久し振りの三人称です。
4月になり新たな年度を迎えた。
暁神、直江大和、風間翔一、川神一子、島津岳人、師岡卓也、椎名京の7人はこの4月から中学生になった。
しかし先月の3月、京は小学校を卒業すると同時に静岡県へと引っ越ししていった。
原因は両親の離婚。
それを機に京の父親は静岡へと居を移し、京はついて行かざるを得なかった。
それでも京は仲間たち――風間ファミリー以外の友達は考えられなかった。助けてくれて、守ってくれて、そして救ってくれたみんな。
今の京にとって風間ファミリーが自分の全てだった。
だから京は静岡に引っ越しても、時間を作り金曜日の夜には川神市のみんなの集まる秘密基地へと毎週通うことにしたのだ。
これが後々まで続く『金曜集会』の始まりだった。
§ § §
――2005年 4月15日 金曜日 PM5:00――
緋鷺刀は1人定位置のソファーに座り本を読んでいる。
最近は秘密基地に来ても誰もいなくて、1人で待っている事が多くなった。だがそれも仕方ないと緋鷺刀は考える。
自分以外は全員中学生になり、1人だけ小学生の自分とは授業の時間帯も何もかも違うのだ。
待つ事は苦手じゃない。
学校でも有名なファミリーに入っているから勘違いされがちだが、緋鷺刀は元来物静かな方で1人で過ごす時間を余り苦に思わない性質だ。
階段を上ってくる気配を感じ、読んでいた本から視線を上げた。
(この気配からして岳人くんと卓也くんだ)
本を閉じ立ち上がると、点火棒ライターを手に取り照明代わりのランプに火を付けて回る。電気が通っていないため秘密基地の明かりは数個のランプのみ。
最初から点けていたテーブルの四隅以外の部屋の所々に置いてあるランプ全てに火を付けた時、部屋のドアが開いて緋鷺刀が予想した通りの人物が入ってきた。
「う~い、俺様が来たぜ」
「あ、やっぱりまたタカが1番乗りだね」
思い思いの言葉を掛けて入ってきた岳人と卓也。
緋鷺刀は卓也の言葉に苦笑いを浮かべる事で返答すると、手に持っていた点火棒ライターを棚に戻し先ほどまで座っていたソファーに腰を下ろした。
卓也も岳人も返事がない事を特に気にするでもなく、定位置であるソファーに座り込んだ。
「今日は学校から直接来たの?」
2人の足元に学生カバンがある事に気付いた緋鷺刀は何となしに問い掛ける。
「ま~な~。寄り道してたら結構時間が経っててな。家に帰ってから来るよりはと思ってな」
「だから早く帰ろうって言ったんだよ。今日は京が来る日なんだから」
悪気なく答える岳人に卓也は呆れたように言う。
中学生になってもいつもと変わらない2人のやり取りに、どこか安心を感じた緋鷺刀は、自分が思った以上に1人だけ取り残されたかのような不安を感じていたんだと気付いた。
でもこれはどうしようもない事だ。年齢と学年はどれだけ頑張っても変える事は出来ない。1年遅く生まれて来た自分の運命なのだろう。
恐らく1年早く生まれた百代も別の意味で同じような感情を持っていたに違いない。緋鷺刀はそう思いどうしようもない事で不安になる事を止めた。
「あ、キャップと大和くんも来たよ」
階段を再び上がってくる気配を感じた緋鷺刀は呟くように言った。
「ウィーッス」
「なんだまだみんな集まってないのか」
緋鷺刀の言葉通り翔一と大和が扉を開けて入ってきた。
「なんと言うか、相変わらずタカとジン兄とモモ先輩は凄いよね」
「気配だけで人が特定できるなんてもはや人間じゃねーよ」
卓也と岳人の呟きにも緋鷺刀はどくふく風といった感じで気にしてない。
日常的に起きている事なので今更気にしたところで意味がない。分かる事は悪いことではない。すぐに侵入者を察知できるからだ。
この秘密基地にしている廃ビルは立地条件からか結構、不良やアウトローに憧れてる人間から狙われやすい建物なのだ。
以前も数回そういった連中が入り込んできて、ちょうどその時部屋にいた神が撃退したという事件があった。
「しっかし京の執念はある意味ですげーよな」
男5人で喋りながら残りのメンバーを待っていると、岳人が唐突に言う。話題に上げたのは中学進学直前に静岡に引っ越した京の事だ。
「執念って言葉は可哀想だよ。それだけ気持ちが強いって言ってあげなきゃ」
