真剣に私と貴方で恋をしよう!!   作:春夏秋冬 廻

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第39話投稿。


第39話 彷徨いの夜明け、『黒髪』の噂

『俺』がこの部隊に拾われてもう1年がたった。

 

未だに記憶は戻らないが余り焦るつもりもない。

待っている人たちには悪いと思うが、ちゃんと待っていてくれてる確信があった。この程度で揺るがない絆があるのだと何故か確信できていた。

 

まあ記憶も完全に戻ってないわけじゃなく、断片的な事は思い出し始めている。

 

たとえばいつも一緒にいた仲間たちがいただろうという事。自分には恐らく両親と呼べる存在がいなかったのだろうという事。

 

そして何より恋人がいただろうという事。

 

俺が記憶を失ってでも大切と思っている『あいつ』とは、たぶんこの恋人の事なのだろう。

 

ところで、何故『だろう』という表現を使っている理由は、たぶん間違いないと思うが、それを今の段階では確実に証明する事が出来ないからだ。

 

荷物の1つでもあればそんな事なかったと思う今日この頃だった。

 

さて、最近は部隊の任務にいろいろと駆り出されているが、俺の事を思ってくれているのか、基本的は護衛の任務ばかりで制圧や殲滅といった任務には呼ばれた事はなかった。

 

その事をさりげなく隊長に聞いたところ、

 

『We and you are different.(君は我々とは違う)』

 

その言葉を聞いた時は少しだけ嬉しかった。

きちんと俺が帰るという事を考えていてくれている証拠だったからだ。

 

そんなこんなで持ちつ持たれつで部隊のお世話になっていたある日、1人の女の人が突然部隊のキャンプ地を訪ねてきた。

 

「Unhöflich sein.(失礼する)」

 

ドイツ語だった。

 

この部隊とは違う軍服を着た女性は、誰はばかることなく足を進めると、キャンプ地の中央で足を止め辺りを見渡す。

威風堂々としたその姿はある意味で格好イイと思えた。

 

というか、俺は英語以外にもドイツ語も知っていたんだ。

彼女の言葉がドイツ語だということ、彼女の言ったドイツ語の意味をなんの違和感もなく理解した自分に物凄く驚いた。

 

「Und für das, was wir tun?(我々に何の用かな?)」

 

隊長が代表してドイツ語で言葉を掛けた。

 

周囲はまるで一触即発な雰囲気だ。

それも仕方ないかもしれない。一応この部隊は某国の特殊部隊だ。その特殊部隊のキャンプ地に、明らかに他国軍の軍服を着た軍人が現れれば警戒して当たり前だ。

だが警戒されているはずの彼女は、なんでもないように佇んでいた。

 

「Bitte mach dir keine Sorgen Heute kam mit einer persönlichen Auftrag.(安心しなさい。今日は個人的な理由できました)」

 

「Und zu glauben, seine Worte?(その言葉を信じろと?)」

 

警戒を緩めない隊長に彼女は小さく息を吐く。

 

「Jetzt ist es an meinem Urlaub. Dass dies das Kleid, das mein Stolz ist, gibt es keinen tieferen Sinn.(今の私は休暇です。この服を着ているのは私の誇りだからで、深い意味はありません)」

 

だったらややこしい格好をするなとみんな言いたいだろう。

事実、俺の周りの人たちは顔をしかめていた。

 

「Warum sollten Sie hierher kommen im Urlaub so.『Jagd Hund』?(それで休暇のはずの貴様がなぜここに来た。『猟犬』?」

 

「Wie kann ich wissen?(私の事を知っているのですか?)」

 

ドイツ語の会話はまだまだ続く。

『ヤークトゥ・ハントゥ』――『猟犬』と言うのが彼女の異名なのだろう。その言葉を言った隊長を女性は意外そうな顔をして見ていた。

 

「Und aus gut bekannt.(有名だからな)」

 

「Lassen Sie uns als Lob zu akzeptieren.(称賛として受け取っておきましょう)」

 

少しだけ嬉しそうに顔に笑みを浮かべた彼女は、後ろで手を組み足を肩幅に広げると、キャンプ地全体に聞こえるかのように声を張り上げて叫んだ。

 

「Ich kam hierher, heute ist es, eine Person zu einem persönlichen Sieg Herausforderung! So die Aktionen unserer Truppen und dieses Mal ist mir egal, was es ist! Ich schwöre, sein Leben!(私が今日ここに来たのは、ある人物に個人的に勝負を挑むためです! したがって、今回の私の行動は我が軍とは何も関係ない事です! 私の命を掛けて誓います!)」

 

なんとも自己満足的な理由だった。

 

個人的に勝負を挑みに来たって、そんなに暇なのかあんたの軍は。

他人事とだろうと決めつけた俺がその場から離れようと背を向けた時、その言葉が彼女の口から出た。

 

「『Darkness』,bitte können. Ich kam, um mit euch zu kämpfen.(『黒髪』、出てきなさい。私は貴方と戦いに来ました)」

 

さっき彼女は何と言った? 『黒髪(ダークネス)』って言ったのか? 聞き間違いだよな? うん、そうに違いない!

