ある意味でやっとここまで来ました。
自分なりに結構頑張っていたと思う。
いつも一緒にいて、小さい頃なんて常に連れまわしてた。
隣にいるのが当たり前で、いない事の方に違和感を感じるくらいだった。
私たちはお互いを言葉に表せない存在だと認識していたと思う。はっきり分かるのはお互いが最も信頼できる相手で隣にいて心地良い存在だということ。たぶんあいつもそう思ってくれている。
でもそれは凄く曖昧な関係だ。
家族じゃない。
友達なんて言葉でくくりたくない。
よく友達以上恋人未満なんて言われるけどそんなんじゃない。
たぶん相棒っていう関係が1番ぴったりと当てはまるんじゃないだろうか?
だけど私はあいつより先に自分の本当の気持ちに気付いた。
その気持ちを持ったままもう2年以上の月日が経った。
たぶんあいつは私の想いに気付いているだろう。私のアプローチにも気付いているはずだし、何より人の気を敏感に感じ取るあいつが私の気持ちに気付いてないわけがない。
恐らく気付かない振りをしているのだろう。
言葉に出来ないあやふやだけど心地良いこの関係。
でも私は言葉に出来る関係にしても決定的に何かが変わる事はないと分かっていたから、1歩踏み出す決意をする事が出来たんだ。
でもあいつが躊躇う理由が分からない事もない。
あいつは時々、凄く遠くを見ているような気がする。
心ここに在らずでどこか遠くへ行ってしまうような雰囲気がある。
たぶん、自分のルーツを考えているんだろう。
あいつは孤児だ。赤ん坊の頃に川神院の門前に置き去りにされていたらしい。
だからと言って自分が何者なのかを悩んでいるわけではなく、自分がどのように生きるはずだったのかを考えているような感じだった。
それだけあいつにとって“暁”という血が思った以上に重く圧し掛かっていたのだろう。
だから何だって言うんだ。
あいつはあいつ以外の何者でもなく、例え“暁”の血がどんな意味を持っていようとも、私にとってあいつの存在は代える事の出来ないほどになっているのだ。
例えあいつがどんな人間だろうと、受け入れる覚悟はとっくに出来てるんだ。覚悟がなきゃあんなあからさまなアプローチなんかするか。
だからお前もそろそろ覚悟を決めてもいい頃なんじゃないか?
なあ、ジン?
§ § §
「いつでも大歓迎、365日受け付けるぞジン」
恐らくお返しはないだろう。去年も一昨年もバレンタインにチョコを個人的に渡したが、ホワイトデーのお返しはなかった。だから今年もないだろう。
そう思っていたから軽い感じでからかうように言った。
「それじゃあ受け取ってもらおうか」
私の想いはまだ通らない。でも今年は少しだけど意識してもらえるように、学校に行く前に玄関でじっと見つめて笑顔を浮かべてやった。今年も無駄かもしれないけど。
そう思っていたからジンが言ったその言葉を理解できなかった。
「えっ!?」
返す事が出来たのはそのひと言だけだった。
座っているソファーの後ろにあるハンモックから飛び降りたジンが、私の隣に座っているワン子に声を掛ける。
その言葉に声もなく頷いたワン子は、私の隣を離れ対面に座っていたタカの隣へと移動する。
思考が目の前の変わりゆく光景に全くついてけない。
みんな呆然としているが、恐らく1番呆然としているのは私だろう。
部屋の中はさっきまでの喧騒がまるで嘘だったかのように静寂に包まれていた。
隣にジンが座った気配を感じ、未だはっきりとしない思考のまま視線を向ければ、その手にラッピングされた長細い箱を持っていた。
呆然としたままその箱を見つめる。
これってアレか? 期待してもいいって事なのか?