卓也は岳人の言葉を窘めるように言う。
だが否定できないのもある意味で事実だった。確かにある意味で執念なのだろう。
「執念って言うより、京ちゃんは絆を大切にしたかったんじゃないかな?」
「特に大和とのな」
「否定できないから怖い。あんまり考えさせるなキャップ」
顔を引きつらせて言う大和。そんな大和を見てみんな声を上げて笑った。
その時、緋鷺刀は再度階段を上ってくる気配を感じた。だが少しだけおかしい雰囲気に訝しげに思いながらもみんなに伝えた。
「一子ちゃんが来たけど……」
「来たわよ~!」
緋鷺刀の言葉を遮るように一子がドアを蹴飛ばす勢いで入ってた。
部屋に入ってきた一子を見て全員が『あれ?』と思う。一子が来たのだから残りの2人も一緒に来ていると思っていたのにそこにはなかった。
「ワン子、姉さんと兄弟はどうした?」
大和が代表して一子とに問い掛ける。
百代と神は先月のあの出来事以降、何かにつけて前以上に一緒に行動するようになった。2人の関係から考えれば当たり前なのかもしれないが、大和は余り見たいと思えなかった。
百代は仲間の前では行動を押さえようとはしない。ある意味で信頼されていると言えるのだろうが、そう頻繁に目の前でイチャつかれると精神的に疲れる。
神は神で百代に好きなようにさせている。もっともそれは仲間の前だけで公衆ではきちんと節度を取ってはいるが。
2人のやり取りは大和には死活問題だ。何より京が羨ましがってより一層執拗にアピールをしだした。これをかわすのがなかなかきつくなってきた大和なのであった。
「え? お姉様とジン兄なら――」
「私ならここにいるぞ。弟よ」
一子の言葉を遮った百代の声が後ろから急に聞こえ、大和だけでなく全員が驚きその声のした方に視線を向けた。視線の先に間違いなく百代がいた。いつもの定位置である棚の上に胡坐をかいて座っている。
まさかと思った大和はすぐに視線を横に移す。
案の定、定位置であるハンモックの上に神が座っていた。
「いつからいたの2人とも!?」
卓也のツッコミが響き渡る。
いつの間にかいたなんて怖すぎる。神と百代の2人ならあり得ない事ではないが、いざやられると本当に怖い。
「モモ先輩もジン兄も気配を殺して入ってくるのはやめてよね。一子ちゃんが扉を開けた瞬間に入ってきたんでしょ?」
「なんだタカ、お前は気付いていたのか?」
驚く大和、翔一、岳人、卓也とは違い、緋鷺刀だけはどこか呆れたような口調で言葉を掛ける。それが意外だったのか百代は少しだけ驚いた声だった。
百代にしてみれば完璧な気殺――気配を殺すこと――だった。
「気付いてはいなかったけど、逆に違和感があったからね」
「完璧すぎたってわけか」
神の言葉に頷く緋鷺刀。
完璧すぎたからこその違和感。緋鷺刀は一子が階段を上がってくる時、ぽっかりと空いた空間が近付いて来ているような感じを受けた。
分かりやすく例えるとしたら、真っ暗な空間に真っ白な球体が動いているというような感じだ。百代の気殺は完璧すぎて自分の気配だけでなく、周りの空間までも殺していたのだ。
逆に神の気殺は違う意味で完璧だった。完全に周囲に溶け込み全く違和感を与えることのない、まさに自然そのものになっていた。
そう思いながらも、緋鷺刀は相変わらず自分が到底及ぶことのない領域に2人がいる事に、隔絶の差を感じながら同時に少しずつではあるが確実に近付いている確信を持った。
「でもそういう事はホントに止めてよね、下手すりゃ寿命が縮むよ」
「ビビリだなモロロは」
「悪かったな性質の悪い事して。モモがどうしてもやってみようって言うからな」
「ある意味で姉さんに甘いよな兄弟は」
「当然だ。ジンは私の彼氏だからな。な? ジン」
「そうだな」
「だああぁ! だから俺様たちの前でイチャつくなって言ってるだろ!」
「イチャついてなんかいない。ただの会話だろ」
思わず叫んだ岳人に神はしれっと返し百代は頷くだけで返した。2人にしてみれば先ほどの会話は恋人同士のコミュニケーションにも含まれないただの会話でしかないのだ。
「それよりも早く準備に取り掛かるぞ。もうすぐ来るころだろ?」
