途中で話の目的を忘れました……
ジン。
私はどうすればいいんだ?
私はどうやってお前を待てばいい?
生きている。
そんな事は百も承知している。
それを疑う事なんかしない。
お前があんな事で死ぬわけがない。
でもこの心はどうすればいい?
信じているけど心が納得しないんだ。
信じているけど何をどうすればいいか分からないんだ。
不安なんだ。
不安で不安でどうしようもないんだ。
信じているけどお前が帰ってくるまで私の心が持つか分からないんだ。
いつもお前が隣にいてくれた。
いつもお前が私を支えてくれていた。
だから何も不安に思ったことなんかなかった。
そんなお前がいないから不安なんだ。
今の私にこの不安をなくす術がないんだ。
なあジン?
私はこの心の中に溢れかえっている不安をどうすればいいんだ?
教えてくれジン。
§ § §
心が晴れず鬱屈が溜まっているのは自覚している。
想いの出口がなく、考えれば考えるほど彷徨い続けているのも分かっている。
自分の今の状態が何1ついい事に繋がらない事ぐらい自分が1番よく理解している。
でもだからこそ、今この状態を他人から指摘されるのがたまらなくムカつくのだ。
『閉じ籠ってたって何にもならない』
ああ分かっているよ。
『らしくない。そんな事してる場合じゃない』
そんな事は私が1番分かっているんだよ。
『
今の私の行動が何の解決にもなってないのは分かっている。ただただ蹲り立ち止まっていたってどうしようもないのも理解している。
だがその言葉だけは許せない。
お前たちに何が分かる?
信じていても不安の消えないこの心が分かるのか?
私の何を知って私の何を理解してその言葉を私に投げ掛ける?
今のその言葉は私を奮い立たせる言葉じゃない。
私を怒らせる言葉以外の何物でもない。
八つ当たりだという事も分かっている。理不尽だという事も分かっている。
鬱屈を晴らすための最も有効な事だというのも分かっている。
でもだからこそ手加減なんてものは出来ない。それでもいいならやってやる。
道場全体を圧し潰すかのような闘気を放ちながら、私は混乱し彷徨う思考の中で、目の前で平然と立っているタカの姿を見てそう決断する。
タカが私を怒らせようとしていたのは分かっていた。
その言葉に殆ど何も考えず彷徨う思考のまま反射的に言葉を返していた私は、深く考える事も出来ずに徐々に怒りが沸き上がって来ていた。
今の私にとってタカは許しがたかった。1番許せない言葉を何度も言ったこいつを許すことなんか出来るわけがなかった。
「いいだろう。どうやら今日のお前は私をとことん怒らせたいらしいな」
私はより強く闘気を放つ。呼応するようにタカの闘気も膨れ上がる。
そのタカとジジイが何やら小さな声で話しているが、耳にフィルターが掛っているかのように上手く聞き取る事が出来ない。
遠くで大和も何か叫んだようだがやはり聞き取れなかった。
その大和に向かって視線を向けたタカだったが、それも一瞬の事ですぐに私に戻した。
「もう1度だけ猶予をやる。さっきの言葉、訂正しろ」
「訂正する気はないよモモ先輩。僕は事実を言っているだけだからね」
ああ……本当にいい度胸だ。
なら本当に手加減なんかしてやらない。
「泣かせてやるよ……タカ!」
「出来るならね!」
ジジイが離れた瞬間に私とタカの気が爆発的に膨れ上がった。
タカは刀を使う。だが近付く暇なんか与えてやるつもりはないし、長々と続けるつもりもない。これは勝負じゃなくてただの喧嘩だ。
私は右手を突き出し込めていた気をタカに向かって解き放った。
【川神流・
いきなり間近での気弾にさすがのタカも反応できないだろう。タカはよけることなく気弾の直撃を受けると思ったが、その予測はいい意味で外れた。
抜刀術の要領でタカは私の放った気弾を刀で切り裂いた。恐らく抜き放つ刃に気を纏わせていたのだろう、紙を切るかのようにいとも簡単に斬って捨てたのだ。
抜き放ち空になった鞘を放り投げ、タカは刀を両手で持ち直し正眼に構えた。
「いきなり気弾はさすがに驚いたよモモ先輩。だけどそれで僕を倒せると思ったら大間違いだからね」
言葉が終わると同時に踏み込んできたタカ放った斬撃は、ほぼ同時に左右から襲い掛かって来た。私は驚く事な1歩後ろに下がり斬撃をやり過ごす。
開いた間合いを詰めるようにタカも1歩踏み込み、今度は唐竹に渾身の斬撃を打ち降ろしてきた。それに対し私はかつてジンがタカと勝負した時のように、右手の甲を刀の
だがタカの剣撃はそこで止まらなかった。
逸らされた刀の軌道を手首を返しただけで修正すると、右片手に持ち横薙ぎを繰り出してきた。それを身を屈めやり過ごした私が、がら空きになったタカに左拳を繰り出そうとした瞬間、右から襲い掛かってくる剣気を感じ瞬時に攻撃を中断して後ろに飛び退き間合いを開ける。
さっきまで私がいたところを刃が通り過ぎて行った。
左片手に刀を持ったタカの姿を見て何が起こったのかを理解する。