自分の脳内で勝手に判決を下した俺は脱兎の勢いでその場から駆け出そうとした。

しかし――

 

「I'll call you a beauty. 『Darkness』.(美女がお呼びだぜ。『黒髪』)」

 

逃げ出そうとした瞬間に首根っこを掴まれた俺は、そいつに引きずられるような形で彼女――『猟犬』さんの前につれてこられた。

面白い催しにニヤケ面を並べる隊員たちに囲まれた俺たち。不貞腐れてそっぽを向く俺とは対照的に、彼女は訝しそうに俺を見ていた。

 

「Eine 『Darkness』 oder wenn Sie möchten?(貴様が『黒髪』なのか?)」

 

間違いなく疑っているよこの人。まあ疑うなと言うのは酷だろう。

俺だっていきなりどう見ても10代半ばの子供を見せられて、『こいつが凄腕の傭兵です』って言われても信じない。

だが俺が『黒髪(ダークネス)』と呼ばれているのは本当だ。

 

半ばヤケクソ気味に答えた。

 

「Oh, ja. Mein 『Darkness』 ist.(ええ、そうです。俺が『黒髪』です)」

 

「Kinder wie Sie?(貴様のような子供が?)」

 

未だ信じられないのか眉をひそめて再度問い掛けてくる。

何度確認を取られても、この部隊にいる『黒髪(ダークネス)』に用があるなら俺が出るしかない。この部隊の中で『黒髪(ダークネス)』と呼ばれているのは俺だけなのだから。

 

「『Darkness』 Ursprung des Namens?(『黒髪』の名前の由来は?)」

 

答えるのも面倒臭いので自分の頭を指さす。髪が黒いから付けられたと無言で主張。

 

彼女は呆れて声が出ないのだろう。

少しの間呆然と俺を見ていたと思うと、明らかに落胆したような溜息を吐いた。

 

人を見て落胆の溜息を吐くのは、はっきり言って失礼以外の何ものでもないが、ここでそれに対して反論すると余計な事になりかねないのは、否が応にも理解出来る。

黙っているのが1番安全な対応だ。

 

「Was ist nach der alles nur ein Gerücht.(所詮はただの噂でしたか)」

 

噂?

 

いったいだだの記憶喪失の身元不明の怪しい日本人でしかない俺に、どんな尾ヒレどころか背ビレや胸ビレまで付いた噂が広がったというんだろうか。

 

「Was bedeutet das die Gerüchte, 『Jagd Hund』.(噂とはどういう意味だ、『猟犬』)」

 

みんなの疑問を代表して隊長が『猟犬』さんに言葉を掛けた。

俺としてはいったいどんな噂が広まっているのか知りたいところだが、何故か嫌な予感がしてならないのは何でだろうか?

最近、ある意味で面白半分に部隊の任務を手伝っていた事へのしっぺ返しか?

そんな事を思う俺の気持ちなど意に掛けず、彼女は言葉を紡いだ。

 

「Das zwingt die 『Königin』 Ich habe gehört, die leicht zu behandeln, auch Söldner haben.(この部隊にあの『女王蜂』すら簡単にあしらう傭兵がいると聞きました)」

 

『クニギン』? ああドイツ語で『女王蜂』という意味だから、あの人の事か。

 

つい半年前まで俺の面倒を見ていてくれていた彼女を思い出した。

あの人は本当に日本でメイドをやってるのだろうか、怖いもの見たさで見たくなる。

 

確かに俺はあの人がまだこの部隊にいた時に何度か手合わせした事があり、その結果も全勝だった。だがあれはこの部隊の中での出来事であり、部隊外には漏れていないはず。

 

「Mercenaries und die 『Darkness』 Ich habe gehört, aufgerufen wurde.(そしてその傭兵は『黒髪』と呼ばれていると聞きました)」

 

確かにあの人に圧勝している『黒髪(ダークネス)』は俺の事で間違いはない。が、いったいその情報はどこから聞いたのだろうか? 噂になるほどじゃないはずだ。

 

「Wo kann ich in diese Informationen zu gelangen?(その情報はどこで手に入れた?)」

 

