーローのようですね」

 

「よしてくれ。そんな柄じゃない。だから冬馬も黙っててくれな」

 

そんな俺の反応が珍しかったのか、一瞬だけ驚いたような表情を見せたが直ぐにいつもの穏やかな笑顔を浮かべ答えてきた。

 

「ええ、分かりました。せっかく新たに出来た友人の嫌がる事はしないでおきましょう」

 

「友人じゃなかったら言いふらすつもりだったのか?」

 

言外から感じ取った不穏な気配にいぶかしげに問う俺を、面白そうに見つめ口元を歪めた冬馬は肩をすくめるだけで答えた。

 

さてどうでしょうとでも言いたげだなこいつ。言いふらす気満々だったな。

 

問い詰めてやろうかとも考えたがやめておく。それよりも聞きたい事があるのを思い出し、躊躇いはあったが思いきって聞いてみる事にした。

 

「冬馬……その子、白子(アルビノ)なんだけど、知ってるよな?」

 

ピクリと小さく体を震わせる冬馬。やっぱり知っているようだった。

 

「同じ学校の同学年の子だよな?」

 

「……『白雪姫』のことですね」

 

「白雪姫?」

 

冬馬の口から出た単語にオウム返しに問い掛ける。

 

『白雪姫』ってあれだよな? グリム童話が原作で絵本や世界名作劇場とかになってるあの『白雪姫』の事だよな?

でも『白雪姫』っていいイメージだろ? 何でイジメられているはずのコユキにそんなあだ名が付けられてるんだ?

 

軽く混乱している俺に冬馬は言葉を選ぶような感じで問い掛けてくる。

 

「神くんは……彼女の境遇を知っているんですね」

 

「ああ」

 

短い言葉で肯定する。

1度心を空にしたおかげで再び暗い感情が溢れ出て来る事はなかったが、今は余り自分の口からは出したくない話題だ。でも理由を知るためには我慢しなければならい。

 

「どこで知ったのですか?」

 

「知ったというより調べたんだよ」

 

そう言って俺はコユキとの出会いと、その危うい雰囲気を感じ境遇を調べるためにここ2週間、聞き込みをしていた事を説明する。

 

「なるほど、そう言う経緯があったのですね。なら隠しても意味はないでしょう」

 

いったん言葉を切り大きく息を吐く冬馬。

 

「彼女のそのあだ名はある意味で皮肉ですよ。最初に言い出したのは女子たちです。彼女は確かに白子(アルビノ)ですが外見は綺麗で可愛らしい女の子です。それを妬んだのでしょう。結果、その外見と名前の『姫川小雪』から付けられたのが『白雪姫』です」

 

そうか。コユキの名字は『姫川』だったのか。

 

そういえば門の表札を見ていなかった事に気付いた。そしてコユキがどうして名字を言わなかったのかが何となく分かった気がした。聞けば俺も外見と名前から『白雪姫』を連想しただろう。

だからコユキはイジメに繋がる名前を、せっかく友達になった俺やヒロの口から聞きたくなかったのだろう。

 

「でもある意味でそのあだ名は効果的でしたよ。みな白雪姫の童話は知っていますからね」

 

どこか遠くを眺めながら話し続ける冬馬。

その瞳に浮かんでいる感情はいったい何だろうか? 後悔? それとも懺悔?

 

「女子たちはここぞとばかりにイジメを始めましたね。その姿がまさに白雪姫に出てくる女王そのものの、醜い姿だと気付かずにね」

 

「皮肉だな。どっちにとっても」

 

「ええ、まさにその通りです。一時期は『毒リンゴ』と称したイジメまであったそうです」

 

冬馬の言葉の中の『毒リンゴ』という単語が気になった。

普通に考えれば食べのもの中に、何かを入れるといったイジメを想像するかもしれないが、コユキの雰囲気から察するに、それは揶揄的な表現なのだろう。

 

考え至った答えに思わず確認の言葉を発する。

 

「まさかその『毒リンゴ』って……」

 

「さすがですね。ご察しの通りです」

 

つまりはミヤの時の『自殺させる会』と同じことか。

だが揶揄的な表現にしても酷すぎる。それを意味するところは『殺す』ことだ。

確かにその場のノリや勢いがあったのかもしれないが、自分の優越や快楽、愉悦のために人の『死』を連想するような言葉を使うのはいただけない。

 

「ですがイジメは去年のある日を境に止まりました」

 

「止まった?」

 

「イジメがなくなったわけではないのですが、簡単に言うと関わりたくないから無視するようになったんです」

 

「どうしてだ?」

 

俺の問いに冬馬は厳しい表情で答える。

 

「笑ったんですよ……」

 

考えもよらなかった答えに、一瞬思考が停止する。

言葉の意味を考えても理解が出来なかった俺は、呆然と聞き返していた。

 

「笑った……?」

 

「そうです。去年の夏休み以降、何をしても笑うようになったんですよ、彼女は。だからみんな不気味になってイジメを止め、関わらないよう無視することにしたんです」

 

その言葉を聞いて唐突に悟った。

それはコユキが選んだ自己防衛手段だったのだろう。“笑う”という行為を取ることで壊れかけていく心を守るための本能的な手段。

 

コユキの心はそこまで深く沈んでいたのだ。

 

学校ではイジメ。家でも母親からの虐待。

自分の居場所がなく、頼れるはずの親から逆に煩わしく扱われる。まだ小学生でしかない少女は周囲の大人に頼る術を持っていなかった。

 

その結果が壊れる前に心を閉ざす事。でも笑っていれば誰かが気付いてくれる。

 