神の言葉に全員が壁に掛けられていた時計を見る。
時間はPM5:30分を過ぎていた。確かに到着時間を考えるともうそろそろこの秘密基地に来る頃だろう。
「準備って言ってもジン兄がいなきゃ意味なかったからな」
テーブルの上を片付けながらぼやく岳人。それに苦笑しながら神は持ってきた2つの風呂敷を解くと5段の重箱2つ、計10個の箱をテーブルの上に並べ始める。
それを見た百代は自分が持ってきた小さなクーラーボックスの中からケーキを取り出しテーブルの中央に置く。同じように大和は買ってきた紙コップと紙皿、割り箸を取り出しテーブルの上に人数分並べる。
一子も持ってきた小さなクーラーボックスからペットボトルのジュースを数本取り出しテーブルに置く。
「しっかし、よくこんなにたくさん作れたなジン兄。ケーキも手作りだろ?」
テーブルに並べられていく料理を見ながら翔一は感心した声を出した。
その言葉に神は箱を並べながら答える。
「昨日の夜のうちに仕込みは全部終わらせておいたからな。後は仕上げるだけだったからそんなに大変じゃないさ。川神院の料理人たちも手伝ってくれたし」
「これ全部の仕込みが出来るだけでも凄いと思うけどね」
「ジン兄のお料理っておしいもんね」
卓也の感心したような言葉に一子が料理の感想を言う。
「彼女としてはどうなのさ姉さん」
「料理のうまい彼氏で私は幸せだな」
嫌味っぽく問い掛け大和だったが、百代には通じなかった。逆にまるで料理の出来る彼氏を自慢しまくりたい雰囲気だ。
これ以上突っ込んでは藪蛇だ、と悟った大和は百代の言葉に返事をする事やめた。
「お? ちょうど来たようだぞ」
全ての準備が整えた時、百代はタイミング良く階段を上がってっくる気配を感じた。いや正しくは駆け上がってくる気配だ。
よほど急いでいるのだろう。普段の彼女からは考えられない雰囲気に神と緋鷺刀は小さく肩をすくめて笑い合った。
百代の言葉を合図に翔一は手に持っていたクラッカーを全員に1つずつ渡す。そして部屋の入り口である扉を囲うようにスタンバイする。
階段を上がる足音が聞こえてくる。上がるというより駆け上がって来るその足音に、彼女が凄く楽しみにしているのが分かり全員に笑顔が浮かぶ。
そして扉を勢い良く開け飛び込むように入って来た彼女に――
「「「「「「「「誕生日おめでとう! 京!!」」」」」」」」
パパンッ パパンッ パパンッ パパンッ
京が言葉を発する前に全員で声を掛けクラッカーを鳴らす。
完全に挨拶のタイミングを外した京は、目を見開き呆然とした表情でクラッカーから飛び出した紙テープを頭からかぶった。
その顔にイタズラが成功したようにみんなが笑う。
「よっしゃ! ドッキリ成功!」
「京の驚いた顔なんて久しぶりに見るな」
「後で何されるか分かんないけどね」
「モロ、ビビり過ぎよ~」
「ヤマ、帰り道は背後に気を付けろ」
「怖いだろうが兄弟!?」
「冗談に聞こえないよね、それ」
「びっくりしている京。かわゆな~」
口々から漏れる言葉に呆然としてた京は――
「うん、みんな久し振り」
満面の笑みを浮かべたのだった。
神が作った料理とケーキに全員で舌鼓を打ち、みんなで選んだ誕生日プレゼントを京に渡した後、穏やかな空気が部屋を包んでいた。
京は久し振りに――正確には2週間ぶりに感じる大切な仲間との空気に、言葉に出来ない感動のようなものが胸から込み上げてきた。
これから毎週、この場所でこの空気に触れる度に思うのだろう。自分の居場所はやっぱりみんなの側にあるのだと。
「そーいえばさ、私の誕生日、誰が企画したの?」
込み上げてくる感動を感じさせないように、いつもと変わらない表情と声で問い掛ける京。ここで感情を顕わにすればいいようにからかわれるだけだと分かっているからだ。
百代に岳人、翔一に大和。仲間にはここぞとばかりにからかう人間が多い。
「企画したのはジンだ」
簡潔に言った百代の言葉に京は神の方に視線を向ける。
「13日、ミヤの誕生日だったろ? 今まではみんなで誕生日プレゼントを渡すだけだったけど、今年はミヤが引っ越しちゃったからな。せっかくミヤがこっちに来るんだから、同時に誕生日のお祝いもしようと思ったんだよ」
