神帰還エピソードはこれにて終了。
「「「「「「「「記憶喪失だったぁ!?」」」」」」」」
全員の驚愕の声が重なる。
「おう」
それなのに何でもないように返すジンに、私たちは呆れた顔しかできなかった。
あの後、恥ずかしがりながらもジンに手を引かれてみんなの所に戻った。
部屋に入るや否や、ここぞとばかりに私をからかってきたガクトに制裁を加え、ニヤけた笑みを浮かべていた大和と京に殺気を飛ばし、呆れたような表情をしていたモロロとタカに同罪だと言わんばかりに睨を効かした。
ワン子とキャップは純真で分かってないので何もしないでおいてやる。
そんな事をしている私たちを懐かしそうに眺めていたジンの腕を取り、ソファーに座っていたいワン子に頼んで場所を空けてもらい、一緒に座る。
私たちに席を譲ったワン子はタカの隣に腰を下ろした。
いつもの定位置じゃない事に一瞬困惑していたジンだったが、私が腕を抱えるように両腕を回した事で、何をしたいのか理解したのだろう、小さく笑み浮かべて私のしたいようにさせてくれた。
ジンの腕を抱きしめながら肩に頭を預ける事が出来て、私は物凄くご満悦だった。
そんな私たちを見てガクトが表情を引きつらせ、大和と京がまたもニヤけた表情を見せ、モロロとタカがどこか諦めたような溜息を吐いた。キャップとワン子は言わずもがなだ。
一応、全員が席に着いた事でキャップがジンに質問を切り出した。
『この2年8ヶ月、どこで何をしていたのか』
その質問に答えたジンの言葉が『記憶喪失』だった。
「記憶喪失って……もう大丈夫なんだよね?」
モロロの心配そうな言葉にジンは安心させるように笑顔を浮かべた。
「当たり前だろ。っていうか、記憶が戻ってなきゃ
そう言って空いていた右手の人差し指で秘密基地の床を指しながら言う。当たり前のことなのにモロロが聞き返したのは、それだけ驚愕の事実だったという事だろう。
私も思わずその言葉を聞いた時、ジンの左腕を抱き締めていた腕に力が入った。
「じゃあ、記憶を取り戻したのはつい最近なのか?」
「いや、記憶が戻ったのは8ヶ月前だ」
そのジンの言葉に私は一瞬だけ頭の中が真っ白になった。
そして次に浮かんできたのは『裏切られた』という思いだった。
だってそうだろ? 8ヶ月も前に記憶が戻っていたのに私たちには何も連絡をしてこなかったって事は、私たちとの再会をジンはどうでもいいと思っていたんじゃなだろうか。
私たちはずっと待っていたのに、ジンは思い出してもすぐに私たちにもとに帰ってこなかった。それが何より物語っているんじゃないだろうか。
「モ~モ!」
嫌な考えに囚われかけていた思考を呼び戻すようなジンの言葉に、私は我に返る。
俯いていた顔を上げると、私の不安を取り除くいつもの笑みを浮かべたジンの顔があった。いつの間にか私の手にジンの左手が重ねられている。そして落ち着かせるように数回私の手を叩く。
「変な事考えてるだろ?」
「そんな事ない」
「順を追って説明するから、ちゃんと聞いてくれな?」
諭すような言葉に小さく頷く事で答える。
頷いた私に安堵の表情を見せたジンは、重ねていた手を放し私の前髪を撫でるように指で軽く掬った後、表情を戻してみんなと向き合った。
「さっきの俺の言葉にみんなも思うところがあるかもしれないけど、今は聞いてほしい」
ジンの言葉にみんなが頷く。
それを確認したジンはゆっくりと話し出した。
「みんなはあの事件の経緯は知っていると思う。あの時、子供を助ける事が出来たけど俺自身は川に落ちて結構な距離を流されたんだ。数日前から続いていた雨のせいで流れが早くなっていてな、なんとか体勢を整えようとしていた時に川底で頭を打ったんだ」
うろ覚えなのか視線を上に向け、思いだしながら話すジン。もう3年近く前の事でしかも急速な状況の変化が起きていた時の事だ、しっかりと覚えている方がおかしいのかもしれない。
「そのせいで気を失ってしまい、次に意識が覚めた時は車でどこかに運ばれている時。俺を見つけて救出してくれた人たちの車だったんだけど、その時に頭を強く打っているって言われたんだ」
そう言って後頭部のある場所を人差し指で叩きながら言う。恐らくそこが川底でぶつけたところなんだろう。
