最初は幼少時のファミリー集合のお話を。
第1話 ある日のある朝、いつもの日常
――2002年 5月5日 日曜日 AM4:45――
ほんのり薄っすらと朝日の差し込む廊下を、僕は足音を立てずに歩く。
腰に届くであろう長い黒髪を後頭部で一纏めに縛っている所謂“
そんな馬の尻尾を揺らしながらゆっくりと目的の部屋へと足を運ぶ。遠くでは気合の入った掛け声が響いている。
ここは川神院。全国、いや恐らく全世界より選び抜かれた武人たちが、切磋琢磨と己の武の業を高める場所であり、武術の総本山としても有名な寺院でもある。
小さいながらも確かに響いてくる修練の掛け声を、どことなく心地良く感じながら、僕、
「モモちゃん朝だよー!」
返事はない。まあ、最初から期待していなかったので表情も変えることなく再度声を掛けた。
「モモちゃん! 早く起きないと朝の修練に遅れるよ!」
それでも返事がない事に流石に呆れて溜息が1つ漏れて出た。
彼女――川神百代が素直に起きてくる事はないと分かっていた。だからこそ自分が起こしに行けと命を授かってきたのだ。
目の前の襖に手を添えると躊躇う事なく左右に開け広げる。襖を開けた事で日の光が差し込まれたが、それでも室内はまだ薄暗く朝の訪れを拒んでいるような錯覚を受けた。
視線をベッドの方に向けると、掛け布団をすっぽりとかぶっているのか頭が見えず、布団が少しだけ盛り上がっていた。
結構大きな音を立てて襖を開いたというのに、部屋の住人は未だ起き上がってくる気配がない。それ以前にモモちゃんが起きていないとかありえないと思う。
モモちゃんは武の天才で子供ながらに相手の気配を察知したり、小さな物音や声も聞き逃さない超人的な感覚器官を持っている。
モモちゃんや鉄心さんからは『お前もだろ!』と声を揃えて言われるが、なんと言うか“野性的な感”といったような第六感的なものは、圧倒的にモモちゃんが上回っていると思う。いや確実に上回っていると断言できる。
恐らく起きるのが面倒臭い、あるいは何か悪戯をしようとしていると考えて間違いないだろう。十中八九、前者だと思われるが……
「モモちゃん、いい加減起きようね」
ズカズカと遠慮なく部屋に踏み込み、かぶっている掛け布団を引き剝がすように持ち上げる。案の定、彼女は眼を覚ましていたが、やはり起き上がるのが面倒臭かったのだろう、うつ伏せに寝転がったまま顔だけをこちらに向けると不貞腐れたような声を上げた。
「なんで休みの日の朝なのに修練なんかしなくちゃいけないんだよ~ しかもまだ5時にもなってないじゃんか~ 世間はゴールデンウィークだぞ~ しかも日曜日だぞ~ もっと自由に寝かせろ~」
「昨日も一昨日もゴールデンウィークだけど朝に修練したじゃん。しかも一昨日は朝5時でもちゃんと起きてたじゃん。何で今日に限って起きてこないんだよ……」
不満げな言葉にきちんと答えを返す。無視してもいいが、無視したらしたで一層不機嫌になるし場合によっては物理的手段を取ってくる。
軽く溜息を吐きながら今度はこちらから問い掛ける。
「ねえモモちゃん、今日が何の日か覚えてる?」
「もちろんだ~ ゴールデンウィーク真っ最中~ 5月5日だぞ~」
言葉尻を伸ばした気の抜けたような返答。
「そうだね5月5日。子供の日だよ」
「そうだな~ 端午の節句だな~」
「そうだね、端午の節句だね」
「何が言いたいんだ~? はっきりしろ~?」
「昨日鉄心さんが言ってたじゃん。今日は子供の日だから市内の子供たちの為に院内を開放するって。そのための準備があるから朝の修練は少し時間を前倒しするぞって」
僕のその言葉にガバッと手をついて勢いよく起き上がる。
「そういやああのジジイがそんなこと言ってたな」
やっと思い出してくれたのか、少し呆然としながら呟いたモモちゃんの少し寝癖のついた髪を撫でる。
「そう言う事だから早く起きて着替えようね」
撫でられているのが気持ちいいのか目を細めてまどろんでいたが、急に腕の力を抜き再びうつ伏せに寝転がった。