右片手に刀を持ち直した瞬間に私がしゃがんでよけるのを察知したタカは、即座に刀から手を放し剣気だけを乗せた“右手刀”をフェイントにして、それをよけたところで左手で宙に浮いていた刀を握り直し横薙ぎを放ったのだ。
「ずいぶんと面白い技だなタカ」
「初見でよけられるとは思わなかったけどね」
表情を変えずに呟く私にタカは少しだけ顔を引きつらせながら答えた。
「名前を教えろ。覚えておいてやる」
「【霜月・
「そうか」
タカの言葉に簡単に答えると、私は数歩で間合いを詰めタカの目の前に移動すると、反応する暇も与えず蹴り飛ばす。
ガードも出来ずに道場の壁まで吹っ飛ぶタカ。
これで決着がついただろう。
私は蹴り足を戻し、しばらくの間吹っ飛んだタカを見ていたが興味を失ったので背を向ける。そしてそのまま道場を去ろうと1歩踏み出した時だった。
背中に膨れ上がる気を感じ、踏み込まずにそのまま振り返る。
思った通りタカは立ち上がり、さらに刀を私に向けて突き出していた。
「まだ終わりじゃないよモモ先輩」
そのまま突き出した刀を引き戻し、刃を地面と水平に寝かせ左手を刃の上に添え腰を落とし重心を後ろかける。刺突で突っ込んでくるのが丸分かりな構えだ。
応えるように軽く拳を握り構える。
ずいぶん離れているがタカの呼気がすぼまっているのが聞こえてきた。弓を引き絞るかのようにさらに重心が後ろに掛っていくのが分かった。
―【水無月・
呟くような小さな声が聞こえた瞬間、タカの姿が私の目の前まで来ていた。
突き出され刀をよけるため最小限の動きで頭を軽く左に傾ける。確かに速さはそれなりだが余りにも単調な攻撃に私は失望を隠せない。
突っ込んでくるタカの顔面を交差的に殴り飛ばすため、その軌道上に右手を突き出す。
私の拳がタカの顔面を捉えた時その姿が突然消え失せた。その直後に私の目の前に刀の切っ先が見えた。
「っ!?」
だが驚いてなどいられない。まずは迫る刀をよけるのが先だ。
私は上体反らしのように背を反らし、最短の回避で迫り来る突きをかわす。だが目の前を通る刀が水平から返り刃が私の方を向いた。
次に来る斬撃をよけるため体を無理やり捻り独楽のように回転しながら横に飛ぶ。
予想通り刺突から斬り下ろしに変化したタカの斬撃をかわし、右手を床に着きそのまま後方に飛んでバク転し床を滑りながら着地した。
振り下ろした刀を正眼に構え直すタカ。
またしても
しかも私に本物と思わせるほどの気で虚像を作っての時間差攻撃。
ほんの一瞬だけ、戦うことへの歓喜が沸き上がって来た。
だがそれも本当に一瞬の事。私の思考はすぐにタカを黙らせる事を考える。
虚実を織り交ぜる戦法なのか、ただ単にそういう技なだけなのか、判断はつかないが戦いにくい程のものじゃない。
翻弄してやればいいだけの事だ。虚実を織り交ぜられるのは私をよく見ているからだ。ならば私の方がタカの取った戦法を取ればいいだけの事。
即座に行動に移す。
今度は私から近付いて行く。
無造作に歩み寄るように足を進め、間合いが残りあと5歩にまで縮まった瞬間に床を強く蹴り一気に詰め寄る。
反応するように袈裟斬りを放つタカに対し爆発的に闘気を放出する。
恐らくタカにしてみれば、いきなり視界に幕を張られたような感覚を受けただろう。斬撃の軌道が少しだけズレるのを見た私は、その場に闘気の残滓を置きさらに1歩踏み込みタカの右横に身を滑らせる。
タカは咄嗟に反応し袈裟斬りの勢いを利用し、身体を回転させる事で横薙ぎを放ってくる。
だが
タカが切り裂いたのは虚像。
本物の私は動かずにただ身を沈ませただけ。
隙が出来たがら空きのタカの左脇腹めがけて、沈み込んだ体勢から浮き上がるように下から肘鉄を打ち上げた。
咄嗟に横に飛びダメージを和らげようとしたのだろうが遅い。飛んだことでの勢いもあるのだろうが、タカはまたしても壁に激突した。
今度は立ち上がれないだろう。
だが私の予想は再度裏切られた。
右手で強打された左脇腹を押さえながら、タカは左手1本で刀を構える。
その身体から放たれる闘気がいっこうに衰えていない事から、まだやる気をなくしていなのはすぐに分かった。
苛立ちが強くなっていく。
なんで立ち上がるかが分からない。
こんな事をしている意味が分からない。
今の私にジンを待つ事以外で煩わせないでほしい。
ゆっくりタカに近付いて行く。
私の行動にタカは脇腹に当てていた右手を放し、刀を両手で持ち直すと剣先を左に傾け水平に構えを取る。
もう私にはタカがどんな構えを取ろうが、どんな攻撃をして来ようが関係なかった。
ただタカを叩きのめす事以外考えていなかった。
―【如月・
タカの刀の間合いまであと1歩まで踏み入った時、静かに呟いたタカは倒れ込むように身体を前に傾けた。
何をするか分からなかったが床を強く蹴った音を聞いた。
その直後、まるで地面を滑空するように私の間合いに踏み込んできたタカの姿が視界に映る。見た瞬間に嫌な予感が背を駆け上った私は、その予感に逆らうことなく従い小さく後ろに飛び退く。
私の足があった場所をタカが振り抜いた横薙ぎが通り過ぎて行った。
足元を狙った回転斬りか!?
