やっと少し進みました。
『俺』がこの部隊に拾われて、もう2年が過ぎようとしていた。
さすがに焦りが出てきた。
断片的には思い出しているけど、まだ決定的な記憶の回復兆候は見られていない。
部隊の人たちは焦るなと言ってくれているし、最悪思い出せなければこの国にずっといればいい、この部隊に正式入隊して働けばいいと言ってくれている。
悪い誘いではないと分かっているし、俺を思ってくれての言葉だと理解もしているが、最近はそう言葉を掛けられる度に焦りが募ってしょうがなかった。
そのせいかあまり余裕も持てなくなり、何かと部屋に籠る事が多くなっている気がする。
このままではいけないと思うのだが、どうすべきなのかも思いつかない。やっぱり変な意地を張らずに最初に言われた通り、素直に大使館に駆け込めば良かったのかもしれない。
でもこの部隊にそれなりに深く関わり合いを持ってしまったので、この国が素直に帰国させてくれるとは思えない。
隊長は記憶が戻ってから大使館に行っても、この国としてはこの部隊自体を余り公にしたくない事だから、俺がこの部隊にいた間の事は何とかしてくれるはずだ、とは言うけど本当かどうかは分からない。
進む事も出来ないし、戻る事は自分から絶ってしまった今の現状に、俺は少なからず精神的に参っているのだと思う。
手合わせをして発散させようにも、最近は部隊の人たち数十人を相手にしても数分で終わらせてしまうため、誰も相手にしてくれなくなった。
『You are too strong!!(お前が強すぎるんだよ!!)』
口々にそう言われてしまい反論する事すら許されなかった。
あの『猟犬』さんとの勝負以降、『覚醒』したと自覚した途端、強さに上限が見えなくなってしまった。一応普段は意識的に抑えているが、それでも相手にならないのは本当だった。
そのせいかもしれないが、最近この部隊でも浮いてきている。
やっぱりこの部隊に居続けるのもそろそろ潮時なのかもしれない。
「勝負の時に考え事とは余裕ですね」
目の前で相対していた『猟犬』さんが掛けて来た声で、俺は思考の海から浮上する。そういえば手合わせをしている最中だった事を思い出す。
実はこの『猟犬』さん。あの初めての手合わせ以降、休暇が入ると何かと理由をつけて俺と勝負をするために訪れる。今回で4回目。
部隊が移動して何度かキャンプ地を変えているのにも拘わらず見つけ出して来るのだから、ある意味で性質が悪い。
「余裕というわけではないんですけどね……最近ちょっと何かにつけて考えてしまう事がありまして」
迫り来る左右のトンファーでの攻撃を、最小限の動きの紙一重でかわしながら言葉を返す。
そんな俺の姿が余裕綽々に見えたのだろう、小さく舌打ちした『猟犬』さんはトンファーの攻撃の間に鋭い左脚の蹴り上げを繰り出して来る。
それを読んでいた俺はその蹴りを右腕を上げて受け止めると同時に右脚を振り上げ、『猟犬』さんの顎をめがけて真下からの蹴りを放った。
その蹴りを首を反らす事でかわした『猟犬』さんだが、俺の攻撃はこれで終わりはしない。そのまま振り上げた右脚を、今度は踵落としとして即座に振り下ろした。
大きく飛び退き間合いを取ろうとした『猟犬』さんだったが、俺が受け止めた蹴り脚を腕で挟んで固定しているためそれが出来ない。咄嗟にトンファーを構えた右腕を頭上に持っていき俺の踵落としを受け止めた。
だがその動作のせいで出来た隙を突き、がら空きになった右脇腹に腰の回転だけで勢いを付けた左拳を叩きこんだ。
「っ!」
苦悶の表情を浮かべ吹っ飛んでいく『猟犬』さんを追いかけるように地面を蹴り、体勢を立て直して地面に着地した『猟犬』さんの間合いに肉薄すると、右拳を鳩尾に当てた。
右足で地面を踏みしだき、引き絞った弓から矢を解き放つかのように身体を捻じり伸ばし右腕を突き上げた。
震脚によって発生した爆発的な衝撃は、身体を捻じったことで発生した回転のエネルギーも取り込み右拳一点集中し、『猟犬』さんの鳩尾から全身を突き抜けていった。
衝撃を受け止める体勢が取れていなかった『猟犬』さんは、数メートルも宙に浮くと気を失ったのだろう、体勢を整える事もせず落下してきた。
俺は落ちてきた『猟犬』さんを抱き止めると、そのまま医務室に運んでいった。
「It is frustrated.(苛立ってるな)」
気を失った『猟犬』さんをベッドに横にし、特に目立った外傷がないかを確認してシーツを掛け医務室を出た後、ドアの目の前の廊下の壁に背を預けて待っていた隊長が小さく声を掛けて来た。
