まゆっちです。
拝啓。
早春の候、日増しに暖かくなってまいりましたが、いかがお過ごしでしょうか。
届く事も投函する事もない手紙を書き始め、早くも3年になろうとしています。
今日は私の近況をお知らせしようと思い筆を取りました。
暦も3月に入り、私も3年間お世話になりました中学を卒業する事となりました。
考えると感慨深い思いが込み上げてきます。
希望に満ちていた3年前、私は今度こそお友達を作ろうと頑張ってみたものの、結果は無残にも敗れ去りました。
何がいけないのか分からないまま日が過ぎ、いつの間にか学年で孤立する事になり寂しい思いを抱いていたのを懐かしく思います。
そんな折に貴方に出会い、私は人との触れ合いがこんなにも楽しいものなのだと改めて知りました。
貴方との1日だけの出会いの後、私なりになんとか頑張ってお友達作りに精を出したのですが、結果はやはり惨敗でした。
本当に何がいけなかったのでしょう。
私は1人部屋にこもり反省の毎日を送っていました。
そんな日が3年も続き、結局1人のお友達を作る事も出来ず、いつの間にか卒業を迎える事となってしまいました。
寂しい中学校生活と言われれば、返す言葉がない所存です。
ですがそれも中学までです。
翌月の4月からは父上の勧めもあり、県外の高校に入学する事になりました。
神奈川県川神市にある川神学園です。
機会を与えて下さった父上に感謝し、心機一転、私は新天地で新たな生活を始める事になります。
今までの私を誰も知らない新しい土地と学校で、私は今度こそお友達を作ってみせます。
この文を持って私は宣言いたします。
頑張れ友達100人出来るかな。
松風も応援してくれています。
この目標のもとに、私は頑張っていきたいと思います。
貴方も4月より新しい生活が始まると思います。
届く事のないこの手紙で申し上げる事ではないかと思いますが、お体に気を付けてこれから始まるであろう学校生活を謳歌して下さい。
では、不順な天候が続いておりますゆえ、どうぞくれぐれもご自愛ください。
かしこ。
§ § §
――2009年 3月29日 日曜日 AM10:00――
「ふぅ」
私は手紙を書き終え筆を置くと、座ったまま背筋を伸ばし小さく息を吐きました。
振り返り部屋を見渡します。
がらんとした部屋には最小限の物しか置かれていません。
机の棚にも本棚にも何もなく、箪笥の中身も殆ど入っていません。
今日の昼に私はこの部屋、いいえ、この家を出て高校の学生寮に入ります。荷物は先に郵送しているので、持って行くものは数日分の着替えと身の周りの小物だけ。
そして、父上より賜りました日本刀と木彫りの馬のストラップ『松風』だけです。
15年もの月日を過ごした家を出て行く事に、寂しさを覚えない方がおかしいですよね。
思い出せば思い出すほど懐かしい記憶が脳裏をよぎり、えもえいない想いが込み上げ、ともすれば溢れ出る涙を堪えるので精いっぱいになります。
私はそんな思いを振り払うように頭を小さく振りました。
ここを出て行くのは新しい生活のためです。
新たな生活に希望を持ってこの家を出て行くのです。
悲しみ暮れている暇なんかありません。
「よし」
気を取り直し気合を入れるため小さく呟いた私は、先ほどまで書いていた手紙に再び視線を落としました。
届く事はおろか、投函すらした事のない自己満足の手紙。
書き嗜み始めて既に35通を数えます。
『タカ』さんと出会ってからほぼ毎月1通を書き上げてきましたが、住所はおろか本名さえ名乗り合っていない私たち。
手紙を送るなんて出来るはずがないと気付いたのは、1通目の手紙を書き終えて意気揚々と宛名を書こうとした時です。
あの時の脱力感は今でも覚えています。でも何故か止める事が出来ず、いつの間にか毎月毎月必ず書くことになっていました。