コユキのあの態度や行動は恐らくそんな本能的な思いからのものなのだろう。

 

気付くのが遅すぎたのかもしれない。

そんな考えが頭をよぎるが、まだ俺は自分の出来る事を全てやったとは思っていない。それなのに諦めるのは無責任に投げ出すのと同義だ。

 

なら、出来る事をやろうじゃないか。

 

「冬馬、お前はコユキの家庭状況を知ってるか?」

 

「家庭状況ですか? いいえ、さすがにそこまでは」

 

まあそうだろう。いくら何でも同じ学校の同級生という接点しかない子の家庭事情など、普通は知りもしないし知ろうとも思わない。特にイジメられている子の事は。

 

「コユキは虐待を受けていたんだ」

 

そう言って俺は冬馬にコユキの家庭事情と現状を話した。

 

母親の事。生まれた時の事。今までの事。

 

そして今日病院に運び込まれた事件の事。

 

冬馬はいつもの笑みを消し、真剣な表情でずっと俺の話を聞いていた。膝の上に肘を置き組んだ両手で口元を隠し、ただじっと床を見つめながら。

 

その瞳に見えた感情は、嫌悪と同情。そして共感だった。

 

それを見て去年の会話を思い出す。そう冬馬は父親に絶望と嫌悪に近い感情を持っていた。今はそれに対して何かしらの行動を取っているように感じるが、詳しい事は聞く気はない。

 

「……子は親を選べないものですね」

 

話を聞き終わった後、数秒の沈黙の後にポツリと漏らした冬馬の言葉に、俺は言葉を返すことが出来なかった。

 

父親に絶望した冬馬。

母親に虐待されているコユキ。

そして親に置き去りにされた俺。

 

似ていないようで、どこか共感できる境遇が俺たちはあった。

 

だからこそ、俺は冬馬にコユキの家庭事情を話したのかもしれない。普通なら小学生の冬馬に話しても意味がない事だと分かっていたのに。

 

「ジン!」

 

俺たちの間の静寂を破るように、玄関ホールに駆け込んできたモモの声が響く。

声のした方を見るとモモとヒロが門下生の人と一緒に立っていた。

 

「お友達が来たようですね」

 

「そうみたいだな」

 

俺は立ち上がると体をほぐすように伸びをする。

これからコユキのところに行くのだ。暗い顔をするわけにはいかない。

 

「じゃあまたな、冬馬」

 

「ええ、また会える日を楽しみしています」

 

手を上げて挨拶をする俺に、いつもの柔らかい笑みを浮かべて頷く冬馬。

俺はきびすを返しモモたちの方へと歩みを進める。

 

だから俺は冬馬が真剣な顔で考え込んでいるのを見る事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ、まだ帰っていなかったのか」

「ええ、思いがけない再会があったもので」

「再会?」

「去年の今頃に多馬川で出会った人です」

「ああ。いい出会いって言ってたあの」

「はい。本当に偶然ですがここで再会したんですよ」

「ほぉ、俺も会ってみたかったな」

「ほんの数分前までいたんですけどね」

「間が悪いのかね俺は」

「ところで『準』。子供がいなくて困っていた先生はどなたでしたっけ?」

「なんだいきなり」

「いえ、少し気になる事がありましたから」

「気になることねぇ」

「それで?」

「ああ、内科部長の『榊原』先生だよ」

「『榊原』先生でしたか」

「何考えてんだ? 『若』」

「いえ、慈善活動的なものを少々ね。さて行きますよ『準』」

「全く唐突だな。了解した『若』」




あとがき~!

「第21話終了。あとがき座談会、司会の春夏秋冬 廻です。今回のお相手は――」

「どうもみなさん初めまして、葵冬馬と申します」

「まさかのあとがき登場。葵紋病院跡取り葵冬馬くん」

「なぜ今回は登場なのですか? 16話の時は座談会すらなかったのに」

「あのときはまだ正体を明かしたくなかったんだよ。まあモロバレな気もしないでもなかったけど」

「たぶんバレていたでしょうね」

「だろうね。さて今回のお話ですが、実は予定になかったものです。ってこのセリフ、百代の誕生日話のときにも言ったな」

「予定になかったというのは、どういうことでしょうか?」

「うん。最初は次回の話を第21話として考えて、最終的には風間ファミリーに入れようかと思っていたんだけど、やっぱり小雪は君と準の3人組の方がいいと思い至ったから、急遽今回の話を作ったというわけ」

「その理由は?」

「君と小雪の繋がりをきちんと作りたかったっていうのが最大の理由。いきなり榊原の養女になりましたっていうのはどうかなと思ったわけ」

「なるほど、ではその経緯も詳しく書くと?」

「いや、その予定はない。書いてもいいけどそれだけ長くなるから省略。誰も養子手続きやそれに関する法律の事なんか読みたくないでしょ」

「自分が調べたくないだけですよね?」

「本音は間違いないと言っておこう。だが建前を貫き通させてもらう」

「そうですか。しかし今回のお話、かなり原作を無視しましたね」

「はっはっは。原作ブレイクのオリジナル設定。小雪の名字とあだ名だね」

「ええ、言い得て妙ですけどね」

「実はこの名前とあだ名は今回の話を書いている途中で閃いた突発的なもの。ツッコミはしないでください」

「いい表現だとは思うのですがね」

「ありがとう。でも子どもの考える表現じゃないのは確かだね」

「それは否定できませんね」

「まあいいさ。さて次回はようやっと小雪再登場。しかも今までにない文章構成でいきたいと思います」

「それはいったい?」

「それは次回投稿のお楽しみ。ではそう言いながらも期待しないでお待ち下さい」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。