「その時は痛さで何も考えられなくってな、思考放棄してすぐにまた気を失った。で、次に目が覚めた時にはすっかりと自分の事を忘れていたってわけ」
おどけるように明るい口調で言うものの、はっきり言って笑えるような内容じゃない。
みんなもどう反応していいのか分からずお互いを見渡している。数秒どうするかを逡巡するかのような雰囲気だったが、こういう時の交渉役は基本、大和の役目だ。
「それで、2年間はずっとその助けてくれた人たちの所にいたのか?」
「まあな、ホントいろいろあったよ……」
そう大和に答えたジンは何故か疲れたような声を出した。近くで見ていたジンの姿が一瞬だけ煤けたように見えたのは見間違いじゃないだろう。何やらいらない苦労を背負っていたようだ。
「なあなあ、その人たちってどんな奴らだったんだ?」
興味深げにジンに問い掛けるキャップ。
どうやらジンが2年もの間一緒にいたという事で、キャップの中では『面白い奴ら』というイメージが出来上がったのだろう。
それに対するジンはどこか困ったような雰囲気だった。
言えないっていうよりは言ってもいいのか迷っている感じだな。
「それについてはまた後でな」
困った笑顔を浮かべて言うジンにキャップはつまらなそうに口を尖らせた。
話を折られた大和はそんなキャップを呆れたように見ていたが、気を取り直すように息を吐くと再度ジンに話し掛けた。
「それで? 8ヶ月前には記憶が戻ったって言ったけど、正確にはいつ思い出したんだ」
大和の言葉に何を思ったのか、ジンはいきなり私の方に顔を向けてきた。肩に頭を預けて見上げていた私は、いきなり至近距離でジンと視線が合い思わず固まってしまう。
数秒じっと見つめ合う形になったが、こんな時になって改めて2年8ヶ月ぶりのジンの顔をじっくりと観察する。さっきまではそんな余裕はなかったからな。
端整な顔立ちにタカと同じ相変わらず女が羨むような髪質の長い黒髪を、いつもはポニーテールにしているが今日は纏めずに背中に流している。
本当に『格好いい』という言葉が当てはまる奴だ。
「見つめ合ってないで説明を続けてよ」
京の呆れた視線と共に掛けられた言葉に私はハッとなり、ジンはそんな私を見て口端を上げてちょっとだけ嫌味な笑みを見せた。
ジンはそのまま顔をみんなの方に向け話を続ける。
「記憶が戻ったのは去年の8月31日。奇しくもモモの誕生日だったわけ」
「あ、だからモモ先輩の方を見たんだ」
「そういう事だ。それでその日の内に大使館に行って、夜だったけどすぐに電話で川神院に連絡したんだが――」
そのジンの言葉に真っ先に何かを思い出したのだろう、大和が声に出さずに間抜けにも口をポカンと開けて私の方を見てきた。
向けられた視線の意味が分から眉をひそめる私に、大和は開けていた口を閉じ手で口元を隠しながら探るように問い掛けてきた。
「姉さん、去年の9月の初めに鉄心さんが急に海外出張になって2週間ぐらい帰ってこなかったの覚えてる?」
「ああ、あれか。結局何だったか聞いてなかったな」
「たぶんそれ、兄弟からの連絡を受けて行ったんだと思うよ」
「はぁ!?」
いきなりの話に私は思わず間抜けな声を上げてしまった。
だってそうだろ。あれは急だったがいつもの海外での講演だと思っていた。ジジイは海外でもその存在を認められている――恐れられていると言った方が正しいか――から、外国の首脳に呼ばれて講演をする事がたまにある。
あの時もそれの1つだと思い込んでいたから、詳しく聞くのをやめたんだが、まさかそれがジンの事だったとは思いも寄らなかった。
自分の勘に従って詳しく聞いておけばよかった!
悔しがる私に大和は表情を引きつらせながら言葉を続ける。
「アメリカと日本は日付変更線を越えるから1日ずれるんだ。兄弟が8月31日の夜に連絡をしてきたって事は、こっちでは9月1日の昼前頃になる」
「鉄心さんはすぐに向かうって言ってたな」
そういう事かジジイ! だから帰ってきた時に私の顔を見て、底意地の悪そうな気味の悪い笑みを見せやがったのか!
待てよ!? ジジイはジンの事を知っていたのに私たちに言わなかった、という事は?
