3度目の出会いにして2度目の再会、ついに本当のお友達に。
僕と黛さんは屋上に続く階段を上っている。
あの後、不思議がりながらもどこか葛藤を見せていた彼女に屋上に行こうと誘った。
彼女は首を傾げどこか訝しみながらも僕の後ろをついて来た。
「あの……勝手に屋上に出てもいいんでしょうか?」
「問題ないよ、この学園の屋上は生徒に解放されているから」
心配そうに問いかけて来た彼女に安心させるように振り返って笑いかける。
以前から上級生の大和君たちから聞いているので、屋上が立ち入り自由なのは最初から知っている。
何故か急に顔を赤くして俯かせる彼女。
それを見た僕は不思議に思いながらも素直に可愛いなと思った。
『お前の笑顔はある種の凶器だ。やたらめったら振り撒くなよ』
『女殺しのタカ。中学での撃墜数は伝説だもんね』
唐突にモモ先輩と京ちゃんの言葉を思い出した。
なるほど、こういう事になると分かっているから注意してきたのか。
そんな彼女と一緒に屋上の扉の前に着くと、どうやら先客がいたようで話し声が扉越しに聞こえた。
まあ、屋上を利用するのは僕たちだけじゃないのは分かっていたから、忙しなくなる彼女を安心させるように頷いてから扉を開けた。
そこにいたのは2人の男子生徒と1人の女子生徒。しかも女子生徒の方には見覚えがあった。
「お~! ヒーくんだ!」
「小雪さん?」
見覚えのある女生徒はやはり榊原小雪さんだった。
川神学園に進学したのは聞いていたけど、まさか僕の入学初日に出会う事になるとは思わなかった。
「久し振りだねヒーくん。2週間振り?」
「そうだね、僕の卒業祝いで会った時以来だから」
「そうだね~!」
僕は後ろにいた黛さんに『ちょっと待ってて』と手を上げる事で合図する。
彼女もそれで察してくれたらしく頷いて答えるのを見て、僕は改めて小雪さんと相対した。
ほんの2週間前、僕の中学の卒業祝いとしてモモ先輩と一緒に会っていた。
「久しぶりだね。まさか入学初日に合うとは思っていなかったよ」
「そうだね~。うん! これも僕とヒーくんが本当の友達っていう証拠だね!」
「モモ先輩にはもう会ったの?」
「ううん、ヒーくんの卒業祝い以降はまだ会ってないよ」
小雪さんは何故か僕とモモ先輩、そしてジン兄以外の僕たちの仲間に会おうとはしなかった。
どうしてかを聞くのも憚れていたので、問い質した事はなかったが、この間の卒業祝いの時に少しだけ教えてくれた。
小雪さんは今以上に友達を作るつもりはないとの事。
今は僕たち3人といつもいる2人が友達ならそれでいいと言っていた。
それを聞いた僕は返す言葉がなく、モモ先輩は小さく『そうか』と言って小雪さんの頭を撫でるだけだった。
小雪さん自身がそう思っているのなら、僕たちの考えを強要させる事は出来なかった。
「ねぇねぇトーマ、準。この子がヒーくんだよ!」
僕の考えを中断するように小雪さんは後ろにいた2人の男子生徒を呼んだ。
聞いた事がある名前だった。そうか、この2人が小雪さんの友達の葵冬馬さんと井上準さんなんだ。
「初めまして、葵冬馬と言います。お話は常々ユキから聞いていましたよ」
「井上準だ。よろしくな『ヒーくん』」
「準! ヒーくんをヒーくんって呼んでいいのは僕だけだよ!」
順に自己紹介をする2人。井上先輩は僕のあだ名を呼んで小雪さんに怒られていた。
仲のよさそうな雰囲気に僕は安堵の表情を浮かべながら応えるように自己紹介をする。
「初めまして、今日から川神学園1年の篁緋鷺刀です」
軽く頭を下げて挨拶をする僕を、葵先輩はじっと覗き込むように顔を近づけて来た。
線の細い体つきに少し日本人離れした顔つき。恐らくハーフなんだろう。だが何故か微笑んだその笑顔を見て背筋に悪寒が奔った。
「ユキに聞いていた通りですね。綺麗な顔立ちです」
この人ヤバイ。瞬間的に本能で悟った。
「気を付けろ篁。若はバイだからな。男でも有りだ」
知りたくもなかった情報をどうもありがとうございます。井上先輩。
僕は思わず1歩下がって葵先輩との間合いを取る。そんな僕を庇うように小雪さんは僕と葵先輩との間に割って入ってきた。
「トーマダメ。ヒーくんとジンにーだけはいくらトーマでも許さない」
「冗談ですよユキ。ちょっとしたお茶目です」
「いや若、あの目は本気だっただろ」
とりあえず危機は去ったと思っていいのかな?