「Can you see it?(そう見えますか?)」
「Yes. I was sorry for her outburst of anger.(見えるな。八つ当たりされたあいつが可哀想だ)」
小さく笑って多少の嫌味を含ませて、俺の背にあるドアを顎で指した。
俺はその隊長の言葉を否定する事が出来なかった。確かに八つ当たりめいたところがあったのは間違いないからだ。
いつまでたっても思い出す事の出来ない記憶と、本能的に感じている俺が帰ってくる事を間違いなく待っている人たちの存在。
焦りと不安。そして最近の部隊内で感じる孤立感。
最初は羨望や憧れとして見られるが、強すぎる力はやがて恐怖の対象へと変わっていく。
そういったものが、俺を苛立たせていたのは間違いなかった。
「Come about.(ついて来い)」
自分の苛立ちを抑えるように小さく息を吐いた俺をじっと見ていた隊長は、小さく呟くように言うともたれていた壁から背を離し、廊下の奥へと歩みを進めた。
珍しく有無を言わせない感じの声に、俺は何も言わずに従いその背を追う。
着いた場所は駐輪場だった。
訳が分からない俺は立ち止まり周囲を見渡していたが、隊長はそんな俺を無視して1台のジープに乗るとエンジンを掛けた。
「Ride on.(乗れ)」
未だに訳が分からない俺だが、言われた通りにジープに乗り、隊長はそれを確認するとギアを入れすぐに発進させた。
そのままキャンプ地内を走り、入出ゲートを通り抜ける時に見張りの隊員と何やら話していたが、すぐにゲートは開き隊長はまたしても何も言わずに車を走らせた。
それから10分。
黙って車を走らせ続ける隊長に、俺はさすがに訳が分からず連れて行かれる事に耐えられず、沈黙を破り隊長に話し掛けた。
「Where are you going?(どこに行くんですか?)」
俺の問い掛けに隊長は短く視線を向けるだけで、最初は答えようとはしなかったが、じっと視線を向け続けると諦めたように溜息を吐いた。
「You have found a place.(お前を発見した場所だ)」
その答えに心臓が大きく跳ねたような感じがした。
どうして今になって俺が見つかった場所に行くんだ?
何かその場所に意味があるとでも言うのか?
でもそれはないだろう。何より意味があるんだったらもっと初めの頃に連れて行ってくれたはずだ。それをしなかったという事は俺が発見された場所は俺にとって意味のない場所のはずだ。
混乱しているのが見て取れたのだろう、隊長はまた短く俺に視線を向けると、すぐに前に戻し少しだけスピードを落として話し掛けて来た。
「Dahlonega know you will be taken now to where it was discovered why. You can see the confusion.(どうして今さら発見された場所に連れて行かれるか分からないだろ。混乱するのも分かる)」
ゆっくり落ち着かせるような声音に、忙しなく駆け回っていた思考が段々と落ち着いていく。考え込んでも分からないのだから説明してもらうしかない。
落ち着かせるように息を吐いた俺を見て、隊長は言葉を続けた。
「I was going to take you right away really. But did it is selfish of me.(本当はすぐにでもお前を連れて行くつもりだった。だけどそれをしなかったのは俺の我がままだ)」
我がまま? どういう意味だろう。隊長が俺を連れて行かなかった事に罪悪感を感じるようなことなんか何もないはずだ。
それよりも充分によくしてくれた俺が表せないほどの感謝を感じているのに。
「Not the case. I am also grateful to you dark enough.(そんな事ないですよ。俺は貴方に感謝しきれません)」
「That it is not. I'm not subjected to balance the interests of their own troops and your memories.(そういう事ではない。俺はお前の記憶と自分の部隊の利益を天秤にかけたんだ)」
その言葉にある考えが頭に浮かんだ。そうして理解した。
どうして隊長がすぐに俺を最初に発見した場所に連れて行かなかったのかを。それは確かに隊長の我がままかもしれない。けどその原因を作ったのは他でもない俺自身だった。