「おい、ジン」
「察しがいいなモモ。お前が考えている通り、鉄心さんに驚かせるために黙ってろって言われてな、連絡も俺からするのは禁止された」
「あのクソジジイ!」
予想通りのジン言葉に私は怒髪天突く勢いで叫ぶ。
もしジンの腕を抱き締めていなかったら、今すぐにでも川神院に戻ってぶちのめしてやるところだ。ジンがいる事をありがたく思っておけ。
「でも8ヶ月はいくらなんでも遅すぎない?」
タカの少し不満げな声に、ジンは困ったような笑みを浮かべた。
「それは俺のせいでもあるけど、俺のせいとは言い切れない事情があってな」
要領を得ないジンの答えにみんなが首を傾げる。そんな私たちを見渡していたジンは、何かを決意するように小さく息を吐くと、急に表情を引き締め声を抑えて話しだした。
「ここからはオフレコで頼む。みんなを信頼しているから話すけど、実は俺を助けてくれた人たちっていうのが、あの国の非公式の特殊部隊なんだよ」
突然の告白に私たち全員が言葉を失う。
あの大国の非公式の特殊部隊ってお前……何なんだその運が良さそうで悪い事態は!? というか私たちはそれを聞いてもいいのかオイ。
秘密がバレた事で襲撃されても私としては大歓迎だが、大和やキャップ、ガクト、モロロの非武道連中には死活問題になるぞ。
「あ、あのさジン兄。僕たちがそれ聞いてもいいの?」
私と同じと事に思い至ったのかビビリのモロロが戦々恐々な感じでジンに問い掛けた。そんなモロロを安心させるようにジンは笑いかける。
「非公式だから表立ってない。つい漏らしたとしても誰も信じないさ。ただ――」
そこでいったん言葉を切り、何やら面白そうな事を考えた時の表情を浮かべるキャップとガクトに視線を向けた。
「積極的に言いふらすのだけはやめておけ。『口は災いの元』って言うぐらいだ、どこで誰が聞いているか分からないし、絶対に安心とは言い切れない。自分から言いふらしたせいでその部隊に襲撃されたとしても、俺は守ってやらんからな」
ジンの言葉が自分たちに向けられたものだと気付いたのだろう、キャップとガクトは血の気の引いた顔を物凄い勢いで縦に振って理解を示した。
恐らく世界中が知らない情報を持っているという事で自慢したかったのだろうが、その部隊と知り合いのジンの護りがなくなる事で、本能的に命の危機を感じ取ったんだろう。
私としては来てほしいところなんだがな。非公式の特殊部隊という事はそれなりの実力者の集まりに違いない。来てくれれば退屈せずに済みそうなのにな。
コンッ
考えていた事を悟られてしまったのだろう、ジンが私の頭を小突いて『物騒な事考えるな』と視線だけで諌めてきた。
怒られてシュンとなる私を無視するジン。
「そういうわけで、いろいろ調査する事があったし特殊すぎるケースだったため、帰国の許可かが完全に下りるまでに7ヶ月半もかかった。そこから日本大使館での行方不明取り消しの手続きにパスポートの再発行に出国準備等、いろいろあって帰国して日本に着いたのが今日だったってわけ」
話している内にその時の苦労を思い出したのだろう、最後は疲れたような声で話を終えたジンだった。私はそんなジンを慰めるように頭を撫でてやる。
自分のせいと言っていたがジンに非は余りないだろう。
確かにすぐに大使館に行っていればこんなに時間がかかる事はなかったのは間違いない。それに関しては確かにジンが悪い。
だがこいつの事だ、どうせ記憶が戻らなければ私たち――私と言い切れないのが悲しいが――のもとに帰ってくる資格がない、とか考えたに違いない。
記憶喪失のまま帰ってきても結局私たちを悲しませると思ったんだろう。
帰ってきてくれる事が何より重要な事で、記憶なんてものは一緒に思い出せばいいのに、こいつは頭がいいくせに時々どこか抜けたところがある。
「それで、どうやって記憶を取り戻したの?」
穏やかになりつつある雰囲気の中でタカが掛けた言葉に、ジンは嬉しそうな表情で答えた。
「記憶を取り戻す手掛かりがないか、俺が発見された所に行った時にその当時持っていた荷物を見つけてな」
言いながらジンは足元に置いたバッグを開け、中から何かを取り出そうとしている。少し寂しいが邪魔にならないように抱えていた腕を解放する。
目線だけで謝意を伝えてくるジン。
「そこでこれを見つけて、その時に記憶を全て思い出したんだ」
そう言ってバックから折り畳まれたハンカチを取り出したジンはそれを私に向ける。
不思議そうに見る私に真正面から向き合うと、掌に乗せたハンカチを丁寧に開き包まれていたものを取り出した。
「あっ!」
それは私がジンにお守り代わりに持たせた、ジンからのプレゼントで貰った、小さな四つ葉のクローバーの形をした飾りの付いたペンダントだった。
呆然と見つめる私に、ジンはハンカチの上に乗せたペンダントをハンカチごと膝の上に置き、チェーンの部分を取り留め金を外すと、私の首の後ろに手を回し留め金をはめ直す。
実に2年8カ月ぶりに、私の胸元に小さな四つ葉のクローバーのペンダントが帰ってきた。
久し振りの首元と胸元の感触に、私はネックレスの飾りの部分を両手で大事に包み込んだ。
私は嬉しかった。
私とジンの新しい絆を結んだこのペンダントが、消えかけていた絆を再び繋げてくれたのだ。嬉しくて嬉しくて堪らなかった。
「本当に『
ああ……ダメだ。
今日はなんて日だ。またしても涙が溢れてきた。
何か? 今日は人生で1番涙腺が緩い日なのか? 涙の大盤振る舞い日か?