何となく安堵の息を吐き胸を抑える僕に、葵先輩は何か意味ありげな視線を向けた後、僕の後ろにいた黛さんに視線を送る。
「ユキ、どうやら彼は後ろの彼女とお話があるみたいですから、私たちはお邪魔なようですからそろそろ退散しますよ」
「若の言う通りだ、世間話はまた後日でも出来るだろ」
そんな2人の言葉に僕の後ろにいた黛さんの存在に気付いたのだろう、小雪さんは少し驚いたように僕の後ろを覗き込むように視線を向けた。
急に視線を集めた黛さんは恥ずかしそうに恐縮している。
「ヒーくん! また遊ぼうね~!」
視線を向けたのもほんの一瞬。小雪さんはそう言い残すと、先に屋上を後にした先輩たちの後を追って手を振りながら屋上から去っていった。
まるである種の台風一過のような感じを受けた僕は、気持ちを切り替えるように小さく短い息を吐く。そして屋上に出る扉の横に佇んでいた黛さんに改めて声を掛ける。
「ごめんね、僕が連れて来たのにほったらかしにしちゃって」
「いえいえいえ、お気になさらずに! お友達との付き合いは大切ですから!」
「そう言ってもらえるとありがたいよ」
僕は黛さんに近付くと、屋上に出る扉の横の壁に背を預け、彼女に正面から対するのではなく同じ方向を向くように横に並ぶような位置を取った。
そんな僕の行動を不思議そうに見ていた黛さんは、暫くの間は僕と同じようにフェンスの向こうの空を眺めていたけど、意を決するかのように小さく頷いた。
「さっきの方はお友達ですか?」
「うん。女の人はね。小学生の頃からの友達」
「そうなんですか……」
少し寂しそうに言う黛さん。
そんな彼女を見て僕は悟ってしまった。
彼女は未だに心を許せるような友達がいなんだという事に気が付いてしまった。
3年前、市内を案内してもらった時に、思わずといった感じで彼女は自分には友達がいないという事をもらした。
僕がどんな言葉を返していいか迷っているのと、彼女は自分の発言に気付き『気にしないで下さい』と慌てて言い繕ったけど、それにすらどう反応していいか分からなかったのが事実だった。
僕にとってその日1日だけの出会いだったから、慰めるような言葉は言えなかったし、彼女も自分の言った言葉をなかったかのように振る舞ったため、以降その話題に触れることなく、僕と彼女の1日は終わったのだった。
あれから3年もたっているのに、彼女には友達がいないんだ。
その寂しさと孤独をずっと心に抱いていたんだ。
例え松風がいたとしても、その心を誰にも知られる事なく過ごしていたいんだ。
可哀想だなんて思いは、持てる者のおこがましさだ。
同情なんて彼女は望んでいない。それこそ彼女に失礼だ。
なら、僕に出来る、僕にしか出来ない事をすればいんだ。
例えあの日のあの時の出会いが一期一会のものだったとしても、僕にとって『まゆ』はもう友達だった。忘れる事の出来ないインパクトを与えてくれた友達だった。
そして今日、再び彼女と出会った。
これで一期一会の出会いじゃなくなったのなら、改めて友達として過ごしていけばいい。
時間はいくらでもある。
だってこれからこの川神学園での3年間は、確実に一緒に過ごす時間になるのだから。ならばお互いにとって望んだ関係でいた方が楽しいに決まっている。
僕の心はすでに決まった。
ならなんて声を掛けようか。それも迷う事じゃない。
彼女が『まゆ』ならあの話題を持っていけばいい。
「今日は僕を女の子と間違えなかったね。少しは男らしくなったかな? それともちゃんと男子の制服を着ていたお陰かな?」
おどけるような、からかうような僕の言葉に、黛さんは弾かれたように物凄い勢いで僕の方に顔を向ける。
僕も彼女に方に顔を向け驚き目を見開くその顔に対し、イタズラが成功したような笑みを見せた。
「久し振り『まゆ』。3年振りだけど元気にしてた?」
僕のその言葉にさらに目を見開き驚きのまま固まる『まゆ』。
でもそれもほんの数秒。すぐに我を取り戻したまゆだったが、それでも口から出た声はまるで信じられないといったような感じだった。
「本当に……『タカ』さん……なんですか?」
どうやら彼女も『もしかして』という思いはあったようで、恐る恐る確認するかのように震えた声で問い掛けて来た。
その問いにゆっくりと頷いて答える。
瞬間、まゆの目に涙が溢れた。
でもそれを隠すかのように顔を俯ける。
「まゆ?」
顔を伏せ竹刀袋を握る腕が物凄く震えている。
その姿を見てさすがに心配になった僕は、壁から背を離し俯くまゆの顔を下から覗き込むように身を屈める。