今思えば、私の心が『タカ』さんとの繋がりが切れてしまうのを、恐れていたからなのかもしれません。それほどあの子との出会いは私にとって大切なものとなりました。
一方的ではありますが、私にとっての唯一のお友達です。そう簡単にこの絆を切りたくないのは当たり前だったのかもしれません。
「おうまゆっち。感傷に浸っているのはいいけどさ、そろそろ行く時間だぜ」
松風の声に私は部屋にかかっている時計に目を向けました。
時間は既に10時半を指しています。
「そうですね。そろそろ出立の準備をしないと電車に間に合いませんね」
手紙を丁寧に折り畳み、今まで書いた手紙を仕舞っていた箱に今日書いた手紙を入れると、その箱を抱えて立ち上がり足元にあったバッグに詰め込みました。
「そいつも持って行くのか? まゆっち」
「はい。川神に行っても書き続けようかと思いまして」
「でもさまゆっち。もしかしたら会えるかもしれないぜ」
「え?」
松風の言葉に私は荷物を持とうとした手を止めました。
それはいったいどういう意味でしょう。いったい誰に会えるというんでしょうか。
「だってさ、考えてみろよまゆっち。川神学園ってのは武士の末裔がよく集まるらしいじゃん。って事は武術をやっている奴も集まって来る」
「武術をしている『タカ』さんも入学する可能性があると言う事ですか?」
自分の言葉にやっと気付きました。
そうです、父上が私に川神学園を薦めた理由もそれでした。
川神市には武家の末裔が多く、市内にある川神学園も学園長をあの川神院の総代の川神鉄心さんが務めているため、武家の末裔の子たちや武術を嗜んでいる子たちが進学してくる。
そういった理由から、私にも新しい刺激になるのではないかと父上が仰っていました。
松風の言う通り、可能性は高いかもしれません。
今でもはっきりと覚えています。
引き締まった身体つき、正しい姿勢、気配を読む洞察力、歩いている時の無駄のない足運び、どれをとっても洗礼された武を感じさせる姿。
私にとってあの時から目標となっている彼。恐らくあのまま強くなっているのなら、私より一段上に昇っているに違いありません。
そんな『タカ』さんに会う事が出来るかもしれない。
新たな希望が出来ました。
「まゆっち、可能性に賭けてみようぜ」
私の思いを後押しするように言う松風に笑顔を浮かべ答えます。
「そうですね。過度に期待し過ぎず、でもその可能性に希望を込めて」
「新しい生活、頑張ろうぜ! まゆっち!」
「はい。頑張りましょう松風」
新たな決意のもと、私は荷物を取りこれから始まる生活の第1歩として、笑顔のままこれまで過ごしてきた部屋から足を踏み出しました。
『タカ』さん。
『まゆ』こと黛由紀江、元気です。
あとがき~!
「閑話終了。あとがき座談会特別編、司会の春夏秋冬 廻です。今回のお相手は――」
「ま、ま、ままままま黛、ゆ、ゆ、ゆゆゆゆゆゆゆゆ由紀江です!」
「落ち着こうね、まゆっち」
「は、はいぃぃ!?」
「全然落ち着けてないじゃん。おい松風、どうにかしてくれ」
「オラに頼るんじゃねーよ、おいまゆっち、深呼吸だ」
「すうぅ~~はあぁ~~」
「落ち着いた?」
「はい、無様な姿をお見せして申し訳ありません」
「いや、落ち着いたのならいいよ。さて今回のお話も閑話だったんだけど」
「なんでまゆっちを主役にしたんだ?」
「布石になっていない布石かな?」
「布石……ですか?」
「そう。前にも言ったけど次は緋鷺刀と君の入学式の日での再会の予定だからね。その前座って感じで書いてみたわけ」
「そうなんですか……」
「オイ! ていうかここで言っちゃっていいのかよ? まゆっちとタカっちが再会する事!」
「タカっちって誰の事だよ。まあ、あとがきと本文は違う世界ということにしてね」
「変な逃げ道作ってんじゃねーよ」
「こら松風。あまり失礼なことを言ってはいけません」
「はいオラ反省」
「ホントにいつ見ても不思議なんだよね。この娘のこの光景……」