―【文月・
呟きと共に放たれたのは、回転の勢いを利用した斜め下からの切り上げ。しかも踏み込んでいるため斬撃は確実に私に届く。それに対し私は下がらずに逆に踏み込んだ。
タカの間合いに肉薄するほど踏み込み、右手で振り上げてくる刀を持つ腕を掴み止める。
そして左拳を今度は右脇腹にぶつけようとした時、押さえているタカの腕が右腕だけだという事に気付いた。
気付いた時にはすでにタカの左拳が私の右脇腹に当てられていた。
―【師走・
咄嗟に掴んでいた腕を放し横に飛んで回避を試みたが数秒遅かった。震脚の衝撃がタカの左拳を通って全て私に突き刺さる。
なんとか気を脇腹に集中させダメージを軽減させたが、それも焼け石に水程度のものだった。
気を失うほどではなかったが、痛みに顔をしかめながらも私は宙で体勢を立て直して脚から床に着地する。
構え直すタカを見てますます苛立ちが強くなる。
邪魔をしないでほしかった。
私は今ジンを待つ事以外は何もしたくないんだ。
こんなくだらない喧嘩なんかしている場合じゃないんだ。
だから私を怒らせるな!!
「いい加減倒れろ!!」
何もかもを無視して身体能力任せの動きで、私は一瞬にしてタカの横に移動すると、反応すらしていないタカの横っ面に裏拳を叩きこんだ。
殺さない程度に手加減した攻撃にタカの身体はいとも簡単に吹っ飛んでいく。
だがそれでは終わらせない。ここで意識を絶っておく。
私はさらに床を蹴り、吹っ飛んでいくタカに追いつくと今度は鳩尾に裏拳を叩きこみ、道場の床にタカの体を背中から叩きつけた。
今度こそ終わりだ。
確認することなくきびすを返した私が道場から出ようと足を進めようとした、その時だった。
「まだやれるのか? 篁」
ジジイの声と同時に後ろで立ち上がる気配を感じた。
「いい加減にしろ!!」
私は苛立つ感情のまま叫んだ。
振り返ることなく背中を向けたままタカに向かって怒りをぶつける。
「何がしたいんだお前は!! 私に勝てない事ぐらい分かっているだろ!! いちいち私を煩わせる事をするな!!」
「モモ先輩が……ジン兄を信じていないからだよ……」
言うに事欠いて!?