隊長が再び代表して聞く。

訝しく問い掛けるどころか、あの顔を見て確信をもって問い掛けているのが分かる。

しかも隊長だけじゃない。俺たちを囲っている部隊のみんなも噂の出どころが分かったのだろう、ニヤケ面をさらに深めて俺を見ている。

 

さっきから物凄く嫌な予感しかしない。

 

あの人との手合わせが部隊内の出来事でしかないのだから、その情報を噂として流したのは間違いなく内部の犯行だ。だが今のこの部隊で俺の事を外に漏らして得をする人なんていない。

そもそも身元不明と言っても、どう見ても10代半ばの子供な俺を見て、どこかの国の軍関係者と誰が思うだろうか? 絶対に誰も思わない。

第一、俺の事を外に漏らしても有益にも損失にもならないのだ。誰が好き好んでそんな無駄な事をするだろうか。

となると情報を噂として漏らしたのはかつてこの部隊にいた人。

 

さてここで問題です。

俺がこの部隊に拾われてからこれまで約1年。それまでにこの部隊を離れた人は何人いるでしょう?

 

答えは1人。

そう、あの御曹司にスカウトされて半年前にこの部隊を離れた『女王蜂』。彼女ただ1人です。

 

「Selbst dort, wo es heißt, war ein Geräusch auf sich selbst in seinem eigenen Namen.(どこでと言われても、本人が自分の名前で情報を流していました)」

 

「あの人はいったい何やってんだよ!?」

 

嫌な予感が的中。思わず日本語で叫んでしまった。

恐らく一種の意趣返しのつもりなのだろうが、他の軍の人間を巻き込むなんてやり方がえげつない。無事に日本に帰れて出会う事があったら絶対に指さして笑ってやる。

 

「Japanisch?(日本語?) 『黒髪(ダークネス)』、貴方は日本人ですか?」

 

俺の言葉を理解したのだろう、いきなり日本語で話しかけてきた『猟犬』さん。

 

「日本人以外の何に見えるんですか?」

 

「申し訳ない。東アジアの人種はみな同じに見えてしまうのです」

 

その答えにある意味で納得した。欧米人は日本人と中国人と韓国人の区別がなかなか付けられないとよく言われている。

元々この部隊の中では国籍不明扱いの俺だ、一応は『女王蜂』と話が出来たという事で日本人だとみんな思っているが、判別付かないと言われてもあまり文句はない。

 

「では改めて聞きます。貴方があの『女王蜂』にあしらったというのは本当ですか?」

 

「本当です。手合わせ程度の勝負ですが12戦全勝ました」

 

誤魔化すのも面倒臭いので素直に答える。俺がもし誤魔化しても部隊のみんなが面白おかしくとんでもないホラ話を交えながら説明するに決まっている。

なら変な情報を与えるよりは素直に答えた方が得策だ。

 

だがその言葉に口元を歪めた彼女を見て、その考えが一瞬にして変わる。

 

「貴方のその淡々とした答えに周りの雰囲気。どうやら嘘ではないようですね」

 

どこで選択肢を間違えた? どうみても勝負する雰囲気になってる。

何も言わずにどこからともなくトンファーを取り出し、やる気満々の闘気を放ち構えを取る彼女を見て周りを囲っていた人たちから喝采が沸き起こる。

どうやら俺たちが勝負すると勝手に勘違いしたようだ。

 

「Commander!?(隊長!?)」

 

助け求めるように俺は隊長の方に振り向く。

だが彼は助けを出すどころか笑顔を浮かべて頷くと、右手で握り拳を作り親指だけ立てて俺に向けて合図を送ってきた。

 

何いい笑顔浮かべてサムズアップしてんだよ!?

 

心の叫びは声に出せることなく、雰囲気はまさに勝負一色に染まっていった。

この雰囲気では止める事なんて出来ないだろう。こんな時でも日本人気質『場の雰囲気に合わせておく』を発揮する自分を殴り飛ばしてやりたかった。

 

諦めの溜息を吐くと、俺は身体をほぐしながら彼女と対峙する。

だがまあ、やるからには最初から全力でやってもらおう。そう思い俺は彼女に言葉を掛ける。

 

「その眼帯を外して下さい。やるなら最初から本気でいきましょう」

 

相手も日本語が分かるんだ。わざわざドイツ語で話しかける必要はない。何より俺は彼女の都合で勝負をするのだから、俺が言葉まで彼女に合わせる必要はない。

 

俺の言葉に一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに獰猛な笑顔を浮かべた彼女は、言葉に従うかのように左目を隠していた眼帯を外した。その途端に彼女が纏っていた闘気の質ががらりと変わった。