俺が『女王蜂』と手合わせして、それを隊長が見ていたのが原因だったのだ。
「I understand that you look strong now. I've missed so many times submerged the battlefield, the ability to see what people are going there.(お前を見てすぐに強いのは分かった。これでも何度も戦場を潜り抜けて来たんだ、人を見る眼はあるつもりだ)」
その言葉にはさすがに驚いた。
この人は俺が強いという事を『女王蜂』と手合わせする前に見抜いていたらしい。歴戦の兵士の観察眼と洞察力といったものだろう。
感心する俺をよそに、隊長は言葉を続けた。
「And you are 『Hornet』 look of the game and that changes to the intuitive belief that, now feeling regret.(そしてお前が『女王蜂』と勝負しているのを見て、その直感が確信に変わり、惜しくなったんだ)」
そこでいったん言葉を切った隊長は、懺悔するかのように大きく息を吐くと、核心を突く言葉を口にした。
「I could not let go of you.(俺はお前を手放せなくなった)」
沈黙が続いた。
俺も隊長もお互いに声を掛ける事をしなかった。
正直、俺はなんて声を掛けるべきなのか分からなかったし、隊長はおそらく声を掛けて欲しくなかっただろう。何となくだがお互いの雰囲気を察し、目的地へ向かう車の中は静寂に包まれていた。
それから数分、沈黙の中で車を走らせていた隊長は目的地に着いたのだろう、車を止めエンジンを切ると『降りろ』とひと言いうと、車の中からシャベルを取り出して車から降りて行った。
それに従い、車から降りた俺に目の前に、大きな河があった。
ここで俺はこの人に拾われたのか……
ある意味で今の『俺』の誕生の場所と言ってもいいこの川辺で、俺はある種の感慨深い感情に流されかけていた。
すぐに首を振り気持ちを切り替える。
俺はここに以前の『俺』を取り戻しに来たんだ。
そう気持ちを持ち直した俺だったが、後ろにいる隊長に車の中でずっと考えていた事を振り向く事なく言葉にした。
「I'll have something selfishness too. If you come back and make sure to remember where the guarantee.(やはり我儘なんかじゃありませんよ。ここに来れば確実に記憶が戻るとは限りませんから)」
「No, you definitely remember if you come back here.(いや、ここに来れば間違いなくお前の記憶は戻る)」
努めて明るく言った俺に、隊長はやはり懺悔するような声音のまま答えて来た。
何故そう言い切るのか分からなかった。
現に今こうしてこの場に立っているのに、思い出すような兆しは見られない。頭が痛くなったり、突然頭の中に風景が浮かんできたり、今まで思い出す時に起きていた事が全くない。
「Why do I say cut. What will I do come to this place. I guess I'll lay here with luggage do not have any?(どうして言い切れるんですか。この場所に来て何になるんですか。俺は荷物も持っていない状態でここに倒れていたんですよね?)」
少しだけ苛立ちを含めた俺の言葉に、隊長は慌てて言葉を返してきた。
「No, no,『Darkness』. You had your luggage.(違う、違うんだ『黒髪』。お前は荷物を持っていた)」
「What?(え?)」
思いもよらなかった返答に、俺は呆然と振り返った。
そこには苦しく表情を歪めた隊長の姿があった。
「You had your luggage. Had certainly been a small waist pouch.(お前は荷物を持っていた。小さなウエストポーチだったが確かに持っていたんだ)」
俺が……荷物を持っていた……?
いきなり判明した事実に思考がついていかなかった。
荷物があった。それだけは言葉から理解できたが。なら何故その荷物が目が覚めた時にはなかったのか?