と、彼女はいきなり僕に抱きついて来た。
混乱したのは僕の方だった。
何故抱きつかれたのかが分からない。
でも混乱する僕の事なんかお構いなしに、まゆはあらん限りの力を込めて抱きついている。
抱きついていても刀を入れた竹刀袋を放さないのはさすがと言うべきなのだろうか。剣士の矜持もここまでくれば凄いものだと思う。
そんな場違いな事を考える僕の耳に、感極まったまゆの声が響く。
「本当に! 本当にタカさんなんですね!?」
「ま、まゆ!?」
「会いたかったです! 本当に会いたかったんです!」
その声から本当に僕に会いたくて仕方なかったのは理解出来るけど、余り耳元で叫ばないでほしい。
僕とまゆの背はそんなに変わらないので、抱きつかれた状態だとちょうど口が耳元に当たるため、叫ばれると鼓膜に直接響いて耳が痛くなる。
感極まっている彼女を何とか落ち着かせよう。
というより、僕としては早く離れてほしいというのが正直なところ。
さっきから言い訳がましい事を考えてるけど、考えたくない事を考えそうだったから思考を無理矢理フル回転させていたのだ。
だって密着しているから分かるんだけど、どう見てもまゆの身体は高校1年生のものじゃないよねこれ。
はいごめんなさい変な事考えてます。
そんな自分の思考も同時に落ち着かせるため、まゆの背中を一定のリズムで優しく叩いていたら、冷静になった思考が彼女の現状をやっと理解した。
泣いているのだ。
これは歓喜の涙じゃない。
もちろん嬉しさの涙もあるのかもしれない。
でも抱きついている彼女から感じる雰囲気は、まるで迷子の子供がやっと親を見つけて孤独を癒すために縋りついているような感じだった。
こんな彼女の様子を見て僕は自分の考えがまだ甘かったと知った。
孤独が平気な人間なんていない。
1人でいて寂しく感じない人間なんていない。
そんなの当たり前だ。
まゆが抱えていた寂しさと孤独は僕が思っていた以上に深いものだったんだ。
そんな中で出会った僕が、まゆにとってある意味で特別な存在になってしまったのは、仕方のない事なのかもしれない。
あの時の僕は、まゆとの出会いは本当に一期一会のものだと考えていた。
確かに一緒に市内を散策した時は楽しかったし、また会えるような事もあるかなと思っていた。まゆに対しては失礼かもしれないけど、友達と思っていても僕にとってはその程度でしか考えていなかった。
でもまゆは違った。
欲しくて欲しくてしょうがなかった『お友達』。
一期一会の出会いだったかもしれないけれど、まゆは確かに手に入れたのだ。『タカ』というただ1人、唯一の同年代の『お友達』を。
その存在がまゆの心の中にあったからこそ耐えられたんだ。
『松風』と『タカ』という2つの心の拠り所があったから、まゆはめげずに友達を作る事を何度失敗しても頑張り続けることが出来たんだ。
そして今この時、まゆは心の拠り所であった『タカ』に再会した。
縋るなと言う方が無理なのかもしれない。
さっきのまゆの言葉がそれを物語っている。
『会いたかったです! 本当に会いたかったんです!』
この言葉は本当に心からの叫びだったんだ。
無意識なのかもしれないけど、寂しさと孤独を癒すための言葉だったんだ。
背中を叩いていた右手を頭に持っていき、所在なさ気にぶら下げておくだけだった左手でまゆをしっかりと抱き止める。
泣いている子供をあやすような感じで、穏やかに優しく指先だけを使って彼女の体を叩く。
そんな僕の気持ちが伝わったのだろう、ビクリと1回だけ身体を震わせたまゆは、堰を切ったかのように身体を小さく震わせると、声は出さなかったが溢れ出る涙を止める事なく泣き続けた。
落ち着きを取り戻したのはそれから10分後。
僕の前にはこれでもかと言うくらい真っ赤にした顔を俯かせるまゆの姿。
自分の今までの行動が恥ずかしくて、甘えてしまった自分が情けなくてどうしようもなくなっている雰囲気を感じる。
まあ確かに冷静に考えてみれば、お互い大胆だったなと思う。
お互い3年前とは違いもう15歳だ。大人ではないかもしれないが、子供だと言い張るには無理がある年齢だ。しかも同性ではなく異性。男女だ。
それなのに10分間も密着するほどお互いが抱きついていたのだ。
恥ずかしいねうん。考えるんじゃなかった。
顔が赤くなっていくのがはっきりと分かる。俯いているので彼女に気付かれないのが何よりの救いだった。
「あ、あああああああああああああああああああああの!?」