まるであの日の時の、私がジンの事が好きだと気付いた誕生日の日と全く同じような状況に、私は鼓動が速くなっていくのを感じた。
今この光景は、私の期待通りの展開になるのだろうか。見極めなければならないのに、まだ思考が正常に戻らない。
私は食い入るようにジンの手にある箱を見つめる。そんな私を優しく笑って見ている雰囲気を纏っていたジンが、急に大きな息を吐き姿勢を正し真剣な雰囲気を纏うと、座りながらも私と真正面に向き合うようにこっちを見た。
それにつられるように私もジンを真っ直ぐ見た。
ドクンッと大きく心臓が鳴ったような気がした。
こんな真面目な目でジンが私を見たのは、私が知る限り初めてだと思う。
ジンが纏っている雰囲気に私の浮ついていた鼓動はどんどん落ち着きを取り戻してく。
これは告白じゃない。ジンは恐らく最近悩んでいた事を私に話してくれるんだ。なら私は落ち着いてジンの言葉を聞かなきゃいけない。
たぶんこの話は私とジンの新たな“何か”の始まりになるんだ。
「おいおいジン兄。真面目になるのはいいが告白するんならとっととやってくれや。俺様たちが証人になってやるからよ」
空気の読めていないガクトに大和と京の批難の視線が向く。
さすがの2人はこの雰囲気を読んだらしい。ワン子とタカとモロロは何かあると思って言葉を出さないでいるのだろうが、キャップはよく分からないが黙ったままだ。
「悪いガク、ちょっと真面目な話をするから茶化さないでくれ」
大和と京の視線にビビるガクトに、ジンは視線は私に向けたまま優しく声を掛ける。
「みんなにもきちんと聞いてほしい事だからここで話をする。悪いけど少しの間、黙って聞いててくれ」
そして決意のこもったジンの声に、みんながいっせいに頷く。
その気配を感じ取ったジンはいったん、視線を手に持っていた箱に向けるとそれを両手で持ち直し視線をそのままに話し出した。
「俺は孤児だ」
私以外が全員息を呑んだのが分かった。
特にワン子は驚いただろう。ジンが居候だという事は話してはいたが、自分と同じ孤児だたという事は伏せていた。
「赤ん坊の頃に川神院の門前に置き去りにされていたらしい。だから俺は正確な誕生日は知らない。生後数ヶ月経ってたのと置き去りにされた日から逆算して、語呂合わせで8月8日になった」
静寂が部屋を包む中、ジンの淡々とした声がやけに響いていた。
急に話されたジンの出生にみんなどう反応していいのか分からないといった感じだろう。それでもみんな目を逸らす事なくジンを見る。
「つまりカズと同じで俺は両親の顔を全く知らない。生きているのか死んでいるのか、それすらも知る術が俺にはない」
ワン子に向かって軽く言っているように見えるが、全く笑える内容じゃない。だがワン子も理解しただろう。どうしてジンが自分に何かについて気に掛けていてくれた理由が。
私たちが風間ファミリーに入りワン子が孤児だと知った頃、ジンはいつもワン子を気遣っていた。それはおそらく同じ境遇からの共感があったのだろう。
「じゃあ兄弟は……ずっと川神院で暮らしていたのか?」
「まあな。だから川神院が俺の家なんだ」
やっと立ち直った大和の問いにジンは笑みを浮かべて答える。そしてその笑みのまま私に向かって言葉を掛けてくる。
「そういうわけでモモとの付き合いも――」
「文字通り生まれた時から。もう12年と半年だな」
言葉を引き継ぎ笑みを返した私にジンは一層深い笑みを浮かべた。
懐かしいなんてものじゃない。まさに言葉通り『生まれた時からの付き合い』。お互い物心ついて初めて見た同年代の異性だ。
だから私たちの関係は曖昧なんだ。
一緒に暮らしているが血の繋がりはないから『家族』じゃない。
同年代の異性だが物心ついた時から一緒だったため『友達』とは少し違う。
だから『相棒』という関係が1番ぴったりと当てはまるが、正確に言えば『相棒』という関係も正しくはない。
だから曖昧。だけど確か繋がりがあるからそれで良かった。
それを崩したのが私だ。
あの誕生日の日。
ジンの事が好きだと気付いた私が、少しずつ曖昧だけど確かな繋がりのある私たちの関係に変化を入れてきた。
明確な言葉での繋がりを欲してしまったんだ。『家族』ではなく『友達』でもない。
『恋人』という繋がりを……
「正直に言うとモモの気持ちには気付いていた」
私から少しだけ視線を逸らしたジンの言葉に心臓が大きく脈打った。
恥ずかしさが込み上げてくると同時にやっぱりという思いもあった。やっぱりジンは気付かない振りをしていたんだ。