それに当てられたのだろう、騒いでいた周りの人たちがいっせいに静かになった。

 

「私が力を抑えていたのをよく見抜きました。これを初見で見抜いたのは貴方が初めてです」

 

歓喜と称賛を交ぜた口調で言う彼女に、俺は答えることなく構えを取る。

強さは『女王蜂』と余り変わらないと思ったが見当違いだったようだ。まあ彼女との手合わせではお互い本気にならないのが暗黙の了解だったから、もしかしたら本気になればそんなに差はないかもしれない。

 

開始の合図はない。

 

先に動いたのは彼女の方だった。

地面を蹴ったかと思った時にはすでにこちらの間合いの中。右手に持ったトンファーを回転させながら下からの攻撃。それを慌てることなく右半身で回避すると同時に脇腹めがけて拳を繰り出す。

その拳を左手に持ったトンファーで受け止めた彼女は、振り上げたトンファーを今度は振り下ろしてきた。

 

間合いを取るために大きく下がる。

足が地面に着いた時には既に彼女は俺に肉薄していた。左右のトンファーを高速に回転させ両側からの攻撃。それに対し俺は両手を交差させ迫り来る高速回転しているトンファーを難なく掴む。

 

「っ!?」

 

音のない声で驚く彼女の一瞬の隙を突き、問答無用で交差した両腕を開くように回転させる。トンファーを掴まれていた彼女はその回転の勢いに体勢を崩し、見事に半回転する。そのがら空きになった胴体の鳩尾に肘鉄を当て彼女を吹っ飛ばす。

 

痛みに顔をしかめ吹っ飛びながらも、彼女は体勢を立て直し足から地面に着地した。

追い打ちを掛けなかった俺を見て何を思ったか分からないが、表情から見るに恐らく手を抜かれていると思っているのだろう。

 

俺が本気になる必要はない。そう思っているのだが、どうやらそれを感じ取った彼女は気に入らないらしい。

あちらの都合に合わせて勝負しているのだから、俺が彼女の意志に合わせる必要はないと思うが、だからと言って後で根に持たれても困る。だが全力で行くかどうかは迷う。

 

たぶん俺は記憶を失う前も全力を出すほど(・・・・・・・)本気になった事(・・・・・・・)はない。

 

無意識なのか意識的なのかは分からないが、自分でその力をセーブしている気がする。だが1度ここでそれを解き放ってみるのもいいかもしれない。

自分の本当の力を把握するいいチャンスだろう。何より彼女は俺の全力を見たがっている。それに応えるだけだ。

 

そう思い思考を切り替えた瞬間、自分の中から何か途方もない『力の塊』みたいなものが、全身の神経や血管を駆け巡ったような感じを受けた。

 

瞬時に悟った。『覚醒』したのだと。

 

俺の変化を敏感に感じ取ったのだろう、彼女は本能的な恐怖からなのか後ろに下がろうとした。

 

が、それは既に遅すぎた。

 

彼女が飛び下がるため地面を蹴った時には、俺の右正拳突きは深々と彼女の鳩尾に突き刺さっていた。

完全に衝撃が身体を突き抜けたのだろう。彼女は突き飛ぶことなくその場で倒れ気を失ったのだった。

 

 

勝負の結果はもちろん俺の勝ち。

彼女は全治4ヶ月という怪我を負ったのにもかからず、翌日には思いっきりやせ我慢しているのが目に見えて分かるのに、何でもないように振る舞いゆっくりではあったが自分の足で帰っていった。

俺としては嵐が去ったような感じだったが、最後に彼女が残した言葉が非常に気になった。

 

さてあの言葉はいったい何を意味するのだろうか? 嫌な予感しかしない。

そう思いながらも、俺はいつものように失くした記憶の事を考えながら今日1日を終えたのだった。

 

 

結果報告。

戦いを挑みに来る人が増えました。

 

『貴方の強さ。身に染みました。私も貴方の強さを伝えておきます』

 

あの言葉はこういう意味だったのか!? 『猟犬』さん!?




あとがき~!

第39話終了。

終りませんでした。

おかしいなぁ、37話あとがきで長くても2話だって言ったのに……

それはさておき、さて今回のお話ですがどうでしたか?

一応ワン子曰く『マルチーズ』さんとの出会いを描きました。

前回と同じで布石にならない布石です。

本当は戦闘描写をもっと長く書きたかったんですが……

気付けば4分の3が無駄な長話に。

精進しなければ。

ところでいつ原作突入するのでしょうか?

作者にも分からなくなってきました。

精進しなければ!

あとドイツ語に関してはツッコミノーサンキューで!

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