ジンの優しい言葉を聞いて、溢れ出て止める事が出来ない涙を隠すように、またしてもジンの腕の中に飛び込んで顔を逞しい胸板に押しつける。
もういい。今日の私は羞恥心を投げ捨てる。後でみんなに、特に大和と京とにからかわれるだろうが今はどうでもいい。
だって嬉しいんだ。ジンを身近で感じられる事が。ジンと心で繋がっているんだと感じる事が出来るのが。
そういった思いを全身で表すかのように、胸に顔を押しつけるだけでなく背中に腕を回し放さないといった風に抱き締めた。
みんなの呆れ果てる視線を受けながらも、優しく背中と頭を撫でてくれるジンの優しさを感じた私は、当分は甘え尽くしてやると心に誓った。
「そういえばふと思ったんだけどさ」
ジンの腕の中でその温かさに頬を緩めている時、本当に何でもない風な口調で京がいきなり話し出す。
そんな京に私以外全員の視線が集まるのを感じ取る。
「ジン兄、綺麗に纏めようとしてるけどさ、ペンダント見て記憶を取り戻したんでしょ?」
「ああ、そうだけど?」
「記憶喪失のまま帰国しても、モモ先輩に会えば戻ったんじゃないの? そっちの方が確実な気がするんだけど」
「………………」
その京と言葉に、私もジンも固まる。
今度は私たちにみんなの視線が集中する。
というか、おいジン。何か言えよ。そうやって黙ってるとまるで図星を突かれたように見えるぞ? っていうか図星だろ? それじゃあ何か? 私が待ったこの2年8ヶ月は思いっきり無意味だったかもしれないって事か?
ああ、何やらモヤモヤしたものが心から湧きあがってきたぞ。
「ええっと……モモ?」
私の雰囲気が変わったのを感じ取ったのだろう、何やら機嫌を窺うような声でジンが言葉を掛けてきた。
うん。今この状況でそういう声で問い掛けるのはやめようなジン。まるで――
「奥さんに浮気がバレた旦那のような声だな兄弟」
「ヤマ!?」
的確な表現だな弟よ。
ふふっ……ふふふふふ……
今度は笑いが込み上げてきた。
「あ、あのなモモ? 確かにミヤの意見ももっともだけど、当時の俺はそんな事を考える事すら出来なかったわけで……」
うん。分かってるぞジン。お前は悪くない。
悪くないけど、この心の中にあるモヤモヤを発散させるためにお前に八つ当たりしても、バチは当たらないと思うんだ。
その辺はどう思う? ジン?
あとがき~!
「第52話終了。あとがき座談会、司会の春夏秋冬 廻です。今回のお相手は――」
「本編やっと帰還の暁神です」
「はい、やっと帰ってきて再会しました主人公です」
「帰ってきただけで3話も使うなよ。引っ張り過ぎって最近感想でも言われてるだろ」
「そうなんだけどね、書いてると自然とそうなっちゃうんだよ……反省しています。さて今回のお話ですが」
「読んだ通り、行方不明中の報告だな」
「その通り。まあこの話は必要ないかな、と最初は思ったんだけどやっぱり絞めというか、生きていたけど連絡しなかったちゃんとした理由を風間ファミリーに知らせておくのはやっておかなければ、と思ったんだ」
「物語の進行上、確かにあまり意味のある話じゃないのは分かるけど、風間ファミリー的には必要な話というわけか。ところで俺の説明でペンダントを見つけたくだりが事実と違うんだけど?」
「そこは優しさ。本当の事を言っちゃうと風間ファミリーにとって隊長さんは厭な奴になっちゃうからね。本人は2年間の事を無駄だと思っていないけど、仲間たちにして見れば再会を先延ばしにした張本人だからね」
「まあ、許せないだろうな」
「そういうことで、事実とは違う言葉で説明させたってわけ。というか君自身の言葉でしょうが」
「俺が言ってるけど言わせてんのは作者のお前だろうが」
「そりゃあそうだけど……」
「それより最後はなんだ! 感動で終わらせろよな!」
「いや、なんかオチを付けたくて……前回が物凄い感動で終わったからね」
「必要ないだろ!?」
「ええ!? 噺ってのはオチを付けてナンボだろ!?」
「それは落語だ!」