何でいつもこの人はこうなんだろう。
京だけじゃない。風間ファミリーの全員がそう思った。
風間ファミリー。
始まりは翔一と大和の出会いから。小学生になる前に一子、緋鷺刀が順に加わり、小学生の時に岳人、卓也、百代、神、そして最後に京が加わった。
総勢9人になってもう2年になろうかとしている。
翔一をリーダーとして今までみんな一緒に遊んできたが、このグループが崩壊することなくみんな思いのままやってこれたのは、間違いなく神がいたおかげだった。
ともすればバラバラになりがちな仲間を上手く纏め、でも仲間たちを引っ張り突き進むのはキャップである翔一に任せ、自分は後ろから仲間を見守る。
神がいるからこそ仲間たちも自由に自分の思うままに行動が出来た。それでも仲間同士大きなぶつかりもなく上手くやってこれた。
風間ファミリーにとって暁神はまるで自分たちの兄のような存在だ。
いつも仲間の事を考えてくれる。迷っていたら背中を押してくれる。悩んでいたらそれとなく聞いてくれる。悲しかったらそっと寄り添ってくれる。嬉しかったら一緒に喜んでくれる。そして間違った事をしようとすると必ず止めてくれる。
風間ファミリーのリーダーは翔一だ。それは間違いなくみんな認めている。
でも神がいたからこそ今の風間ファミリーがある。それは歴然とした事実としてリーダーの翔一も感じている。
風間ファミリーのナンバー2。
明確に決めたわけじゃない。キャップである翔一から命名されたわけでもない。
それでも風間ファミリーのメンバーにとって、暁神はいつの間にかそう呼べるような存在になっていた。
「まったく……ジン兄はやっぱりジン兄だね」
隠しきれない嬉しさがにじんだ京の呟きに神以外の全員が頷いた。
「ん? どういう意味だよ、それ?」
京の誕生日をみんなで祝う。神にとって当たり前な行動だったため、1人だけわけの分からない神は穏やかに笑うみんなを見て、不思議そうに首を傾げたのだった。
ちなみにその後のひと騒動
卓「ところで京。今日と明日、どこに寝泊まりするの?」
岳「大和の家だったりしてな」
大「そんなわけないだろ。怖い事言うなガクト」
京「そうなら良かったんだけどね」
百「残念だが京は川神院で寝泊まりする事になっている」
京「ホント残念。既成事実作るチャンスだったのに」
大「だから怖い事言わないで下さい! 本当に!」
一「ねーねージン兄。『キセイジジツ』って何?」
神「カズ、お前は知らなくていい事だ。残りのケーキでも食べてなさい」
一「わーい! ありがとー!」
百「さすがに中学生の男女を1部屋に一緒にするわけにはいかないからな」
緋「それを言うなら1つ屋根の下だよね? でもそれってモモ先輩が言える言葉なの?」
翔「別に問題ないだろ。仲間なんだからさ」
卓「キャップはもう少し男女について勉強した方がいいよ」
あとがき~!
「第28話終了。あとがき座談会、司会の春夏秋冬 廻です。今回のお相手は――」
「お久し振りです。篁緋鷺刀です」
「本当に久し振りだね? えっと前の登場が12話だから……」
「実に16話ぶりのあとがき登場ですね」
「そりゃ久し振りと思うわけだ。まあそれは置いといて、さて今回のお話ですがいかがだったでしょうか?」
「本当に日常的なお話でしたね」
「そうだね、ある意味で初めての金曜集会的なお話。久し振りの三人称でちょっとだけ大変だったよ」
「そういえば1話全部が三人称なのって5話だけでしたね」
「ホントだね。しかも今回の話はホントにあまり意味のない話だったしね。今回で書きたかったのって最後のところだけだもん」
「最後って言うと……ジン兄が風間ファミリーのナンバー2ってことですか?」
「そう、題名にもなっている事を書くのに半分以上が取り留めのない話になってしまった」
「別に問題ないと思いますけどね」
「優しい言葉をありがとう。さて次回のお話ですが、あの人が登場します」
「あの人ですか?」
「そうあの人。誰が登場するかは読んでのお楽しみ」
「今まで出てきた人ですか?」
「一応ね。あ、これだけ引っ張ってますけど、あまり期待しないで次投稿を待っていてい下さいね」
「最後で逃げ道作るのはどうかと思いますよ?」