必死で顔の赤みを消そうとしていた僕に、物凄いあの羅列が聞こえて来た。
考えるまでもない、テンパってるまゆの声だ。
「ど、どど、どどどどどどどど、す、すすすすすすす、すすすすすすす!?」
「落ち着こうねまゆ。何言ってるか全然分かんないから」
逆に僕はそのまゆらしい姿に落ち着きを取り戻し、熱を持っていた顔も元に戻っていくのを感じていた。
過呼吸になり掛けているまゆに、落ち着いて深呼吸するように促す。まゆも僕の言葉に素直に従い、2度、3度と深呼吸を繰り返し、ようやく落ち着きを取り戻した。
真っ赤な顔だけは戻らなかったけどね。
「落ち着いた?」
「はい……どうもすみませんでした。お恥ずかしい姿を見せてしまって」
自分の言葉により一層真っ赤になってしまうまゆ。
墓穴掘っているのがよく分かる。
慌てている時により慌てている人を見ると逆に落ち着くっていうのは本当なんだね。今まさに僕がその状況だった。
「でも僕は嬉しかったよ」
「ぅうぇぃ!?」
僕の言葉に意味不明な叫び声をあげて、もうこれ以上は無理なんじゃないかと言うほど真っ赤になって固まるまゆ。そんな姿を見て可愛いなと思う僕はどこか変なのかな。
でも誤解は解いておこう。
「変な意味じゃないよ。まゆも僕と会いたいって思ってくれてたんだなって」
「あ……」
小さく言葉を漏らしたまゆは数秒だけ俯いたが、すぐに顔を上げ柔らかい自然な笑顔を浮かべた。
「はい、ずっと会いたいと思っていました。おこがましい事かもしれませんが、私にとってタカさんはもうお友達になっていました」
「うん」
「実は川神学園に来る時に期待していたんです。タカさんに会えるかもしれないって」
意外なその言葉に僕は首を傾げる。
そんな僕を見てまゆは少しだけおかしそうに笑って言葉を続けた。
「この学園は武士の末裔が多く集まるって聞いて、武術を嗜んでいるタカさんも入学してくるんじゃないかって」
そういう事か。
確かに川神学園は敷地のある川神市に武士の末裔が多い事から、武術を嗜んでいる生徒が多くいる。川神院の養成所ではないかと言われていた事もあったぐらいだ。
「じゃあその可能性に賭けて正解だったね」
「はい」
元気に頷いたまゆに僕は姿勢を正して右手を差し出した。
「じゃあ改めて自己紹介。篁緋鷺刀。これからも『タカ』でいいよ」
おどけるような僕の言葉にまゆは小さく吹き出した後、同じように右手を出し僕の右手と重ねしっかりと握手をした。
「黛由紀江です。これからも『まゆ』って呼んで下さい」
2009年4月7日火曜日AM11:30分。
これが僕―篁緋鷺刀と彼女―黛由紀江の本当の始まりの時だった。
ちなみに……
「オイ、オラを忘れてもらっちゃあ困るぜタカっち」
「相変わらずだね松風」
「ま~な~でもまゆっちと友達になったって事はもちろん」
「ええ、もちろん松風もタカさんとお友達ですよ。そうですよね?」
「もちろんだよ。これからもよろしくね、松風」
「おっしゃ~! ついにオラにも友達が出来たぜ~!」
「はい! やりましたね松風!」
「なんか一気に騒がしくなったね……」
「オイタカっち、オラのアイデンティティーを否定すんなよ」
「松風って騒がしいのがアイデンティティーなの?」
「えっと、どうなんですか松風?」
「オラに聞くなよまゆっち!?」
「やっぱり騒がしくなったよね、間違いないよ」
あとがき~!
「第44話終了。あとがき座談会、司会の春夏秋冬 廻です。今回のお相手は――」
「引き続き篁緋鷺刀です」
「さて今回のお話ですが、やっと緋鷺刀と由紀江が『本当の友達』になりました」
「恥ずかしいですね」
「いやしかし、今回の話を書いていて本当に原作の由紀江は強いなと思った。普通友達がいないと性格捻くれるぞ」
「それなのに真っ直ぐなままですよね」
「本当だね。まあこの話での由紀江は君の存在のおかげて耐えていたところがあったから、出会った瞬間に爆発しちゃったけどね」
「思い出させないでください」
「いや~君もやっぱり男だね緋鷺刀君。まゆっちの体つきに興奮しちゃった?」
「それ以上言うと物理的強制沈黙を執行しますよ?」
「はいごめんなさい」
「それより次でついに原作入りですか?」
「そうです! ついにです! やっとです! 物語が始まって今回で44話! 次回でやっと原作に突入いたします!」
「長かったですね」
「はい長かったです! というわけで次回からの物語に待っていた方もそうでない方も! 期待しないでお待ち下さい!」
「だから日本語変ですよ」