「ふざけるな!! お前たちに何が分かる!? お前たちが私の何を理解しているっていうんだ!? 何も知らないのに分かったような事を言うな!!」
私はもう抑える事が出来なかった。
溢れだす殺気を抑える事なく、怒りに顔を歪めたまま振り向きタカを睨みつける。
「モモ先輩は……縋ってるだけだよ」
振り向き視界に入れたタカの顔は悲しみで満ちていた。
私は思わず怒りすら忘れてその顔に見入ってしまった。
あの顔は私を憐れんでの悲しみじゃない。
あの顔は
「ジン兄が生きている事を……モモ先輩が疑っているなんて……僕たちは誰もそんなこと思ってないよ……」
立っているのもやっとなんだろう。タカは持っていた刀を杖代わりにして辛うじて立っているような状態だった。
それでも私を見る眼には有無を言わせない力が込められていた。
「1番……モモ先輩が辛いんだって……それも分かってる……」
私はいったい何をやっているんだろう……
理不尽な八つ当たりだって分かっていたのに……
なんで止める事が出来なかったんだろうか……
「でも……それでも……モモ先輩が1番……信じていないよ」
そう言ったところで倒れこむタカ。
私は咄嗟に受け止めようと足を踏み出したが、いつの間にかタカの横に来ていた大和のワン子の姿にその足が止まる。
優しくタカを抱き止める2人の姿を見て、今の私にその権利がない事を知る。
確実に今、私とあの3人。いや私と私以外の仲間との間には越えられない境界線のようなものが存在している事を知った。
「モモ先輩は……不安に心が引っ張られてる……だからジン兄の部屋や持っていた物に……縋ろうとしている……」
図星だった。
今の私は心の不安をなくす事でいっぱいだった。
私の不安を取り除いてくれるのはジンだけだ。だからこそいつも身近に感じたかった。
「でも……モモ先輩の不安を取り除くのは……本当にジン兄だけなの?」
「えっ……?」
タカの言葉の意味が分からず呆然となる。
そんな私の反応に、タカだけじゃない、大和もワン子も悲しそうな顔をした。
私は今までずっと……最低な事をしていたんじゃないか?
そんな私の考えを肯定するように、タカの言葉が続く。
「その程度だったの? 僕たちと……モモ先輩の関係って……こんな時なのに頼ってもらえないほど……意味のないものだったの? 僕たちは……モモ先輩にとって……その程度だったの?」
そんな事ない。そう言いたかったのに、何故か声が出なかった。
でもそれは、私が心のどこかでそれを認めていたからじゃないだろうか?
私にとってジンが1番。それを否定するつもりもさせるつもりもない。
いつの間にか私にはそれにこだわり過ぎていたのかもしれない。それにこだわり過ぎるばかりに、私は他の絆をどこかないがしろにしていたのかもしれない。
「でも……仲間を頼らないって事は……ジン兄が言ってた……僕たち『風間ファミリーの絆』を……否定する事になるんじゃ……ないかな?」
タカはその言葉を最後に気を失った。
ずっと静かに私たちのやり取りを見守っていたルー師範代が、気を失ったタカを抱き上げて道場から出て行った。
静寂が道場を覆う。
大和もワン子もジジイも何も言わずに、ただじっと私を見ている。
「
私は自嘲の呟きを止める事が出来なかった。
ずっと私は『ジンが生きている事』『ジンが帰ってくる事』を、信じていないんだと言われてるんだと思っていた。
だから許せなかった。私が1番信じているのにそれを否定されたのが許せなかった。
でも、許されない事をしていたのは私の方だった。
みんなは仲間を頼って、仲間と一緒に辛さを克服してジンを待つ事を決めたのに、私は仲間の事なんか最初から当てにしないで、ただジンを身近に感じるためだけに閉じ籠り、縋って待つ事を決めてしまった。
ジンは常に言っていた。
『風間ファミリーは絆が強いからこそ今、こうしてみんなでいられる』
私の取った決断は、ジンのこの言葉を否定するものだ。
それは同時にジンを信じていない何よりの証拠だ。
何でそれに気付かなかったんだろうか?
何でみんなとの絆に気付かなかったんだろうか?
知らず涙が溢れていた。
私は溢れ出る涙と嗚咽を止める事が出来なかった。
膝をつき両手で顔を覆い俯く私を、誰かが優しく抱きしめて、誰かが優しく頭を撫でてくれた。
気配で分かった。ワン子と大和だ。
「誰も姉さんの事を悪いとは言ってない。みんな姉さんの気持ちが分かっているつもりだ。それにヒロの事も気にしないで。あいつは自分がああなる事を覚悟でやったんだ」
大和の言葉に私は小さく頷く。
たぶんタカもみんなも謝罪なんか求めていない。謝罪する事すらお門違いだ。
ただ、みんなは私に気付かせてくれただけだ。
例え今ここにジンがいなくても、私は1人じゃない事に気付かせてくれたんだ。
「お姉様。アタシたちと一緒にジン兄が帰ってくるのを待とうね」
ワン子の言葉に私は小さく頷く。
――ありがとう――
私はここにいる大和とワン子だけにじゃなく、風間ファミリーのみんなに聞こえるようにと祈りと、ありったけの感謝を込めて、ただそのひと言だけを声にした。
あとがき~!
第37話終了。
さて今回のお話で百代も気持に決着をつけました。
なんで勝負をしたのかというツッコミはしないでください。
緋鷺刀の技名に関してもツッコミはノーサンキューでお願いします。
本文で語ったように百代の八つ当たりなんです今回は。
ぶっちゃけ書きたかったのは最後の2人の会話です。
話は変わりますがこのエピソードも次で終わり。
場合によっては2話になるかもしれませんが……
そういう訳で次回投稿もよろしくお願いします。