あの時、確かに『女王蜂』は荷物がないと言い切った。
「Did we tell. I would have had to relinquish you feel regrettable.(言っただろ。俺はお前を手放すのが惜しくなったと)」
そう言った隊長は俺に背を向けて歩き始めた。
呆然としながらもその背を追って歩き出した俺だったが、隊長のその背中が罪悪感に押しつぶされそうになっているのに気付いた。
ああ……この人は2年もの間ずっと、この罪悪感を抱えていたんだ……
「Your luggage when I was entrusted. When I heard that you have memory loss, but we are floating in the scary thought for me.(お前の荷物は俺が預かっていた。だがお前が記憶喪失だと聞いた時、俺の中に恐ろしい考えが浮かんできた)」
「How to hide luggage that?(それが荷物を隠す事ですか?)」
俺が自分の言葉を引き継いで声を出した事に驚いたのか、それとも未だ立ち直ってなくて声を出せる状態じゃないと思っていたのか、隊長は体を小さく震わせた。
だが反応したのはそれだけで、俺の方に振り返る事はしなかった。
「That's right. Without the lead item on your memory and take time to think back and remember that the worst may be still long forgotten, thought so.(そうだ。お前の記憶に繋がる物がなければ、記憶が戻るのに時間がかかると考えたし、最悪はずっと忘れたままかもしれない、そう思った)」
隊長の告白はまるで自分の身を切るようなものに聞こえた。
「So I thought I was immediately moved into action. And here you filled in your luggage.(そう思った俺はすぐに行動に移った。そしてここにお前の荷物を埋めた)」
立ち止まり振り返った隊長。
『
視線での問い掛けに言いたい事を理解した俺は黙って頷く。それを確認した隊長は持っていたシャベルで地面を掘り起こし始めた。
暫くの間、地面を掘る音が続く中で俺は疑問を口にした。
「Some of the luggage I had, I've had things to prove my identity?(俺の荷物の中に、俺の身元を証明するものがあったんですか?)」
そんな俺の問いに、隊長は地面を掘る手を止める事なく答える。
「Yes, the passport was contained. Then a little small for a handkerchief. And――(ああ、パスポートがあった。それからハンカチとかの小物が少し。そして――)」
埋めた物が見つかったのか、隊長はそこで言葉を切るとシャベルを手放ししゃがみ込むと、土をかき分けるように両手を何度か動かし小さな金属の箱を手に立ち上がった。
その箱を手渡され俺は左腕で支え右手で蓋を開けた。
箱の中に入っていたのは、隊長の言葉通りパスポートと財布。そしてハンカチと濡れたせいで壊れたであろう携帯電話だった。
本来なら真っ先にパスポートを手に取るだろう。でも俺が1番最初に手にしたのは綺麗に折り畳まれたハンカチだった。
何故かハンカチになにか
持っていた箱を地面に下ろし、中から取り出した折り畳まれたハンカチを俺は少し震える手で恐る恐る開く。隊長はそんな俺を少し離れたところでじっと見っ持っている。
そのハンカチに大事そうに包まれた
それは小さな四つ葉のクローバーの形をした飾りの付いたペンダントだった。
全部――思い出した。
川神院のみんな――鉄心さん。ルー師範代。門下生のみんな。
風間ファミリーの仲間たち――キャップ。ヤマ。カズ。ミヤ。ガク。タク。ヒロ。
そして誰よりも何よりも大切な恋人――モモ。
「That's all I remember you.(思い出したんだな全部)」
ペンダントを包んだ両手を額に当て、溢れ出てきそうな涙を必死に堪える俺に、彼はどこか安堵したような声で言葉を掛けて来た。
俺はその言葉に、頷く事でしか答えを返せなかった。
今、なにか1つでも声を出すとみっともなく泣き出してしまいそうだったから。
それを堪え、ただひたすら沸き上がってくる嬉しさに俺は身を震わせ続けたのだった。
2008年8月31日。
奇しくもモモの誕生日の日に。
『俺』は『暁神』を取り戻した。
あとがき~!
「第41話終了。あとがき座談会、司会の春夏秋冬 廻です。今回のお相手は――」
「記憶を取り戻しました。暁神です」
「はい久し振り。さて今回のお話で記憶を取り戻しましたが……」
「思ったより早かったのか?」
「話数的にみれば行方不明から9話だけど、時間経過的には2年だからね」
「そう考えると結構時間が経ってるんだな……この展開は考えていたのか?」
「記憶を取り戻すっていう展開の事? 実は最初迷った。取り戻さずに帰国させるか、それとも取り戻させるか。記憶喪失のままでも面白い展開になると思ったけど、それを書ききる自信がなかった」
「おい」
「いやだってメチャクチャ難しいぞ! 考えてみろ、話しかけた相手は自分を知っているのに自分はその相手の事を全く覚えていない。これを話にするのは技量的に無理だ!」
「再三、技量不足を嘆いているの見てるから否定できないじゃないか」
「だから記憶を取り戻すことにした」
「今後の展開は? すぐに帰るのか?」
「すぐには帰れないと思う。だって2年も行方不明になっていた人間がいきなり現れたんだからそう簡単に何もかもいかないでしょ」
「そこら辺を書くのか?」
「いや、たぶん書かないし書けない」
「おい!」
「というわけで次回ぐらいでこのエピソードも本当に終わらせたいと思います。でも期待しないで待ってて下さい」
「ホントに終わればいいけどな」