「準備なんてめんどくさい~」
またもや不機嫌に言葉を発する彼女に、身をひるがえし部屋の外に向かいながら最後通牒を渡す。
「集合時間に1分でも遅れたら今日1日ご飯抜きだって」
「なにぃ!?」
今度こそ跳ね起きた。そんなモモちゃんの様子を視界の隅に収めながら、僕は後手に開いた襖の取っ手に手を添えると止めのひと言を言い渡す。
「集合時間の5時までもう10分ないからね」
「ちょっと待ってくれ~!!」
そのまま襖を閉め廊下を足早に移動する僕の背中に悲痛な叫び声が届いた。
§ § §
「ふむ、全員揃っとるようじゃの」
道場でそれぞれ稽古をしている門下生を見渡し、川神院の総代の川神鉄心さんが満足げに頷く。
その道場の端で早くも疲れたような表情を見せているモモちゃんに気付いたのか、こちらに歩み寄って来た。
「なんじゃモモ。すがすがしい朝だというのに辛気臭い顔をしおって」
「黙れジジイ! 飯抜きとかそういう重要な事は昨日のうちに言えよな!」
「川神院のイベントよりお主にはそっちの方が重要なのか」
「当たり前だ! 育ち盛りの美少女には1食でも抜いたら大変なことになるんだぞ!?」
「1日ぐらいご飯食べなくてもそんなに変わらないと思うんだけどな……」
2人のやり取りをモモちゃんの隣で眺めていた僕のツッコミ。
もちろん2人とも何も言い返してこない。僕も別に返答がほしくて呟いたわけでない。
「相変わらズ賑やかな2人だネ」
そこに居たのは川神院の師範代の1人、ルー・イーさん。
「お早うございます、ルー師範代」
「お早ウ、神」
穏やかな笑顔を浮かべて人の良さそうな外見のルー師範代。確かに性格は穏やかで優しいが、川神院の師範代の地位に身を置くこの人。強さはある意味やはり非常識なところがある。だがこの人も僕がそう言うと『キミの方が非常識だヨ』と返して来る。
僕自身はそんな非常識な強さは持っていないと思っているのだが、そう思うたびに周りの人たちは『もっと自覚しろ』と口を揃えて言う。
そんな事を頭の片隅で考えつつも、ルー師範代と取りとめのない会話を続けていたら、ふと隣から不穏な言葉が聞こえてきた。
「どうやらまた痛い目を見んと理解せんようじゃな!」
「いいだろうジジイ! 今日こそギャフンと言わせてやる!」
いつも通り、言い争いから物理的手段へ移行し始めたようだ。僕とルー師範代は同時に深い溜息を吐くとお互いアイコンタクトで頷き合いそれぞれ行動に移す。
すなわち――
「ハイハイ皆、急いで道場の外に出るようニ!」
「見取稽古になるような試合ではないので、巻き添えを食う前に早く外に出てください!」
門下生たちの避難誘導だ。
ドゴォォォォン
ルー師範代と協力して門下生の人たちを全員道場の外に避難させた直後、背後から何かが爆発したような轟音が響いた。
再びルー師範代と顔を見合わせ深い溜息を吐くと、今日はどうやって2人のコミュニケーションと言うには些かデンジャラス過ぎるスキンシップを止めるか――
そんな事を考えながら、道場内に戻る為に足を踏み出す
あとがき~!
「はい、ついに始まりました『真剣に私と貴方で恋をしよう!!』 作者の春夏秋冬 廻です~
前回投稿のあとがきでも言ったように、座談形式で進行していこうと思いま~す。では、記念すべき第1回目のお相手は――」
「初めまして、
「自己紹介ありがとう。この物語のオリキャラの1人にして“一応”主人公の暁神くんです。しかし何かね、君の名前って振り仮名がないとどんな名前か分かり辛いね」
「この名前に決めたの貴方なんですけど……というか、なんで一応のところを強調したんですか?」
「いや、実は言い切る自信がないんだ。できるだけ文章は一人称で行こうと思っているけど、その関係で視点がコロコロ変わる可能性が大いにあるので」
「見通しなく始めたせいで今になって慌てているって感じですね」
「君って本当に9歳?」
「はい、只今9歳の川神小学校4年生になって1ヶ月です」
「凄い小学4年生がいたもんだ……」