ふと周りを見ると、キャップ、ワン子、ガクト、モロロ、タカの5人はジンの言葉の意味が理解できずに首を捻っている。逆に大和と京は私と同じでやっぱり、といった表情をしていた。
瞬時に悟った。大和と京は私のジンに対する想いに気付いていたんだ、と。
恥ずかしさが増した。
確かにジンにアプローチをしてきたが、それは極力2人きりの時だけ。みんながいる前では出来る限りいつも通りの振る舞いをしてきたつもりだった。
まあ、もしかしてバレてるんじゃないかとは思っていたが、本当にバレていたんだと分かると思った以上に恥ずかしかった。
顔が赤くなっていくのを止められない。
そんな私を見て、ジンが優しげな笑みを浮かべてるのが雰囲気で伝わってくるからなおさら赤くなっていく。
「でも……その想いに答える事は出来なかった」
話が核心に入った。
「何で……?」
私の心情を悟ってくれたのだろう、静かにだが少しだけ怒りのこもった京の問い掛けに、それでもジンは揺らぐことなく答える。
「さっきも言ったように俺は孤児だ。もちろん川神院を自分の家だと言った言葉を撤回するつもりはない。だけど俺は『俺という存在』の由来を知りたかったんだ」
「由来……?」
難しい言葉に、モロロが首を傾げながら呟く。
「俺自身のルーツってやつだな。俺がどういう家の生まれで、本当はどういった生き方をするはずだったのか、それが知りたかったんだ」
どことなく自嘲的な笑みを浮かべるジン。
この笑顔だ。この笑顔を見る度に私はジンがどこか遠くへ行ってしまうんじゃないかという不安にかられるのだ。
「どういう家の生まれとか! どう生きるはずだったとか! そんなの関係ねぇ! ジン兄はジン兄だろ! 今ここにいるジン兄が俺たちにとってのジン兄だ!」
叫ぶように放ったキャップに全員の視線が集まる。
真摯な目で真っ直ぐにジンを見ている。
こんな状況でそう言い切れるキャップはやはり凄いと思う。キャップが私たちのキャップたる理由はこういう心を持っているからだ。
そんなキャップの叫びと視線に嬉しそうに笑うジン。
「その言葉、ありがたく受け取っておくよキャップ。でも安心しろ、別に自分を疑ってるわけじゃない。俺はちゃんと俺なんだと認識しているし、それを疑ったことなんかない」
「じゃあ何が知りたいんだよジン兄は?」
いぶかしむガクトの質問に、言葉を選びながらジンは答える。
「俺自身の事じゃなくて『暁の家』について知りたかったんだ」
「どうして自分の家の事を? 捨てられたのに?」
不安そうに言うワン子。同じ捨てられた身であるワン子はジンと同じように生みの親を知らないし、連絡すら出来ない。同じ境遇のジンが自分の家を知りたいという言葉に、何かしら思うところがあったようだ。
「親の事じゃないよカズ。言ったろ? 俺が知りたいのは『暁の家』の事だって」
「どうして?」
「……言っても信じられないと思うけど……俺は武術を習った事がない」
「嘘でしょ!?」
ジンの言葉の意味を真っ先に理解し反論してきたのはやっぱりタカだった。
信じられないのも無理はない。私も最初は信じられなかった。何度か手合わせした事のあるタカはジンの強さをきちんと理解してる。だから信じられないのだ。
「武術を習った事がないって……川神院に住んでいて、あれだけの業を持っていながら……それはいくらなんでも嘘でしょ?」
愕然とするタカにジンは淡々と答える。
「本当だよヒロ。俺は今の今まで武術を習っていない。俺の使う業は“覚えた”ものじゃなくて“思い出した”ものだ」
「思い出す?」
「そう。なんて言うのかな……“血”っていうか“魂”っていうものが記憶していて、それを思い出したから使えるようになったって感じなんだ」
余りにも抽象的すぎるジンの言葉に、武術に通じるタカや京ですら首を傾げるしかないのだから、2人以外は全く理解出来ていないだろう。
「だから先日ジジイに聞いていたのか?」
「ああ。そして全部教えてくれたよ。鉄心さんは」
私の言葉にジンは私を真っ直ぐ見て言葉を返す。
恐らくここからの話がジンの言いたかった事の始まりなのだろう。
「その一族は現存するありとあらゆる武の始まりにして頂点に存在する一族。その肉体にではなく魂に血脈にあらゆる武の業を刻み込む。一族に連なるものは業を覚えるのではなく思い出す事で強くなっていく。最強にして無二。始まり故にその名を“暁”」
淡々と語ったジンの話に誰も言葉を返せなかった。
それがジンの家名『暁』の由来だと言うのかジジイ? それがジンの正体だと?
「なるほど、全ての始まりだから夜明け前を意味する『暁』を名乗ったってわけだ」
名前の由来の意味を理解したのだろう静まり返った部屋の中、大和の呟きが小さい声でもやけに大きく聞こえた。
「それで? それを俺たちに説明したからといってどうにかして欲しいわけじゃないだろ? 兄弟? 言いたい事はさっさと言えば?」
まるでジンの想いを全部分かっているかのような大和の口調。
確かに説明されたからといって、私たちのジンに対する接し方や考えが変わるわけじゃない。キャップが言ったように、今のここにいるジンが私たちにとってのジンなのだ。
「さすがヤマ、よく分かってる」
大和の言葉にさっきまでの緊張感をほぐすような笑みを浮かべ肩をすくめる。
そして改めて手にしていた箱に視線を向けて言葉を紡ぐジン。
「これはきっかけなんだ。俺が暁の一族の意味を知り、俺なりに受け入れ納得する事で、今までの自分よりさらに踏み込むためのきっかけなんだよ」
そこで言葉を切ったジンは、目を閉じ数回深呼吸を繰り返す。
その間、誰も何も言わずに静かにジンを見ていた。そして最後に大きな深呼吸をしたジンは、真っ直ぐに私を見つめ、手にしていた箱を私に差し出した。
「モモ、これを受け取ってほしい」
みんなが見つめる中、私はゆっくりと差し出された箱を受け取る。まるであの誕生日の日の夜のようなやり取りに、知らず笑みが浮かんでいた。
「開けてもいいか?」
ただ違うのはあの日のような緊張感はまるでなかった。
今日までの自分の行動を考えれば、心臓が破裂しそうなぐらい緊張していてもおかしくないのだが、なぜか心は穏やかだった。
ジンが頷いたのを確認して、ゆっくりラッピング用の包装をはがし箱を開ける。中に入っていた長細いケースの蓋を開けると、その中にはペンダントが入っていた。
私は急いで携帯のストラップに付けている小さいブローチを取り出し見比べる。やっぱりそのブローチと全く同じ四つ葉のクローバーの形をした飾りの付いたペンダントだった。
「ジン……これって」
呆然と聞き返す私にジンは穏やかな笑顔を浮かべて答える。
「何がいいか結構迷ったんだけど、1歩踏み込むのなら、俺たちの関係が変わり始めたあの日と同じ物の方がいいと思ったんだ」
あの日のあの時から気付かれていたんだ。
恥ずかしさと懐かしさと嬉しさがごっちゃ混ぜになって、なんて言葉を返していいか分からなくなった。
でも嬉しさがどんどん大きくなってきているのは分かった。
「いつからなのかは分からない。気付いた時には変わっていた。でも自分のルーツがはっきりしていないのにその想いを告げるわけにはいかなかった。だけどその問題もなくなった。だから今日ここで告げようと思う」
言葉を切り真っ直ぐ真摯に見つめてくるジンを私も真摯に見つめ返す。
これから紡がれるジンの言葉を聞き逃さないために全て神経を集中させる。
そして私たちのこれからを決める言葉がジンの口がら紡がれた。
「好きだモモ。『家族』でもなく『友達』でもない。『恋人』として、これから一緒に過ごしてほしい」
望んでいた、ずっと願っていた言葉。
爆発しそうな嬉しさを何とか抑え込み、私はありったけの笑顔を浮かべ、今の私の全てを込めて言葉を返す。
「ああ!! これからもよろしくなジン!!」
2005年3月14日月曜日PM5:45分。
今日この年のこの日のこの時間は、私の人生にとって忘れられない日になった。
あとがき~!
「第27話終了。あとがき座談会、司会の春夏秋冬 廻です。今回のお相手は――」
「川神百代だ~!」
「浮かれてるね……さて今回のお話ですが。少しだけですが神の設定を暴露させました」
「暁の一族の事だな。あの設定はどういう意味でつけたんだ?」
「ん~あまり意味はないんだけど……キャラ作りの段階で君より強いということは決めていた」
「まあそうだろうな」
「うん、でもそうなると普通の人間じゃ無理だ。そこで考えたのが特別な血筋というわけ」
「なるほどな。名前からの後付けじゃなかったわけだ」
「……………………も、もちろんだとも」
「オイ、なんだその間は? なんでドモってんだ? 正直に言えば殴らないでおくぞ?」
「すいません、思いっきり後付けです」
ゴンッ
「最初から言えばいいんだ」
「殴らないんじゃないのかよ!?」
「何となくな。ところであれだ、私の気持ちがまさか大和たちにバレていたとは……」
「まあ大和は人の気持ちの機微に聡いし、京は恋する乙女だしね。同じ恋する乙女の事なら分かるんだよ」
「お前が恋する乙女とか言うと気持ち悪いぞ」
「悪かったな!?」